ソードアート・オンライン~神話と勇者と聖剣と~
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DAO:ゾーネンリヒト・レギオン~神々の狂宴~
第十一話
ガキン、と音を立てて、漆黒の大剣と半透明の両剣が弾きあう。火花が飛び散り、白い王宮をさらに眩く照らした。
一対の刃たちはかみ合い、再び弾きあう。がきん、がきん、がきがきがき、と、連続した剣戟の音が響く。
刀身のサイズだけを見るならば、ハザードのもつ《カラドボルグ》が上を行くだろう。カテゴリ《大剣》に所属するカラドボルグは、セモンの《雪牙律双》の刀身よりも幅が広く、重い。
だが、武器本来の性能の差と、そしてセモンの技巧によって、戦いは拮抗していた。
「シィィッ!」
「ガァァッ!」
セモンとハザード、それぞれの武器の刀身が激しく発光する。セモンが放ったソードスキル、《アラブル・スラッシュ》は、ハザードの《シトリー》によって弾かれる。意志の力でスキルディレイをたたき伏せ、再びのソードスキル発動。ハザードは《バーティミアス》、セモンは《アラブル・バイト》。
ソードスキルの打ち合いになった時、重要になるのは攻撃の速さと、スキルディレイから立ち直るスピードだ。この世界に置いて、スキルディレイは全くの無意味なものである、と断言していいだろう。ならば、くらべられるのは技を出すスピード。
その一点に置いて、セモンの《両剣》はひどく有用な武器であった。何せ、刀身が二つある。バトンのようにクルクルと回転させることで素早く攻撃を繰り出し、さらにはどちらの刀身で攻撃するか分からないため、相手を困惑させることも可能だ。オマケにその長さは刀や剣というよりは槍に近い。間合いが広いため、回避がしづらいのだ。
それだけでない。戦いを拮抗させているのは武器の性能だけでなく、その秘めた力の差もあった。
セモンの《雪牙律双》を最初に見た時、その周囲には氷の礫が舞っていた。切り結ぶたびに氷片が飛び散り、ハザードを冷気で蝕んでいく。
ならば、と、ハザードがALO用の火を使うソードスキルや、レノンとの融合で得たファイアブレスで応戦しようとすると、今度は纏わせるのを氷から水や風へと自在に変化させ、臨機応変に対応するのだ。火、水、風、土、光、闇。そして、それらを組み合わせることで無限に生まれるエレメント。それを当然のように使いこなすセモン。
ハザードは内心で舌を巻く。セモンがここまで手ごわいとは思わなかった。
ハザードは十年来の友人として、セモンの性格や戦いの癖をそこそこ理解しているつもりだった。基本的に猪突猛進型ながら、どこか思慮深い面があるため、全くの考えなしで戦っているわけではない。それでもどちらかといえばセモンはパワータイプであり、《神話剣》のソードスキルが《ヒット&ヒット》に特化していることと相性がよかったのはそれに由来する部分もあったはずだ。
それが、今やどうか。
彼自身の意識がないためなのだろうか。その本来の戦闘センスが十二分に開花し、圧倒的な戦闘力を見せている。次の一手が見えない。繰り出す技が変則的すぎる。一撃一撃に迷いがない。攻撃が重い。
セモンは生まれてきた時代を、ある意味で間違えてきた人間なのだろう。彼の戦闘センスは非常に高い。直感性に長けたセモンの攻撃は、的確にハザードの痛いところをついてくるし、武器の性能差にも驕ることなく、冷徹に善手を繰り出してくる。戦乱の時代に生まれて来たならば、きっと英雄にだって成れた。今更ながら、セモンのユニークスキル《神話剣》の名と、つけられた異名《神話の勇者》のことを意識させられる。
第三者的視点で見れば、セモンとハザードの戦いは拮抗しているように見えるだろう。だが、実際のところ、違う。ハザードは先ほどから押され続けている。それでもどうにかして拮抗しているように見せているのは、レノンと融合したことによって与えられた身体能力のたまものだろう。
恐らく、このままでは勝てない。親友は、ハザードが思っていたよりもずっとずっと強かったのだ。
思い出すのは、はるか十年以上前のこと。セモン/清文と琥珀が、初めてリアルで出会った時のこと。琥珀が清文に好意を寄せるきっかけになったあの出来事。
