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ゾンビの世界は意外に余裕だった

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7話、潜在軍事力

 六日目の昼。俺はアンドロイド軍団を引き連れてD棟に来ていた。

 倉庫や軍用ロボット組み立て工場、修理工場などがあるD棟は、研究所最大の延べ床面積を誇っている。

 我が研究所が故障原因の調査などで他の追随を許さないため、倉庫は軍から預かった不具合ロボットで何時も満杯である。

 俺も年に延べニ、三週間ほど故障原因の究明に駆り出されたものだ。ほとんど強制だったがあまり不満はない。研究する時間を削られる代わりに、金払いの良い軍おかげで研究費が稼げたからだ。

「これはM-25型戦闘ロボットです。身長百二十センチ、体重二百キログラム。拠点防衛には最適とされています」

 俺もこの機体の事故調査にかかわったことがあるからよく知っている。武器を持たせないと人間と早歩き型ゾンビには逃げられるが、通常型ゾンビには多少効果がある。

 しかもD館3Fの第7倉庫には、M-25型戦闘ロボットがずらりと並んでいる。一列四十体として十列で四百体で、対ゾンビなら役立つだろう。

「研究所には何体いるんだ」 
「この倉庫に四百体、研究所全体には千十五体あります」

「はあ?そんなにあるのか」
「はい、もともとM-25型はプログラムに致命的な不具合が見つかり除籍扱いになり軍の倉庫に保管されていたのですが、当研究所がプログラムの改修を請け負った際、山田所長が新型バッテリー搭載などいくつかのマイナーチェンジを提案して、こちらで預かったのです」

「なるほど、やり手の山田所長らしいな。待てよ、まだ研究所にあるということは不具合は直ってないのか」
「いえ、確かに直ってない機体もありますが、少なくともここにある機体は改修済みです。ですが、稼働にあたり一つ問題があります。新型バッテリーの納品が遅れていて、総てを稼働させることは不可能です」

「何体動かせるんだ」
「M-25型には最大5個のバッテリーを搭載できますが、バッテリー自体がその部屋に積まれている八百個しかありません」

「最大八百体を動かせるのか……。いや、バッテリーニ個づつで四百体を稼働させるか、或いはフル装備で百六十体……、ちょっと悩むな」

 いや、考えるまでもない、バッテリー搭載作業はアンドロイドでも出来るが、ロボット取り扱い根本原則のおかげで、百六十体稼働させるだけでも一仕事になる。

「まずはフル装填で百体稼働させる。本館の戦闘アンドロイドを呼び寄せて、バッテリーを搭載させろ」

 そして、俺はロボットのご主人様を変更するなど面倒な単純作業を始めた。一度軍に引き渡されたロボットのプログラム変更は、かなり複雑な作業なのだ。無論、ゾンビの世界を生き残るためと思えば、これくらいの面倒なんか苦でもないが……

 それから俺はかなり長い時間ひたすら稼働作業を行い、疲れて限界と思うまで手を止めなかった。

「キャリー、今、何時だ?」

 俺は屈伸しながら振り返る。アンドロイド軍団はとっくにバッテリー設置作業を終えて、暇そうにたむろしていた。

「二十二時です」

「二十二? もう夜十時か。よし作業を中断する、ケイラちゃんにマグロ丼を食べたいと伝えてくれ」

「わかりました」

 なんだかんだで十時間ほど作業したがまだロボットは半分を超えたくらいしか稼働してない。まあ、仕方ない。明日もこの作業をしよう。

 俺がD棟を出ようとすると、キャリーが稼働したロボット達の充電をして良いか尋ねてきた。もちろん任せだ。


 所長歴七日目の朝。まだ高橋グループの患者は来ていない。俺は機能の続きをこなすためD棟のロボット稼働に向かった。

「そういえば、軍は研究所の戦闘ロボット軍団が修理を終えていて稼働することを知っているのか」
「知らないはずです。納期もだいぶ先でしたから」

「軍に教えてやるか。ついでに武器とバッテリーを持ってこいって。キャリー。防衛省のうちの担当官を呼び出してくれ」

 さすがにこの非常時に千体の戦闘ロボットを抱えて眠らしておくのは、俺の鋼の良心が咎める。それに百体も稼働させるだけでも今はいっぱいいっぱいだ。

「……駄目です。どうやら軍は一般市民からの電話をシャットアウトしているようです」
「一般市民じゃないぞ。提携している研究所の臨時所長だ。自衛軍の専用電話交換所を経由して、研究所関連の軍人達に電話をかけまくれ」
「了解です……ボス」

