銀河英雄伝説 アンドロイド達が見た魔術師
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第一次アイゼンヘルツ会戦
同盟領 バラトループ星系
「傭兵艦隊ワープアウトしてきます。
残存戦力を確認します」
「損傷艦の修理、負傷者の治療引継ぎ、補給等急げ」
「艦の誘導が追いつきません。
灯台からデータを回すので、管制をお願いします」
「艦隊母艦を中心に管制ネットワークを構築。
ネットワークの同期は終了しているので、解析とデータ配布を開始します」
「方面軍司令部の情報ネットワークからダイレクトライン来ました。
統合作戦本部とのダイレクトライン構築を要求しています」
「外務委員会からもダイレクトライン要求が。
ネットワーク内でラインの整理をお願いします!」
人形師の経済政策によってフェザーン回廊周辺部の同盟領は債務返済の代償としてフェザーンに譲渡されている。
とはいえ、フェザーン回廊周辺星系全部を渡した訳でなく、直接圧力がかけられる辺境星系をいくつかは残していたのだった。
バラトループ星系というのはそんな星系の一つで、イゼルローン方面へ抜ける為に同盟領に残された辺境星系として存在していた。
その星系に同盟フェザーン方面軍二個艦隊が進出してきたのも、帝国がフェザーン討伐の為に大軍を差し向けたからに他ならない。
で、ここでも政治が絡んでくる。
同盟とフェザーンは軍事同盟を結んでいない。
とはいえ、兵は早急に欲しいからPMC経由での募集は受け入れたのである。
傭兵艦隊と称している一個艦隊はそんなPMCの連合体の皮をかぶった、同盟軍実験部隊が主体となっていたのだった。
「大規模戦闘とは聞いていたが、ここまで叩かれるとはね……」
「ただ一人が翻弄した戦場。
そう呼ばれるのでしょうね」
「何か言いたい事がありそうだね。少尉」
「いえ。
目の前の光景に圧倒されていたもので」
796年初頭、フェザーン回廊の帝国側出口であるアイゼンヘルツ星系にて帝国軍四個艦隊60000隻とフェザーン軍三個艦隊42000隻が激突。
この会戦にフェザーン軍が辛うじて勝利したのだが、それに参加していた傭兵艦隊の帰還を出迎えた同盟軍はその惨状に驚愕する事になった。
フェザーンは防御衛星で守られているとはいえ惑星であり、交易港であり、商業都市である以上、そこを戦場にするのはまずく、それはフェザーン討伐を考えていた帝国軍も同じだった。
かくして、アイゼンヘルツ星系が戦場に選ばれた。
「戦況データがネットワークより配信されていますが、ご覧になりますか?」
「頼む」
出迎えた第九艦隊第四分艦隊に所属していたヤンは戦艦セントルシア実体化AIの声に頷いて、アイゼンヘルツ星域会戦の戦況を知る事になる。
それを隊付き参謀についた緑髪のアンドロイドと、副官として着任したフレデリカ・グリーンヒル少尉が一緒に眺めたのだが、そこに映し出された戦場は緑髪の参謀が賞したとおり、ただ一人が翻弄した戦場だった。
その翻弄した人物の名前は、ラインハルト・フォン・ローエングラムという。
戦いは地の利を得ていたフェザーン軍が逃げ回り、帝国軍を補足しようと追いかける所からはじまった。
帝国軍からすれば、フェザーンにワープしたいがワープ前にフェザーン艦隊に叩かれるのを嫌ったのである。
どうしてかというと、ワープには膨大なエネルギーを消費するために一定時間エンジン出力およびシールド等が弱体化するからだ。
それが分かっていたからこそフェザーン軍はこのアイゼンヘルツ星域で待ち構え、帝国軍はアイゼンヘルツ星域に突入してフェザーン軍を排除する必要があった。
イゼルローン回廊を中心に戦争をしていた帝国軍と違って、フェザーン軍はフェザーン回廊こそがホームであり、アイゼンヘルツ星域は庭先みたいなもの。
星域内での補足に失敗した帝国軍だが、総予備として後方に待機していたローエングラム艦隊がフェザーン艦隊に目もくれずにフェザーン星域へのワープポイントに向かった事で戦局が動き出す。
