駄目親父としっかり娘の珍道中
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第63話 バナナは腐る寸前が美味い!
前書き
前回からかなり間が空いてしまい申し訳ありませんでした。そんな訳で久々の投稿になります。
見渡す限り死屍累々の光景しかなかった。戦の後に残るのは無数の屍とその屍を啄むカラスの群れ。そして、同じように屍の持ち物を漁る人。まるでこの世の終わりを彷彿とさせる世界だった。
その光景の中を一人歩き回る少女の姿があった。薄汚れた安物の着物の周りにべったりと血がつき、裸足のまま何かを探し回るかのように歩き回っていた。
一つ一つ屍を見て歩いていた。うつ伏せになっている屍であればそれをひっくり返し、顔を見てはまた別の屍へと向かう。その繰り返しだった。
少女の目は涙に濡れていた。頬伝いに涙を流し続けながら、無残な屍を見て歩いていた。物を取る訳でもなく、ただ屍を見て歩いている。それだけであった。
余りにも惨い死に方の屍を前にした時、少女は蹲り、口から腹の中の物を外へと吐き出す。だが、その量は少なかった。
もう何日この行いをしていたかは覚えていない。ただひたすらに屍を一つ一つ確認し続ける行為の繰り返しであった。
「おい―――」
そんな少女を呼び止める声がした。声のした方へと目線を向けると、其処には少女とは別に一人の少年が居た。少年もまた、薄汚れた着物に血がついていた。そして、その両手には屍から漁ったと思われる兵糧の握り飯と使い古された一本の刀が持たれていた。
死んだ魚の目に銀色の髪の少年が、少女を呼び止めたのだ。
「お前、こんな所で何やってんだ? 死体を漁る訳でもなく、ただ見るだけ。一体何がしたいんだよ」
「私……お父ちゃんを探してるの……知らない?」
「知ってる訳ねぇだろ」
少女が探していたのは戦に出た父であった。だが、戦は既に終わった後。もし、此処に少女の父が居るとするならば、それは既に屍であろう。生きている可能性はほとんどなかった。
「探したって無駄だよ。周りを見てみろよ。辺り一面死体だらけじゃねぇか。こんな中で人が生きてるとしたらそれは俺みたいな乞食くらいだ」
「死体でも良い。私はお父ちゃんを見つけたいの!」
「見つけてどうするんだよ?」
少年は問い掛けた。その問いに少女は答えられなかった。考えてもいなかったからだ。少女の沈黙を見て、少年は悟ったのか、ため息をついた。
「止めろ止めろ。そんな事続けてたらお前も死んじまうぞ」
「でも―――」
言葉を続けようとした時、少女の腹から盛大な音が響いた。丸数日ろくなものを食べずに歩き回っていたのだから当然少女は空腹の絶頂にあった。
腹の音が出たのと同時に今まで気づかなかった空腹感が少女の立つ力を挫き、その場で膝が折れてしまった。
「言わんこっちゃねぇ。その様子だともう丸三日近く何も食ってねぇんだろ?」
少年の問に少女は黙ってうなずいた。それを見た少年は持っていた握り飯の一つを少女の目の前に突き出してきた。
「ほら、食え」
「……」
「食わなきゃ今度はお前が此処の屍の仲間入りになるんだぞ」
少年の言葉を聞き、少女は足元に転がっている屍の群れを見た。このまま少年の差し出す握り飯を食わなければ待っているのは飢え死に、即ち死しかない。
だが、今は父を探さなければならない。どちらを優先すべきなのか?
己の生か? それとも行方すら分からない父探しの先に待つ死か?
