Shangri-La...
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第一部 学園都市篇
第3章 禁書目録
24.July・Midnight:『Saint's』Ⅱ
吹き抜ける風が『賢人バルザイの偃月刀』に斬られて鳴き散らし、夜闇に消える。艶めく玉虫色の煌めきの仮面を纏う、時空を貪る『門にして鍵』を祀る祭具に戦きながら。
「大した隠し玉じゃねェか────判るぜ、トンでもねェ量の神刻文字が使われてる……俺じゃあ、逆立ちしても真似できねェ」
「当たり前、だね────我が『魔女狩りの王』は教皇レベル……対魔術師に特化した、『イギリス清教』の体現なればこそ」
対面では、その風が焼かれていた。摂氏三千度の炎の剣、煙草の炎の軌跡を刃とした『全てを焼く刃』、そして焔の巨人に戦きながら。
「さて────では、始めようか」
魔術師の宣告を受け、魔女狩りの焔が揺らぐ。ステイルの背後の巨人『魔女狩りの王』が────焼き付くすべき獲物、即ち嚆矢を見定めて。
「“世界を構築する五大元素の一つ────偉大なる始まりの炎よ──”!」
「ック────?!」
振るわれる腕、丸太のような極太の焔を辛うじて避ける。掠ってすらいないと言うのに、輻射熱で肌が焼ける。容赦なく、網膜や鼻腔の粘膜が焼かれ、痛みすら感じられる。
それをすり抜けて、死中に活を見出だす。則ち、体勢を崩した巨人の巻胴を抜いた。彼の、『剣道部主将の知り合い』の得意技。その、劣化した真似だ。
「────『ヨグ=ソトースの時空掌握』!」
虚空に生まれた亀裂は、巨人を捕らえて離さない。それどころか、その炎の巨体すら啜り喰らい始める。悪食、此処に極まると言うもの。
『ヨグ=ソトースの時空輪廻』とは違って単発、だからこそ連発の出来る極彩色の闇が、紅炎を飲み干す。これで、終わりか?
「“その名は炎、その役は剣”!」
「な、にッ!?」
否、終わりではない!
巨人は、再び虚空に立ち上がる。全くの無傷、全くの無消耗を見せ付けながら。
しかも、一度ではない。二度、三度。斬り喰らわれるその度に無傷で復活、巨大な腕を振るう。直撃したアスファルトが、コンクリートの壁が、固まる前の液体に揮発して蒸気へと還っていく。
「バッ……ケモノ、がッ!」
あんなもの。神にでも愛されていなければ、その加護でもなければ、立ち向かう事すら敵うまい。
少なくとも、今。この瞬間の対馬嚆矢には、この巨人を倒すだけの能力などありはしない────!
「“顕現せよ! 我が身を喰らいて力と為せ─────”ッ!!!」
ステイルの詠唱に呼応するかのように猛然と、白熱する程に燃え盛りながら。『魔女狩りの王』は息衝く暇もない連打を繰り出す。否、そもそも呼吸などしていないのだろうが。
だが、周りの酸素は着実に燃やしている。近くに居ては危険だと、頭では分かるのだが。
「“炎よ────巨人に苦痛の贈り物を”!」
「チッ─────!」
少しでも巨人から距離を稼げば、今度はステイルの『炎剣』が熱量を剥く。斬ったモノを白か黒の灰に還す、必滅の炎の剣が。
振り抜くように放たれた、扇形の熱波。それを偃月刀の『守護の印』で防ぐ。第一の加護、『竜頭の印』が軋むように煌めいて。
「どうした、吸血魔術師────わざわざ、僕の前に現れてその程度か?!」
