銀河英雄伝説 アンドロイド達が見た魔術師
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頂点にいた者の執念
「おはようございます。ヤン提督。
今日も数十件のお祝いの報告がきています」
「……おはよう。
処理は君達のほうで頼むよ」
自分が本当に提督と呼ばれる位置に立ってしまった事にまだ慣れていないヤンは副官のグリーンヒル少尉の挨拶に数秒遅れる。
アスターテ出兵の空振りの後の同盟軍定例人事で准将に昇進して統合作戦本部にオフィスを構えた彼は、グリーンヒル少尉と最新鋭アンドロイド少尉の計二名を副官に仕事をする事になっていた。
彼の仕事は、まだ無い。
デスクに座って同盟軍内部閲覧可能なニュースをさっと眺める。
帝国とフェザーンの争いは更に過熱しつつあり、疲弊した帝国に対して防戦一方だったフェザーンがついに反攻を企む所まで戦況が深刻化していた。
金融と物流の混乱から帝国はその力を十全に出す事はできず、同盟からのアンドロイド・ドロイド提供で人材確保に困らなくなったフェザーンは、アイゼンベルツ星系確保に成功。
首星直撃の回避に成功したフェザーンは、アイゼンベルツ星系からの撤退を条件に帝国に対して手打ちを求めるのではと情報部はレポートを出していた。
フェザーンが軍事的に優位に進めているにも関わらず手打ちを急いでいるのは、フェザーンに根を張っていた地球教が同盟帝国双方で弾圧されたという背景がある。
同盟側の地球教はシヴァ星系のサイオキシン麻薬製造プラントでテロ団体に指定されて徹底的に弾圧・排除され、帝国側もこの動きに呼応してフェザーンへのあてつけに弾圧を始めたら出てくるどす黒い何かという訳で、社会秩序維持局が弾圧の手を加速させていた。
同盟もフェザーンが地球教の表看板である事を元地球教大主教だったアルマン・ド・ヴィリエ氏の捜査協力によって掴んでおり、この動きは見過ごせないものになっていた。
じゃあ、フェザーンへの支援を止めるかといえばそれも駄目で、フェザーンが帝国に蹂躙されでもしたら目も当てられない。
「提督。
お客様です。
キャゼルヌ中将がいらっしゃっていますが」
ヤンは悟った。
きっと、厄介ごとという名前の仕事を持ってきたのだろうと。
ヤンと同じく出世したキャゼルヌ中将は、後方勤務本部物流局局長。
輸送艦をはじめとした同盟軍の支援艦艇全てを管理するロジスティクスの要の部署で、ここの局長職は未来の後方勤務本部長になるという花形ポスト。
1000人以上のアンドロイドと100機の実体化AIに20000人のスタッフを抱えるこの職に彼がついてから、同盟軍の後方支援は一割以上の改善を見せていたのである。
「暇そうだな。ヤン。
仕事を持ってきてやったぞ」
「正式な命令は後方勤務本部経由で、統合作戦本部を通してください。先輩」
言うだけ無駄な台詞をヤンは言う。
この先輩がそのあたりの手抜かりをした事はまったくないからだ。
なれた手つきで、ヤンの言った関係各所の判子が押された書類を机におきながら、キャゼルヌは意地悪そうに口を開いた。
「安心しろ。
お前好みの仕事だ。
軍のネットワークニュースは見ているな?」
「今、見ていたところですよ。
何しろ暇なので」
反撃にもなっていない皮肉をヤンは言うが、案の定キャゼルヌには通じていない。
彼も携帯端末を出して、ある一人の人物を画面に映す。
ヤンはその人物を見た事があった。
「アレクセイ・ワレンコフ代将相当官。
お前さんが以前助けた、フェザーンの大物さ。
情報部を中心に、彼を帰還させてアドリアン・ルビンスキー現自治領主を追い落とそうとする計画が動いている。
お前さんにやって欲しいのは、彼の帰還に伴うフェザーン内部の権力闘争のモデル構築だ」
「それで私の所に来た訳だ。
君も酔狂だね」
「そうですね。
私もそう思いますが、お話を聞かせてもらってよろしいでしょうか?
