ソードアート・オンライン~神話と勇者と聖剣と~
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DAO:ゾーネンリヒト・レギオン~神々の狂宴~
第十話
エインヘルヤルが姿を消し、世界樹の上空に《白亜宮》へと続くゲートが開いてから二時間余り後のこと。ゲートの前には、二百余名にのぼるALOプレイヤーが集結していた。皆、一級品の装備に身を固めた、ALOのトッププレイヤーである。
その中には、キリトを始めとするSAO生還者の姿も多かった。
「キリト君」
両隣に水色の髪の少女と、金髪の少女を連れた、赤髪の青年が語りかけてくる。
「カガミ……来てくれたんだな」
《舞刀》カガミだ。その隣にいる水色の少女が《星衝剣》アルテミス、後ろでこれから始まる戦いに目をキラキラさせているのが《三日月弓》のケイロン。
ユニークスキル使いで構成された攻略チーム、《トライツイスト》のメンバー達だ。
「もちろん。俺達にとってもALOは大切だ。……浮遊城では君とそんなに会話しなかったから、新鮮だよ」
「そうだな」
カガミと共に苦笑する。彼ら《トライツイスト》とは、SAO攻略後期に話をしたことがある程度だ。ほとんど面識はないと言ってもいい。カガミとはそこそこ長い話をしたことがあるが、アルテミスやケイロンとは全くと言っていいほど話をしたことがない。
周囲を見渡して、カガミが感嘆のため息を漏らす。
「すごいな……これだけの人が集まっている。皆、この世界を救いに来たんだ」
「ああ」
つまりここに揃ったのは、ALO最強の一団。対エインヘルヤル戦を超える備えの、最高戦力である。
惜しむらくは集まったプレイヤー達の中に、長期間の緊迫した戦いに慣れたSAOサバイバーの数が少なかったことか。だが、それでもこれだけの数が集まった。それは素晴らしいことだ、とキリトは思う。
みんなが、自分の暮らす妖精郷を取り戻す為にやってきている。所詮ゲームの中のこと、と割り切らずに、自分の生活の一部として、この世界のためにやってきているのだ。
もちろんキリトもそうだ。仮想世界はキリトにとって、もしかしたらリアルよりも大切な場所なのだ。
沢山の出会いがあった。キリトの半身は、この世界にあるのだ。
だから、取り戻さなくてはならない。必ず。緊張からか、自然と震えが出てきそうになる。だが、それは無視しなければならない。自惚れるつもりはないが、恐らくこの場で最強なのはキリト自身だ。最強の存在が恐れを見せては、全軍の士気にかかわる。
だから――――
「行こう!俺達の世界を、取り戻すんだ!」
緊張を言葉で打ち消すように、キリトは叫ぶ。集まった面々からも雄々しい返事が帰ってくる。
『お集まりのようだね、妖精郷の戦士ら』
その時だった。聞き覚えのあるあの声が、イグドラシルシティに響き渡ったのは。
それは悪魔にして女神の声。世界の崩壊のトリガーとなった、あの青い少女の声。
「ノイゾ……!」
キリトのうめき声が聞こえていないのか……いや、こちらから向こうに声は届いていないのか。彼女はその声に全く反応することなく、つぎの言葉を紡いだ。
『自らが生きる世界を取り戻す為に戦うか……正直、私自身は貴殿らが怖気づき、勇者以下数名だけが来るものだと思っていたのだがね。どうしてなかなか、集まっているじゃないか……貴殿らの勇気に拍手を送ろう――――来たまえ。貴殿らの意思が、いかな強さなのか……それは我が兄にはむかうに足りるのか、私が判別してやろう』
瞬間、エインヘルヤルの開いたゲートが、バクン、と音を立てて巨大化した。凄まじいスピードで淵が迫ってくる。
「うわ!?」
「きゃぁ!」
「うぉおお!?」
「くっ!」
まるでブラックホールのように、妖精郷の戦士たちが飲み込まれていく。
「うわわわわ!?」
「ここぞとばかりにカガミ君をぎゅーっ!」
「ひゃっはー!」
若干に名ほどおかしいのがいたような気がしたが。強者というのは、こんな局面でもひょうひょうとしているモノなのか?きっと違うと願いたい。
少なくともここにはいない、あの神話の剣を携えた剣士は違った……はずだ。
「くっ……!」
そこまで考えたところで、キリトにも限界が来た。足がイグシティの大地を離れる。ゲートに吸い込まれ……
