ソードアート・オンライン ~呪われた魔剣~
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神風と流星
Chapter1:始まりの風
Data.4 波乱の会議・前編
緊迫した空気が場を包む。安易に行動しようものなら一気に爆発するような――――そんな危うさが今この場にはある。そんな中――――俺はこんなことになった原因を回想していた。
俺とシズクはあの後アルゴと別れ、そのまま街の噴水広場に向かっていた。
「ねえルリ君。何人くらい来ると思う?」
「んー、大体40人前後ってところじゃないか?少なくとも1レイド作れるだけ集まるってことはないだろうな」
「そうなの?遂に初めてのボス攻略が開始されそうって話なんだから、もうちょっと集まると思うけど」
「その考えも普通のMMORPGなら間違っちゃいないんだが……いいか、よく考えてみろ。初めてのボス攻略で勝手が分からず全滅、なんてのもあり得ない話じゃない。しかもこの世界で全滅――――つーか死亡したらそこでゲームも人生も終わりなんだ。そんな危険な綱渡りができるような連中がたくさんいたら、一層なんてとっくに突破してる」
「そっか。そりゃそうだね」
シズクの言葉を最後にしばらく無言の時間が続く。
今、俺たちが向かっているのはトールバーナの噴水広場。そこでは今日の午後四時から第一回目の『第一層ボス攻略会議』が開かれる。
どうやらどこぞのパーティが最上階に通じる階段を見つけたらしく(さっきアルゴから買った情報だ)、ようやくボスの攻略が見えてきたということで、今回の会議が開かれる運びになったらしい。
ボス攻略は普通の戦闘とは違い最大6人のパーティを8つまで束ねて《レイド》なるものを作る。《SAOクローズドβテスト》という、いわば体験版のようなもの(もちろんゲームでの死=現実での死というルールは適用されていなかったが)では、大体レイドを2つ作って交代するという布陣がノーマルだったのだが、俺の予想では恐らくレイド上限を一つ満たせるかどうかさえ怪しいだろう。
会議に集まるであろうプレイヤー達のおおよそのレベルと武装を予測したり、会議後に受ける予定のクエストの攻略法を反復していたりすると、いつの間にか噴水広場に着いていた。
集まっているプレイヤーの数はたった今到着した俺とシズクを合わせても46人。時間は開始時刻1分遅れ、つまりこれ以上は増えない。
予想通りとはいえレイド上限にすら満たない数に危うく溜め息が出そうになるが、場の雰囲気を悪くするのもどうかと思ってので自粛する。
広場に集まった奴らの顔を眺めてると、不意に見知った顔を見つけた。
全体的に黒と灰色で構成された装備と、顔が微妙に隠れるほど長い黒髪、極みつけにこちらを見て唖然としてるあの顔。間違いない、キリトだ。
ということは、その隣にいるフードのプレイヤーはアルゴが言っていた女性プレイヤーだろうか。あの鼠の話によると街に入ってすぐに別れたらしいが、どうせどこかでまた合流したのだろう。
俺はとりあえずキリトの近くに向かい――――無言でその背中を蹴り飛ばした。
「どわっ!?」
「ちょ、ルリくん!?」
蹴られたキリトは、危うく腰掛けていた階段から転げ落ちそうになるのをギリギリで堪えた。
「おいルリ!久しぶりに会った友人に挨拶も無しに蹴りを入れるのは、人としてどうかと思うぞ!?」
「そ、そうだよルリくん!さすがに蹴るのはダメだよ!」
被害者であるキリトと割と良識人だったらしいシズクの言葉を聞き流し、俺は堂々と言ってやる。
「『女連れの男に容赦はするな』っていうのが俺の理念だから仕方がない。女連れのお前が悪い」
別の言い方をすると『リア充爆発しろっ!』とも言う。
「ちょっと待て。こじつけにもほどがないかそれ!?俺は悪くないだろ!?」