アルマン・ド・ヴィリエさん」
「構わないよ。
私で答えられる事ならば、答えよう」
ハイネセン某所。
人気の無いセーフハウスでド・ヴィリエ元大主教は楽しそうに笑う。
彼の存在は緑髪の副官経由で示唆されていたが、彼との対面にはかなりの書類と根回しが必要だった。
それを翌日にはこうやって顔を合わせているのだから、緑髪の彼女達とキャゼルヌ中将はどんな魔法を使ったのかとヤンは考えて止めた。
ド・ヴィリエ元大主教の笑顔に隠された視線のきつさから、彼がまだ野心を枯らしていない事を知りつつヤンは相手の言葉を待つ。
「まずは、フェザーン内部の統治組織について話をしよう。
君も知っている表向きの話をするが、構わないかね?」
「構いません。
こちらもそのあたりは関係者の口から確認したい所でしたので」
このあたり知識欲を満たしてくれるので、ヤンは前振りの話でも好んで聞くくせがあった。
それは学者を目指していたヤンの趣味と言っていいのかもしれない。
「まずは大前提。
フェザーンは帝国の自治領だ。
だから、自治領元首は帝国皇帝になる」
意外にこれは大きな問題だった。
地球教内部で自治領主は決められるが、表向きは銀河帝国皇帝の承認が必要になるのだ。
それをどうクリアしたのかという所を、ド・ヴィリエ元大主教はあっさりとばらす。
「まぁ、こちらが提示した自治領主を皇帝が蹴った事は無かったが、同時に自治領主就任において多額の金銭が帝国宮廷に流れた事も事実だ。
現在関係は最悪と言っていいが、このあたりは下手に変えないほうがいいだろう。
本当に終わらせ所を見失う事になる」
現在でもフェザーンが帝国との関係改善に向けて足掻いているのは、そのあたりの長い関係があった。
戦火を交えてはいるが、帝国はフェザーン自治領の自治取り消しまでは宣言していないという一点で、まだ外交的糸が切れていないとド・ヴィリエ元大主教はヤンに教える。
同盟よりも帝国の方がフェザーンの外交の糸は太く長い。
ここの所を間違えると策もうまくいかないとヤンは心に刻む。
「表の組織だと、皇帝の代理人という形で自治領主が現地トップに立ち、その下に各局がぶら下がる。
われわれが何処から自治領主を操っていたかというと、この組織外のオブザーバーとして自治領主に絡んでいた。
フェザーン経済連合会だ」
「シスターズの娘達ですね」
考えてみれば当たり前のことで、地球統一政府を支えた金融・物流企業の連合体が地球教の母体であり、表の顔なのだ。
商人国家であるフェザーンにおいて、彼ら大企業の連絡会であるフェザーン経済連合会が国会の地位を担っていたのである。
行政と司法、表向きは立法も自治政府が押さえているのも、帝国に配慮してという所だろう。
帝国自治領である以上、権力の分立が議会政治ととられたらかなわないという訳だ。
「フェザーン経済連合会が自治領主に陳情し、自治領主がその政策を行政組織に伝える。
これに変化が出だしたのが、人形師が債務返済という形でフェザーンに譲渡した他星系の存在だ」
フェザーン一星ならともかく、他星系を支配する恒星間国家になってしまったフェザーンは同盟や帝国と同じように遠隔地の統治という難問を背負う事になった。
結果、フェザーン行政組織のとある会議が権限を肥大させた。
「自治領惑星間連絡会議。
自治政府惑星行政官の非公式連絡会議だが、惑星間利害調整を受け持つようになって急激に権限を拡大させるようになっていった。
われわれ地球教側にとっての最大の敵さ」
「敵?
同じフェザーンなのに?」
「光すら果てしない時をかける距離で、人が分かり合えると思うのかい?」
ヤンの質問にド・ヴィリエ元大主教は愉快そうに笑う。
その笑みに苦労を感じ取ったヤンは何処も同じと同じように笑うしかない。
「地球は帝国辺境にあり、当然総大主教はそこにいる。
という事は、地球教は帝国出身の派閥で上部は占められているんだ。
ところが、フェザーンは帝国の疲弊と同盟の繁栄によって、フェザーンや同盟出身者が幅を利かせている。
内部のドロドロは帝国や同盟に負けない自信があるよ」
「という事は、貴方が同盟に送り込まれたのは、フェザーン・同盟出身閥の監視ですか?」
段々見えてくる権力闘争にヤンは苦笑しつつも安堵する。
フェザーンを裏から支配しようが、距離と人の欲は変わらないという普遍的事実を見せられて、ある意味ヤンはおちついた。
派閥争いこそ、歴史の主役だからだ。
救いようの無い事に。
「ご名答。
ワレンコフ前自治領主がフェザーン・同盟出身閥に取り込まれたので、地球教は強引に粛清して箍をはめなおす必要があった訳だ。
その同盟担当が私で、フェザーン担当が……」
「ルビンスキー現自治領主」
ド・ヴィリエ元大主教は首を縦に振ることでその答えに正解を出した。
つまり、現在のフェザーンの対帝国和解方針はそこに理由がある。
「彼自身は有能だが、まだ私と違って自治領主の座に据えてくれた地球教の影響力を排除できない。
帝国の弾圧が地球にまで及んで地球閥の力が無くなれば、話は別だけどね。
だからこそ、彼を蹴落とすならば、今が格好のチャンスという訳だ」
「ならば、帝国の弾圧まで待つという選択肢を同盟が取れるのですが?」
ヤンの分かりきった質問にド・ヴィリエ元大主教が楽しそうに笑う。
その選択肢が無い事はヤンもド・ヴィリエ元大主教も無い事が分かっているからある意味確認でしかない。
「帝国内部はブラウンシュヴァイク公とリヒテンラーデ公の対立が激化しているというのに?
