戦国異伝
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第百七十四話 背水の陣その十三
「陣中で飲む酒はまた格別ですな」
「そうですね、それではです」
「この酒を飲み」
「はい、明日に向けて英気を養うのです」
その為の酒だというのだ。
「酒は心の糧です」
「だから殿は」
「酒を愛しています」
心の糧である、だからだというのだ。
「酒は百薬の長です」
「そしてその酒を飲まれ」
「明日です」
まさにだ、その日にというのだ。
「織田家と戦い」
「そしてですな」
「彼等を倒しさらに」
「川を渡られますか」
「それまでに織田信長が来なければ」
飲みながらだ、謙信は鋭い目を見せた。
「そうしてです」
「織田信長とも」
「雌雄を決します」
これが謙信の考えだった、謙信はあくまで織田信長との戦を見ていた。
「そして織田信長を懲らしめ」
「その心を正し」
「そしてです」
そのうえでだというのだ。
「あの資質を天下の為に役立ててもらいます」
「そしてその次は」
「武田信玄です」
謙信の宿敵である彼もだというのだ。
「二人は今は奸臣です、しかし」
「その心が正しくなれば」
「天下にとってこの上ない能臣となります」
それ故にだった、謙信は二人を倒すのではなくその心を正すつもりなのだ。
「そもそも二人は民を害しません」
「無駄な血は好みませんな」
「民を愛する者達です」
謙信の目は信長と信玄の本質をはっきりと見抜いていた、彼等が決して悪ではないことをだ。
「あの心を正しくすればです」
「この天下を」
「そうです、だからこそです」
「あの二人の心を正しますか」
「相模の獅子もまた」
北条氏康、彼もだというのだ。
「尾張の蛟龍、甲斐の虎と共に」
「北条殿もですか」
「その心を正し万民、そして天下に役立ててもらいます」
そうだというのだ。
「これからこの戦で」
「天下を正しますか」
「そのはじまりとします」
謙信は酒を楽しみつつ言った。
「それでは宜しいですね」
「はい」
兼続は謙信の言葉に応えた。
「明日もまた」
「戦いましょう」
「それでは」
兼続は謙信の言葉に頷きだ、そうして彼もまた酒を飲んだ。謙信と共に飲む酒はまた格別のものであった。
その酒を飲みだ、そしてだった。
謙信は上を見上げた、そこには月がある。三日月だった。
その三日月を見てだ、こう言ったのだった。
「そういえば西に面白き男がいましたね」
「確かその者は」
「貴方は知っていますね」
「山中鹿之介殿ですね」
「義に篤く何があっても諦めぬとか」
「あくまで尼子家に忠義を尽くし」
「尼子はもう終わりです」
謙信には見えていた、その家の行く末も。
しかしだ、それでも山中についてこう言うのだった。
「ですがその忠義、見事です」
「そうした方が増えれば」
「天下はよくなるのですが」
「今天下にないのは心ですか」
「そうです」
まさにというのだ。
「正しく心がありません」
「左様ですか」
「はい、そうです」
まさにというのだ。
「そこを正せばよいのです」
「そのうえで公方様の下で」
「そうなります」
まさにというのだった。
「ではよいですね」
「明日もまた」
「戦です」
謙信は確かな声で言い切った。
「そなたにも諸将にも兵達にも頑張ってもらいます」
「それでは」
兼続も応えた、そうした話をしてだった。
上杉もまた戦に備えていた、この日の戦は終わった。しかし夜が明けるとまた戦になる、このことは誰もがわかっていた。
第百七十四話 完
2014・3・10
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