銀河英雄伝説 アンドロイド達が見た魔術師
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アスターテ会戦?
まだ、730年マフィアの多くが生きていたころの話である。
「このような場所でこういう公演をするのもなれているので、あえて今回は違った話をしようと思う」
壇上の老人は何をさせても一流寸前という評判のとおり、そつなくこなし続けてこのような場所に立っている。
同盟士官学校の特別公演だが、歴戦の将の思い出から何かを感じ取ってくれればと人形師が提唱し、残りの面子もそれに異存は無かったのでこの公演時に集まってある種の同窓会みたいになっている。
「ギャンブルにおいて負けない法則がある。
それは何か?」
集められた生徒達とて馬鹿ではない。
同時に手をあげて答えを言う馬鹿でもないので、男爵風の老人が答えを口にするのを静かに待った。
「簡単な事さ。
負けたら次に倍の金額をかければいい。
運命というのは以外に平等でね、勝つか負けるかの二択だと大体50%に集約される。
その考えだと、二連続が勝つ確立は25%、三連続で勝つ確立は12.5%とどんどん小さくなってゆく訳だ。
まぁ、アッシュビーみたいな化け物が出てくるのも戦場って所のやっかいなもんで、その時はあきらめてくれ」
男爵の言葉に会場内から笑いが起こる。
このあたりの掴みのうまさも彼の得意とする所だった。
「まぁ、ここにいる連中はそんな化け物が出てくる可能性がある場所で仕事をする事になる。
だからこそ、そんな化け物相手にどう戦うか?
対策としていくつかあるのでそれを紹介しよう」
聞いていた生徒の目の色が変わる。
己の生死に関わりかねないのだから聞くのも真剣なのだが、男爵はするりとその熱意をかわしてみせる。
戦場での帝国軍の猛攻をかわすように。
「一番簡単な事は『戦わない』だ。
勝てない相手に負けて死ぬぐらいならば逃げちまえ」
明らかに弛緩した空気の中、男爵は口調を強める。
敵の攻勢限界点を見極めての反撃は名将の基本スキル。
「おいおい。
近年の同盟政府、俺や人形師が辺境星系に移動型コロニー建設を推進していたのはこのためだぞ。
帝国は侵略者だが、同時に国力は同盟より上だ。
何より我々のご先祖様はそうして逃げてきたからこそ、我々の今があるんじゃないか」
会場のはっと変わる顔色を見て男爵は満足そうに頷く。
同時に釘を刺す事も忘れない。
「とはいえ、理由もなく逃げる事だけはしてくれるなよ。
諸君らが逃げる事なく戦える環境を作る為に、俺や人形師は政界に飛び込んだのだからな。
諸君らの中で政界に転進しようとする者もいるだろうからついでに言っておく。
武勲なんぞ、政治の前ではあまり役にたたんぞ。
国防族議員として働きたいならば、早めに議員に転職する事をお勧めする」
明確に国防族議員の育成をしていたのも730年マフィアの特徴だった。
それは彼らが遅く政界に入らざるを得なかったからで自派形成の為にやむをえず行った事だが、この自派形成の遅れが政治家としての男爵と人形師の足を最後まで引っ張り続けた。
そして、ファンが国防委員長職を長期で守り通したのも、この二人の後で芽が出てきた自派議員達のおかげである。
「次の案だが、『固定値』を攻める。
こいつは人形師の口癖だったな。
戦闘における変動値を追っかけていてもその変化に人間が耐え切れないならば、変わらない固定値に注目するべきだ」
首をかしげる会場に対して男爵は具体例として仲間の話を口に出した。
「行進曲ジャスパーを例にしよう。
あいつはどういう訳か、勝勝負、勝勝負と勝敗に一定のルールがあった。
で、負けの時に当たった将兵が逃亡するとかで結構な問題になってな。
その解決策に尽力したのが人形師だったという訳だ」
話をしながら、聴衆の顔色は常にチェックする。
ぴんと来た連中が多かったのは近年人気が高くなった技術士官候補生と緑髪の女性士官達。
「そう。
人形師の研究していたドロイドとアンドロイドの出番という訳だ。
ここにも結構な数のアンドロイドがいるみたいだが、これらの初期ロッドのほとんどがジャスパーの負けに使われて宇宙の塵になった。
それによって助かった連中の数は累計で三百万人を超え、同盟軍を支える一翼を担ったという訳だ」
このあたりは少し調べれば出てくる話だ。
だからこそ、こんな場所なのでもう少し踏み込んだ話をしようと男爵は爆弾を口にした。
「で、俺達が将官となって作戦に関与できるようになってからだが、積極的に負けの時にジャスパーを『負けさせた』。
もちろん、ジンクスを崩さない為だ。
端末を持っている奴は調べてみてもいいが、中盤からのあいつの負けは、戦隊規模の偵察任務でかつ遭遇戦に限定させている」
千隻規模の戦闘で半分近く船を失う大敗で消える命はおよそ五万人。
それにもアンドロイドやドロイドを用いた結果、人命損耗率は三万人を割り込んでいた。
「更にここからがえぐいんだが、大勝した帝国軍が調子に乗って奥に突っ込んでくるケースが多くてな。
その後の戦いでポロ勝ちした結果、ジャスパーの大敗を『決戦前の陽動』と定義づけた訳だ。
つけたのはファンの奴だが、知った後ジャスパーと殴り合いの喧嘩をしてな」
楽しそうに話す男爵とはうって変わって会場内ドン引き。
だが、人的消耗率という観点から見て、その後の会戦までいれた戦果で同盟の人的消耗は五十万を割り込んだのに対して、遠征軍である帝国の人的消耗は常に百万を超えていたのである。
そして、その人的消耗はボディーブローのように帝国の国力を奪い続けて、ついにイゼルローン要塞破壊時に財政破綻へと転がり落ちる事になった。
ちょうど796年、アスターテ会戦前のように。
「回廊出口の偵察隊から緊急電!
