Fate/stay night -the last fencer-
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第二部
聖杯戦争、始動
黒守黎慈とフェンサー(1) ─信頼のカタチ─
柳洞寺から引き上げて、我が家……もとい我が部屋に帰ってきた。
フェンサーとの間に微妙な雰囲気を醸しつつ、台所に入って夜食を作っている。
今日は夜回り前に軽い食事しか摂っていなかったので、身体は空腹を訴えていた。
鍋から鼻腔をくすぐるようないい匂いが漂う。
つい最近も食べたばかりのビーフストロガノフを皿に移し、机について食事を始めた。
「あ~超あったけぇ……そして美味ぇ」
「…………」
「ふーっ、ふーっ……ん……っはぁ、生き返るわー」
「……………………」
熱々の具材を冷ましながら咀嚼し、ゆっくりとスープを啜る。
自分で作ったものながら、思わずおいしいという感想が漏れてしまうほどに美味い。
空腹は最高のスパイスと言うが、まさにその通りだと思う。
寒風に晒された身体を暖めるように、内側から染み込んでくる熱も心地好い。
これが誰かの手料理だったらさらに素晴らしいのだが、如何せん独り身ではそれも叶わぬ望みか。
「出来立ての料理ってのはやっぱ最高だよな、フェンサー」
「ええ、それには概ね同意するけれど…………ところで、今の状況から何か疑問は浮かばないかしら」
「え? ……ああ、飲み物がないな。またアップルジュースでいいか?」
「違うわ。とても惜しいのだけれど、決定的に違うわ」
「は? …………あっ、そうか!」
「やっと気づいたようね。そう、おかしいのは────」
「アップルジュースには氷を入れるんだな。温かいものを食べながら冷たいものも欲する。冬にしか出来ない贅沢だよなぁ」
「────違ぁうっ、私が言いたいのは!!
何でっ、私の分のっ、ビーフストロガノフが!! この机の上にっ、存在してっ、いないのかっ!?
この至上命題について、早急に答えなさいって言ってるの!!」
がぁーっと吠えるようにして、机越しに迫るフェンサー。
そんな彼女に、何か滑稽なものでも見るような視線を向ける。
「うーん……さぁ……? 根源に辿り着く方法ぐらいわからない」
「そんな馬鹿な話があるわけないでしょう!? この原因はレイジが私の分を用意していない、ただその一点に尽きるのよ!」
「へぇ~、そうなんだ」
完全に他人事と割り切った空返事で答えた。
その間も恙無く進む食事。
熱を冷ますために息を吹きかける。
その吐息をフェンサーの方へ向けて料理の匂いを漂わせながら、見せつけるように食べ続ける。
「う、うぅぅ…………っ!」
ついに耐えきれなくなったフェンサーは自ら台所に特攻した。
縋り付くようにキッチンに置かれた鍋にかぶりつく。
しかし其処に在るのは光差す希望ではなく、暗い絶望であると知れ。
「っ……そんな…………!」
「ふーっ、ふーっ、モグモグ。あぁー、美味いなぁー」
わざとらしく声に出しながら食べる。
何を隠そう、これはフェンサーへの仕返しである。
ささやかすぎる反撃なので効果があるかわからなかったが、存外にフェンサーは自分の分が用意されていないことにご立腹のようだ。
そろそろ反省しただろうか?
まぁ素直に謝るなら今からでも用意してやっても………………
「決めたわマスター。私、ストライキを決行する。止めさせたければビーフストロガノフを私の分も作るのよ」
「飯の一つで反逆すんじゃねぇよサーヴァント。しかも何で上から物言ってんだ」
「マスターだからって自分が上だとでも思ってるの? つくづく頭のおめでたいマスターね」
「……………………」
あ、ダメだ。カチーンときましたよ。
こうなったら力ずくでどっちが上なのか分からせてやる。
「おまえ、魔術師の能力によって強制力が変わる令呪を嘗めてるな。今から全裸で町内一周を命じたって構わねぇんだぞ」
「令呪をそんな下らない命令に使おうだなんて、あなた本当に魔術師なの? そんな低脳なマスターなら、もう全面抗争も辞さないわ」
「…………よかろう、ならば戦争だ」
机を部屋の隅に移動させ、広い空間を確保。
邪魔になりそうな小物などを、一時的に片付ける。
戦闘体勢を取りつつ全身を強化。
端に寄せた机の上にあるスプーンを持ち、ビーフストロガノフを容れていた皿を叩く。
──────カァン!
