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蒼き夢の果てに

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第6章 流されて異界
  第98話 ここは文芸部?

 
前書き
 第98話を更新します。

 次回更新は、
 9月17日、『蒼き夢の果てに』第99話。
 タイトルは、『オマエの物は俺の物?』です。
 

 
 窓から見えるどんよりと垂れ込めた雲が今この時の俺の気分その物。
 妙に重い足取り。あまり早足で歩かない彼女と共に歩いた中でも、取り分けゆっくりと時間を掛けて辿り着いた其処。全体的に小奇麗な校舎の中に有って、かなり雑然とした印象のある部室棟。その少し薄暗い廊下を長門さんに案内されてひとつの扉の前に立つ俺。
 本当にこの世界を訪れた俺の異世界同位体は、一体、あの涼宮ハルヒと言う名前の少女とどんな関係を築いていたのやら……。

 空模様と同じレベルの気分でそう考えながら、建て付けの良い、とは言い難い扉を開く俺。
 その先に存在して居たのは……。

 先ず感じたのは意外に広い部屋だな、と言う事。確かに教室と言うほど広い訳じゃないけど、一般的な部室のイメージとして俺が持って居る八畳間程度の部屋よりは広い雰囲気。
 部屋の真ん中には会議室などでお馴染みの、折り畳み式の長テーブルが並べてふたつ。それにパイプ椅子が八脚。其処から目を転ずると、窓を背にした部屋の隅には教師専用の机がひとつに、これまた教師専用の事務用の椅子。……複数に分かれた脚部の先に車輪が付いて居る椅子が一脚。
 そして、この部屋の本来の役割。文芸部の部室である証のスチール製の本棚が部屋の一方の壁に押し付けられるようにふたつ存在するのと、其処に納められた雑多な内容の本たち。反対側の壁に押し付けられるように配置された理科室にある薬品棚。これはかなり古い感じの物。
 最後は本棚に引っ付けるように配置された、普通の教室に置いてある生徒用の机と、その上に古いパソコンが一台。多分、ネットに繋がる環境は整っているようなのですが……。それでも文芸部にパソコンが必要な作業があるとも思えない。

 そうして……。

 その静かな部屋には、俺たちよりも先に辿り着いて居た少女が二人。
 紅い瞳を俺に向け、ただ一途に見つめる蒼い少女が一人。この世界の水晶宮所属の術者神代万結(かみしろまゆ)。いや、彼女の場合は俺を見つめて居るのか、それとも、俺の居る辺りに視線を送って居るだけ――瞳に俺と長門さんを映しているだけで、明確に自らの意図の元見つめて居る訳ではない可能性もゼロでは有りませんが。
 まして俺や長門さんを見つめて居るのか、突如、扉を開いて部室に侵入して来た人間をただ見ているだけなのかも判りませんか。

 そして、もう一人。こちらは部室内に侵入して来た俺たちの方に顔を向ける事もなく、窓の横に立ち、今にも降り出しそうな氷空(そら)を見上げる長い黒髪の少女。

 身長に関しては俺の傍に居る長門さんや万結よりも十センチほど低いぐらい。彼女らが中学生程度だと仮定すると、その窓際に佇む少女は小学校高学年程度。腰まで届く黒髪に、漆黒の瞳。肌は……一般的な日本人の少女としたら白い方。
 水晶宮から渡された資料によると彼女の名前は相馬(そうま)さつき。関東圏にある古い血の一族の姫。

 彼女は元々、涼宮ハルヒ関係の事件を解決する為にやって来た術者。どうやら、長門さんとの間に何か有ったようなのですが、それでも以後に和解。……と言うか、長門さんは危険な相手ではないと認識して以後は無視。現在は、俺や長門さんと同じように一年六組にて涼宮ハルヒの監視を行って居るようです。
 もっとも、それが相馬の家だけの目論みなのか、それとも地祇(くにつかみ)系のそれなりの組織の目的なのかは判らないらしいのですが。