「う、あぁぁぁぁ―――――……」
『そうそう、貴殿らの挑戦にはタイムリミットを用意させてもらうよ。そうだな……一日、というところでどうか。それまでに貴殿らが目覚めることができなければ貴殿らの負け、だ――――』
ノイゾの含み笑いを聞きながら、その意識は、ホワイトアウトした。
***
「……リト。キリトってば」
「んー……」
自分を呼ぶ声と、体を揺り動かす手に起こされて、キリトは目を覚ました。
「(……あれ?)」
見渡すと、そこは見覚えのある光景が広がっていた。SAOサバイバーのために用意された学校の、自分のクラスだ。時計の針は昼の十二時半ごろをさしている。
「やっと起きたよ……もう皆庭で待ってるよ」
「ああ、悪い、ユージオ……」
そこまで条件反射的に言いかけて、キリトは絶句した。
ぐるり、と勢いよく横を見ると、そこには亜麻色の髪をした少年。キリトの突然の行動に驚いたのか、緑色の眼を見開いている。纏っている服は、記憶にあったものではなく、キリトのそれと同じこの学校の制服。
「……ユージオ、なのか……?」
そこに立っていたのは、キリトの生涯最初の真の親友にして、アンダーワールドでその命を散らしたはずの相棒、ユージオだった。
彼とともに戦った日々の記憶は、キリトの中で最高の時間として残されている。同年代の友人のいなかったキリトにとって、ユージオは前述のとおり初めての親友だったのだ。
だが、彼は人界を支配する《公理教会》の総本山、《セントラル・カセドラル》の頂上で、公理教会最高司祭、アドミニストレータと相討って死んでしまったはずだ。彼はその後も残留思念としてキリトを時折導いてくれたが、こんなふうに現実世界に現れたことなどない。
そもそもなぜ自分はここに居るのか。自分はALOを取り戻す為に、《白亜宮》に向かったのではないのか――――?
「何言ってるんだい、キリト。当然じゃないか……僕は折草優慈男……ユージオだよ。生まれた時から君と一緒に育ってきた、相棒じゃないか」
おかしい。何かが、決定的におかしい。確かにユージオは、アンダーワールドのキリトにとって、生まれた時からの相棒だった。だが、彼がそのことを言っているのではないのだ、と、なんとなくキリトは直感した。
「ほら、行こう、キリト。もうアリス達もアスナも、みんな外で待ってるよ」
「あ、ああ……」
ユージオにせかされて、キリトは立ち上がった。そこでも再びの違和感。
――――ユージオは、アスナに会ったことがないはずだ。
彼は死の間際まで、キリトが別の世界からやってきた存在であることを知らなかった。彼にはアスナの存在を一度も話したことはないし、アスナがアンダーワールドにやってきたのはユージオが死んだあと。したがって、彼はアスナのことを知らないはずなのだ。
だが今、彼は自然に彼女の名前を出した。それに、今、『アリス達』、と言わなかったか――――?
「「おそーい!」」
「キリト君、料理冷めちゃうよー!」
「パパったらうっかりやさんです!」
「いつまで寝ているつもりだったのですか?」
「仕方ないです。キリトさんは寝坊助さんですから」
「全くもう……お兄ちゃんてば」
「はぁ……間抜けね」
「本当だ。せっかく儂も手伝ったというのに」
校舎裏にある庭の芝生の上には、大きなシートが敷かれていて、その上にキリトのよく知っている少女たちと、見たことはあっても直接会うのは初めての少女が、出来たてと思われる料理を並べて座っていた。
立ち上がってこちらをにらむのはリズベット/篠崎里香。その横で、こちらは主にユージオをしかっているのだろう、金髪の少女。彼女は恐らく、アリス・ツーベルクだ。
キリトを非難したのはアスナ/結城明日奈だ。その隣に《娘》のユイ。広げられた料理の大半は彼女が作ったのだろう。その隣には、アリス・シンセシス・サーティの姿。ユージオがアリス達、と言ったのも理解ができた。
苦笑するのはシリカ/綾野珪子と、キリトの妹、リーファ/桐ケ谷直葉だ。
澄ました顔でため息をつく眼鏡の少女は、シノン/朝田詩乃。その隣に座るもう一人の眼鏡の少女は、記憶にあるその姿よりも幾年か年ごろのような気がするが、恐らくカーディナルだ。