「っ……!」
動いたのは俺が先だった。
セルフゴングを鳴らしてから間合いを一足に詰め、拳を繰り出すようにして手を伸ばす。
だが先手必勝とばかりに掴み掛かろうとした手を軽く払われ、代わりに流れるような足払いを喰らう。
しかしそのまま倒れることは良しとせず、咄嗟に彼女の服を掴んで共倒れした。
その際に上下を入れ替えるように回転し、フェンサーを床に叩きつける。
「くっ……」
サーヴァント相手にダメージなどないだろうが、元々そんなことは考えてはいない。
叩きつけた衝撃によって硬直した隙に、相手の右足首を左脇に抱え込む。
続けて両足で右足を固めながら、左手首の骨を宛がいアキレス腱を圧迫する。
古典的なプロレス技、アキレス腱固めだ。
ふふふふ……さぞかし驚いただろうし痛いだろう。
彼女が生きていた時代には多分こんな格闘技は存在しなかったはずだ。
もはや人間だと思わず、足の骨を折るぐらいの勢いで体を後ろに反らす。
「いッ……! 痛い痛い! ちょ、レイジー!!?」
「ふははは、さすがのサーヴァントも肉体的な弱点は人間と同じだろ!」
身体を最大強化した状態で、全力で技をかけているんだ。
能力的に優るサーヴァントといえども、関節だの骨の継ぎ目狙いだので攻めれば容易には抜け出せない。
特にフェンサーは肉体的に優れたサーヴァントではないので、膨大な魔力に物を言わせた魔力放出やそれによる瞬間強化を使われなければ勝機はあるのだ。
事実こうして、フェンサーを組み伏せている。
実際それは彼女が手加減しているという実証でもある。
しかしマスター相手に本気出すサーヴァントなら、それこそさっきと同じことを言い返してやる。
「あっ、ん……ダメ、レイジ…………ほんとにダメ…………」
「…………チッ、しゃあねぇな。意外にギブアップ早か──────」
「バカね……! だから間抜けだって言うのよ!」
「な、にぃっ!?」
固めを解いた瞬間、拘束をスルッと抜けて突き飛ばされた。
腕を掴み上げられて両足で固められる。
そのまま全体重を後ろに預けて、腕を曲がらない方向に反り上げながらさらに捻り上げる。
完璧なまでの腕ひしぎ十字固めだった。
「テメ、なんでプロレス技なんか知っ、ぐあぁッッ!?」
「ふふ、あははははっ! どう、参ったかしら、ま、す、たぁ?」
「っ、ぁあ……っ、ふざけ、やがって…………!」
歯を食いしばりながら耐える。
まさかサーヴァントともあろう者が騙し討ちなどと!
腕の靭帯にとてつもないダメージが蓄積していく。
フェンサーもギリギリの加減はしているようだが、一歩間違えば腕が砕け折れそうだ。
「貴女が居なければ生きていけません、これからは毎日食事を作らせてください…………この台詞を言えば、許してあげてもよくてよ?」
「誰が、そんな、プロポーズみたいな、恥ずかしい台詞を…………! 絶対死んっっっでも言わねぇ!!」
「そう。ならずっと苦痛を味わい続けなさい!」
「がぁッ、ぐ、ぅ……!」
腕は限界まで引っ張られ、骨がギシギシと軋む音が聞こえそうだ。
この状態で後10分もいれば、腕の安全のためさすがに負けを認めざるを得ない。
くっそ、このままではあの恥ずかしい台詞を言わされてしまう!
極度に負けず嫌いの俺にとって、敗北という結果は何よりも気に入らない。
…………ならば多少の無理をしてでも、形勢逆転を成さねばなるまい!