 明治以後、国の支配権を完全に天津神系に明け渡した地祇系は地下に潜って仕舞い、その中心となる強力な勢力が存在しない事から……。
 すべての動きを把握する事はかなり難しい状態。正に八百万の神々と言う表現に相応しい状態と成って居ます。現在の日本と言う国は。

 ただ……。
 ただ、俺は彼女の事も知って居ます。確かに、相馬さつきと名乗っている、見た目小学校高学年程度の少女に関して、今生では初見です。
 しかし、別の世界では……。

「なんや、万結にさつきは先に来とったのか」

 確かに四時限目の授業が終わってから、途中で少し寄り道をしてここにやって来た為に、先に辿り着いた人間が居たとしても不思議ではないのですが……。それでも余りにも早い到着に少しの驚きを含んだ言葉でそう聞く俺。
 同時に、机の上に買い占めて来た大量の菓子パンと飲み物を置く。

 そう、これが本日の俺と長門さんの昼食と言う事。本当ならば弁当を用意した方が良いのですが、朝の時間と言うのは貴重。一分でも、一秒でも余分に寝て居たい俺としては、弁当を作る時間さえもったいない、……と考える人間。こんな妙な事に巻き込まれなければ学食で温かいご飯を食べて居た頃なのですが。
 ハルヒから部室に呼び出しを受けるぐらいなら、不良に体育館の裏に呼び出される方が百万倍マシ。不良の方なら、軽く()()()やれば以後、手出しはしなくなるはずです。しかし、流石にハルヒを軽く撫でてやる訳にも行かないので……。
 物理的に。本当の日本語の意味通りに彼女の頭を撫でてやったら、何するのよ、と言って殴り返されるのがオチですから。

「万結とさつきも飯が未だやったら、菓子パンで良ければ一緒に食べへんか?」

 万結に付いては最初から。さつきはそのついでなのですが……。それでも、この場に来てから急に思い付いたような自然な流れでそう話し掛ける俺。
 それに今日の午前中、彼女……万結の事を観察して感じたのは――何と言うか長門さん以上に実在感の薄い彼女に関しては少し気を掛けてやる必要があるんじゃないかな、と言う事。
 片やさつきの方は、食事と言うのは単なる栄養補給の為の手段と考えて居る可能性が高いように見えるので……。

 まして、どちらの少女も弁当を用意して居るようには思えませんから。

 俺の事をじっと見つめていたさつきが、窓の外を眺められる位置から、万結の隣のパイプ椅子へと移動して来る。
 そして、万結が大量に買い込んで来た菓子パンに手を伸ばした。

 その時、背後の扉が開く音が聞こえ、

「あ、もう皆さん集まっていたのですか?」

 妙に甘い雰囲気の少女の声。ただ、聞き覚えのない声。この声の持ち主に関しては初めての相手か。
 そう考えながら一度下ろした腰を上げ、振り返る俺。その瞳に映る三人の少女の姿。

 一人は俺よりも深い蒼の長い髪。こちらの方は俺も知って居る顔。一年六組の委員長、朝倉涼子。
 そしてもう一人の方は……。
 同じく一年六組の女生徒。名前は弓月桜(ゆづきさくら)
 身長は長門さんよりは少し高い感じ。彼女の隣に立つ委員長よりは心持ち低いように感じるので一五五、六センチと言うぐらい。振り返った俺を、少しはにかんだような笑みを浮かべながら見つめて居る。
 いや、視線は直接俺の顔を見つめず、少しずれた位置……多分、俺の足元辺りに固定して、上目使いに俺の様子を窺っているかのような雰囲気。
 細く長い眉。ほんの少し……本当に僅かに下がり気味の瞳は彼女の優しさと、そして弱さを現しているかのよう。それで髪の毛に関しては背中の真ん中。……丁度、肩甲骨に届くぐらいの長さ。まるで極上の墨を()いたかの如き黒髪。真っ直ぐで素直な髪質で、部室の白色が強い蛍光灯の光を受けて、見事な天使の環を作り出して居ます。
 それに、肌もかなり白いように感じますね。
 もっとも、文芸部などに参加して居るのですから、そもそもアクティブに太陽の下を走り回るタイプの少女たちではないのですから、ここに居る少女たちの肌が一般的な女子高生よりも白かったとしても不思議ではないのですが。