ユイ以外の全員が、この学校の制服を纏っていた。サーティの方のアリスは分かるが、シノン、リーファ、そしてツーベルクの方のアリスとユージオは、そもそもなぜこの場にいるのかすら理解できない。
だけど、その光景を見ているうちにキリトの心の中にはほんわかとした温かいものが広がってきた。いないはずの人物がいる。そんな些細なことなどどうでもいい、と思ってしまえるほどの優しさが、この場所にはあった。
「あ、ああ……ごめんごめん」
「まったく……みんな聞いてよ、キリトったら教室で熟睡してたんだよ?」
ユージオと共に、小走りでみんなに近づく。料理のいい匂いがしてきた。
「ちゃんと見てなかったユージオも悪いのよ!」
「ご、ごめん……」
ツーベルクの方のアリスに叱られて、ユージオが首をひっこめる。キリトにはアンダーワールドに置いて、アリス、ユージオと共に、三人で過ごした記憶はない。だが、妙に懐かしい感じがするのが心地よかった。
この世界のアリスたちは双子、という事になっているらしい。キリトの知っている世界では会話したことすらないだろうツーベルクのほうのアリスやカーディナルとも、アスナ達は楽しげに会話をしていた。
ふいに、キリトの中で何かが揺らいだ。
ああ、もうこのままでいいかもしれない、という安息感。だってここには、自分の望んだすべてがあるのだから。失ったはずの人たちがいる。ありえなかったはずの光景。だけど、そこにあるすべてが最高の幸せだ。
このまま、此処で永遠に暮らしていきたい。そんな渇望が、鎌首をもたげる。
――――ああ、だけど。
そんなわけにはいかないのだ。
もしかしたら、少し前のキリトなら、ずっとここに居たいと思って、その通りに行動してしまったかもしれない。これから戦うのは、絶望的な強さをもった敵だ。決してかなうわけがない。だが今、この、最高の幸福をみたキリトなら、彼らのために立ち上がれる。
この世界は、恐らく《白亜宮》が見せた幻なのだろう。ならば彼らは、キリトを奮い立たせるためにこの夢を見せてしまった。
「悪い、みんな」
キリトが声を上げると、少女たちとユージオは、不思議そうにこちらを見た。
「俺には……行かなくちゃいけないところがある、やらなくちゃいけないことがある。だからもう、此処にはいられない」
キリトが覚えている限り最後の元の世界の記憶は、ノイゾが「タイムリミットは一日」と言った場面だ。恐らく一日以内にこの夢からさめなければ、失格という事になってしまうのだろう。
ぎりぎりまで幸福を味わっていたい、と思うが、だが、時刻は一刻を争うのだ。そう言うわけにもいかない。
「また大変なことに首を突っ込んでるのかい?」
「もう、しょうがないなぁ、キリト君は」
最初に笑ったのは、ユージオとアスナだった。キリトにとって最も大切な二人が、最初に背中を押してくれた。
「キリトがやらなくちゃいけないことが、どんなことなのかは分からない。もしかしたら、僕が想像しているよりも大変な事なのかも。だけど、キリトならきっとできる。もし辛くなったら、またここに戻ってくるといい。待ってるから」
ユージオの微笑に合わせて、皆が頷く。
「――――ああ。ありがとう、ユージオ」
キリトが頷き返すと、その容貌は、いつの間にか学校の制服姿ではなくなっていた。その風貌は、あの浮遊城のそれと、妖精郷のものと、硝煙世界のいでたちと、そしてアンダーワールドの装束が、すべて折り重なったものだった。
――――ここには、みんなの思いが詰まっている。
――――俺はキリト。皆の思いのために戦う剣士だ。
「さぁ、立ち上がって、キリト。僕の――――僕たちの、英雄」
「ああ――――行って来る!」
ユージオの突き出した拳に、キリトがその拳を打ち付けた瞬間――――
周囲の光景が、がらりと変わった。
穢れなき純白の宮廷内。華美なようにも、静かなようにも見える装飾の施されたその通路に、キリトは立っている。
視線の先には、二人の少女が立っていた。
片方はおなじみとなった銀髪の気だるげな少女、エインヘルヤル・イクス・アギオンス・レギオンルーク。背後にはバァル=フェゴルもいる。
その隣にいるもう一人の少女は、初めて見る存在だった。