 だが、軍も忙しいのかなかなか電話に誰も出てくれない。

「ボス、交換所の自動案内が入りました」

 俺はキャリーから受話器をひったくった。

「現在この電話交換所は自衛軍の緊急用通信のみ受け付けています。あなたの電話番号はこの電話交換所を使用できません。以後、こちらを経由しようとする場合、緊急時通信確保法の妨害行為として、取り締まり対象となります」

 どういうわけか善意で行動している俺が自動音声様に怒られているらしい。俺はぶっちょうづらになって受話器を戻した。

「よもや研究所の担当者全員が電話に出ないとはな」
「はい。ですが何人かにはこちらに電話をかけるよう留守番に残しています」
「そうか。ご苦労だった。それに法律なら仕方ない」

 報告義務を果たして俺はあっさり引き下がり、ロボットの稼働作業を繰り返した。 

 ちょうど八十体目のM-25戦闘ロボットを稼働させた時、五人のお客様がやってきた。 対応するのは慶太、幸子、Dr.コンクだ。

 俺はアンドロイド達の反対で行かない。どんな病気か判明するまで離れていろということらしい。 ちょっと気になるものの八十一体目の稼働に取りかかる。

 八十六体目が稼働した時、診察は終わった。挨拶したいということだが、わざわざ行くのも面倒くさくなったので、患者をすぐに休ませるように言ってさっさと帰って貰った。三人とも薬を飲んで安静にしていたら治る病気だ。

 夕方になり目標の百体の稼働作業がようやく終わった。とはいえ武器がなく、ゾンビの影もないので本館地下駐車場に待機させておく。

 倉庫に並んでいる姿を見て思わず勢いで稼働させてしまったが、結局疲れただけで損したような気がしてきた。今日はもう休むか……

 いや、少しD棟を見てまわろう。役立ちそうなロボットがいるかもしれないと思っていたら、案の定、D棟3Fの第八倉庫でM-27型戦闘ロボットを発見する。

 M-27型は金属マネキンのような人型戦闘ロボットだ。研究所には全部で百十三体いるらしいが、この倉庫には五十体を超えるくらいしかいない。幸いバッテリーはフル装備で、プログラムを少し直せば故障も治る。

 つーか、このM-27型戦闘ロボットなら鉄棒を持てる上に、人より速く走れる機動力まである。例えM-25型に防御力が劣るにせよ、優先して稼働させるべきだった。

 反省した俺はもう止まらない。電話番の半分徹夜どころではない、本格的な徹夜でM-27を稼働させることを決めた。


 ……そして、八日目の朝がやってきた。負けず嫌い精神を燃え盛らせてしまった俺は、一心不乱でM-27型戦闘ロボットを稼働させた結果、いつの間にか徹夜をしていた。金属マネキン……M-27型戦闘ロボットは数えたら五十四体も稼働している。もう研究所はただのゾンビ相手なら無敵状態なのかもしれない。

 欠伸をしながら朝日の眩しい研究所内の遊歩道を歩く。D棟から本館までは五分ほどの散歩コースだ。

 途中、眠くて野宿しそうになったが何とか踏ん張って本館に転がり込むと、脳内最大勢力の睡眠欲に従って仮眠室にまっしぐらに突き進んだ。


「腹減った」

 目覚めたのは午後だった。まだ眠りたりなかったが、昨日の晩ご飯から何も食べていなかったせいか、もの凄くお腹が減っていたので起きることにする。今は睡眠欲より食欲に負けた。食堂でケイラの手料理をどか食いして、それから熱めのシャワーを浴びて目を完全に覚ます。