答えは明白であった。少女は無言のまま少年から差し出された握り飯を受け取り、それに齧り付いた。
「親父を探すにしたって、死んじまったら出来なくなっちまうだろうが。もう少し自分を大事にしろよ」
「うん……うん―――」
握り飯に齧り付きながら、少女はまたしても涙を流した。だが、今度の涙は違った。生きている事に対する喜び。そして、久しぶりに出会えた人間の優しさに対する涙であった。
「あ、有難う……でも、良いの? 私におにぎりくれて」
「良いんだよ。どうせこれもあの屍からひったくった奴なんだし。なくなりゃまたどっかからひっぺがしてくりゃ良いさ」
心配する少女に対し少年は気楽にそう答えた。その少年の言葉が少女の中に安心感を与えてくれた。すると、ずっと暗い顔をしていた少女の顔に、ゆっくりと笑みが浮かびだした。
少女の笑顔を見て、少年もまた笑みを浮かべる。
「お前、笑うと結構かわいいんだな。やっぱ女は泣き顔よりも笑顔の方が良いや」
「え? そ、そう……かなぁ?」
真顔でそう言われ、思わず頬を赤らめる所もまた年頃の可愛らしさだった。そんな少女を見ながら食べる握り飯は、また格別だなぁ、そう少年は心の内にてひっそりと思うのであった。
***
「なんだろう。今日の夢?」
変な夢であった。全く見た覚えのない不気味な戦場。そして、其処で泣きながら父を探している自分。いや、正確には自分に良く似た少女の事だろう。そして、その少女が出会った銀髪の少年。
不思議な夢であった。何故、全く見覚えのない場面の夢を見るのだろうか? その夢が一体何を物語っているのだろうか?
「考えても分からないや。それに、折角起きたんだから中を歩き回るかなぁ」
呟きながら、なのははベットから出た。今彼女が居るのは大江戸病院の一室だった。部屋は白い壁で統一されておりその中には幾つかのベットと敷居のカーテンが間あいだに置かれる形の部屋だった。
ある意味で子供にとっては退屈この上ない部屋だと言えた。しかも部屋の中には今自分しか居らず、話し相手がいない。どのみちこの部屋に居ては退屈のあまりバターになってしまいそうだ。そう思い病室を飛び出した。
病室の外では多種多様な患者達が右往左往しており、そんな患者達の動向に常に目を光らせている看護婦達の姿が見て取れた。
と言ってもその殆どが大人もしくはご老体ばかりだったためか話が合いそうな人種は見当たらない。
看護婦とはたまに話すが大抵忙しいのであまりかまってはくれない。かと言って見ず知らずの患者と話すと言うのも少し抵抗があった。
やはり病院は退屈極まりない所なようだ。早く退院して元通りの生活に戻りたいと、そう思っていた。
「だぁぁぁっはっはっはっ! 神様よぉ、俺の事が大っ嫌いなんだろう? 俺だってお前の事が大嫌いだよぉ!」
ふと、窓際にて中年男性が涙を流しながら天に向かい大声で泣き叫ぶ姿があった。余りにも痛々しい光景だったが為に声を掛ける気にもなれなかった。見た感じ顔見知りな気がしたが、例え見知った顔だとしてもあんな痛い姿を前にして声を掛ける勇気は今のなのはにはなかった。
「部屋に戻った方が良いかな?」
仕方なく部屋へ戻り怠惰な時間を謳歌しようと自分の部屋へと戻ることにした。部屋に近づくと何故か部屋の中が妙に騒がしい事に気づいた。誰かが見舞いに来たのだろうか?