フェザーンは既にリヒテンラーデ公側に接触しているだろうよ。
私がルビンスキーならばそうしている」
帝国宮廷内にいるフェザーンロビーを駆使し、内戦に勝利したブラウンシュヴァイク公を牽制するためにリヒテンラーデ公側に肩入れする。
同盟はフェザーン内部の工作と捕らえているようだが、フェザーン自治領主を抑えるという事は、対帝国和平すら望めるという事をヤンは再認識せざるを得なかった。
「気になったのですが、先の帝国内戦にてフェザーンはリッテンハイム侯側に全額賭けていましたね。
あれはどうしてなんですか?」
ヤンは先の帝国内戦のフェザーンの不可解な動きについて質問をする。
商人ならば勝っても負けても損はしない賭け方をするのに、あの内戦では負け側に全額を賭けて現在の苦境を招いている。
それにド・ヴィリエ元大主教は少し視線を上にむけて思い出すように答えた。
「簡単な話さ。
損をしない賭け方をすると、どうしても同盟やフェザーン出身閥に声をかけなければいけなくなる。
それに、皇帝のクローンという切り札を抱えて、我々の手で戴冠させれは、地球教は帝国の国教も夢ではない。
地球の総大主教をはじめとした面々はその夢に酔ってしまっていた。
見事に二日酔いの悪夢に悩まされる事になったがね」
これもフェザーンの国力増大で、具体的なプランが実行に移せるだけの力があったからこそだったりする。
実現可能そうな夢は、つらい現実よりもたちが悪い。
「あの内戦で使われた現皇帝の遺伝子データだが、おそらく地球にデータが残っているはずだ。
表向きは地球環境改善計画でフェザーンが投資したプラントコロニーが、太陽系のどこかに隠されている。
帝国内の権力争いをダシに、フェザーンが和解をもちかける切り札がそれさ。
傘下企業のウィーナスメディアを使って、皇帝の隠し子を発見させる。
その子、おそらくは女子だろうに皇位継承権をつけて、娶らせて、その子に帝位を継承させる。
相手側の遺伝子データもあれば、子供も作れるからな」
都合のよい時に都合のよい後継者を都合よく作れる。
人形師が推進したクローンとコーディネート技術は科学の暴走によってそこまで突っ走っていたのである。
そして、その商品価値を真っ先に見出したのがフェザーンという事なのだろう。
さすが商人国家とヤンは心の中で拍手せざるを得なかった。
「さてと。
ここまで話したのだから、私の頼みを聞いてくれないだろうか?」
何の見返りなしに話をするとはヤンも思っていなかった。
とはいえ、ヤンの権限でできる事は限られている。
「准将程度の私にできる事でしたら」
「なんのなんの。
730年マフィア最後のお気に入りで、軍にも政界にも道が開けている君の頼みを断る人間はこの同盟内部にはそうはいないよ。
何も君一人で帝国を滅ぼせとか言うつもりは無いよ」
冗談なのだろうが、笑えないのでヤンは無理に笑顔を作らざるを得ない。
事実、准将になってから、格段にパーティーや研究会という名を借りた派閥勧誘の誘いが増えているからだ。
仕事が無かった理由もそれで、まずはコネを作れという意味合いがあったのたが、ヤンはそれが非公式の命令だったのを良い事にサボりまくっていたのだった。
で、やっかいな仕事を手に怖い先輩がやってきて、こんな場所でこんな事をしている。
なお、ヤン本人はどう見られているか気にしていないが、周囲は現在我が世の春である同盟国防族に連なる新進気鋭のエースと認識していた。
「で、私に何をしろと?」
「何、君が絡んでいる計画に、手直しをして欲しいのさ。
ワレンコフ氏だけを戻しても、ルビンスキーを抑える事は難しい。
地球教側でどうしても彼を支える人間がいる」
そういって、ド・ヴィリエ元大主教はヤンの顔に近づいてその要求を告げる。
その声に張りが戻り、ぎらぎらした野心を隠そうともせずに、彼はヤンにその要求を告げた。
「私もその計画に一枚噛ませろ」
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