「はっ、痛ぅう…………!!」
「え、嘘!?」
フェンサーの拘束を無理矢理に抜け出した。
サーヴァントの膂力で固められているのを利用して、体を跳ねるようにして肩を外したのだ。
肩を外したことで一瞬だけ固めが不十分になったのを見切り、なんとか拘束を抜けることが出来た。
痛みを無視して肩を嵌め直し、肩と腕の激痛を抑え込んで技をかけにいく。
俺のまさかの行動に思考停止したのか、フェンサーは隙だらけだ。
両足を交差させて両脇に抱え込み、体を捻る勢いのままに彼女をうつ伏せにひっくり返す。
その状態で腰を落としていき、フェンサーの上体がエビ反りになるまで止めず、手を緩めず。
完全無欠に決まった、逆エビ固め────!
「は、あッ……くう……! こんなことで、わざわざ肩を外したりするなんて…………!?」
「色々負けられないもんがかかってんだよ! さぁどうだ、もう騙し討ちは通じねぇぞ!!」
「ぐっ、うぬにゅ…………!」
意味不明な奇声を上げながら、先程の俺と同じように強烈な技に耐え抜くフェンサー。
呻き声を漏らしつつも降参しない。
もっとダメージが必要かと、固めを強くしようとしたそのとき。
打ち付けるような音を響かせる玄関の扉。
『ちょっと、黒守さんよォ!?』
事態に気付き、慌てて玄関まで小走りに出向く。
お隣に住む、大学生の兄ちゃんだった。
「ねぇ、もうとっくに0時過ぎてんだけど? ドタバタドタバタ、大声まで出してさぁ」
「は、はい、申し訳ないです」
「もう少し考えてくれる? 普段はそんなことないから、今回はあんまり言わないどくけどさ」
「分かりました。御迷惑お掛けしました」
必死に頭を下げながら謝罪する。
不平不満や言い訳はあるが、これはお兄さんに当てるものではなく、部屋に引っ込んでいるフェンサーに対してぶつけるものだ。
とにかく平謝りしながら、お許しが出るまで頭を下げ続けた。
「騒ぐにしても、ちょいと気を付けてよね」
「はい。すみません」
「…………まぁ反省してくれたらいいんだけど……」
恐らく、お兄さんも無意識だったろう。
何気なく視線を逸らした先に、部屋で待機しているフェンサーと目が合っていた。
どういうつもりか知らないが、フェンサーは笑顔で手を振っている。
「……………………」
(アイツ、せっかく場を収めようとしている俺への嫌がらせか!?)
「…………こんな時間まで女とイチャイチャしてんじゃねぇよっ、爆発しろ!!」
「えっ、爆発!?」
バァンッッ、とアパート中に音が響き渡るほど力任せに、ウチのドアが閉められた。
残された言葉の意味は解らなかったが、ひとまず事は済んだと思い部屋に戻る。
さっきまで戦り合っていた寝そべった状態で、肘をついて手の上に顎を乗せたフェンサーが話し掛けてきた。
「で、続きやるの?」
「アホか、今怒られたばっかだろ。もういいよ、あの戦況なら俺の勝ちは揺るがないし」
「何言ってるのよ。あんなの、筋力強化のスキルを使えば簡単に対処できたわ」
「…………あーはいはい、そうですね。あなたが上で俺が悪ぅございましたー」
どんだけガチなんだよ。俺も大概負けず嫌いだがコイツも相当だ。
マスターとサーヴァントは似た者同士とは言っても、ここまで負けず嫌いで張り合ってどうすんだ。
「…………」
「?」
もういい。不貞寝ぶっかますことに決めた。
興が醒めたし疲れたし、なんかどーでもよくなってきた。
隣の兄ちゃん、下らないことで騒いでてゴメンな。
「あぁ~、この硬いベッドも今は心地いい…………」
「ちょっと、せめて食器を片付けてからになさいな」
「zzz…………」
「うわ、寝るのはやっ!?」
「はぁ……黙って後始末をするなんて、私ってなんて健気なサーヴァント」
「────────」
「…………ホントに寝てるのね。思わず突っ込んでくれそうなコト口走ってみたんだけど」
動かした机を部屋の中央よりに戻す。どけた小物類を記憶の限り元の配置に片付ける。
後は汚れた食器を台所に運んで、とりあえず後始末っぽいものは終わりだ。
ついさっきまで争い合っていた原因である空腹は確かにあったが、一度霊体に戻って実体化すれば肉体の状態は初期化されるので特に問題はない。
サーヴァントに食事や睡眠が必要ないのは当然で、私がなるべく実体化していたがっているのはちょっとした拘りからだ。
このような身になってからは滅多に感じられなくなった五感、自らが人であった頃の名残を感じていたいから。
戦時中の今は常に主を守るため睡眠を取ることは出来ないが、人として大切な要素である食事くらいは楽しみたいだけ。