二度、三度と『炎剣』を振るいながら、ステイルは吠える。砕けた第一印、その代わりに『第二印』が。
「言ったな、貴様は。僕の願いは届かないと……ああ、確かに。確かに届きはしない、僕の願いは! もう、『あの娘』には!」
『魔女狩りの王』の剛腕に耐え切れず、第二印が砕け散る。代わり、浮かび上がるのは第三印。
「だが、否、だからこそ! 僕には果たさねばならない意地がある……例え、それが────自己満足に過ぎないとしても!」
第三印が、『炎剣』二本に弾ける。最後に展開されたのは、『竜尾の印』。
「それだけが、僕の……僕らの、ただ一つ祈りだ!」
最強にして、末期の祈り。それは、対抗者の心の揺らぎを察してか。些かも、揺らがず。炎の剣、扇形の熱波を受け止めて。
「流石だな────だったら、ぶっつけ本番だとしても……こっちも、全力で応えなきゃなァ!」
だが、一切の恐れもなく。嚆矢は剣牙を剥いて獰猛に笑い、『賢人バルザイの偃月刀』を掲げる。
虚空に浮かぶ守護の印、それは加護、そして呼び掛け。この場には居ない、だが、遍く時空に接する神への祝詞の始まりである。
「飢える─────」
だから、届く。この地球上の何処でも、この印は。その浄句は。
厳かに、嘲るように。唱えたその言葉は、異なる時空に潜む『外なる神』にも届くのだ。
「飢える、飢える、飢える────!」
泡立つように、偃月刀の玉虫色が揺らぐ。漆黒の原形質が爛れ落ちる。ダマスカス鋼じみたその祭具、その奥から覗く漆黒と無数の血色の瞳。悍ましい、眼が合うだけで、魔術行使で生命を削った以上の精神的苦痛。それすら、歯を食い縛って堪える。
『てけり・り。てけり・り!』
漏れ出す異界の根源が、その原形質が虚空を歪める。
始めに現れたのは金切り声、そして玉虫色の二重円に八芒星。その魔方陣が回転して球を為し、開花するように空間に形を為す────!
「来たれ────ヨグ=ソトースの十三の球体従者。汝が名は『ゴモリ』、金冠戴く駱駝なり!」
『Woooooooooo……!』
そして現れ出る、ヨグ=ソトースに仕える十三の怪物の似姿の一つ。泡まみれの油を吹く金の冠を戴いた駱駝の姿の、悍ましき玉虫色に煌めく虹鉄、機械仕掛けの虹鉄。並の人間ならば、噴煙を撒き散らすその姿を目にしただけで心が凍る。噴煙と共に撒き散らされるその声を聞いただけで、脳細胞が死滅しよう。
先程、携帯で読み耽った中にあったもの。それが、『ヨグ=ソトースの球体』だ。副魔王の従者、その意を体現すべく遣わされるもの。だからこその、『御遣い』、か。
「ほう、召喚か……見たところ、、『ソロモンの小鍵』の摸倣かな? 機械仕掛けとは、また賢しい真似をするね」
だがステイルは、それにすらも僅かに眉を動かした程度。既に見抜いているのだろう、この『ゴモリ』には、戦闘力等はない事は。
何と有れば、『魔女狩りの王』の腕の一振りで粉砕できる。そんなモノだ、この『ゴモリ』は。
「ああ……そうだな。全部、全部。俺のは真似事さ。空しい事に、愉しい事に」
それを、嘲笑する。賢しい話だ、とばかりに。
「だから、コイツを呼んだんだよ。アンタに、勝つ為にな」
「僕に勝つ為……だと?」
初めて、魔女狩りがこちらの真意を図りかねる。年不相応、まるで、年下の少年の如く。
だが、思うところはない。目の前に居るのはただ、倒すべき仇!