イゼルローンから出撃をした艦隊の総数はおよそ一万隻前後。
繰り返す。
出撃した帝国軍は一万隻前後!!」
おそらく、フェザーン回廊側ではもうすぐフェザーン軍と帝国軍がアイゼンヘルツ星域で戦闘に入ろうかというタイミングで、その緊急電は同盟フェザーン方面軍に飛び込んできた。
もちろん、同盟の目を引き付ける為の陽動である為に、この偵察隊は見逃されたのだろう。
そして、同盟もそれは承知していた。
イゼルローン方面軍に所属していた第二・第九艦隊に方面軍司令部直卒艦隊に近隣警備艦隊を合わせた三万隻にバラート方面軍からの援軍である第六艦隊を加えた合計42000隻を動員してこの一万隻前後の艦隊を仕留めようとしていたのである。
理由はただ一つ。
この囮艦隊の司令官が近年の同盟市民最大の敵であるラインハルト・フォン・ローエングラム提督だからに他ならない。
「一万隻……ねぇ。
寄せ集めとはいえ、戦いたくないなぁ」
戦艦セントルシアの艦橋にていつものように机に座布団を置いて座るヤンのぼやきは止まらない。
挙句の果てに、この戦いが終わった後の人事異動で准将就任が内定しているからぼやきもひとしおである。
出世が待っているから戦いたくないのではなく、純粋にさぼりたいだけなのがヤンのヤンたる所以なのだが。
「しかし一万隻ですか。
やっと帝国の国力の底が見えたというべきか、まだこれだけの戦力が出せると見るべきか」
副官のグリーンヒル少尉がなんともいえない声で呟くが、原作を考えれば緑髪の参謀とセントルシア実体化AIは手を取り合って狂喜していただろう。
もちろん、表向きはしていないが。
第一次アイゼンヘルツ会戦の後、同盟侵攻の失敗・内乱・フェザーン討伐と立て続けの軍事行動とその失敗によって、帝国の国力低下がついに表面化した。
今回の出撃前に改変された帝国軍組織改変で十八個艦隊が十二個艦隊に再編され、帝都を守護する近衛軍と三個近衛艦隊が新規創設されたのである。
これらの改変は以下の事を示していた。
十八個艦隊を維持編制できる余裕がとうとう帝国に無くなりつつある事と、軍部の掌握を急ぐブラウンシュヴァイク公と帝国宰相リヒテンラーデ公の対立が目に見える形で表面化したという事を。
近衛軍および近衛艦隊の創設は宰相リヒテンラーデ公が自前戦力の確保に動いた為で、両方合わせたら十五個艦隊になるが統一行動など取れるとは到底思わない。
で、ローエングラム提督だが、彼はこの両派の争いについては静観を決め込んだようである。
第一次アイゼンヘルツ会戦にて帝国軍を敗北から救った英雄は両派から誘われたのだろうが、あえてイゼルローン方面の陽動に出てきているのだからよほど帝都の政争は激化していらしい。
とはいえ、彼は気力十分でもその下の将兵も同じという訳にはいかない。
その為、今回の囮においては自領の私兵三千隻を率いるのみで、残りはイゼルローン駐留艦隊より借りる事でこの囮任務を賄っている。
向こうは一万隻前後に対してこちらはおよそ四万隻。
兵力差四倍である。
これが宇宙空間において何を意味するかというと左右のみならず上下からも挟めるという事で、包囲においても効果が格段に変わってくる戦力差と言われているのがこの四倍である。
六倍の戦力は同盟すら用意はできなかったが、同盟は彼一人を倒す為に最大限の戦力をかき集めたのである。
「現在我々が集結しているのがティアマト星系。
ヴァンフリート・アルレスハイム・ダゴン・エル・ファシル・アスターテ等の星系には偵察隊を置いて哨戒を続けています」
これらの星系に分散して兵を配置なんぞしたら各個撃破されてしまうだろう。
戦場予想星系には既に避難勧告を出して、移動コロニーによって多くの民間人が避難を済ませていた。
「偵察隊より追加報告です。
敵艦隊はアスターテ星系のジャンプポイントに移動。
ワープ準備に入りました!」
「灯台からもアスターテ星系への航路データの提出を求めたと!」
「方面軍司令部より通達。
敵艦隊はアスターテ星系へ来襲する可能性が高い。
全艦隊をあげてこれを迎撃する」
