Fate/stay night -the last fencer-
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第二部
聖杯戦争、始動
敵情視察 ─柳洞寺のサーヴァント─
冷めた夜に凍える風が吹く。
陽が沈んでから、暫くの時間が経過していた。
柳洞寺の敵情視察は日没前に済ませている。
寺のある山には特殊な結界が張られており、侵入を前提とした奇襲や急襲は不可能だということが判明。
この世に生きている俺には何の影響もないが、既に死んでいるモノ…………霊体に対して令呪の枷のような効力を持つ結界。
完全に閉じてしまっては内部の気が淀むため、唯一正門にだけは結界の効力が及ばないのだが………………
侵入経路がその一つに絞られるということは敵もそこに一番の警戒心を抱くということで、様々な対抗措置を講じているであろうことは想像に難くない。
つまりマスターとしてサーヴァントを引き連れて柳洞寺に攻め込む場合、外敵へのあらゆる対策が張り巡らされている真っ正面からの突入しかないということだ。
本当なら内部偵察までしたかったのだがそれも容易にはいかず、無理を押して中に入ろうともその後に閉じ込められてしまっては困るので、柳洞寺のキャスターに関しては現状保留。
しかしそのまま帰っては収穫は無きに等しいので、新都を徘徊してもみたのだが結局は何も見つからなかった。
現在判明しているコンビは、セイバーとアーチャーとバーサーカー。
ランサーとは単独交戦、ライダーのペアは脱落、キャスターは柳洞寺に篭りアサシンは詳細不明。
セイバー組は当然と言うべきか、穴が多い相手だ。
士郎は魔術師として未熟であり、セイバーも騎士というだけあって主人を尊重する態度を取っている。
士郎を優先的に倒してしまうか、何らかの手段を以て無力化してしまえば、セイバーは自由な戦闘行動を取れなくなるだろう。
実際付け込む隙はいくらでもあるが……セイバー単体の戦闘力と宝具は警戒に値する脅威か。
凛が休戦条約を結んでいるのを鑑みても、事前調査なしに今すぐ手を出すのは得策ではない。
アーチャー組については、今のところ目立った弱点は見当たらない。
彼らの基本戦術は遊撃活動を行って必殺の機会を待ちながらの、遠距離狙撃による一方的な殲滅が必勝法になるだろう。
対戦術としてはまず第一に接近することだが、弓の英霊ともなれば近付かれた際の対処も万全なはずだ。
近距離戦闘も行えるのか、あるいはそもそも近付かせない手段を持っているのか。
可能なら本格的な戦闘になる前に、アーチャーの能力についての情報収集も行いたい。
フェンサーの魔術によるアシストがあったとはいえ、あのバーサーカーを一度確実に殺した一撃は侮れない。
あれだけ強力な精密狙撃を離れた位置から好き放題にバンバン撃たれては、いくら俺とフェンサーでも対処のしようがない。
そして現在の戦況における最大脅威は、やはりバーサーカーだ。
あの夜、バーサーカーは確実に一度殺された。
なのにアレは、まるで何事もなかったかのように復活したのだ。
イリヤスフィールが何らかの魔術行使をした気配はなかった。
つまりあの化け物はマスターからの事前準備も事後処理もなしに、自分が殺された後に自力で蘇生したことになる。
物理、魔術を問わず、肉体への干渉を無に帰す頑強さ。
更に死んだ後に自動で蘇生魔術が掛かる様から見て、バーサーカーの宝具はあの不死身性を支える補助的なものだろう。
バーサーカーは理性を代償に基本能力値を強化する狂戦士のクラス。
代わりにより多くの魔力とその制御が必要になり、宝具の力も十全には発揮できなくなる。
ならば攻性宝具の性能は大幅に制限されているはず…………要はあの要塞のような肉体さえ突破できれば勝機はある。
イリヤスフィール自身の無防備さ、無垢すぎる性格も付け入る要素ではあるが、あれを弱味と取れるかは判断しづらい。
あれだけのサーヴァントを従えているのだからかなり優れた魔術師なのだろうが、彼女の術者としての実力は未知数だ。
甘く見たところに予想外の痛手を受けるかもしれない。
柳洞寺に潜むキャスターも一筋縄ではいかないか。
通例には最弱のサーヴァントと言われているらしいが、勝てる見込みがないなら勝負は成立しない。
陣地作成等の特殊技能、魔術師として他の魔術師の手の内を読むなど、正攻法でなければいくらでも勝ち残る手段はある。
事実、今はこの地の霊脈の一つである柳洞寺を陣地として、街の人間から魔力を掻き集めている。