 まぁ、彼女、弓月桜と言う少女に関しての表現でもっともしっくりと来る表現が何かと言うと……良家の子女ですか。
 見事なまでに内気な良家の子女風と言う表現が当てはまりますか。典型的な日本の良いトコロの御嬢様。

 ただ……。
 ただ、彼女に関しては水晶宮から渡された資料の中に名前が有った少女でも有ります。

 弓月。俺の記憶が正しければ、この名字も日本の術者の古い系統に繋がる名字。秦氏族系に繋がる名字だったはず。それに、確かキツネにも……。
 資料に因ると現在は術者を輩出しては居ないようです。……が、しかし、過去には日本の裏側。陰陽師などと言う形で術者を輩出していたのは間違いない家系。
 確かに、彼女の黒髪に白と緋色に色分けされた巫女姿はとても映えるでしょう。

 もっとも、彼女に関しては分家筋。本流からは少し遠い筋に当たるようなので、おそらく涼宮ハルヒに近付く意図を持ってこの高校に進学したと言うよりは、偶々自宅から近い学校に進学をしたら、其処に涼宮ハルヒを中心とした異能者が存在していた、と言うだけの事なのでしょう。

 ここまでならば、別にその辺りを歩いている人間を無作為に選んでも当て嵌まる人間は結構いると思います。
 但し、彼女はここからが違う。
 今年の二月に起きた事件の際に彼女は異界化現象に巻き込まれ、一度死亡し掛けた経緯が有ります。
 いや、症状自体は軽い物。発見が早かった事も有って少し精気を吸われた程度で終わり、その後に心的外傷からPTSDのような症状を発生させる事もなく、ここまで過ごして来たらしいのですが……。

 しかし、ここで彼女の家系に問題が出て来ました。
 現在は術者を輩出していないとは言え古い家系。更に、秦氏族系でキツネとも某かの関係がある家系の人間が妖物に襲われた。これだけでも、彼女の血の中に潜む何かが目覚める可能性は非常に高く成ります。
 そして、この高校に入学してから、他ならぬ涼宮ハルヒの不思議を感知する能力に因り発見され、この文芸部……の皮を被った、涼宮ハルヒの為の同好会に無理矢理入部させられた人物。

 俺が能力を発現させるきっかけと成った状況と酷似する体験。それに、同じように古い血の一族でもある。その上、ハルヒに目を付けられたのも同じと来ると、彼女にもそれなりの監視が付けられても不思議ではない。
 もっとも、彼女……弓月桜に関しては、ハルヒのついで、と言う意味の方が大きいでしょうが。
 更に、ハルヒに発見されたと言っても、弓月桜の経過の監視を行い易いようにハルヒと同じクラスに纏めた事によって巻き込まれたと言う感覚もあるでしょうから、この世界の水晶宮や天の中津宮(あまのなかつみや)的には警戒すべき相手とは考えていないはずです。

 但し、俺としては別の興味も存在する少女たちでも有ります。いや、興味と言うよりは疑問に近いかも知れませんが。
 そう。俺は、この弓月桜と言う少女も知って居ます。

 ハルケギニアでは湖の乙女と名乗った長門有希。
 同じく、崇拝される者と名乗っていた相馬さつき。
 妖精女王と名乗っていた弓月桜。
 そして、あのタバサの夢に現われた少女。俺がシャルロットと呼び掛けた時に反応する少女……タバサの妹と思われる少女との別れの瞬間に垣間見えた少女とウリふたつの少女神代万結。
 まして、揃いも揃って、ハルケギニア世界の彼女たちと同じ服装。一時的には、実は俺自身が心の奥深くで何か拘りがあるんじゃなかろうかと疑ったセーラー服姿。