どこか獣めいた超然とした笑みを浮かべる、豪奢な金髪の少女。纏っているのはどこか制服や軍服のようにも見える騎士装。握っているのは金と赤の二本の槍。背後には、半透明の巨大な狐火。
「……《黒の剣士》、目を覚ました」
「ふむ、思ったより早かったな……」
後ろを見れば、そこには仲間たちが倒れている。全員目を閉じて、眠っているようだ。恐らく彼らも、先ほどまでのキリトと同じく夢を見せられているのだろう。恐らく彼らにとって、最も幸せな景色を。
「あんたたちの仕業なのか……?」
「そうだな。その通りだよ。お初御目にかかろう、《白亜宮》が《七眷王》の一柱を任されている、アニィ・イクス・アギオンス・レギオンキングだ。これは余の《惟神》、《強欲》。卿らの望む景色を見せていたのはこやつだよ」
そうしてにやり、と笑う、アニィと名乗った少女。その眼はやはり紅蓮。金色の髪と相まって、まるで金色の炎のような印象を受ける。
「さて……卿が目覚めたという事は、もはや我らの出番もあるまい。高みの見物と行こうではないか、エイン?」
「分かった……せいぜい楽しませて、黒の剣士」
エインヘルヤルがそう呟くと同時に、《白亜宮》の景色が変化した。いつの間にか巨大な立橋が出現し、その上にエインヘルヤルとアニィが移動している。
そして――――
「では、よろしく頼むぞ、ホロウ殿」
「は~い、分かりましたぁ!」
三人目の人物が姿を現す。その姿を見て、キリトは思わず口走っていた。
「刹那……!?」
シャノンの妹、グリヴィネこと天宮刹那と、彼女はそっくり…顔立ちに至っては同一…な姿をしていたのだ。こちらのほうが何歳か年上か。マフラーも白いし、瞳も紅蓮い。何より刹那よりも幾分か甘ったるい、明るい表情をしていた。刹那のような生真面目さは感じられない。
「うーん、その反応はもう飽きましたねぇ……私は《七剣王》第一席を任されてる、ホロウ・イクス・アギオンス・スプンタマユです。そうですねぇ……どうしてもあなた達風の名前で呼びたいなら、天宮薄葉って呼んでください」
緊張感のない声で告げる、ホロウと名乗った少女。
「《黒の剣士》さんの相手をしろ、とお兄様に言われてきました」
「……つまりお前が、俺の相手、ってことか……」
眼前の少女からは、まるで緊張感を感じない。だが、それと反比例するかのように、圧倒的な重圧を――――たとえて言えば、《神格》を彼女から感じる。
だが、それに怖気づいていてはいけない。
「《夜空の剣》、《青薔薇の剣》」
その名前を呼び、強くイメージする。そうすれば、彼らが答えてくれるという事は、なぜかわかっていた。
期待通り、漆黒の剣と半透明の剣が、キリトの掌中に出現した。頼もしい重量が伝わってくる。
「準備、できたみたいですね。うーん……《トゥルーエクスキャリバー》は貸しちゃってるし……じゃぁ、これで行きましょう。《ハルワタート》《アムルタート》」
ホロウのもとに出現したのは、鏡合わせのように瓜二つの二本の長剣だ。片方が金と赤、片方が銀と青。
「それじゃぁ、行きましょうか!」
「――――来い!」
キリトは、覚悟を新たに、二刀を構え直した。
戦いの幕が、上がる。
後書き
どうもみなさんお久しぶりです。途中から読んでいる方には全く馴染みのない三人組が超久しぶりに登場。そういえばケイロンって戦闘狂だったんだよなぁ……シャノンよりもひどい。
そんなわけでリクエストのあったユージオ君の登場です。彼の名前の当て字は、原作九巻に出てきたユージオのお父さん「オリック」の名前をもとに、英語風に「オリックの息子」+web版にちょっとだけ出てきたアンダーワールド内における彼の名前の由来を元ネタにしました。この光景に《月夜の黒猫団》がいなかったワケですが、キリトの中では彼らについては踏ん切りがついたから、という事にしておいてください。……実際問題、書いてる余裕がなかっただけなんですが。
刹「ちょ!?」
さて、次回は他の《ボルボロ》か、ハザードVSセモン君ですかね。また時間はかかると思いますが、気長にお待ちください。
刹「つぶやきの方で短編のアンケートもしています。よろしくお願いしますね。
それでは次回もお楽しみに」
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