そんな私のワガママをレイジが許容する必要など、99%無いと言える。
残りの1%はまぁなんていうか、そのあたりを認めてくれる寛容さを期待して……といったところ。
「……………………」
一応、食器や鍋を洗い始める。
無意識にも出来る単純作業を行いながら、頭を埋めていく思考を止めることはしない。
無駄なモノを嫌い、効率化を優先するのが魔術師の性質である。
どこまで徹底するかは個人の主義にも依るが、サーヴァントに食事を与えるどころか意思の疎通さえ必要ないと断じるマスターもいるだろう。
「だからこれは、ただの私の甘え」
生前の人格まで再現する、聖杯戦争の召喚システムの弊害。
私が私であるからこそ生まれた、私の余分だ。
洗って拭き終わった食器を棚に戻し、鍋を収納スペースに戻そうとして──────
『フェンサーの分』
────そんな紙が置かれた、ラップのされたビーフストロガノフのお皿があったりした。
「そうよね。確かに無駄や余分ばかり。だから本当に徹底できていないのは…………」
彼の魔術師らしからぬ性質は好ましい。
魔術師であることを徹底することで彼のそういった彼らしさが失われるのなら、いっそ今のままで居てほしいと願う。
そしてそれを望むのなら。
その不足を補えるように。
私がもっとサーヴァントとして、強く在るべきなのだ────────
北欧地方の一国にある、とある古都。
その街中を息を切らせながら駆け抜ける。
煉瓦造りの家々が立ち並ぶ、趣深い町。
その中でも一際目立つ古めかしい家屋に、私は足を踏み入れた。
期待に満ちていた心には、直ぐに落胆の色が陰を落とした。
目の前に探し求めていた人は居らず、代わりに一人の少女が待ち構えていたからだ。
「はぁ…………またハズレか」
「ちょっと。久しぶりの再会なんだから、挨拶くらいしなさいよ」
「…………ええ、お久しぶりね。会えて嬉しくないわ」
「相ッ変わらず可愛くないわねー」
絹のようにしなやかな黒髪を背に払いながら、鮮やかな赤色の服飾を身に纏った女は毒づいた。
それを何でもないことのように受け流しながら、彼女の言葉に同じく毒を返す。
「可愛い子ぶって猫被って、結局捨てられてたら意味ないわよねー?」
「……言ってくれるわね。置き去りにされたのはアナタも同じのくせに」
「お互いにねー。ホント、男ってバカばっかりだわ」
部屋の扉の近くにあった椅子に座り、ベッドに腰掛けている彼女と向き合う。
彼を探し始めてから二年余り。
あちこちの国を一人飛び回るのも、情報を聞き付けた場所に目当ての人が居ないことも。
そのたびに諦観の念を抱きそうになるのも、泣きたくなるような気持ちになることにも慣れてしまった。
探し人を訪ねてあらゆる国を巡り回る日々。
いつかの日には一人の青年と世界を旅したこともあったが、今は一人、その青年を探す孤独な旅の最中だ。
「それより何故貴女が此処に居るのかしら。私は彼がいるって情報を聞いて、わざわざここまで来たのだけれど?」
「アンタより先に情報手に入れて、先にここに辿り着いたっていうだけよ。実際、昨日まではアイツと一緒だったもの」
その言葉に心臓が止まりそうになった。
今まで一度たりとも手を掠めることすらなかった彼が、昨日まではこの場所にいたというのだから。
頼みはしなかったのに、必死になって助けてくれた。
そんな価値なんて無いのに、私なんかを大切に想ってくれていた。
急に別れを告げて。
急に姿を消して。
どこまでも自分勝手なヒトだと本気で思う。
…………それでも、あの人を探し求める理由が自分にはある。
「見つけたなら縛り付けてでも捕まえておいてよ…………もう」
彼女に言ってもどうしようもないことだが、それでも言わずにはいられなかった。
「私は私の都合で探してただけだもの。見つけたからって協会にも教会にも報告する気はないし。まさか翌日にアナタが来るとは思わなかったし」
「そういえば随分とのんびりしてるのね。そのキョウカイの追手と鉢合わせたら面倒なことになるのは目に見えてるんだから、用が済んだならさっさと帰るものだと思うけど」
「まぁ、ね。アイツを一晩中付き合わせた後、出ていくのを見送って私はここで休んでたの」
昔からそうだった。彼女は何でも上手くやる。
だから何年も彼に追い付けない私は、あっさりと先を越されてしまっている。
彼女とてとんでもない失敗を仕出かすこともあるが、それも後の成果で取り返してしまうのが彼女の凄さ。
そして私の要領が悪いのも昔からなので、これはどうしようもないのだろう。
…………ところで、一晩中という言葉は意味深ではないだろうか?