 もっとも、それを言うのなら、今の俺の姿……。濃い緑色のブレザーに白いシャツ。マゼンタのネクタイと黒のスラックス。この服装は、ハルケギニア世界に顕われたゲルマニアのヴィルヘルム王子や、自らの事を名付けざられし者だと名乗った青年の服装とかなり似た雰囲気。完全に同じ物かどうかは、夜目と、更にヤツラが纏った闇の気に因り、記憶が定かではない部分もあるのですが、それでも似ているのは確か。
 いや、二人とも俺と背格好も似て居たので、髪の毛の色を黒に染めれば、後姿だけで三人の中から俺を見つけ出せる人間は……。
 タバサと湖の乙女ぐらいでしょうか。

 そこまで思考を巡らせてから、脇道に逸れ掛けた思考を、少し首を振って元に無理矢理戻す俺。
 何故ならば、この世界でならば、仮に這い寄る混沌や名付けざられし者が顕われたとしても、俺が孤立無援の状態で戦わなければならない理由がない事に気付きましたから。
 確かに、ハルケギニア世界でも積極的に戦わなければならない理由はないのですが、知って仕舞えば対処しなければならない程度の能力は持って居ます。俺は……。更に、あの世界の裏側。異世界から、世界を混沌の淵に投げ込もうとする侵略者に対処すべき防衛能力を持った存在たち、と言う連中に直接の知り合いは居ませんから、降りかかる火の粉は自らの手でどうにかする、とばかりに俺やタバサたちが対処していたのですが……。
 この世界には水晶宮。ヴァチカン。それに、この日本にも天の中津宮が存在して居るので、俺程度の人間がシャカリキに成って対処しなければならない理由は有りません。
 もっと能力が高い連中に任せて仕舞えば、簡単に事態を処理して貰えるはずですから。

 ただ、この部分。この世界の危機などではなく、もっと俺の私的な部分に関しては、そう言う訳には行きません。
 その私的な部分と言うのは……。

 俺の周囲に居る少女たち。朝比奈さん、朝倉さん以外の四人の少女に対して、順番に視線を送る俺。
 そう。もしかすると、彼女ら……。特に湖の乙女の言う『前世』と言うのが、この時代、この世界の事ならば――
 但し、この部分に関しても不明な点が多い。
 先ず、彼女らとハルケギニア世界の彼女らが魂までも同一の存在で有るのかが判らない。
 姿形が同じだからと言って、魂までもが同一の存在だとは限りませんから。
 そして、仮に魂までもが同じ存在だったとしても、それがイコール前世の姿だと決まった訳でもない。
 可能性としてならば、逆向き。ハルケギニア世界から、こちらの世界へと転生して来た可能性もゼロでは有りません。それこそ、可能性だけで言うのなら、星の数ほど存在している平行世界の数だけ可能性が存在しているはずですから。

 ……俺の知って居る輪廻転生とは、ひとつの世界の過去から未来へと続く一本道上の単純な世界へと転生を繰り返す。例えば、二十世紀に生を受け、死亡したのが二十一世紀だった場合、次に生を受けるのは二十二世紀以降、などと言う単純なルールに支配された物などではなく、地球世界の二十世紀に生を受けた魂が、次はハルケギニア世界の始祖降誕の時代に生を受ける可能性もあると言うルール。
 たったひとつ。ひとつの世界の同一の時間内に存在出来る同一の魂はひとつだけ。このルールに抵触しない限りは、どんな可能性もゼロでは有りませんから。

