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ゾンビの世界は意外に余裕だった

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2話、レグロン登場

 夕方までの数時間、俺はテレビ放映を見れる警備指令室で過ごした。当たり前だが、テレビではどのチャンネルもゾンビ報道しかやっていない。

 それも人が血を流したり食べられたりしているシーンばかりで、例えモザイクがかかっていても気分の良いものではない。

 それでもしばらくは我慢して見続けたが、悲しいことに大日本共和国が混乱していることしかわからなかった。

 夜になり、研究所の外と電話やインターネット回線が繋がった。問い合わせメールがまず大量にやってきて、それから電話が鳴り始める。

 帰宅組の家族からのメールに関しては、中央制御人口知能キャリーを利用して、帰宅組から預かっていたメッセージ付きの返信メールを送る。出勤していない組には、今日出勤していないことと研究所を閉鎖したこと、出勤したらメールすると送信した。

 問題は電話だ。声からして憔悴しきっているご家族に、午前中に帰宅したことを知らせ、帰宅組のメッセージを伝えて「きっとご無事ですよ」と励ます。コミュニケーション嫌いで研究員となったような俺には、悪夢のような仕事だ。

 無論、俺は同僚のためと不平を言わずに臨時所長としての役目を果たした。

 夜十一時頃。疲れきった俺は警備指令室の椅子に座ったまま睡眠に突入。臨時所長としての初日を終えた。

 ……そして、意識の彼方から、電話の電子ベルが聞こえてきた。もの凄く眠かったが、ゾンビへの警戒心が俺を速攻で目覚めさせる。

 時刻は午前一時……。眠いはずだ。こんな時間に電話をかけてきやがってと思いつつ、臨時所長としての仕事を果たす。電話相手はもちろん家族を心配する同情すべき人だ。


 ……研究所の臨時所長になって2日目の朝がやってきた。時刻は午前九時。普段なら寝坊だが今日は仕方ないだろう。

 あの後、三回も電話がかかってきた。その都度俺は起きて真摯に対応したが、このままだとノイローゼになりそうだ。

 それに帰宅組の帰宅率の低さも気になる。いや、幹線道路が封鎖されて右往左往しているだけだ。少なくとも今はそう思うことにした。

 『今晩は仮眠室で寝るぞ』と思いながらテレビをつけると、相変わらずリアル・ゾンビのホラー中継をしていた。ちょうど首を噛まれた人の映像が流れ、思わず腰のホルスターに収まった拳銃を確認する。冷徹な鉄の感触をもの凄く頼もしく感じる。まあ、清々しさの欠片もない朝だ。

 別チャンネルでは、世界中で凶悪な患者が暴れまわっていることを伝えでいた。また、大日本共和国大統領は、社会の秩序を維持するために国防軍を投入すると宣言していた。だが相変わらず政府発表ではゾンビ対策ではなく、伝染病対策になっていることが気になる。

 一方軍の意図を解説する有名な軍事評論家は、最初の混乱さえ乗りきれば、共和国自衛軍や同盟国の在日ネオ・ワイマール軍が事態を収拾すると断言していた。そして、司会のアナウンサーはパニックを起こさず、自分の身を守るよう呼びかけている。

 俺も事態はすぐに収束すると思っている。特に大日本共和国軍のロボット兵器は、対ゾンビ戦で大きなアドバンテージを持っている。テレビドラマみたいに文明は崩壊せず、共和国は秩序を回復させるはず。

 俺はそれを信じて、生き残れるようにしておけば良いだけだ。

 まあ、今のところゾンビが敷地に侵入する可能性は低いし、俺が居る本館にゾンビが現れる可能性は零に等しい。だが念のため、保険をかけておこう。

「キャリー。保安システムを組み替えたい。私以外のセキュリティーコードを無効にできるか」
「可能です」

「では、そうしてくれ。それと暗号コードは私の誕生年月日を西暦で現した数字を二回足したものにする」
「はい、全て再設定しました」

 何時ものように、緊急事態だから規則違反は許されるだろうの精神を発揮する。

「電力の供給はどうなっている」
「平常通り供給されています」

「万が一停電した時にはどうなる?」
「太陽光発電と蓄電システムで最低限の機能は維持できます。足りない場合はガソリンを使った発電で補助しますが、これには七十二時間分の燃料しかありません」

