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ソードアート・オンライン~神話と勇者と聖剣と~

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DAO:ゾーネンリヒト・レギオン~神々の狂宴~
  第六話

 杉浦琥珀が栗原清文と初めて出会ったのは、小学校二年生の頃のことだった。

 今では知る人は少なくなったが、琥珀の祖母はスペイン人。琥珀自身、多少その血筋を受け継いだようで、幼少期は少し外人めいた容姿だったと思う。それを散々からかわれ、いじめの対象になっていた時期があった。

 気の強い琥珀はいじめっ子たちに散々反抗し、そこをさらに突かれる、という悪循環。最終的には殴る、蹴ると言った、小学生にあるまじき暴力行為にすら発展しかけた。

 それを半ば自らの身を犠牲にし(?)終結させたのが、幼き日の清文だった。

 話したことも無い見ず知らずの女の子一人を助けるために、小柄な体でいじめっ子たちに反抗した清文。彼と琥珀が同じ学校の児童であることを知るのはもう少し後。

 逃げ出していくいじめっ子たちをにらんだ後に、幼い琥珀は清文に問う。どうして助けたの、と。助けてなんて言ってない。助ける必要なんてなかった、と。

 だけどその時、清文は笑顔で、すっぱりと言い切ったのだ。

「うまくいったから、いいじゃないか」


 あれから、もう10年近くが経っている。それでも、あの時から琥珀が清文に抱き続ける想いは、微塵たりとも揺らいでいない。

 だって……だって、彼がいなかったら、今の自分は無いのかもしれないから。彼だけを追いかけて、彼のために生きたいと願って、この10年間を過ごしてきたのだから。

 ねぇ、清文――――大好きだよ。

 ねぇ―――――はやく、戻ってきてよ。



 ***


 
「し、師匠ぉぉぉぉぉ―――――――!」
「うるさい!」

 感極まった表情で飛びついてくるカズを、コクトが無情にも蹴っ飛ばす。顔面に思いっきり足がヒットし、カズは一メートル近く吹っ飛んだ。

「全く……」
「はいはいいつもの光景ですねー。コクトさんはツンデレですねぇ」
「馬鹿なことを言うなハクガ。斬るぞ」

 苦笑するリーリュウ。それに乗るようにからかうハクガに、本気でいやそうな目を向けるコクト。これを見ていると、ハクガとハクナが兄妹であるという事が非常に実感できる、そんな光景であった。

 コハク達《ボルボロ》一行は、途中で影で構成された蛇の群れに足止めを食らったものの、無事に《央都》へとたどり着くことに成功した。欠員を出すことも無かったのは行幸だ。

 ただ、先ほどからシャノンの様子がおかしい。何かに苛立ちを募らせているかのように、目を血走らせて、あたりを睨み付けて何かを呟いているのだ。それと対照的に、刹那はどんどん表情から人間味が失われていっている。

「近い……感じる……感じるぞ……」
「シャノン?」
「うるさい!!」

 問うたハザードに向かって、突然シャノンが抜刀する。間一髪攻撃は避けたものの、巨剣は大地に突き刺さり、《央都》の白い街路に大きな傷跡を残した。

「……どうした?さっきから様子がおかしいぞ」
「黙れ……近いんだ……感じるんだ……」

 そうしてまた、ぶつぶつと不気味に呟き始めるシャノン。

「悪い」
「お待たせしました」

 そうこうしているうちに、商店街へ消耗品などの買い出しに出ていたラーヴェイとハクナが戻ってくる。

 この世界に置いて、HPやMPというのは不可視パラメーターだ。だが、完全に存在しないというわけではないらしく、ヒールクリスタルやマナクリスタルなどは存在する。まぁ、実際のところはほとんど使用する場面もない、というか使っている暇がないので、お守りのようなものとなってしまうのだが、あるのとないのとでは安心感が違う。そう言った所では、SAOやALOでの戦いと同じだった。

 均等に分配が終わったところで、リーダー格のラーヴェイが話し始める。

「さて、いよいよ《白亜宮》へと乗り込むわけだが――――」
「僕らは先に行かせてもらう」
「……シャノン?」
 
 真っ先に口を出したのはシャノンだった。相変わらず険しく歪めた顔で言った。

「近いんだ……今この瞬間も感じる。早くいかなくちゃ……」
「……分かった。気をつけろ」

 ラーヴェイが許可を出した、その瞬間。カッ!!とシャノンは両目を見開いて、狂気的な笑みを浮かべる。
 
「刹那ぁぁぁッ!!行くぞぉぉぉぉッ!!」
「はい、お兄様」

 暴走状態にある兄とは対照的に、ほとんど機械のように平坦な口調で答える刹那。だが二人は驚異的なスピードで凱旋門を潜ると、《白亜宮》の入口にあたる、現在は無人……というより無()の《六王の神殿》へと向かって行った。