沸き立つ好奇心を胸に部屋の中をのぞく。其処に映った光景は余りにもお馴染みな光景であった。
「おい、このバナナ何処も黒くねぇじゃねぇか。バナナってのはなぁ、腐る寸前が一番美味いって言われてるんだぞ」
「無理言わないでくださいよ。そんなピンポイントな要求で買える訳ないでしょ。そもそも腐りかけのバナナなんて売ってませんよ」
と、こんな感じで見舞いに持ってきたのであろう粗品の中にあったバナナに早速手をつける銀時と、そんな銀時の無理難題な要求にツッコミを入れる新八。その他にも色々な面子が見舞いに来てくれていたようだ。
「う、上手くリンゴが剥けない……」
「修行が足らんなぁ、私なんてこないにサクサク剥けるでぇ」
方や見舞いのリンゴを綺麗に剥こうとして悪戦苦闘するフェイトと、簡単に剥いているはやての姿もあり、そのすぐ横では剥いたリンゴに次々とマヨネーズをデコレーション宜しくぶっ掛けていく烈火の騎士の姿までもがあった。
「おいシグナム。そんなの掛けたら食えないじゃねぇか」
「何を言うか! マヨネーズはどんな食材にでも合うリーサルウェポンだ。当然リンゴにも合うに決まっているだろうが!」
「そう思ってるのはお前だけだっての」
どうやらマヨネーズ好きになったのは守護騎士達の中ではシグナムだけらしい。その証拠に同じ騎士でもあるヴィータには受けなかったようだ。
「皆、何してるの?」
何時もの面子だったのだが、流石に皆好き勝手しているのでとりあえずこうして声を掛ける事にしたなのはであった。
***
そんな訳で入院中のなのはの見舞いに参上した銀時達。そのついでにと見舞いの品を用意して待っていたは良かったのだが、あいにく訪れた際にはなのはは不在だったらしく、待っている間に小腹が空いてしまい、結局見舞いの品に手をつけてしまったようだ。
「それにしてもこんな真昼間にお見舞いだなんて。皆して暇なんだねぇ。青春はもうちょっと有意義に過ごさなきゃダメだよ」
「人生をたった9年程度しか生きてないクソガキの癖に諸行無常を説くんじゃねぇよ」
「まぁ、お父さんは年がら年中暇だけどさ」
「そろそろマジでしばき倒した方が良いかなこりゃ」
額に青筋を浮かべている銀時の事など気にせず、なのはは見舞いの品の中からバナナを取り出し、それを剥いて食べている。
「うん、これ新鮮なバナナだね。やっぱりバナナは全部真っ白な方が美味しいからね」
「あぁ? バナナは真っ黒になる寸前が美味いってさっき言ったじゃねぇか」
「いーーだ! バナナは真っ白の方が良いもん」
「あんだと? バナナは真っ黒の方が良いに決まってるだろうが!」
例え親子でも此処まで違いが出てしまうのはまた面白い所だったりする。
「相変わらず仲が良いんだか悪いんだか……」
「お~いぱっつぁん。其処の籠ん中からスイカ出すヨロシ」
呆れ果てる新八に向かい、なのはのベットとは真向いのベットに腰を下ろしている神楽がそう新八に要求する。むろん、そんなどでかい奴がある筈もなく……
「いや、神楽ちゃん。良く考えてよ、そんなでかいの持ってこれる訳ないでしょ」
「んじゃ今すぐ買って来いよ。どうせスイカ買ってくる位しか役に立たない癖に」
「あんだとゴラァ!」
神楽の無理難題に激怒したのか新八が怒り狂う。むろん、そんな新八の怒りなど神楽の鉄拳の前では何処吹く風だったりするのだが。
「そう言えば、見舞いに来てくれたのって此処に居る人たちだけ? 他の人たちは?」
「あぁ、他の奴らなら昨日馬鹿騒ぎしまくったせいで未だに寝込んでる最中だよ」
どうやら他のメンバーは前回の宴会騒ぎの際に散々飲み過ぎたが為にほぼ全員二日酔いでダウンしてしまったようだ。
むろん、その中には此処に居ない他のメンバーも含まれており、同じ騎士であるザフィーラとシャマルに至っては慣れない酒の為か顔面蒼白したまま寝込んでしまっている有様だったりする。