俺の断定を受け、さらに狼狽するキリト。まあ、そりゃそうだろうな。俺も同じこと言われたらキレるし。
「……盛り上がってるところ悪いけど、そろそろ会議が始まるみたいよ」
キリトの反撃(主にグーパン)を軽くいなして遊んでると、今まで黙っていたフードの女がそう言った。
キリトにフォーカスしていた意識を周りに広げると、確かに金属鎧を着た青髪の優男が会議開始の旨を参加者に伝えていた。
初っ端から和を乱すのも何だったので、俺はキリトの頭をはたいて黙らせ、階段に腰掛ける。
全員が話を聞ける体勢になるのを確認し、青髪の優男が話し始める。
「今日は、オレの呼びかけに応じてくれてありがとう!知ってる人もいると思うけど、改めて自己紹介しとくな!オレは《ディアベル》、職業は気持ち的に《ナイト》やってます!」
その自己紹介に会場は大きく湧き、いくつか野次が飛びかう。
SAOにはシステム的に規定されたクラスは無いが、本人が自称することは別に禁止されていない。確かにあのディアベルとかいう男の装備は騎士っぽい感じがしなくもないし……何よりあの顔。騎士らしい爽やかさとかがバシバシ出てる。
もしこの《第一層ボス攻略会議》という舞台を用意した理由に《女性プレイヤーとの出会い》が含まれているんだとしたら、女性プレイヤーが実質二人(シズクとフードの女のこと)、見た目にも二人(シズクと……不本意ながら俺のこと)という状況はさぞかし悲しかろう。ざまあ。
まあ、俺のそんな邪推は杞憂(むしろ徒労?)に終わり、ディアベルは爽やかイケメンオーラを維持したまま話を進めた。
「一ヵ月。ここまで、一ヵ月かかったけど……それでも、オレたちは、示さなきゃならない。ボスを倒し、第二層に到達して、このデスゲームそのものもいつかきっとクリアできるんだってことを、《はじまりの街》で待ってるみんなに伝えなきゃならない。それが、今この場所にいるオレたちトッププレイヤーの義務なんだ!そうだろ、みんな!」
再びの喝采。何かもう場の空気に流されてるとしか思えないほど熱狂しているが、こういうのもたまには悪くないのかもしれない。ということで俺も拍手の一つや二つ送るべきかと思ったが、幸か不幸かその前に一つの声が上がった。
「ちょお待ってんか、ナイトはん」
歓声がぴたりと止まり、前方の人垣が二つに割れる。空隙の中央に立っているのは小柄ながらもがっしりとした体格の男。装備してる片手剣とサボテンみたいにツンツンと逆立った茶髪しか見えないが、恐らく年中不機嫌そうな顔をしてるような人種だろう。あくまで直感に過ぎないが。
そのサボテン頭は一歩前に踏み出し、デイアベルのムカつく美声とは正反対の濁声で唸った。
「そん前に、こいつだけは言わしてもらわんと、仲間ごっこはでけへんな」
だったらさっさと自分の宿に帰れ、と俺は思ったが、出来た人間のディアベルは突然の乱入にもほとんど表情を変えなかった。余裕あふれる笑顔のまま、手招きしながら言う。
「こいつっていうのは何かな?まあ何にせよ、意見は大歓迎さ。でも、発言するなら一応名前くらいは言ってもらいたいかな」
「…………フン」
サボテン頭は盛大に鼻を鳴らし、一、二歩進んで、噴水の前まで行ったところでこちらに振り返り、言った。
「わいは《キバオウ》ってもんや」
キバオウは鋭い眼光で周囲を睨んで――――一瞬、キリトと視線が合った瞬間止まった。が、すぐにまた周囲を見回し、それからドスの利いた濁声で言う。
「こん中に何人か、詫び入れなあかん奴らがおるはずや」
キバオウの発言に広場にいる奴らがざわめき出す。恐らくキバオウの言ってる《詫びを入れなければいけない奴》というのに心当たりがないのだろう。俺も無いが。
誰か心当たりありそうな奴はいないかと思って周りを見渡すと……いた。一人、露骨に反応してる奴が。
キバオウの言葉に動揺してるらしきキリトは、釘付けになったように視線がキバオウに注がれている。呼吸も荒い。