ローエングラム艦隊をワープさせる訳には行かず、フェザーン艦隊はローエングラム艦隊を叩こうして帝国軍に補足される。
で、ワープなんてはなから考えていなかったローエングラム艦隊は、フェザーン艦隊から逃げるように星域外周部を移動して帝国軍主力と合流。
数で勝る帝国軍がフェザーン軍を押す形で戦端が開かれたのである。
フェザーンは帝国自治領という建前もあって、配備していた二個艦隊は帝国軍編成になっており、帝国軍と同装備で戦えば数の差がそのまま勝敗に直結するという所を傭兵艦隊の横殴りで助けられる。
傭兵艦隊は同盟軍艦艇と編成で出撃していた事もあって、12000隻と少なめだがその分艦の性能は帝国軍を凌駕する。
更に、第三次ティアマト会戦にてローエングラム提督が使った単座戦闘艇にリニアレールガンを積んだ雷撃艇という新機種を投入。
艦隊雷撃艇母艦『ノースゴッテス』・『ビックウェル』・『グランドウッド』搭載の雷撃艇による開幕雷撃によって帝国軍の攻勢を頓挫させて膠着状態に陥らせている。
ここまでフェザーン軍及び帝国軍は双方一割ほどの損害を出している。
戦局が動き出したのは、帝国軍が不可解な行動に出てからだ。
傭兵艦隊の一部に明らかに不合理な攻撃を仕掛けだしたのだ。
帝国軍の不合理な攻撃対象の先には、傭兵艦隊として参加していたカストロプ公国軍旗艦『イズン』の姿があった。
同盟領侵攻失敗と帝国内戦によって疲弊した帝国軍は、ブラウンシュヴァイク公によって統一された貴族私兵を組み込む事で今回の遠征戦力を作り出していた。
その為、帝国軍将官の命令と私兵としての貴族の命令という双頭の鷲状態に陥っていたのである。
数で勝っている帝国軍は、それゆえに参加貴族の命令という形で『イズン』撃沈に動いて統一攻勢とはよべないお粗末な攻撃を加えてしまい、傭兵艦隊の第二次雷撃の隙を与えてしまう。
数に勝る帝国軍だが傭兵艦隊に性能では負けており、単座戦闘艇の近接戦闘では帝国軍を圧倒した結果、第二次雷撃で帝国軍は戦線崩壊の危機に陥る。
ここで、総予備として後方でじっとしていたローエングラム艦隊が動く。
高速戦艦を主体とした高速戦隊でフェザーン軍を背後から突こうとして帝国軍の前線崩壊の危機を防いでみせ、フェザーン軍の中核が傭兵艦隊であると見抜いて叩きにかかったのである。
この攻勢に傭兵艦隊が耐えている間に、帝国軍主力が再編が終了してフェザーン軍に襲い掛かる。
勝利を確信した帝国軍の攻勢を再度防いだのはローエングラム艦隊の攻勢から守っていた単座戦闘艇から抽出した第三次雷撃隊で、フェザーン艦隊が崩壊しなかった代償に艦隊雷撃艇母艦『ノースゴッテス』・『ビックウェル』・『グランドウッド』は撃沈。
おまけとばかりに『イズン』も大破させて、出陣していたエリザベート・フォン・カストロプ女公爵が負傷するという始末。
彼女と『イズン』が生き残ったのは、ラインハルトの将才を味方側で見ていたからであり、ローエングラム艦隊の攻勢に躊躇う事無く遁走に移ったのが大きい。
帝国軍がこの段階で兵を引いたのは、この後のフェザーン攻略戦で巨大防御衛星を相手にしなければならなかったのと、背後に居ただろう同盟軍艦隊の存在、そしてイゼルローン方面軍からのイゼルローン回廊進入の報告が帝国軍に入ったからだろう。
これは、同盟と帝国の主戦場がフェザーン回廊に移っただけでなく、イゼルローン回廊が陽動等の主戦場の地位を失った事を端的にあらわしていた。
損害はおよそフェザーン軍8000隻に帝国軍10000隻。
フェザーン軍に参加した傭兵艦隊の損害は5000隻を超えていた。
だが、失った人員は18万ほど。
実験部隊の実験は、先の緊急予算成立によって推進が決まった実体化AI搭載艦およびアンドロイドとドロイドの混成部隊だったからだ。
「第三次ティアマト会戦で失った人員は6000隻に40万人。
今回は5000隻に18万人。
悪い話ではありませんね」
緑髪の参謀は朗らかに緊急予算の成果を強調するがヤンは苦い顔をし続け、グリーンヒル少尉は顔が引きつっている。
18万人は小都市圏人口に匹敵するからだ。