「良いなぁ、私も一緒に騒ぎたかったなぁ。ねぇ、また皆で騒ごうよぉ」
「やなこった。こいつらと騒いでたら命がいくつあってもたりねぇよ」
かく言う銀時自身も相当昨日の酒が残っているようだが、其処は父親としての威厳を獲得する為に必至になって見舞いに来たようだ。
「む、剥けた! ……けど―――」
歓喜の声を挙げたフェイトだったが、彼女が持っていたリンゴは何故か実がすっかりなくなり、芯だけになっていると言う悲しい姿を残していた。
「ぶははっ、お前のそれ何だよ。幾ら料理下手でも其処まで来たら笑い者だぜ!」
「ぐぅっ、そ、それじゃあんたは剥けるって言うの?」
「んなの簡単だろうが。見てろよ」
銀時はそう言うなり籠の中からリンゴを取り出し、フェイトの手からナイフを取り上げると慣れた手つきでリンゴを捌いていく。そっと銀時がナイフを置き、持っていた皿を皆に見せる。その上には綺麗に皮を剥かれ、更にウサギの形に剥かれたリンゴが其処にあった。
「う……上手い―――!」
「どうだ、参ったか? リンゴなんざ俺の手にかかりゃざっとこんなもんよ」
得意げに鼻を持ち上げる銀時と、その銀時の腕前に敗北感を得るフェイト。
「む、こんな所にもリンゴがあったか」
そんな銀時の作品とも言える剥いたリンゴにシグナムが突如上から何かを掛けてきた。乳白色で少し酸っぱい匂いのするドロドロした代物。まぁ、要するにアレなのだが。
「あぁ、シグナムテメェ! 何人の力作にマヨネーズぶっ掛けてんだ! これじゃ誰も食えないじゃねぇか!」
「何を言うか! これを掛ければリンゴが更に美味くなるではないか!」
「それはてめぇとニコチンマヨラーだけだ! 俺らを巻き込むな!」
「つべこべ言わずに貴様も一つ食ってみろ!」
そう言うなり銀時の口に無理やりマヨネーズがたっぷりついたリンゴを放り込む。拒否しようとしたのだが既に遅し。銀時の口の中一杯にリンゴの甘味とマヨネーズの酸味の重奏曲が奏でられる。まぁ、恐らく相当不味いのは必須であろうが。
「ぐえぇ……げろマズ! 何しやがんだてめぇ」
「ふん、マヨネーズの良さも分からんとは哀れな男だ」
「そんな薄気味悪い奴の味なんて分かりたくねぇ!」
どうやら、もう既にかなり酷い段階までシグナムの味覚は毒されてしまっていたようだ。まぁ、あんなニコチンマヨラー中毒の補佐を任されているんだから当たり前と言えばそうなのだろうが。
「シグナム、間違っても私らの食卓にマヨネーズを出したらあかんからな」
「な、主! それはあんまりではないでしょうか!」
「シグナムが使うと食卓すべてがマヨネーズ臭くなってまうんや。そうなると皆の食欲が失せてまうわ」
はやてのその言葉に経験のある者たちがうんうんと頷いて見せた。どうやら相当マヨネーズには悩まされているようだ。
「な、ならばせめて主菜にマヨネーズをかける許可を下さい!」
「絶対あかん! それを許すとカレーとかにまでかけるやろが! 作った人に対する冒涜やそれは!」
「ぐ、ぐぬぬ……」
ぐうの音も出ないとは正にこの事であった。主であるはやてにマヨネーズ禁止令を出されてしまったせいか、すっかりしょげてしまったシグナム。その隣ではやての決定に拍手をするヴィータの姿が見られた。どうやら彼女もシグナムのマヨネーズには相当参っていたのだろう。
まぁ、こちらには全く関係ない話なのだが。
「しかし、思ってたよりも随分元気そうだな」
「うん、看護婦さんの話だと明日位には退院できるみたいだよ」
「そうか、そりゃ良かったぜ」
元気ななのはの姿が見れて銀時もホッとなる。何せ先の戦いであんな惨たらしい事が起こった後だったのだから。今でも銀時の脳裏にあのおぞましい光景が蘇ってくる。その度に今でも軽く身震いをしてしまう程のだ。
もう二度と、あんなおぞましい思いはしたくない。その為にも、今後はあんなヘマはするまい。
銀時は一人、そう心の中に留めていた。