「さぁ、ゴモリよ。『護符の識者』よ。汝が紐解くは、彼の術式────神刻文字なり」
『Woooooooooo……!』
讃えるように、蔑むように。駱駝は、虚ろに輝く胡乱な眼差しを『魔女狩りの王』に向ける。
そう、この従者こそは『護符の識者』。あらゆる『護符』の意味を知る者。則ち、それは────
『立 ち 消 え よ、立 ち 消 え よ、立 ち 消 え よ!』
「な────!?」
断末魔の絶叫の如き咆哮。油混じりの泡を飛ばされた寸暇、『魔女狩りの王』が崩壊を始める。『消沈』の三大ルーンを刻まれ、術式をも鎮静化させられたか。
さしものステイル・マグヌスも驚嘆する。当惑する。この『魔女狩りの王』を打ち消されたのは、何も今回が初めてではない。ホンの数日前にも、『幻想を殺す右腕』に敗れたばかりだ。
「クソ……クソッ! 違う、コイツは……コイツに、あんな理不尽なものはない! コイツは、アイツとは違って理詰めだ! 理解、出来るモノだ!」
だからこそ、浮き足立つ。敗北の思い出に、ぞくりと総毛立つ。必死に、今、『この先』に居る男を頭から打ち消して。
「ごちゃごちゃと────!」
その隙を見逃す程に、甘くはない。ゴモリが『魔女狩りの王』を抑えている間に決着を付けるべく、バルザイの偃月刀を携えて走る。
残念ながら、連発と『眷属招聘』により魔力が枯れており、『ヨグ=ソトースの時空掌握』は使えない。
しかし、一撃。一撃を与えれば、この祭具に潜む無窮の神の顎により勝負は決まる。
「灰は灰に────塵は塵に────吸血殺しの紅十字!!!」
「クソッタレ────!」
だからこそ、悪態を吐く。ステイルの呼び掛けに応じて、二本目の『炎剣』がその手に握られた事に。
虚空を貪る漆黒の祭具、対するは十字の聖火。どちらも、当たれば一撃必殺。ならば────二刀を持つステイルに分があるのは、誰が見ても明らかな事!
────さあ、選べ。プライドの為に命を捨てるか、命の為にプライドを捨てるか。簡単な二者択一だろう、この『クルーシュチャ方程式』は。
迷う必要など無い。たかだか、五十年程度の人生だ。そうだろう?
自らの思考の如く囁く、耳元の影。鋼じみた、硬質の軟体。可塑性を持つ、伸びやかなる、深紅の瞳の囁く通りだ。
だがらこそ、『月』が観ている。黄金に燃え立ちながら、純銀に凍て付きながら。彼の『選択』を、掴み取るモノを──────『諦めろ』と嘲笑う、『虚空の瞳』と共に。
「────圧し通ォォォォォる!」
叫ぶ。声高に、誇るように。気でも狂ったかのように、防御の意思などかなぐり捨てて。
祭具と握る右腕を、同化した刃金に換えて────微塵の迷い無く、真っ直ぐに前に伸ばす!
「バカが────燃え尽きろ!」
迫る二本の炎剣、十字を描く軌跡。交点に存在するのは────嚆矢の、生命ただ一つ!
『────是非も、無し……か。酔狂も、此処まで来れば才能か!』
頭の中、隠す事無く響いた『誰かの声』。しかし、気にしてなどいられない。目の前には確実な、厳然たる“死”が在るのだから。
そう、それでも。この右腕ならば掴み取れる。『確率』の濫觴である真空、その物と化したこの右腕ならば。実体の無い炎でも、掴めるのだ。
「な─────」
十字が、虚空を舐める。脇のビルの外壁に、巨大な十字が刻まれる。
ステイルの意思ではない。そう────投げられたのだ、嚆矢に。
「有り得、ない……」
『魔術』でも、『能力』でもなく。ただ、日々研鑽した『武術』でもって。
そして既にその怪人は……嚆矢は、ステイルの真正面。その右腕、ステイルの襟首を掴んで。
「立 ち 消 え よ、立 ち 消 え よ、立 ち 消 え よ!」
「きさ、ま──────??!」
いつかの意趣返しか。刻まれた『消沈の三大神刻文字』が、ステイルのあらゆる力、意思を削ぎ落とす。
最早彼には、抵抗の意思すらなく。まな板の上の鯉の如く、ただ、嚆矢の為すがまま──────背中から、アスファルトの路面に叩きつけられて昏倒した。
「────借りは、返した。前回の礼だ、命は預けといてやる……!」
立ち上がり、残心を示しながら。術者を失い、今度こそ消滅していく『魔女狩りの王』の残光を背に。
「────大したもの。ステイルが敗れるとは……評価を誤りました、吸血魔術師」
「…………!」
いつの間にか、この場所に立っていた黒髪の女────抜き身の刀を携える、神裂火織と相対したのだった。
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