ソードアート・オンライン もう一人の主人公の物語
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インフィニティ・モーメント編 主人公:ミドリ
壊れた世界◆奇跡
第四十七話 俺は誰だ
エギルはキリトと共に、店を出て行くシノンとミドリを観察していた。
「どう思う」
短く訊ねたキリトに、エギルは顎をこすりながら答えた。
「……似ている。確かに似ているが……でも、そんなことあり得るか? あいつがヒースクリフと相打ちになって死んだのはみんな見てたんだぜ。それに名前も違う」
「その通りだ……。もし奴が本当にミズキなら、わざわざ名前を騙る必要なんてどこにもないはずだからな。それに、仮にあの戦いでは生き残っていたのだとしても、あいつはもう生きていないはずだ」
「あのときのあいつの言ったことを信じれば、そうなる」
エギルとキリトは同時に溜息をついた。七十五層でヒースクリフを破り、いまやこのアインクラッドで伝説として語られている男は、死んでいなければならなかった。黒鉄宮の名前が消されていることも確認済みなのだから。更に、ミズキはヒースクリフと戦う直前、自身の脳に限界がきていると語っていた。仮にヒースクリフとの戦いで命を落とさなかったとしても、もう生きてはいないはずだった。
「しかしあの声、口調は大分違うけどそっくりなんだよなあ……。なにか繋がりがある気がしてならないんだけど……」
キリトはミドリと名乗ったプレイヤーがついさっき通り抜けたドアに向かって視線を投げたが、ミドリはもうそこにはいなかった。
「そこの公園を通ればエギルの店に着くわ。そのまままっすぐ行けばさっきの商業区ね」
シノンの案内で街を一周し公園についたミドリは、噴水の側のベンチの端に腰を掛けた。シノンが一人分隙間を開けて、ベンチの反対側の端に腰を掛ける。
「大丈夫? 疲れてないわよね」
「ああ、平気だ。ちょっとふらつくが、それだけだ。……なあ、シノン。ちょっと聞きたいことがあるんだが、いいか」
「なに?」
シノンは軽く眉をひそめてミドリを見た。ミドリは噴水の方を向いたまま、シノンに話しかける。
「さっきの黒ずくめ――キリトの様子、ちょっとどころじゃなくおかしかったよな」
「そうね、あからさまに不自然だった。なんか幽霊でも見たみたいに」
シノンの言い方は流石に言い過ぎに思われたが、事実先ほどのキリトの驚きようには妙にひっかかるところがあった。
「……俺、どうもこの世界に来るの、初めてじゃない気がするんだ。それがキリトのあの態度に関係するんじゃないかって、そんな気がする」
シノンはなにも答えず、沈黙で先を促した。ミドリはちらりとシノンを見ると、先を続けた。
「でも、思い出せない。さっきからどうも頭にもやがかかったような妙な感じがして……。ちょっとそれ、見せてくれるか」
ミズキがシノンの腰の短剣を指さしたので、シノンは鞘から抜いて抜身のまま手渡した。
「この輝き……何度も見た気がする。一体どこで見たのか……」
ミズキが考えこむと、シノンが手を伸ばして短剣を奪い返し、立ち上がった。
「商業区にプレイヤーがやってる武器屋があるわ。ここで考えこんでるより、そっちに行ったほうがいいんじゃない」
店主リズベットはミドリを見るなりどうにも不思議な顔になった。
「はじめまして、よね」
「ああ、多分。ミドリだ、よろしく」
「あたしはリズベット。リズでいいわ」
自己紹介は済んだものの、リズベットはまだミドリの顔をじろじろみていた。居心地が悪く、ミドリは思わず縮こまった。
「ああ、ごめんごめん。あんたが知り合いに似てたもんだから、つい。そいつ、死んじゃったんだけどね」
リズベットは空気が暗くなりかけるのを感じて、ことさら明るい声で用件をきいた。
「武器を見たいんだ。とりあえずいろんな種類の武器と、それから防具を見せてくれないか」
「新しい武器を探すのね。あのクソ厄介なバグのせいでスキル熟練度が完全にリセットされちゃって以来、あんたみたいに新しい武器を探しに来る奴が増えたわ。あんだけ短剣にこだわってたマルバだって……って、ごめん。あんたはあいつじゃないんだった」
「ちょっと待って。その死んだ知り合いの話、聞かせてもらうわけにはいかないか」
ミドリが食いついたのは、リズベットにとっては話したくない話題だったようだ。リズベットはあからさまに顔をしかめた。
「ごめん、あんまり話したくない。どうしてもっていうのなら話すけど……」
ミドリは引き下がるべきかどうか悩んだが、結局頼み込むことにした。
「頼む。実は俺、記憶喪失になっちゃったみたいで……以前のことが思い出せないんだ。俺と似てる奴がいるのなら、何か思い出す手がかりになるかもしれない」
リズベットは嫌そうな顔をしたが、しかし仕方がなさそうに頷いた。