「……俺達はゆっくり進もう。何があったのか知らないが……焦りは禁物だ」
「「了解」」

 ラーヴェイの指示に頷く面々。

 コハクは、既に姿が見えなくなった天宮兄弟が、走り去っていった方向を見つめる。シャノンは確かに狂気的なところはあったが、あのように異様に苛烈な性格ではなかったような気がする。刹那もだ。もともと兄に対する信頼はただの兄妹を超えていたように思うが、それでも機械的に兄に賛同する少女ではなかった。時には彼をいさめる突込み役にも回っていたはずだ。だが、今ではシャノンが何を命令しても従順に従いそうな気配がある。

 つまり、この先に在る《ナニカ》が、シャノンを苛烈に、刹那を機械のように従順に変えてしまったのだ。

 一体、何が待っているのか――――コハクは、得体のしれない不安に身を震わせた。



 ***



「がぁぁぁっ!?」

 凄まじい激痛が、切り裂かれた胸に走る。距離をとろうと大地を蹴るが、それをはるかに超えるスピードで、再び巨爪が振るわれた。とっさに持ち上げた左手の剣は、まるでバターのように真っ二つに切り裂かれてしまった。

 キリトは、不機嫌そうな顔でこちらを見るエインヘルヤルを睨み返した。彼女が従者である熊型の悪魔、《バァル=フェゴル》を鎧のように纏った瞬間から、キリトは一度も彼女に攻撃できていない。剣を構える前に、暴力的なスピードで接近され、切り裂かれるのだ。すでにキリトの各装備はぼろぼろになり、HPバーはイエローゾーンに入って久しい。

「……もう終わり?」
「まだだ……ッ!!」

 そう言って、エインヘルヤルの背後から大型の両手剣が振り下ろされる。半ば粉々になった真紅の鎧をうならせて、サラマンダー将軍ユージーンの《魔剣グラム》が、凶悪な光を放った。紅蓮のエフェクトはソードスキルの証。キリトの知らない起動は、彼のもつOSSの物だ。

「あなたには聞いてない」

 しかし、《魔剣グラム》が届くのよりもはるかに早く、エインヘルヤルの両手が動く。曲刀のような形状をした巨大な爪が、ユージーンの胴を三つにスライスする。飛び散るエンドフレイム。ALO最強の男は、あっけなくキルされた。

 ――――強すぎる。

 何度目かになるその感想を、キリトは心の中で呟いた。今声を出せば、震えたものが出てくるかもしれない。

 小柄なその姿からは想像できなかった、圧倒的な戦闘力。それも、彼女は恐らく『戦っている』実感など持ってすらいないのだろう。この状況は、ただの一方的な『虐殺』でしかない。

 ――――どうすればいい。

 なすすべもない。ありとあらゆる攻撃は、繰り出す前に滅せられる。どんな防御も、その爪撃の前には意味をなさない。絶望。たった一つ、それだけしか感じられない。

 一糸すら報いることもかなわずに、既にこの場に残っているのはキリトとアスナを始めとする、当初エインヘルヤルと戦うことを目的としていた精鋭メンバーだけ。立っているのは、キリトとアスナ、そしてアリスの三人だけ。だが、その中でいまだまともに動けるのはキリトだけだ。アスナもアリスも、己が剣を支えにして立っていることしかできない。

「キリト!しっかりしなさい!あなたは人界を救ったのでしょう!この妖精郷も救うのでしょう!」

 それでも、アリスは声を振り絞ってキリトを励ます。《人界》の一言は、ぼんやりとキリトの中に戦意を呼び戻した。

 そうだ。《人界》。俺は、ユージオと約束したんだ。何度だって立ち上がるって。

「キリト君……!」

 アスナの声が聞こえた。そうだ。彼女だって、俺が立ち上がることを望んでいる――――

「俺は――――剣士キリトだ!」

 自分へと、強烈な自己暗示をかける。その四肢が、見る見るうちに修復されていく。ALOの装備から、SAO時代の装備へ。両の手に握る剣は、折れた剣とエクスキャリバーではなく、《夜空の剣》と《青薔薇の剣》へ。

 奇しくも、それはかつて人界の最頂点で、最高司祭を斃した時と同じ武器。夜空の下で、虚空にのまれたガブリエル・ミラーと戦った時と同じ武器。

 二本の剣が、わずかにだが光っているのが分かる。

「――――ッ!」

 ほんのわずかにだが、エインヘルヤルが眉をしかめた。

 今現在のキリトには冷静に考えることなどできないが、これは当然のように《心意》の力だ。だが、様々なセーフティーのかけられたアミュスフィアでは、心意を使うことは不可能ではないだろうがかなり難しい。フルダイブにハードを必要としないアリスなら話は別だろうが、とりあえずキリトには不可能なはずの芸当だった。