「なるほど……、最低限の機能に研究所の各設備の消費電力は含まれていないのだな」
「はい、監視カメラや照明、室温管理などが行われています」

「分かった。今はこのままで良いが、蓄電池の半分を消費したら報告してくれ」
「はい、斎藤様」

 キャリーと話を終えた俺は、昨日から何も食べてないことを思い出す。とりあえず5Fの社員食堂に向かった俺は、厨房で予想外の大型冷蔵庫と冷凍庫を見て驚いた。冷蔵庫の生鮮食品が満載してあるカーゴを、冷棟庫に運びこんでから、レトルトカレーと真空パック米を電子レンジで温めて食した。

「うーむ、人手が足りないな。特に食事係は必須だ」

 わびしい食事を食べたせいで、俺は初めて人恋しいなくなった。いや、最初に恋しくなった相手が、まさか料理上手の太ったコックのおばさんとは想定外だ。

 無論、おばさんは存在しないしあきらめるしかないが、研究所には禁じ手の代替え手段があった。一応ここは先端技術研究所であり、戦闘用から家事手伝い用まで、各種アンドロイドが揃っていたりする。それも実用段階に達しながら、反対派のせいで社会に送り出す法律が出来ず、埃を被っていたアンドロイドがゴロゴロいる。

 彼らの起動は割と簡単だ。俺を主人にして稼働させれば良いだけなのだが、事態が呆気なく収束して他人のアンドロイドのご主人様になりまくっていたら、同僚達は冷たい視線を俺に送るだろう。

 いや、今は緊急事態だ。悩んだ俺は家事手伝いアンドロイドを稼働させる前に、とりあえず自分が手がけた戦闘用アンドロイド達を稼働させることにした。

 そのためにB棟の自分の研究室に移動する。 俺は研究室のパソコンを見た。
「キャリーいるな。レグロンの人口知能コード501を見せてくれ」

 レグロンの外見は人間そっくりだ。本当は女性型にしたかったのだが、発注者である大日本共和国軍陸軍参謀本部の石頭は、男性型を譲らず、ついには強権を発動して俺を屈服させた。

 そのレグロン。現在は迷彩服を着せられ、ベッド型の整備台の上に横たわっている。

「レグロンの人口知能コード501です」

 俺はこれにゾンビの基本データと新しい行動規範を入力する。別の国でアンドロイドとロボットが暴走事故を起こして以来、大日本共和国ではそれらに厳しい行動規範が定められている。

 今回の設定変更はちょっとばかり法律に抵触するが、今必要なことは、あらゆる脅威から優先的に俺を守る存在を生み出すことだ。 俺は基本コードの書き換えを始めた。まずご主人様を大日本共和国の軍人から俺に変える。さらに拷問禁止などいくつかの規制を無くす。


「キャリー。レグロンを臨時所長の認証で起動する」
「はい、斎藤様」

「昨日から気になっていたが斎藤様は変な感じがする。そうだな。これからは私、いや俺のことはボスと呼べ」
「ボスですね。了解しました」


 戦闘用アンドロイド・レグロンは起動するとすぐに立ち上がり、俺に敬礼した。北アメリカ合州国のアフリカ系鬼軍曹達をモデルにしたレグロンは、各種戦闘技術をインストールする作業の途中だが、現段階でも突撃銃で武装した俺が十人居てもかなわない相手だ。

「斎藤様、御命令を」

「レグロン。俺のことはボスと呼べ」

「わかりました。ボス」「大日本共和国の状況は分かっているのか」

「キャリー様と情報リンクを結んだ結果、大日本共和国は危険なゾンビに襲われていることは知っています」
「よろしい。改めて命令するが、お前の任務は人間やゾンビなど、ありとあらゆる脅威から私を守ることだ」

「承知しました。ボス。他の戦闘用アンドロイドもしくはロボットがあれば、任務遂行の確率が高まります」

 この研究室にも俺の手掛けた戦闘アンドロイドが何体かある。だが、さしあたってはレグロンだけで良いだろう。

「分かっている。事態が悪化したら考慮するつもりだ。しかし今はレグロン、お前だけが頼りだ」
「分かりました」

 頼もしい護衛を得た俺は更衣室に向かった。軍の委託を受けているため、研究室にはあからさまな私物を置いておけない。そのため更衣室の大きなロッカーに、着替えなどが置いてある。

 そして、更衣室の近くにはシャワールーム……。俺は熱いお湯を浴びてさっぱりしてから、レグロンと警備指令室に陣取り、眠くなるまでネット二次小説を読んで過ごした。
 
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