けれど私の知っている彼と彼女の関係からして、二人がそうなる可能性はほぼ皆無だ。
つまり私がつまらないことを気にしすぎなだけ…………そう思っておこう、聞くのも怖い。
「アナタもかなり変わったわよね。色々と話は聞いてるけど……やっぱりアイツの影響なのかしら?」
「────そうね、自分のために命の時間を使ってくれた人。
世界と天秤に掛けたって貴女の価値には釣り合わない……なんて言われちゃって、ちょっとときめいちゃったかなー」
しかもそれを実践しちゃって、七十万という数と引き換えに私一人の命を救ってしまった。
どうしようもないバカだと思うけど、私自身さえ諦めていたものを見事に助けられてしまっては、正直罵倒する言葉なんて何も言えない。
「うっわ何それ。一生に一度はそんな台詞言われてみたいわー、乙女的に」
「だから彼の努力や想いには報いてあげたかったし、七十万の魂に救われた命として世界に小さな幸福を返していくことを贖いとしてた」
世界を巡っているときは困っている人を助けたり、孤児を修道院などに送り届けたり、設備の不十分な施設に寄付したり。
そんな小さい人助けを積み重ねていた。
別に彼が私を助けるために七十万人を殺したわけでもないし、重大な罪を犯したわけでもないが、これは私なりの気持ちの整理の付け方だ。
誰にも救われなかったモノ。
本来は私もそうなる定めだった、救われる筈のなかった者だ。
だからこそ彼らの死を悼み、その魂によって救われた私が彼らに代わって、私たちと同じ運命にある者たちに救いを与えたくて。
彼らの命に意味を与えたくて。
あの人と旅をするのは自分の幸福のため。
世界を巡って人助けをするのは自分への贖罪のため。
……とまあ大層な御託を並べつつも、結局はそれらも自分の為でしかないのだ。
自分勝手で我儘な理屈だが、何をどうしたところで他人の事など分かるはずもない。
自分の世界は自分の中だけで完結しているのだから、周りなど気にせず自分が正しいと思ったことをすべきだ。
これもあの人からの受け売り。
極端な考えというか信条だが、人間として最も確かな生き方だ。
そう思えば私も、彼にかなり感化されているのだなとつくづく思う。
「ふうん…………やっぱり、アナタにも話しておこうかな」
「……何を?」
「私がここに来た理由の一つ。これはアイツにも話したことなんだけど」
初めて彼女の顔が魔術師としての貌に変わった。
今までは古馴染みとして雑談に興じているだけだった。
それがこうまで表情を変えて語り出すということは、余程な内容なのか。
少しの緊張感に身を強張らせながら、彼女の次の言葉を待つ。
「私の家系に残された宿題っていうのも、ようやく手が届き始めたんだけどね。その過程で、私は一つの終わりを視てしまったのよ」
「……………………」
「とある人物を原点とし、中心点として広がる、世界分枝線上の因果律の分岐から収束まで。
つまり、無限に連なる並行世界の事象観測の果てを」
胸の鼓動が何かを訴える。
聞いてはいけない、知らない方がいい。
そんな嫌な予感に身を震わせつつも、彼女の話を止めることが出来ない。
彼女はこちらのことなど気にせず、たとえ解っていても話を止めることなどしないだろう。
そうして続く言葉は──────
──────私にとって、最悪の答えを提示していた。
黒守黎慈という存在は。
無限に存在するどの世界線軸上であろうとも。
必ずイリヤスフィール・フォン・アインツベルンという因果によって、逃れられない死を迎えるのだということを。
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