「おおおおお――――ッ!」

 光は、少しずつキリトの体すら蝕み始める。その肢体が揺れる。その背後に、何かが顕現しようとしている。

「…………!」

 エインヘルヤルが、確かに驚愕の表情を浮かべた。直後、当然か、とでも言ったような表情も浮かべる。そして――――

「やっと、本気を出せる」

 ほんの少しだけ、嬉しそうに、口元を歪めた。

 その口から紡がれるのは、全てを停止させる《怠惰》の祝詞。

「『十九八七六五四三二一〇
  いと尊き我が兄に、この誓いを捧げます』」

 そこまでは共通なのだろうか。その他の式句とほぼ全く同じ式。

「『世のはじめ、創世司りし神は
  七の日の内六日で世界を創りだし
  最後の一日を働くことを疎んだ。

  世のはじめ、罪を問われた人の子は
  自ら地を耕すことを疎んだ。
  
  はるかかつて、荘厳なる王宮を有した戦神は
  自らの手でその城を築くことを疎んだ。

  即ち是怠慢の相也。
  
  神さえ其の法より逃るること(かな)わず――――
  其の名は《怠惰(acedia)》。


  ―――《惟神》―――

  《Acedia-Sloth》』」


 そうして放たれたのは――――かつて、キリト達をなすすべもなく滅ぼした術式。

 周囲の重圧が歪む。すべてがエインヘルヤルを中心にしてつぶれる。猛烈な重力をかけられているのだ。当然のようにキリト達も大地に押し付けられる。《心意》による変身がとけてしまう。

 それを見て――――エインヘルヤルは、不可解なことをつぶやいた。

「……まだ不完全なのかしら……《原典の主人公》なのに……いや、逆に『だから』なの……?どちらにせよ、お兄様の指示を仰がないと――――」

 つい、とエインヘルヤルは宙を見つめる。

「ノイゾ。お兄様に繋いで」
『全く、人使いが荒いな……否、矮小たる人の身ではないのだから、この表現は不適か――――ともかく、我が兄には現在繋げんよ。『あのお方』の制御に入ってらっしゃる』

 聞こえてきたのは、あの《ノイゾ》と名乗った青髪の少女の声だ。何なのかよくわからない会話が続く。

「……『あの人』を……?そう……仕方ないわ。あなたに伝える。《黒の剣士》が《惟神(コール・レギオン)》の鱗片を見せたわ。覚醒までは遠そうだけど」
『ほう、予定より少し早いな……まぁいい。それすらも我が兄の掌の上でしかないのだから……よかろう。ゲートを開け。兄者の言葉を伝えよう――――「エイン、君のALOでの役割は終わりだ。帰還せよ」』
はい(ヤヴォール)お兄様(マインヘル)

 宙にむかって頭を下げると、エインヘルヤルは右手を振った。


 瞬間、重圧が消え去る。それだけではない。エインヘルヤルが纏っていた悪魔が消滅し、彼女は元の姿に戻ったのだ。さらには、キリト達の傷が癒える。

「『開け、我がレギオンの扉(アクセス マイレギオン)』」

 その式句に反応して、エインヘルヤルの背後の時空が歪む。ブラックホールの如くそこだけ空間が消滅し、扉のように広がる。

 次のエインヘルヤルの声は、ALOの全体に響いたらしい。らしい、というのは、このときキリトはそれを知るすべをもたなかったからだ。

「――――《白亜宮》が《七眷王》の一角、エインヘルヤル・イクス・アギオンス・レギオンルークが、汝ら妖精郷の住民達に告ぐ。お兄様が汝らによる反逆を許可された。自らが住まう世界を取り戻したいというのであれば――――集え。さらなる絶望を与えようぞ」

 エインヘルヤルは、背後の黒いゲートに身を投じた。その姿が掻き消える。どこかへと転移したのだろうか。

「……どうしよう、キリト君。皆HPとMPは回復してるみたいだけど……」

 アスナが問う。なにを、とは聞かない。エインヘルヤルの言葉どおりなら、恐らくあのゲートに入ることで、《白亜宮》とやらに行けるのだろう。アスナの問いは、このまま進むか、進まないか、という問いなのだ。

「……少し、休んでからにしよう。それでも遅くないはずだ」

 ゲートが消えてしまう可能性はあったが、恐らくそれはすぐにおこることではないだろう。

 あの闇の向こうには、ALOを取り戻すための手掛かりがある。それを、必ず掴み取って見せる――――

 ひとまずはそこまで考えて、キリトはその場にどさり、と倒れ込んだ。 
 

 
後書き
 はいどーも、お久しぶりですAskaです。
刹「『神話剣』見たのも久しぶりですね……いったいどのくらい更新してなかったんです?」
 主観だと二週間ほど。実際のところは分からない。
刹「……」

 さて、色々と謎――――というか状況が動いた今回。次回はいよいよ《白亜宮》内部に再突撃(キリト君達は初)となります。
刹「ところでGGOはどうなったんです?」
 向こうはもうちょっとあとの予定。下手すりゃ出てこない。
刹「書きなさい!」(ゴッ
 ぐはぁ!今日は殴られないと思ってたのに……

 そうそう、今回で『神話剣』はたぶん連載100話目を迎えます。総合評価(話別評価除く)も300を突破しましたし、嬉しい限りです。
刹「今後も『神話剣』をよろしくお願いします」

 そんなわけで
刹「次回もお楽しみに!」 
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