だが、緑髪の参謀のいわんとする事も分かる。
同盟は兵力を提供した変わりに、これらAI・アンドロイド・ドロイドでどこまで人員が削れるかのデータを入手できたのである。
なお、18万の人名の背後には20万ものAI・アンドロイド・ドロイドが宇宙の藻屑として消えた事を指摘しておこう。
その結果は次の言葉に結実する。
「ウルヴァシーの造船所は大盛況だそうですよ。
元々フェザーンは傭兵として艦隊を派遣していた数を入れれば五個艦隊は持てる力を持っていますからね。
それが帝国内戦ですりつぶされたので再編に乗り出している所ですが、アパチャーサイエンス社は同盟政府の認可を経て廉価版のアンドロイド及びドロイドの大量契約を結んだそうです。
フェザーン艦隊の再編には三ヶ月もかからないでしょう」
アンドロイドとドロイドの良い所はここにある。
船を作っても動かす人員が育成できなければ宝の持ち腐れ。
だが、膨大な実戦データをコピーできるアンドロイドとドロイドは短期間での戦力化を可能にできるのだ。
とはいえ、それでラインハルトに勝てるとはヤン及び緑髪の参謀はまったく思っていなかったりするのだが。
だからヤンは釘を刺しておく。
「君達アンドロイドもコンピューターだから、どうしても欠点がある。
それは知っているだろう?」
「はい。
私たちは機械であるがゆえに、効率的に動いてしまいます」
「正解。
人は失敗する。
そのほとんどは状況悪化に繋がるが、その状況悪化に機械がついていけないんだ」
ヤンと緑髪の参謀の言葉にグリーンヒル少尉はなんとかついてゆくばかり。
戦場の霧という言葉がある。
何が起こるかわからない戦場における不確定性を現した言葉だが、この戦場の霧に機械はとても弱い。
グリーンヒル少尉は暇つぶしとヤンと緑髪の参謀が3Dチェスをしていたのが思い出す。
見事な攻勢によってチェックメイトを決めた参謀に対して、ヤンは、
「コンピュータに勝つ為にはこれしかないだろうね」
そう言って、ヤンは3Dチェス版を回転させたのである。
それにあっけにとられた参謀が笑ってそれまでになったが、きっとそれが答えなのだろう。
なんとなく理解した副官の為にヤンは言葉を重ねた。
「ルールを決められた上では人はコンピューターに勝つのは難しい。
だから、ルールをこちらで決定するんだ。
勝負というよりも詐欺の部類だね。こりゃ」
ヤンの言葉に副官もデータを指差しながら補足する。
「ローエングラム艦隊は最初から最後まで、主導権を握り続けていました。
この場合、ゲームのルールの決定権は彼の手にあったんです。
彼の艦隊がフェザーンを直接目指す行動を取ったから、フェザーン艦隊は出てこなくてはいけなくなり、背後を突くそぶりをする事でフェザーン艦隊を躊躇わせ、彼の艦隊が傭兵艦隊を叩いたので勝敗が単純に双方の数になりかかりました。
それをひっくり返したのはイゼルローン回廊に進入した同盟艦隊の存在です」
「質問よろしいでしょうか?
何故帝国軍はイゼルローン方面に陽動艦隊を置いておかなかったのでしょうか?」
グリーンヒル少尉の質問に答えたのはヤンだった。
ベレー帽越しに頭をかきながら、あっけらかんと言ってのけたのである。
「簡単な話さ。
帝国軍も、下手したら同盟軍もまだイゼルローン回廊が主戦場だと勘違いしているのさ。
陽動の戦場で同盟軍がイゼルローン回廊を抜いた場合、帝国領は蹂躙される。
あの人が『アッシュビーの復讐』とばかりにアムリッツァ星域まで出た事を帝国は忘れようとしてもできないだろうね」
そこで彼は真顔になって、予言めいた事を呟く。
「帝国も馬鹿じゃない。
次の侵攻時には、陽動としてイゼルローン方面軍を拘束する為に一個艦隊ぐらいだしてくるだろうね。
おそらく、ローエングラム艦隊だ」
その予言は、半年後結実する。
ヤンとラインハルトが出会う戦場の名前は、アスターテと言った。
後書き
銀英伝星域図は本編資料を加味しながらゲーム『銀河英雄伝説Ⅳ』を軸に考えています。
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