ゾンビの世界は意外に余裕だった
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6話、再会
俺は六日の朝を無事に迎えた。朝ご飯はトロロ蕎麦。もちろん我が娘……じゃないケイラが俺に直接料理を持ってきてくれる。だが、幸せな食事時間に妨害が入った。
「ボス、正面入り口に侵入者二名。一名は北原様です」
北原様? キャリーの報告した名前がどうしても知り合いと合致しない。
「誰だ北原って?」
「ボスが食糧を分けた学生です」
ファーストコンタクトの学生か。名前を忘れていたが、勇敢で礼儀正しい学生の顔は覚えている。
「正門守衛室から電話です」
「そこで待つよう伝えてくれ」
一体なんのようだろう? まだ、食糧がつきるには早過ぎるはずだが、ひょっとしたら若さゆえの過ちで食べ過ぎてしまったのかもしれない。
しかも今回は二人できたようだが、例の臆病な友達だろうか、はたまた女友達なのだろうか。
だが、警備指令室で監視カメラの映像を見て、俺は思わず首をかしげてしまった。北原君の同行者は青いジーパンに白いTシャツを着たおっさん顔だ。おっさんの俺が言うのもなんだが、学生が疲れただけとかそんなレベルのおっさん顔ではない。
「警戒する必要があるようだな」
「はい。最低でも戦闘アンドロイド三体を連れて行くべきです」
「分かった。キャリー、レグロン、幸子、慶太を連れていく。全員が警備員の拳銃を持て。それから彼らの前では俺のことを所長と呼べ」
「了解です。ボス」
「それから小型スピーカーを耳に付けておくから、キャリーは接触相手が嘘を言った確率を報告しろ」
サラリーマン型アンドロイド慶太とOL型アンドロイド幸子、スーツ姿のキャリーは警戒されないだろう。アフリカ系鬼軍曹レグロンは大きな体格で迷彩服を着ているからもの凄く警戒されるだろうが、既に北原学生と顔合わせをしていることを考慮すれば連れていくべきだろう。
俺と四体のアンドロイドは車に乗って正門に向かった。来訪者二人は拳銃二丁とナイフと木のバットを床に置いていた。
「久しぶりだね。北原君。元気そうで何よりだ」
車から降り立った俺は元気そうな学生の顔を見てほっとした。少なくともおっさんに暴力を振るわれて無理やりここに連れてこられたわけじゃないようだ。
「おかげさまで皆無事です。ここでいただいた食糧のおかげです」
「それは良かった。ところでこちらは」
俺は北原君の隣に立つおっさんに視線を向けた。二人とも顔に緊張をたたえている。キャリーからの情報でも緊張とある。
「こちらは斎藤さんと同じで僕に取って命の恩人の高橋さんです」
「初めまして高橋と申します」
挨拶されたので、俺はアンドロイド達を人間として紹介した。
「ここのことを広言しないよう約束したことはもちろん忘れていません。申し訳ありません」
北原君が頭を下げて謝罪した。
「斎藤さんでしたね。どうか彼らを責めないでほしい。彼らは食糧の不足する私のグループに入って、食糧の在処を話したに過ぎないのです。それでも北原君はせめてこちらと相談してからと主張したのだが、他に教えてくれる子がいたのでね。一緒に来た次第です」
キャリー報告では今のところ正直な発言の確率が高いらしい。
「もちろん責める気はありません。もともと情報は明かしてませんし、なるべく喋らないようにお願いしただけですから」
「そう言って頂けるとありがたい。それで虫のいい話なんだが我々にも食糧を分けて頂けないだろうか」
「高橋さん。北原君が最初にここに着た時とは、食糧の価値が変わったことを承知の上でここに来たのでしょうか」
「……もちろんです。出来ることは限られていますが可能な限り対価は払います」
「分かりました。まずはあなた方のグループについて教えてください。人数は何人居るのですか?」
「六十三人います」
「かなりいますね。後ほどどのような構成なのか教えていただけますか?」
「……分かりました。わかる範囲でよろしければ」