 ようやく復活した俺は、何時ものように警備指令室に赴いた。そしてテレビを付けると、そこでは信じられない報道をしていた。

 なんと、大日本共和国はゾンビの殲滅作戦を縮小すると発表していたのだ。官房長官は未曽有の危機を強調しながら、ライフラインの維持に努めることや安全な地域の拡大は今後も続くと約束していたが、信じる国民はかなり少ないだろう。

 これには有名軍事評論家もお怒りだ。彼は政府機関施設とその周辺に軍や警察を過剰配備し過ぎていることを嘆き、人間とゾンビの激戦地を数多く見捨てるのは戦略というより保身だと吠えた。また現在、比較的治安の良い都市もいずれゾンビと人間の激戦地を見捨てたツケを払うと警告。さらに政府が失敗を隠すためインターネットなどを遮断する可能性を指摘した。

 この発言直後、番組は現地中継に入り、スタジオに戻ってきたら軍事評論家の姿は消えていた。テレビ局お得意の大人の対応というやつだろう。

 一方、インターネットへの投稿などでは、山田所長の奥様からの情報を裏付けるように、凶悪化した市民団体などの犯罪行為が多々報告されている。

 手に入れた戦車を使って強盗をする、凶悪な武装市民団体の姿まで動画投稿サイトに投稿されている始末だ。

 一方、俺の居る研究所は未だにゾンビを見かけない。せいぜい学生とおっさんと病人だけ。

 一応余裕綽々モードなんだが、さすがに戦車に乗った強盗がうろついているとなると、緊張感を持たざる負えない。それにライフラインが失われる可能性も出てきた。電気が無ければここも終わりだ。

 そんなわけで俺は技術系アンドロイドや汎用作業アンドロイドの稼働を急ぐことにした。そいつらと燃料があれば自家発電で当座を凌げるだろう。

 それにレグロン一体の補修くらいなら自分で出来るが、これだけ大所帯になれば補修係りがほしいところだ。

 俺は護衛をレグロン、マイルズ、キャリーだけにしぼり、C棟に向かった。

 山中研究室に入って真っ先に目にとまるアンドロイドは、多腕型の作業アンドロイドだろう。TE6シリーズと呼ばれる腕を六本持つ作業アンドロイドが山中研究室には十体ほど居た。また他にもTE2シリーズの二本腕作業アンドロイドB型十ニ体や金属マネキン型精密作業ロボットK5が二十体、狭いところの作業を得意とする超やせ型などが四体居た。

 そしてそれらを統括する技術指揮アンドロイドが、プロジェクトリーダー型のアンドロイドだ。

「チーフAか。シンプルかつエレガントなネーミングセンスだな」

 チーフAの外見はそこらへに居そうな普通のおじさんだ。それに灰色の作業服を着せているため少しばかり地味に思える。

 軍用美女アンドロイドを目指しながら、食堂のおばあちゃん型アンドロイドを提案できる柔軟な俺は、山中研究室の人々の選択を短い時間にせよ評価した。

 だがチーフAの次に稼働させたチーフアンドロイドがおんなじ顔でチーフBだと、ちょっとがっかりする。さらにその次がチーフCだったから、がっかりするどころではなく最初の感想を取り消した。俺ならせめてZとかXを選ぶが制作者を尊重して改名はしない。

 さて配置だ。チーフAはD棟の整備工場で稼働アンドロイド及びロボットの整備。チーフBは未完成のアンドロイドの組み立てや未稼働ロボットの修理。作業アンドロイドはお互いに融通させるが、優先はあくまでもチーフAの仕事にする。チーフCはとりあえず遊軍にする。

 戦闘用や医療用に比べて作業アンドロイドの稼働は楽だったため、もう一仕事をする時間的余裕はある。夕方まで眠っていたため目も覚めまくっている。

 隣の石田研究室は山中研究室の弟子研究室みたいなもので、人間型二本腕作業アンドロイドTE2が八体に作業ロボット八体が居た。それにチーフZという名のチーフアンドロイドがきちんと存在した。チーフZの配置も遊軍だ。

 それからC棟でTE2シリーズC型の汎用作業アンドロイドを二十体、D棟で汎用作業ロボットK1を五十体をさくさく稼働させたあたりで今日二度目の睡魔がやってきた。
 
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