「ちょっと信じがたいけど……そういう事情なら仕方ないわね。でもほんと、妙なところまで似てるものね。……そいつも記憶喪失だったのよ。それも、ただ忘れちゃっただけじゃなくて、記憶が短期間しか保たない病気なんだって言ってたわ。前向性健忘……っていうらしいけど」
リズベットは隅に置かれたは椅子を三脚持ってくると、ミドリと、所在なさげにしていたシノンに座るように促した。遠慮しようとするシノンに対し、リズベットは言った。
「シノン、あんたも聞いていくといいわ。あんたもまだあいつのことを知らないはずだから」
「……その、あいつって誰なのよ。もったいぶってないで教えて欲しいんだけど」
「英雄よ」
極めて簡潔な返事に、シノンは思わず黙り込んだ。リズベットはコーヒーを三杯入れて二人に配ると、自分も一口啜ってから、ゆっくりと話し始めた。
「あいつは……妙なやつだったわ。筋力パラメータが足りないからまともに攻撃を防げないくせに、いっつも身体半分を軽く覆うような大きな盾と、気休め程度の短い剣を持って、それだけで戦っていた。――いや、あれは剣とも呼べないような代物だったわ。刃が片方しかなくて、素早く振り回すことで攻撃力が上がるように重心が外側にある、妙な武器だった。見た目は剣っていうより鉈だったわ。
一番最初に会った時なんて、普通短剣とか細剣に使うようなスピード型の高級インゴットを持ってきて、これで大盾を作れなんて言ったのよ。一体どんな馬鹿かと思ったわ。出来上がった盾はそれはもうぺらんぺらんで、耐久力はそれなりだけど、完全に防御したって敵の攻撃が三割は抜けるような恐ろしくヘボい性能だったわ。でも結局、あいつは最後まであれ以外の盾を使わなかった。最後――ヒースクリフを倒す時まで」
リズベットはもう一口コーヒーを啜ると、右手を振ってメニューを出し、一枚の写真を取り出した。
「これは、今はもう存在しないギルド《リトル・エネミーズ》の集合写真よ。端っこででかい盾を持ってる奴が、その大馬鹿者」
シノンが写真を受け取り、ミズキもそれを覗きこんだ。白い毛玉をかかえた背の低い少年と、小さな竜を肩に載せた少女、そして槍を杖代わりに立ち黒い子猫を連れた少女が三人並んで真ん中に写っている。そこから一歩引いた位置に大盾の戦士がいた。肩に乗っているのは鷹だ。
「ビーストテイマーだけで構成された四人だけのギルドだった。どいつもこいつもほんっと癖のある戦い方をするもんだから、笑い者にされたこともあったわ。それでも、あいつらはいつも本当に楽しそうに攻略に参加していた。みんな戦場に向かうような雰囲気で出かけていって、それが普通だったのに、あいつらはピクニックに行く雰囲気だった。
一度圏外村へ行くときに護衛をしてもらった時、戦闘をじっくり観察させてもらったことがあったんだけど、もうびっくりしたわ。敵が来るとさっと二組に分かれるの。大盾と槍がタゲを取って、短剣の二人が遊撃するっていうなんとも珍妙としか言いようがないような戦術でね、それでもまったく危なげなかった。あれは、そう……二人ずつのパーティーを束ねた、小さなレイドだった。だからこそ心配なのよ。あの戦術は一人でも欠けていたら成立しない。大盾がいない今、いったいどうしていることやら……」
ため息をつくと、彼女は頭を振った。シノンがミドリを見ると、彼は先ほどの写真を食い入るように見つめていた。
「やっぱり……勘違いじゃない。俺は、この男を知っている。いや……知っているどころの騒ぎじゃない。俺は――多分、こいつとずっと一緒に居たんだと思う」
ミドリはコーヒーを一口啜った。リズベットはミドリの手元を見て、軽く目を見開いた。
「そのカップの持ち方、あいつとそっくりだわ。武器のメンテの度にここでコーヒーを飲んでたけど、いっつもそんな持ち方だった」
ミドリは自分の手元を見た。なるほど、少々特徴的な持ち方に思えた。彼はコーヒーカップのもち手に人差し指、中指と薬指を入れ、さらに四つの指すべてでカップを包み込むようにしていた。
「ミドリ、さっきあいつとずっと一緒に居たって言ったわね。でも――それはおかしいのよ。あいつらはずっとその写真の四人で行動していた。あいつとずっと一緒に居たというのなら、あんたはあの四人のうちの誰かじゃなきゃいけない。……答えて。あなたは、一体誰なの……?」
ミドリは俯いた。長い間、その場を沈黙が支配した。やがて、かすれた声が答えた。
「俺は……誰だ……?」
後書き
誰なんでしょうね(すっとぼけ)
ミドリの謎はどんどん深まりますが、そのうち明らかになります。ただ、口調が明らかに違うことからも分かるとおり、ミドリとミズキは別人です。しかしまるっきり別人というわけでもなく、何らかの関係はあるわけですが……。その関係については、私の想像力のあらん限りを発揮していろいろ詰め込みました。ご期待ください。
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