やはり自分たちについてはあまり聞かれたくないようだ。もっとも彼らが困って研究所に来ている以上、ある程度の条件は呑むだろう。武器をどの程度確保しているか気になるが、これは聞くだけ無駄だろう。
「別荘に水と冷蔵庫はありますか?」
「はい」
「実は冷蔵庫にすぐ使ってしまいたい食材があります。それで良ければ提供しましょう」
「構いません。正直言えば多少痛んでいても喜んで頂きます」
「まだ痛んでいませんからご安心を、あとは冷凍した調理品をいくつか用意しましょう」
「助かります」
俺はかける相手のいない研究所内用の携帯電話をかけたふりをして、食糧の用意を命じた。
「今後はどうするのですか? 我々はまだ余裕がありますから、少しくらいなら融通出来ますが。それでも何か対策が必要でしょう」
「実は今までも街に繰り出して食糧を確保していたのですが、最近武装集団が現れるので調達が難しくなってしまいましてね。彼らがいない食糧確保場所を探しているところです」
「ほう。武装集団ですか。私達に取って高橋さんの情報は非常に高い価値があります。よろしければあなた方のグループの情報と一緒に、この慶太に話を聞かせてやってください」
情報局の補助金を受けていた慶太に得意分野の仕事を任せた俺は、北原君に話しかけた。
「北原君も街に行ったのかね?」
「ええ、高橋さん達と金属バットを持って行きました」
「彼らは信用出来るかい。食糧は公平に分けてくれるかね」
「公平だと思います。むしろ僕の友達が絶対に街に行かないと言いはったりして、僕達の方が迷惑をかけているぐらいです」
「男友達? 女友達は街に行ったのかね」
「ええ」
「……そうか君も、たいへんだな」
なんとなく気に入った学生に俺は何も助言しなかった。安全地帯に居る俺は、斎藤君の友達について語る資格がないと思ったのである。
「高橋さんとの出会いを知りたいな」
「僕達は食糧がありましたので別荘にひきこもっていたのですが、高橋さんが武器を持った部下を率いて進入してきたのです。あの時は本当に驚きました」
武器ね。
「でも、すぐに無人だと思って物資の調達に着たって分かり安心できました。高橋さん達が自分たちも別荘組と分かって打ち解けたところで、生き残るために仲間にならないかと誘ってくれたのです」
「戦い方を覚えたのかね」
「ええ、少しは……その、このことはあまり話せません」
どうやら口止めされているようだ。
「いや、こちらもつい何でも聞いてしまいすまない」
「いえ、お互いさまです。こちらのことを内緒にできずにすみません」
本館の方から車のエンジン音が響いてきた。運転席を見ると、キャリーの妹分のレイアが女子高生ルックで車を運転している。若干頭が痛くなるが、まあ、筋肉もりもりのアンドロイドとかよりは、柔らいイメージを与えると信じよう。
ちょうど高橋さんと慶太の会話も終わったようだ。レイアを紹介して食糧を見せた。
「こんなに……ありがとうございます」
「正門をあけますから、地面に置いてある武器をお持ちください。若手が食糧の載せかえを手伝います」
俺は慶太とレグロンに荷物を運ぶのを手伝わせた。
「一つだけ聞いてもよろしいでしょうか」
食糧の積み込みを終えると、高橋さんが近づいてきた。
「構いませんが、ここは国の研究所であり答えられることは限られていますよ」
「分かっています。お聞きしたいのは医者のことです。ひょっとしてこちらに居ないかと思いまして……」
「……高橋さんは素晴らしいリーダーみたいですね。医者はいます」
「あの、三人だけです。何とか診察して頂くわけにはいかないでしょうか」
「往診するのも招くのも大きなリスクです」
「分かっております。無理は重々承知しています」
一瞬、別荘の様子を偵察するために往診させようかと思ったが、結局武器の少なさを考慮してここで診察することにした。
「仕方ありませんね。明日正門に連れてきて下さい。診察するように伝えましょう」
「斉藤さん助かります」
来訪者達は去った。
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