Shangri-La...
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第一部 学園都市篇
第3章 禁書目録
24.July・Midnight:『Saint's』
星空に発散されるのは、昼のヒートアイランド現象により溜め込まれた灼熱。今はその熱の代わりに風が流れ込み、強いビル風となる。
夜風を吸い込む学園都市の摩天楼群、夜闇の中を回り続ける風力発電塔群が唸るように風鳴りを発する。さながら、人には気取られずに夜を舞う顔無蝙蝠どもの嘲笑か。
「…………」
瞑目し、その風を浴びつつ、黒髪のポニーテールを靡かせる女性。身に纏うのはジーンズに、裾を結んで動きやすくしたTシャツ。
昼日中なら、衆目を惹こう。出るところは出ていて、且つ快く括れた腰付きは、見事に成熟した女の色香を漂わせている。
しかし、その風格。一瞬の雑念すら断ち切られてしまうかのような凜とした佇まい。まるで、殉教者の如く真一文字に結ばれた、意志の強そうな口元と目元。西洋彫刻のように、完成された美しさ。
そして────その手に携えられた一振りの刀。簡素な黒塗りの鞘に収まる、それは。
「────準備完了だ。いつでも行けるぞ、神裂」
「承知しました。では────状況を開始しましょう、ステイル」
その女、神裂 火織の背後から、焔の偉丈夫が語り掛けながら並び立つ。
赤い髪に黒い衣、審判の使途を思わせるその魔術師はステイル=マグヌス。十字教は『必要悪の協会』所属の、腕利きの魔術師である。
「僕は、結界の維持に全力を傾けよう。折角の機会だ、此処で……ケリをつけるぞ」
色とりどりの夜景を見下ろしながら煙草を銜えて、トランプのようなカードを取り出し、それに魔力を流す。
発露する『発火』の神刻文字により燃焼するそれを燐寸代わりに、火を点して。
「ええ。それが、彼女にとっても『彼』にとっても、此方にとっても。最も、後悔の少ない選択なのですから」
ステイルの燻らせる紫煙、焼け付く香気をすらもが彼女を避けていくかのよう。それだけ、鋭く研ぎ澄まされた彼女は、正に刃だ。
決然と開かれた瞼、そこから覗く瞳の彼方。歩くのは、一人の少年────
………………
…………
……
いつもと少し、違う道。一つ通りが違うが、それだけでも異界に迷い込んだかのよう。少し道に迷ってしまったが、携帯の道案内機能で後は少し。
「ふんふん、後は三つ先の角を右、と……お、百分の九十九」
と、脇に当たり付き自販機を見付け、缶珈琲を買う。勿論、『制空権域』で二本目もゲットして。
「そうだ……少し、調べとくか」
思い立ち、携帯でネット検索。登録しておいたページを開けば、件のクトゥルフ神話の総合案内サイト『Miskatonic University occult sciences 』へと飛んだ。
「『ティンダロスの猟犬』……在った在った、何々……『角度から現れる狩猟者』か。成る程ねぇ」
『妖蛆の秘密』が呼び出したからクトゥルフ神話の物だろうと言う考えは、見事に当たっていた。
──因みに、黒子ちゃんはコイツを古都から発生した『幻想猛獣《AIMバースト》』という事で結論付けたらしい。
後、俺の魔術は『制空権域』の能力を、何等かの事情で誤魔化して申告したと。魔術を認めない現代っ子って助かるわ。
何時しか、魔術師の顔で。取り出した煙草を吸いながら携帯の画面を読み耽る。壁に寄り掛かりながら万色の紫煙を虚空に燻らせ、缶珈琲を啜って。
「しかし、あんな化け物がただの犬コロとは……勘弁してくれ、二度とは会いたくねェぜ」
吐き捨て、珈琲を啜りながら……やけに早くフィルターまで燃えた吸い殻を足下に投げる。
後は、火を躙るだけ────というところで、吸い殻を見失った事に気付いた。
──あれ? っかしいな、何処行った?
暫く目を走らせるも、見当たらない。しかし、だからなんだと言うのか。側溝にでも跳ねていったのだろうと、早急に思考から放り出して。
やけに早く飲み干してしまった缶珈琲を、屑箱に放り込んで歩き出す。
「…………駄目だ駄目だ、こう言う時に別行動とか、どんな死亡フラグだ」
何故か、遠回りしたくなる気がして。しかし、先程迷った経験から、携帯の道案内を遵守して。
人っ子一人居ない道を、訥々と。次第に強くなる違和感を、二本目の缶珈琲で誤魔化しながら。
「────止まれ、吸血魔術師」
鋭く掛けられた声、鼻に感じる焼けた香気。嗅いだ覚えがある、銘柄も知らぬその煙草。
曲がる筈だった三番目の角、そこから現れたのは……猟犬などではなく、もっと性質の悪い『魔女狩り』だった。
「良く良く、縁があるな。全く、神も随分な酔狂をなさる」
「…………ああ、ホント、俺って奴ァ────」
頭を抱える。まさか、また出会うだなんて。信じてもいない神の存在すら感じてしまいそうだ。
「なんて、百分の九十九なんだろうなァ……こんなに早く、再戦が叶うなんてよォ!」
無論、神は神でも『外なる神』だが。
そう、『正体不明の怪物』が吼える。持っていた缶珈琲を媒介に、玉虫色に煌めく漆黒の偃月刀を呼び出して。
「ほう……少しはマシになったか。今度は、あんな決着にならないことを祈るよ」
「随分柄は悪いが、神父の祈りなら御利益がありそうだな。まぁ、うちの神様は人間の祈りなんざカス以下だがよ」
「違いない。宗教後進国の神など、その程度だ」
対し、煙草を変容させる魔術『炎剣』を構えるステイル。摂氏三千度の剣が、彼の右手に現出する。
──相変わらずの、炎の魔術。やっぱり、奴の専門は火か……。
隙無く、周囲に気を配る。感じたのは、辺りにバラ撒かれた神刻文字の魔力。夜の闇に紛れて判断しづらいが、どうやら、結界のようだ。
手元を見遣る。玉虫色に煌めく漆黒の塊。その奥底から────深紅の瞳が、垣間見えた気がした。
「────“Fortis931”」
「あァ────?」
そんな時、耳に届いた言葉。流暢な英国語で、それは嚆矢の耳朶を揺らして。
「殺し名……魔法名だ、僕の。“我が名が最強である理由をここに証明する”。即ち────」
「ッ────?!」
瞬間、立ち上がる。ステイルの背後に、『何か』が、のそりと。
それは周囲の空気を貪りながら。睨め付けるように、辺りを見回す。己が狩るべき、不浄の存在どもを……灰に還すべく。
戯画化されたような手足を、頭をぎこちなく動かしながら。
「君を、此処で……灰に還そう」
燃え盛る重油の塊の如き巨躯の、炎の国の巨人。その名は────
「行くぞ────“魔女狩りの王”!」
魔女狩りの審判の裁定と共に。かつて、欧州や米国で猛威を振るった異端審問。
悪名高き『魔女狩り』が、極東に幕を上げる────!
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