「ねぇねぇ! それよりさぁ、折角こうして見舞いに来てくれたんだし何かして遊ぼうよぉ!」
ベットを両手で叩きながらなのはが目を輝かせていた。彼女として見れば相当この病院内が暇だったらしく、遊び相手が欲しかったようだ。が、残念な事に現在この院内に入院しているのはお年を召した方たちばかりであり、一部人生を踏み外したおっさんも居たがあんなおっさんと遊んでいたら何か良からぬ物を貰ってしまいそうなので遊ばないようにしていた。なので結果的に病院内は暇で暇で仕方ないのであった。
「何言ってんだよお前。自分が入院患者だって事理解してるかぁ?」
「だって暇なんだもん。このままじゃ私暇過ぎて死んじゃうよ」
「安心しろ。俺は年がら年中暇だがこの通りピンピンしてるからよ」
自慢できる事なのだろうか? と、側から見たら首を傾げそうな言葉を胸を張りながら銀時は言い放つ。どうやら銀時は話にならなそうだった。
「ま、まぁ此処は病院なんだし。それになのはちゃんも元気とは言えまだ療養中の身なんだから大人しくしてないとね」
「え~、それじゃつまんないよぉ。せっかく皆お見舞いに来てくれたんだったら何かしようよぉ」
ついに我慢のタガが外れたのか、何時にも増して駄々をこねまくるなのは。相当暇だったのだろう。
「銀ちゃん、この際遊んであげたらどうアルかぁ?」
「馬鹿言うな。此処の病院の婦長がどんだけ恐ろしいかお前らも分かってるだろうが! 少しでも馬鹿騒ぎしたら俺たち揃って即病院のベット行きだよ」
青ざめた顔で銀時が言う。彼がそう言う辺り相当怖いのだろうが、実際怖い。患者には白衣の天使宜しく献身的に接する看護婦の鏡的なのだが、ひとたび病院の秩序を乱そうものなら一切の容赦をしない豪傑へと変貌する。
それがこの病院に勤務している婦長なのである。
「分かったら大人しくしてろ。どの道明日にゃ退院出来るんだろうしよぉ」
「ぶぅ! 分かったよぉ」
頬を膨らませて不満な顔をしながらも了解してくれた。そんななのはを見てひとまず安堵する銀時。何時の世も父親は大変なものである。
「それはそうと、そう言えばなのはちゃんって、何で入院する羽目になったん?」
何とも今更な疑問をはやては投げ掛けた。その疑問にすぐ横でマヨネーズリンゴを食べていたシグナムや棚の上に置いてあったジャンプを読んでいたヴィータまでもが興味を持ち始めた。
「確かに気になるな。差支えなければ教えてはくれないか?」
「大したことないよ。ただ胸を刺されただけだし」
本人は大したことないかの様に語っていたが、それを初めて聞いた三人は顔面蒼白な程に青ざめだした。
はやては目を点にして硬直しており、ヴィータとシグナムは持っていた物を手放して床に落としてしまっていた。
「どうしたの?」
「ど、どどど、どうしたの? やないわぁ! 胸貫かれたって、それもう重症やないか! 普通なら死んどる程やでぇ!」
「そうなの? でも、私が気が付いた時には傷は殆ど無かったんだけど……見てみる?」
そう言っていきなり羽織っていた病院服の上着を脱ごうとするなのはを、慌てて銀時が止めに入った。銀時もある意味で青ざめており油汗で顔中びっしょりであった。
「馬鹿かお前は! 白昼堂々と裸体を晒す奴が居るか!?」
「えぇ? 別に大した事ないんじゃないの? ただ刺された所を見せるだけなんだし」
「お前はもうちょっと自分のキャラを自覚しろ! ジャンプキャラの主人公がいちいち上着を脱ぎ捨てるのとは訳が違うんだぞ!」
どうやら銀時にとっては大事な娘の裸体を白昼に晒す事にかなり抵抗があったようだ。血の繋がりがないとは言え大事な一人娘。それも、まだ成長途中の大事な時期なのだ。そんな大事な時期の娘を傷物になんて出来やしない。
はっと銀時は後ろを振り向いた。其処に居たのは顔を真っ赤にして硬直している新八の姿があった。
こいつ、まさか期待してたのか?