ハザード/秋也はあの時、清文に対して「何を考えているのだろう、こいつは」という困惑を抱いた。感情で突き進み、危険を顧みない。
だが、それは裏を返せば、セモンは何一つ迷っていなかった、という驚愕すべき事実だ。彼は自らの行動に絶対の自信をもち、それが成功すると信じて疑わなかった。
今のセモンはその無茶無謀を、いくらかは成長した精神力で押さえていたのだろう。だが、その精神力を、精神支配によって解除された今、セモンは自らの直感に従って行動する存在と化している。
そして、セモンの直感は、野生児のように精度が高い。彼が『可能だ』と信じたことは、大体可能なのだ。
だから今、セモンの攻撃には一切の迷いがない。もたもたしていたら、ハザードは即座に切られる。
では、それを回避するにはどうすればいいのか。簡単だ。ハザードが、セモンに勝っている部分をフルに使えばいい。
もう、出し惜しみをしている場合ではないと、直感する。
「――――《アクティヴ・バースト》!」
第三者視点で見れば、この時、ハザードの瞳が、真鍮色に光り輝いていたのが分かるだろう。同時に、ハザードが見る世界の色が明るくなっていく。情報量が増える。周囲の時間が、停滞する。
常識に照らせば空恐ろしいほどのスピードで、ハザードの脳が演算を開始したのだ。
加速機能だ。だが、その性質は、アンダーワールドの加速機能、ひいては、後の時代で《ブレイン・バースト2039》と呼ばれることになるゲーム、及びその同型のゲームに搭載されたそれとは、少し原理が異なる。
アンダーワールドやBBの加速機能は、脳に届く信号を、その直前でオーバークロックする、という者だ。対するハザードのこの異能は、脳に届いた後で、その処理速度をオーバークロックする。
つまり、全てを脳で行っているのだ。当然、脳には相応の負荷がかかる。ハザードはこの異能を所持するが故に、一日の大半を睡眠に費やさなければいけないという制約を課せられていた。
そしてそれだけの対価を払っているにも関わらず、この力は万能ではない。使用時間の制限も、STLに備えられた加速機能よりもずっと強い。
――――構わない。
ハザードは内心で呟く。
ハザードの脳裏に浮かぶのは、浮遊城での頂上決戦で、自らと剣を打ち合わせたセモンの姿だ。ただただ、友情だけを信じて、ハザードを倒す為に戦った。
――――今だって。
記憶を封じられ、見える世界を操られ、爪牙として戦わされているセモン。奴の視界を取り戻す。暗雲を吹き払え。道を開くんだ。
ガキン!
ソードスキル《フォカロール》の一撃に渾身の力を込めて、ハザードはセモンを弾き返す。両者の距離が開く。
ハザードは剣を下ろすと、静かに言葉を紡いだ。
「……清文、聞こえているか」
「……俺と琥珀の平穏を乱す奴の声を、聴く必要なんてない」
闇色の外套を翻して、セモンはハザードを睨み付ける。声は届かずとも、会話は成立しているようだ。
セモンの言葉に、どこか淡い懐かしさすら覚えて、ハザードは答える。
「なるほどな。お前も、今の俺と同じ思いを、アインクラッドでしたわけだ。声が届かない――――決して覆せない意志が、目の前にある。救うためには滅びしかない」
かつて――――ハザードは、アインクラッド第七十五層で、兄であるヒースクリフ/茅場晶彦に加担し、セモンと切り結んだ。あの時、戦いをやめよう、と懇願したセモンに対し、ハザードはその手を振り払い、「兄さんの邪魔をする奴は、みんな敵だ」と答えた。
今のセモンは、それと同じだ。
だが、あの時のハザードと違って、セモンを取り戻すのはいたって簡単なのだ。今のセモンは、闇にとらわれているだけ。自ら闇を吐き出していたかつてのハザードと違って、セモンにあるのは外付けの闇だ。
セモンを取り戻すために必要な行動はたった一つでいい。彼に、ハザードの声が聞こえるようにすればいい。その心を覆い尽くす闇を、吹き飛ばしてしまえばいいのだ。
実際のところ、脳加速を行う意味は、ほとんど不要であった、と言っても過言ではない。なぜならば、これから行う攻撃は、たった一つだけ、それも、たった一撃なのだから。