 もっとも、そのルールにしたトコロで、未だ確認されていないだけで、同一時間、同一世界内に、同じ魂を持つ存在が二人以上同時に存在出来る世界が有ったとしても不思議ではないのですが。
 ……ただ、そんな世界はタイムパラドックスや時間遡行型の犯罪者が横行して居て、世界の危機が連発。平和な世界を維持する事だけでもかなり難しい世界だと思いますが。

 何故ならば、たった一人。不慮の事故で死亡する予定の人物。天命で死すべき事が決まっている人物を存命させるだけで、世界自体がその未来で崩壊する事が確定する可能性だってゼロではないのですから。
 百年どころか、千年、万年単位で出て来る影響だって有ると思いますから……。

「じゃあ、私はお茶の用意をして来ますね」

 俺の思考がかなり別方向にトリップしている間に、最初に声を掛けて来たのであろう少女。栗色の長い髪の毛を持つ少女が自らの荷物……おそらくお弁当の入ったと思しき巾着を机の上に置いてから、そう話し掛けて来た。
 ……いや、別に俺個人に話し掛けて来た訳ではないのでしょうが。

「あ、いや、取り敢えず……」

 そのまま、何故かお茶の用意をしに行こうとする栗色の髪の毛の少女を呼び止める俺。
 ……と言うか、部屋に入って来て荷物を置いた途端にお茶の準備って。

 一応、この少女に関しても資料に入って居たのですが、そんな事はオクビにも出す事もなく、

「初めまして。今日、一年六組に転校してきたばかりの武神忍と言います。以後、宜しくお願いします」

 当たり障りのない没個性の自己紹介を行って置く俺。
 実際、この娘たちとの関係。特に、この女生徒との関係は築かない可能性の方が高いですから、この程度の挨拶で十分でしょう。

 少なくとも彼女に関しては、ハルケギニアでも、更に元々俺が暮らして居た世界の方でも出会った記憶は有りませんから。

「あ、はい。涼宮さんから話は聞いて居ます」

 そう答えてから一度俺を見つめるその三人目の少女。そして二、三度瞬きをしてからもう一度、しっかりと俺を見つめ直す。
 一瞬の奇妙な空白。何か理由の分からない空白ですが、彼女から発して居るのは疑問。そして、その表情も何かを思い出そうとしているかのような表情。

 う~む、何だか分からない状況ですが……。
 しかし、互いに見つめ合ったまま動かない状況では話が先に進まない事に気付いたのか、未だ完全に疑問を払拭出来たとは言えない雰囲気を纏いながらも、

「二年二組の朝比奈みくると言います。こちらこそ宜しくお願いしますね」

 そう言ってから、……何と言うか、ペコリと言う表現がもっともしっくり来る形で頭を下げる朝比奈みくると名乗った少女。
 ……と言うか、彼女は二年生なので俺よりも一歳年長。本来ならば、ひとつ歳が上の異性と言う事は、かなり大人びて見えるはずなのですが。その少女が会釈をした雰囲気をペコリと表現する俺は、かなりの礼儀知らずだと言う事ですか。

 朝比奈みくる。この世界での設定はごく普通の家庭の娘。……と言う事に成って居る少女。
 但し、資料によると元異世界の未来人らしい……と記された存在。
 そもそも、元々は一九九九年七月七日に異世界より現われた二名の内の一名……らしいのですが……。
 どうにも理解し難い表現なのですが、彼女がやって来た未来では、世界とはパラパラ漫画の一コマのような代物で、未来人がどんなに関わったとしても過去は変えられない、と言う理屈で未来から過去に送り込まれて来た一種のタイムパトロールのような存在らしいのですが。