次々と入ってくる敵艦隊情報にヤンが訝しがる。
あまりにも情報が入って着過ぎているのだ。
「おかしいな……第三次ティアマト会戦の時に徹底した情報操作をしたローエングラム提督にしては手札を切り過ぎている……」
こういう時のヤンはある種の預言者になっているので、最注目していた緑髪の参謀がネットワークを繋いで全ての姉妹達にヤン言葉を伝える為に尋ねた。
「何か気になる点でも?」
「まぁ、気になるといえば気になるんだが、君達四倍差の敵相手にどうやって勝つかい?」
もちろんネットワーク内でも何度も討議されている議題だから、その中の答えを彼女は即座に口にした。
「秘密兵器かすごいひらめき」
通常手で最善を求める事に最適化されている彼女達からすれば、この二つが象徴する想定外の手に致命的に弱い。
つまり、彼女達をして現在の同盟に負ける要素は見当たらないという事だ。
「だよなぁ。
それぐらいしか無いはずなんだが、彼使い捨てリニアレールガンなんて事やってのけているからどうしても秘密兵器に目が行くんだよなぁ。
けど、彼まっとうな才能を持つ提督なんだよなぁ」
まっとうどころか天才と創造主から口をすっぱくして言われていた彼女は口を開く事無くヤンの言葉を促した。
彼の言わんとする事はその後に淡々と呟かれた。
「彼、本当に戦うのかい?
こんな戦略的無意味な戦場で、四倍もの敵を前にして」
「え?」
漏れた声はグリーンヒル少尉。
三倍もの軍勢相手に勝った常勝将軍が戦わないなんて事想像もしていなかったらしい。
「戦略的に見て、帝国は既にその目的を達成しているんだよ。
同盟軍を主戦場たるフェザーン回廊から遠ざけるって目的はね。
そこから得られる武勲なんぞおまけみたいなものだし、彼からすればむしろこの後、フェザーン回廊戦の方がはるかに出世しやすいんだよ」
「そ、そんな訳……」
しどろもどろになるグリーンヒル少尉を見てヤンが意地悪そうに笑う。
戦わなくてするのならばそれに越した事はないから言葉も軽い。
「確認してみるかい?
この後、敵艦隊に張り付いていた偵察隊は全て潰され、灯台も占拠されて情報を完全に途絶するよ。
まぁ、記録に残す為に短距離ワープぐらいはするだろうが、アスターテ行きのワープポイントからワープするならば、そりゃアスターテにワープすると皆思い込むだろうさ。
で、我々はアスターテで待ちぼうけを食らっている間に、彼はゆうゆうとイゼルローンに帰還すると」
(ネットワーク内緊急電!
急いで敵艦隊に張り付いていた偵察隊の安否確認を!!)
(ダメです!
敵艦隊に張り付いていた第139偵察隊、第224偵察隊、第591偵察隊応答ありません!)
(灯台からも呼びかけても返事がありません!
占拠されている可能性あり!!)
(周囲の偵察衛星が全て破壊されています!
通常の軍事行動と判断して再配置を会戦終了後にしていたので、哨戒網に大穴が開いています!!)
(どうする?
ヤン提督の言うとおりに全艦隊向かって来なかったら、予算の無駄遣いと野党追求の格好のネタにされるわよ!)
(政治的なごたごたは後で何とかします。
それよりもヤン提督の予想が外れてアスターテに敵が来てしまった方が、軍が見捨てた事になってやばくなるわ。
艦隊のワープスケジュールは変えないで。
追加の偵察隊の抽出急いで!)
(方面軍司令部直卒艦隊より戦隊規模で抽出します)
ネットワーク内の姦しい大混乱なんてヤンは知る事無く、グリーンヒル少尉が注いだ紅茶の香りを楽しむ。
彼の予言は当たり、一週間の待機の後艦隊は撤退する事になった。
なお、同時期に発生した第二次アイゼンヘルツ会戦において、フェザーン軍54000と帝国軍60000の大会戦は双方二割程度の損害を出して引き分けと判定された。
アスターテ星系における出撃空振りについては同盟議会内部で追及の手があがったが、アスターテ星系防衛の為の必要措置という事で追求を乗り切る事に成功している。
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