銀時の疑いのまなざしが新八に突き刺さる。
「ち、違いますよ! 僕は別にそんな事期待してた訳じゃないですから! 断言しますよ、マジで!」
「じゃぁ何で頬を赤らめてんだてめぇ、まさかなのはの裸拝めると思って欲情したんじゃねぇだろうなぁ?」
疑いの眼差しから一転して狂気の形相へと変貌しだした。そんな恐ろしい顔で睨まれたら新八の胆はマッハで凍りついてしまう。更に言えば、周囲からも冷たい目線で新八を凝視している事態も彼のメンタルをガリガリと削り落としていた。
「マジで引いたアル。暫く私達に近づかないで!」
と、神楽がさげすむように吐き捨てて。
「新八君がまさかロリコンやったなんて……これからは少し気ぃつけんとあかんなぁ」
「お前、絶対はやてに近づくなよ。近づいたらアイゼンでどたまかち割るからな」
と、こちらでは自分の両肩を抑えて震えだすはやてと、そんなはやての前に立ち新八を睨むヴィータ。
「見損なったと志村新八。貴様は誠の侍だと思っていたが、どうやら銀時と同じ変人の一種だったようだな」
「なのはに触れたりしたらその体を粉微塵にするからね。このロリコン!」
トドメと言わんばかりにシグナムとフェイトの言葉の暴力が突き刺さる。哀れ、新八のか細いメンタルは麗しき美女達の容赦ない言葉の前に呆気なく折られてしまい、さながら敗北したボクサーの如く椅子の上でガックリと項垂れる事になってしまったのであった。
***
その後も、続々となのはへの見舞いは訪れてきた。二日酔いから回復した真選組達とお妙が鉢合わせしてしまい、病院内で血で血を洗う惨劇があった事や、抹茶に砂糖とミルクを入れて飲み、またしても電波世界へとドリップしてしまったリンディと銀時の姿に皆のツッコミが浴びせられた事や、お登勢とキャサリンが見舞いの品を持ってやって来たは良いが銀時と鉢合わせしてしまい懐に隠し持っていた一升瓶で銀時の頭を殴った事など、多種多様なイベントがその日に起こった。
退屈な入院生活の中で訪れた楽しく、そして賑やかな時間。そんな時間の中をなのははとても有意義に過ごすことが出来た。
そんな大忙しな日から翌日、怪我も治り無事に退院する日がやってきた。
世話になった看護師や婦長、それに共に入院していた患者達にお礼の言葉を述べ、なのはは病院を後にした。
林博士の引き起こしたからくり騒動も既に粗方片付けられており、今ではすっかり元通りの江戸の風景を取り戻していたのがなのはの目から見て取れた。
「すぅ……はぁ~」
胸いっぱいに空気を吸い、そして盛大に吐き出す。やはり病院の外で吸う空気は美味い。心底そう思えたなのはは果たして一体幾つなのだろうか?
そんな周りの疑いなど一切構う事なく、なのはは慣れ親しんだ道を進み帰路についた。
江戸周辺は既に彼女の庭みたいな物だ。何処を歩いていても道に迷う事はない。万事屋の時には心臓部として、時には頭脳として、その能力を如何なく発揮している恩恵でもあった。
近くでサイレンの音が響く。救急車の特有なサイレンの音だ。何処で鳴っているのだろう。気になり歩く速度を速めてみると、それは自宅前、つまりスナックお登勢の丁度真ん前であった。
そして、その救急車の中に運ばれていくのは青ざめた顔をした銀時、新八、神楽の三名であった。
「……お父さん?」
「やれやれ、だから食うなって言ったのに」
「あ、お登勢さん。一体どうしたの? お父さん達に何があったの?」
一切状況が呑み込めていないなのはは隣でたばこを吹かしているお登勢を見上げて尋ねた。その問いにお登勢は心底呆れた顔をしながらなのはを見下ろして口を開いた。
「さっき、あいつらに腐った蟹の始末を頼んだのさ。案の定、あいつらその蟹を食っちまったんだろうねぇ。見事に食中毒にあたったんだよ。こりゃ暫く入院するだろうねぇ」
「ホント、馬鹿ナ奴等デスネ。馬鹿ハ一辺死ナナキャ治リマセンヨ」
更にその隣では同じようにたばこを吹かしているキャサリンの姿もあった。
だが、その直後であった。突如としてキャサリンの顔が青ざめだし、その場に蹲って腹を押さえて悶え苦しみだしたのだ。
「此処にも馬鹿が居たみたいだね。お前もさっさと病院行ってきな」
「折角退院出来たのに……今度はお父さん達が入院だなんて……はぁ~あ、世話が焼けるなぁ全く」
肩を挙げてやれやれと言ったポーズをするなのは。結局、その後銀時達が無事退院できるまでの間、はやて達の居る真選組屯所で世話になる事になったと言う。
ちなみに、入院中に銀時達は車に轢かれた長谷川の頼みを聞いて病院内で一悶着起こすのだが、それはまた別の機会で話す事にしよう。
つづく
後書き
次回「何時の季節も蚊は鬱陶しい」
お楽しみに
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