 何となく理解は出来ますよ。物理学的に言うと『時間』と言う物は存在せず、一コマ一コマの切り取られた写真の如き現在がずっと続いて居るのだ、と言う考え方も有るらしいですから。
 但し、それは俺が存在して居るこの世界では間違った認識。そもそも時間移動を可能な世界ではその考えは有り得ませんし、自らが存在して居る直接の過去に介入出来る世界で有る以上、その仮説は既に間違って居ますから。その考え方はおそらくアインシュタインが完全に支配した世界でならば通用する知識でしょう。

 時間移動を行うには、光の速度を超える必要が有りますが、アインシュタインの理論が世界の理として完全に支配していた場合、まるでアキレスとカメの追いかけっこのような状態が続くはずなので一向に光の速度を超える事は出来ず、結果、過去に向かって時間移動を行う事は出来なくなるはずですから。

 但し、この世界。俺が元々暮らしていた世界、そして、現在進行形で暮らして居る世界共に、そんな事は有りません。未来人が同じ世界で呼吸をするだけで。大地を踏みしめるだけで『介入した』と規定される世界ですからね、俺の暮らして居た世界では。

 まして、未来人が過去を書き換えて、世界が混乱し掛かった事件は発生して居ますから。この、今俺が暮らして居る長門有希が生活して居た世界、
 そして元々俺が暮らしていた世界共に……。

 ただ……
 ただ、朝比奈さんの訪れた世界でも、世界の観測者として人間以外に、宇宙誕生と同時に発生したと自称していた長門さんや朝倉さんを造り出した高次元意識体が存在したようなので、人間以外にも時間を同じように認識している存在が居る以上、時間と言う物は存在して居る。人間の脳が妄想の果てに産み出した幻想とは違うと思うのですが……。
 まぁ、平行世界とは無数に存在して居る以上、俺の暮らして居た世界とは理の根本から違う世界が有ったとしても不思議ではありませんか。

 それで彼女……朝比奈みくるに関しては、今年の七月八日の朝に彼女と今一人の人物と共に目覚める予定……。彼女らの感覚で言うと二〇〇二年七月七日の夜から旅立ち、一九九九年七月七日の夜に到着。その夜から長門有希により時間凍結処理を受け、今年の七月八日の朝に目覚める予定だったのですが……。その肝心の元長門有希の暮らして居たマンションの一室……一九九九年七月七日の夜からずっと二人が眠らされているはずの部屋には誰も居ず、もぬけの殻状態で有った事が確認され……。

 どうにも判り難いな。タイムパラドックスが起きて居るから仕方がないのですが。
 始まり。歴史の書き換えは一周目の一九九九年七月七日の夜。
 この夜に異世界から現われた二人の人物と、この世界の涼宮ハルヒが接触する事により、元々進むはずで有った世界からズレが発生。

 最初の有るべき歴史と言うのは。
 一九九九年 ⇒ 二〇〇二年(危険なクトゥルフの邪神は存在せず)

 介入された歴史とは、
 一九九九年 ⇒ 異世界の二〇〇二年からの介入 ⇒ 二〇〇二年(平行世界化)

 その流れを続ける為には、今年……すなわち、この世界の二〇〇二年七月七日の夜に朝比奈みくるともう一人の人物が一九九九年七月七日の夜に向かって旅立たなくては歴史が元の流れに戻るはずなのですが、彼女らふたりがその夜に動く事はなく……。
 一九九九年から二〇〇二年に帰還すべき二人が初めから存在して居なかった、と言う過去……一九九九年七月七日が出来上がったと言う事。

 一九九九年 ⇒ 異世界からも、未来世界からも介入なし ⇒ 現在の二〇〇二年

 結果、一九九九年七月七日の夜に起きたハルヒと名付けざられし者との接触が起きなかった事が確定。過去が再び、危険な邪神が現われる事のない歴史の流れ。俺が暮らして居た世界と同じ流れに成ったと言う事。
 これにてこの一連の事件は終了。
 ……と成るはずだったのですが。