心当たりがあるなら教えろとキリトを問いただそうかと思ったが、その前にディアベルが答えを言った。
「キバオウさん。アンタが言ってる《奴ら》ってのは、もしかして元βテスターの人達のことかな?」
ディアベルのその言葉で、俺はすべてを理解した。
元βテスター。それはある意味、現在この世界で最もデリケートな単語だ。
SAOの正式サービスが始まる前の一ヵ月間の《クローズドβテスト》。それに参加していた者たちを、通称βテスターと呼ぶ。
βテスターの多くは、正式サービス開始初日のあの茅場の宣言を聞いた直後に、効率のいい狩場や報酬が豪華なクエストを片っ端から受け、自分たちを強化し続けた。
その結果、狩場のモンスターは狩り尽くされ一部の討伐系クエストの難易度は跳ね上がった。当然、元βテスター以外のプレイヤー達は激怒し、今では元βテスターだとバレたら吊るし上げられる危険性さえある。
キバオウが言いたいのもつまりそういうことなんだろう。『元βテスター達が他のプレイヤーを見捨てて自分たちだけを強化して狩場やクエストを独占したせいで、一般プレイヤーが死亡したり攻略が遅れた。だから謝罪しろ』と。
俺からすれば言い掛かりどころか妄言もいいところだが、キリトには違ったようだ。
俺もキリトも元βテスターで、あの初日の時にも他の奴らと同じようにすぐに《はじまりの街》を出て次の村に向かい、狩場で効率よくレべリングしクエストを片っ端から片付け、自分を強化し続けた。俺はそのことに何の罪悪感も覚えてないが、キリトは違う。
前に会ったときに聞いたのだが、キリトは初日に出会った一般プレイヤーを街に置き去りにしたことを激しく後悔してるらしい。だから、キバオウの発言の意図に真っ先に気付いたのだろう。
そんなことを考えてる内に、キバオウが馬鹿でかい声で元βテスター達を批判していた。あんなにでかい声で喋ったのに気付かないとか、俺の集中力の高さも考え物だな。
キバオウの発言により、広場のあちらこちらが『元βテスター許すまじ。出てきたら糾弾してやる』みたいな雰囲気になっている。別にこの場で『俺、元βテスターです。でも他の奴らが死んだことに対して謝罪する気ゼロです♪』なんて言って出てってもいいんだが、それをするとほぼ間違いなく一緒にいるキリトやシズク、フードの女も疑いの目を向けられる。
キリトが疑われた末バレて糾弾されるのは別にかまわないが、シズクやあのフードの女――――特にシズクの方は、俺のせいで疑われたりしたらまず間違いなく根に持つ。しかもネチネチと長い時間をかけて償わせようとしてくる。具体的に言うと金とか飯とかをタカってくる。
そんな予感がするので俺は出頭を自粛したが、それでは会議が一向に進まない。さてどうしたもんかと思ったその時、我らが頼れるリーダーのことを思い出した。
(という訳で、頑張れディアベル)
期待と応援を込めて視線を向けると、ディアベルは厳しい表情をして口を閉ざしていた。どうやらあいつはこの件に関しては基本的に不干渉なスタンスらしい。肝心な時に役に立たねえな我らが頼れるリーダー(笑)。
ディアベルがダメとなるといよいよ手詰まりになってきた。キバオウはこの話題から話を変える気はないようで睨むような視線を周りに送ってるだけだし、キリトも震えながらそれを凝視しているだけ。シズクとフードの女は話がよく分かってないらしく、ただ黙っている。どうしよう、役に立ちそうな奴が一人もいねえ。
そんな訳で会議は一触即発の空気に包まれたまま停滞し、俺は話を変える術を見つけられないまま冒頭のシーンに至るわけである。
後書き
長いしなかなか書き終わらないので会議の話は二つに分けます
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