だけれども、その一撃が担う意味はあまりにも大きい。だから、確実に当てる必要がある。
そのために、ハザードは己の異能を解放したのだ。
さぁ、準備は整った。
「今――――お前を取り戻す」
ハザードは、《人獣一体》がもたらした爆発的な身体能力を以て、駆ける。
思えば、この《獣聖》の力すら、運命に導かれて手にしたものなのかもしれない。今までハザードは、自らの性格から《獣聖》を選んだ、と思っていた。だが、この力がなければ、セモンに一撃を届かせられないという、最悪のルートへ至る可能性がのこされてしまう。
だが今、《獣聖》と、脳加速と、ありとあらゆる思いが、ハザードの一撃をセモンに届かせる。ソードスキルをかいくぐり、六門魔術を回避して、セモンへと近づく。届け、届け、と。
「このッ……来るなァァァァッ!!」
セモンの《両剣》が眩いエフェクトライトを宿す。高速で振るわれる一対の刃。その連撃は斬撃の嵐を生みだし、それは同時に壁となる。《神話剣》が誇る最強の《力》のソードスキル、《アラブル・バーニン・ヴァルヴレイヴ》。
――――その使い方は、違う。
そう。《神話剣》の上位ソードスキルは、防御のために在るのではないのだ。唯々、先へと進み、勝利をつかむために在るのだ。
――――守りに入ったセモンに、負ける筋合いなんて、俺にはない。
強い心意で、さらに自分を強化する。
この一撃は、必ず、届く。
だから。
「きぃぃぃよぉぉぉふぅぅぅみぃぃぃぃぃぃッ!!」
引き絞るように叫び声をあげて、ハザードはその拳を握る。驚愕に歪んだセモンの頬に、その一撃が――――ついに、収まった。
「……が……ハッ!?」
絞り出される空気。セモンの意識が、どこかへ飛んで行ったのが分かった。
「……あーあ、終わっちゃったかぁ……楽しかったんだけどなぁ……まぁ、いっか。目を覚ましても、そこには『本物』がいるわけだしね……なんて幸せなんだろ、清文」
ぽつり、と呟き声を漏らし、青いマフラーの少女は、陽炎のように姿を消した。
それと同時に、ハザードの《人獣一体》も、《脳加速》も解除される。凄まじい眠気がハザードの意識を刈り取らんと迫る。だが、此処で眠ってはいけない。
「清文!」
戦いを終えた勇者のもとに、姫が辿り着くのを見届けるまでは。
「清文……清文……!」
倒れたセモンに抱きすがり、コハクが何度も名前を呼ぶ。すると、まるでその声に引き寄せられたかのように――――うっすらと、セモンの眼が、開いた。
「あ……こは、く?」
「気が付いたのね……!」
その瞬間、コハクの安どの表情は一転して、くしゃり、と彼女の顔は歪んだ。
「馬鹿!どれだけ心配したと思ってるのよ!……本当に……本当によかった……」
もう一度セモンを強く抱きしめるコハク。何が起きているのか分からない、とばかりに目を弘玄させるセモン。
――――これでいい。
ハザードはうなずくと、壁に背を預け、ずるずると脱力した。もう、脇役の出番はないだろう。
それを境に、彼の意識は、深い暗闇の中へと沈んでいった。
***
「そっかぁ、セモンの呪縛は解除されちゃったわけね……まぁ、別に織り込み済みだからどうでもいいんだけど」
白い王宮の玉座で、純白の《神》は呟く。
「しかしハザードも、大きく株を上げたね。脇役、か……馬鹿言え。充分な助演じゃぁないか――――そんな君に敬意を表し、《未知》を見せよう」
そう言って、《主》は歪んだ笑みを浮かべる。
「舞台はもうすぐ整う!最終幕の開演は近い!」
後書き
そんなわけではいどうもー、Askaです。今回はセモン君VSハザードの友情バトル(?)後篇です。
刹「相も変わらずのデウスエクスマキナ的展開と、生かし切れていない設定……」
仕方ない。限界がそこにあったのだから。
刹「じゃぁ最初から使わないでください!」(ざしゅっ!
ぐはぁ!久しぶりに斬られた!
そんなこんなで無事(?)セモン君も救出され、物語も動き始めます。次回、動乱の第十二話!
刹「作者がそんなことを言うたびに失敗するのが目に見えている……あんまり期待せずに、次回をお楽しみに」
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