 本来なら、彼女。朝比奈みくるが生まれた時代へと歴史が進む事のなく成った事により、朝比奈みくると言う存在が生まれて来る事も、そして、彼女を過去に送り込んで来る組織も存在しなくなったはずなので、今年の七月八日の朝の段階で未来人朝比奈みくると言う存在は初めから、この世界には存在していなかった人間に成るはずなのですが。
 其処にも介入したのが異世界同位体の俺。どんな裏ワザを使ったのか判りませんが、本来この世界には存在していないはずの朝比奈みくると言う人物をでっち上げて仕舞った。

 確かに不可能では有りません。しかし、そんな事が今の俺に可能だとも思えません。
 これは大きな意味で言うのなら、歴史に対する介入。

 彼女や、長門有希。それに朝倉涼子が生き残って、それでも歴史に大きな影響を与えないと言う確証がなければ、このような介入は許されるはずはなく、まして、それこそ千年万年先までの大まかな歴史の流れを俯瞰出来る存在が関わっていなければ、こんな事が為せるはずもないのですが……。

 そもそも、今年の七月七日までの彼女らに、この世界での天命と言う物は存在しなかったはずですから。
 長門さんたちは、この世界の涼宮ハルヒの妄想が産み出した高次元意識体の造り出した人工生命体。
 片や朝比奈さんは、本来、その方向に向かって進む可能性の低い……時間航行装置が発明された未来からやって来た未来人。

 どちらも、この世界に取っては異分子以外の何者でもない存在ですから。

「それで、武神くんは紅茶が良いですか。それともコーヒー?」

 自らの異世界同位体と言う存在の不可解さに少し思考を巡らせていた俺。つまり、普段通り少しぼぅっとした状態に成って居た俺から、その視線を机の上に並べられた大量の菓子パンに移した朝比奈さんがそう問い掛けて来る。
 おっと、イカン。少し考え事が過ぎますか。

 もっとも、俺が何を考えて居るのか判らない周囲の人間から見たら、美少女に見つめられて少しぼぅっとした少年以外には見えないと思いますから、この短い時間自体に大きな問題はないと思いますけどね。
 確かに俺的にはあまり格好の良い状況ではないけど、これから先に深く関わる事がないはずの少女たちの初見の印象が良くても、悪かったとしてもどうでも良い事ですから。

 そんな事を考えながら、直ぐに答えを返そうとする俺。
 しかし、それよりも先に、

「彼はコーヒーを飲む事が出来ない」

 俺の後ろから先に答えを返す少女の声。
 但し、この声はあまり聞いた事のない声なのですが……。

「そ、そうなんですか、神代さん」

 俺から視線を外し、万結を見ようとして何故か少し視線を泳がせる朝比奈さん。
 まぁ、確かに今日一日観察した結果から導き出した答え。森羅万象すべての事に興味を示そうとしない……。本当に生きて暮らしているのか不明過ぎる万結の口から発せられたヤケに人間臭い台詞。それも、他人の嗜好に関する内容を口にしたのなら驚いて当然なのですが……。
 もっとも、どうやら異世界同位体と、今ここに存在して居る俺とは、嗜好品に関しては同じような好みだったようです。

 但し、

「あ、言え。どちらかと言うと苦手と言うだけで、まったく受け付けないと言う訳でも有りませんから、朝比奈さんが淹れやすい方で僕は構いません」

 そうやって、直ぐにフォローを入れて置く俺。単に俺の味覚がお子様嗜好で、コーヒーが苦手と言うだけなので、態々淹れてくれると言うのにそれについてアレコレと文句を付けるのは流石に……。
 その俺を、少し小首を傾げて淡い微笑みを浮かべながら見つめる朝比奈さん。……と言うか、俺、何か彼女に微笑ましいと思われるような行動や言動を取ったでしょうか。

 ただ……。その時の彼女の笑顔は、とても愛らしい物であるのは間違いなかった。
 確か資料によると彼女、朝比奈みくるはこの学園のアイドルだと言う話なのですが、この笑顔が、彼女をこの学園のアイドルにしているのでしょう。

