パンデミック
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第六十三話「鎧を纏う怪物」
―――【レッドゾーン“エリア27” 旧市街】
クレアに無線で連絡を入れたブランクは、たった一人で旧市街を走っていた。
ブランクはクレアがいる旧市街の南側に向かって走る。
―――5分前
各地で聞こえる戦闘音。各地で戦う兵士達と適合者達。
戦闘音を聞いたブランクは、一番近い場所から援護に向かうために疾走していた。
その時だ。
「ブランクさん!」
走っていたブランクに、一人の兵士が慌てた様子で声をかけてきた。
「ん? 確かクレア隊の…………クレアから離れて何をしている?」
「ハァ、ハァ………よかった、やっと見つけた……」
ずっと走っていたのか、兵士はしばらく下を向いて息を切らしていた。
ブランクは兵士が回復するのを、兵士の背中をさすりながら静かに待つ。
すると、兵士はブランクの手をどかし、顔を上げてようやく口を開く。
「自分のことは気になさらず………それより、大変です。クレア隊長が、適合者と交戦状態に……」
「何!? 何故クレアを置いて俺のもとに来た!?」
「クレア隊長に“撤退しろ”と促されて……情けない話ですが、我々では奴を……既に数人の仲間を
あの適合者に殺されました…………」
「それで、クレアを助けるために救援を望める兵士を探してたわけか………クレアの居場所は?」
「こっちです! 急ぎましょう!」
兵士は息を切らしていた身体を無理矢理動かし、ブランクをクレアのもとまで誘導し始めた。
―――そして現在
兵士はブランクの先頭をずっと走っているが、その速度が徐々に落ちている。
クレアの救援のために広い旧市街を駆け回っていたことがすぐに伝わる。
「おい、大丈夫か?」
「ハァ、ハァ、ハァ………大丈夫です。自分より、クレア隊長の方が、心配ですから………」
「しかしな、そんな状態では今後の行動にも影響が出る。あとは俺が探す。少し休め」
「自分は………命令とは言え、クレア隊長を見捨てたんです。そんな自分に、休む暇などありません………」
「ご立派なもんだな兵士の志ってのは!!」
声が聞こえたと同時に、上から誰かが落ちてきた。それが着地した瞬間、目の前にいた兵士が“潰れた”。
「久しぶり~。俺様のこと覚えてるか~? 覚えてるよな~?」
「……………お前は………」
その人物は殴り潰した兵士の肉片を投げ捨てた。
兵士の肉片を投げ捨てた手は、黒く硬化していた。
「当然覚えてるよな~? レオっていう適合者のことをさぁ? アンタが好き放題殴った適合者をさぁ?」
「………レッドイーグル作戦の時は傷つけられないまま逃げられたからな」
「……………なぁ、お前らの本部を襲撃した時のことは覚えてねぇわけ?」
「はっきり言えば覚えてない。全て片付いた後でお前を殺しかけたと聞いたからな」
覚えてない、という言葉を聞いた時、レオのこめかみに血管が浮き出た。
本部防衛作戦の時、レオは暴走したブランクに硬化能力を真っ向から破られ、プライドを傷つけられた。
今まで破られたことが無かった硬化能力を、暴走状態とは言え、破られた。
しかも破った本人はそれを覚えていないときた。
レオは作り笑いを浮かべながら、両腕を硬化させた。
「もっかい暴走でもして俺様を殺すかい? そんで俺様を殺してもどうせ覚えてないんだろ?」
表情は笑っているが、眼が段々と赤く変色し、硬化させた手をパキパキと鳴らしている。
表情以外は全力で憎悪を滲ませている。
「次は破る……正気を保ったままな」
「じゃあやってみろ!!」
兵士の潰れた死体を踏み潰し、真っ直ぐブランクを殺すために疾走してきた。
ブランクを見るレオの眼は、獲物を見つけた感染者のようだった。
レオは硬化させた腕でブランクに殴りかかる。
それを素早く回避し、レオの脇腹にカウンターを食らわせた。
ギィィィィン!!
聞き覚えのある金属音。と同時に、ブランクの手に痺れがきた。
「(正攻法ではコイツを殺すことはできないか………)」
「無駄だ無駄だぁ!!」
今度は硬化させた手で引っ掻いてきた。その攻撃もギリギリで回避する。
その手を掴み、思い切り投げ飛ばす。
「チッ、やるなぁ……」
投げ飛ばされ、空中を舞うレオが静かに呟いた。
「(刃物は効かない……殴っても効き目が薄い……やはり自我を失うしか対抗手段は無いのか?)」
対抗手段を考え込むブランクの耳に、ドゴンッ!! と、大きな音が鳴り響く。
音がした方を見ると、レオが抉れた地面の上で方膝を立てブランクを睨んでいた。
「痛えなぁ……足を硬化させてなかったら、足の皮グッチャグチャになってたぞ」
「安心しろ。もうじき身体がグチャグチャになる。覚悟しておけ」
ブランクの言葉に、レオは歯軋りさせた。
「へぇ~…………俺様を怒らせても、な~んもいいことないぜ?」
こめかみに血管を浮かべたレオが、怒気を込めて言い放った。
常に浮かべていた薄ら笑いを完全に無くし、殺意のみで動く怪物への第一歩を踏み出した。
レオは硬化させた自身の腕を引っ掻いた。
硬化した皮膚から、ドロドロとした黒色の液体が滲み出てきた。
「俺様もアンタも………こいつに随分人生を狂わされたよなぁ~?」
黒い液体は完全な液体ではなく、黒色の固体混じりのドロドロした液体だった。
「いいねぇ…………“コープス”、力を寄越せ………」
黒色の液体は徐々にレオの両腕全体を飲み込み、胸を飲み込み、腹を飲み込む。
「俺様の本気……………見てみたいんだろ? …………見セテヤルヨォォォォォオオォオオォ!!!!」
やがて黒色の液体は、レオの全身を飲み込み、レオの身体の形に合わせて硬化する。
「俺も他人のことを言えたきりじゃないが………化け物め」
ブランクの目の前にいるのは、まるで黒い鎧を纏った化け物だった。
両手足には、強靭な爪が硬化によって追加されていた。
顔全体が硬化したコープスウイルスに覆われ表情は分からない。
「ビビッテンノ? コッカラガオレサマノホンキダゼ?」
黒色の中で唯一光る眼光が、ブランクを睨む。
「かかってこい、化け物」
拳を構え、黒色の鎧の怪物と対峙する。
後書き
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