 何故ならば……。
 おそらく美少女度で言うのならハルヒの方が上。まして人間ばなれした……妙に作り物めいたシャープな――。おそらく、元々整った顔立ちで有るのに、其処に無と言う表情を貼り付けたまま過ごす事により、他者からは鋭角な容貌、と取られる可能性の高い長門さんや万結も、俺の目から見ると、眼前の朝比奈みくると言う少女よりも上でしょう。

 しかし、彼女ら。当然、ハルヒも含めてこの三人は行動に問題が大きそうですから。
 万結とハルヒは突出して。長門さんだって、クラスの人間からすると居るのか、それとも居ないのか判らない立場にいると思います。

 ついでに言うと朝倉涼子は……。顔立ちは整っているし、性格も良さそうな雰囲気。一時限目の始まる前にハルヒに絡まれている俺を助けてくれた事からも、その事は窺えるでしょう。
 相馬さつきは……。向こうの世界の崇拝される者ブリギッドと同じと考えるなら、今は気を張って居るからボロを出さないけど、少し突っつけばすぐに馬脚を現して、世慣れない見た目通りの少女だと言う事が判ると思います。
 おそらく、この世界の彼女に関しても万結や長門さんと同じ、表面上は酷く取っ付き難い行動や言動に終始していると思いますね。ただ、その実情はおそらく他人との距離感が掴めていないだけ。万結や長門さんよりは余程近付き易い……友人関係を築き易い人間だと思います。
 弓月桜は……。見た目はお淑やかな御嬢様。しかし、何故か雰囲気が少し暗い。普段から、何となく前かがみに成って歩いているような感じに見えるのですが……。
 もしかすると、その身長に比してやや目立つ胸に対して少しコンプレックスのような物が有るのかも知れません。

 こうして考えて見ると、朝比奈みくるや朝倉涼子は取っ付き易さから人気が有って、
 他の五人は表情を少し変えるだけでクラスのアイドルぐらいには簡単に成れるんじゃないでしょうか。
 ハルヒはその言動や行為を根本から改める必要が有ると思いますが。

「そうなのですか。でも、今日は紅茶を淹れて来ますね」

 そう言ってから彼女に相応しい笑みを残し、古い……おそらく廃棄処分される寸前に奪って来たと思われる薬品棚からお茶に必要な食器やその他を取り出して来る朝比奈さん。
 何の為に、この部屋。……文芸部に理科準備室の備品が有るのかと思ったら、様は食器棚代わりと言う事ですか。

 お茶の準備をする彼女をぼんやりと見つめ……。いや、ただ瞳に映すだけで、意識して見つめて居た訳ではない俺。
 しかし、直ぐに入り口を背にする形のパイプ椅子に腰を下ろす。
 何と言うか、愛らしい容姿の女の子が慣れた手つきでテキパキと行動する様を見ているのは悪い気分ではないのですが、それでも、あまり不躾にじろじろと見つめるのも不作法すぎますし。
 それに、じっと見つめられていたら、朝比奈さんだって仕事がし難いでしょうから。

 そう考えた瞬間――――

 
 

 
後書き
 一応、この異世界漂流譚の部分はゼロ魔原作八巻の代わりです。
 この主人公の能力なら、何処かの強力な結界の内側に封じ込めでもしない限り、ハルケギニア世界の内ならば簡単に戻って来て仕舞いますから。
 但し、それだけが理由では有りません。他にも当然、理由が有ります。
 分かり易い物から、非常に難解な物まで幾つかね。

 それでは次回タイトルは『オマエの物は俺の物?』です。

 追記。……と言うかネタバレ。
 万結が主人公の嗜好を知って居たのは、彼女がこの世界の二月に訪れた異世界同位体の主人公からその話を聞いて居たから、などと言う理由では有りません。
 
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