結果として俺や他のマスターも、キャスターにはおいそれと手を出せない状況だ。
バーサーカーとは別の意味で厄介な相手。
向こうが動くのを待つか、あの夜のように他のマスターと共同戦線を張るか。
キャスターとバーサーカー、この二つの件については利害の一致から、協力し合うマスターが出てくる確率は高い。
なので今はまだ、こちらから手を出すつもりはない。
しばらくは他のマスターの動向に気を配り、協力を求められれば条件次第、最も望ましいのは漁夫の利を得られる状況だ。
ランサーについては真名まで判明してはいるが、彼の宝具への対抗策はこれといって思い付かない。
放てば必中必殺と謳われたあの魔槍が宝具であるならば、魔術師の小細工程度で防げるものではないだろう。
槍としての射程限界はあるだろうが、一度放たれればそれで終わりだ。
唯一考え付くのはそもそも撃たせないということだが、フェンサーの話と彼についての逸話が真実ならば、ランサーは相当な戦上手である。
真っ向からの白兵戦で倒すのが不可能に近い以上、勝敗の決め手はサーヴァント同士の真骨頂である宝具の撃ち合いになるが、あの魔槍は結果がどうあれ最悪でも相討ちになる。
たとえ敵を倒しても、フェンサーを失っては意味がない。
ランサーのマスターが姿を見せていないことも懸念事項か。
俺に何が出来るかは分からないが、事前準備だけは怠らないようにしよう。
アサシンについては未だ詳細不明。
暗殺者が表に出て来ないのは当然として、アサシンの基本戦術がマスター殺しなのが厄介だ。
日中行動の危険性は低いだろうが、夜間はなるべくフェンサーを連れているのが基本的な対策か。
ライダー組は既に脱落しているが、特に慎二に関しては気を付けておきたい。
さすがにサーヴァントを失ってまで聖杯戦争に参加しようなんていう気概は持ち合わせていないだろうが、プライドだけは高いので訳のわからない行動に走る可能性は否定できない。
これ以上関わるなら命の保証は出来ないし、アイツがこちらの不利益になるのなら何らかの形で排除する。
願わくはこのまま大人しくしていてくれるのがありがたいのだが………………
「何か感じるか、フェンサー?」
「いいえ。サーヴァントの気配も、魔術の痕跡もないわね」
「そうか…………今夜は収穫無しかなぁ」
柳洞寺の調査を終えて新都に向かい、新都の調査を終えてまた深山町まで戻ってきた。
新都における、キャスターのライフドレインの痕跡は見当たらなかった。
昏睡事件として扱われるソレの社会的な影響はともかく、魔術としての残滓を残していないのはさすが魔術師のサーヴァントといったところか。
あわよくば何かしらの手掛かりでも掴めればと思っていたのだが、やはりそう上手くはいかないようだ。
もしくは魔術の発動直後であれば、目立った痕跡もあったのかもしれない。
収穫と言える収穫もないまま、俺たちは帰る羽目になっていた。
「これ以上はどうしようもなさそうだし……家に帰る?」
「俺が直々に夜回りしてるときに限って何も起こらないってのはどういうことだ」
「そんなのタイミングの問題でしょう? 焦る必要はないんだから、ゆっくり立ち回ればいいのよ」
そりゃそう言われればそうなんだが。
魔術師的な感性故か、俺はこういう無駄足とか骨折り損というのが嫌いだ。
自ら動いているのに成果を上げられないのが我慢できない性質なんだろう。
仕方ないことではあるが、ただどっかのマスターかサーヴァントと擦れ違うくらいはしないもんか──────
「なぁ、もっかい柳洞寺行ってみようか」
「えー……別に仕掛けるわけでもないんでしょー…………」
「だって外から調べてみただけだしよ。ギリギリまで入ってみようぜ。
中がどうなってるのか、最低でもどんなトラップが配置されてるかぐらいは確認出来るかも」
「それで敵と鉢合わせになったら?」
「全力で撤退する。今日はおまえに戦闘はさせない……これが最優先するべき方針だ。
たとえ誰かと接敵しても、あっちもわざわざ深追いしてまでこちらを倒しにかかることはないと思う」
「…………わかったわ。あくまで探察することが今夜の目的ね」
返事までに若干間があったのは、不服である意思表示を含めてか。
俺としてもフェンサーの肩の負傷が、ほとんど治っていることは承知している。
だが僅かにでも万全ではない状態であるならば、直接戦闘は避けたいのが本音だった。
襲われたりしたなら話は別だが、何も戦うことだけが勝利に結び付くわけではない。
戦地の事前調査や敵についての情報収集なども、戦争を生き残るには不可欠な要因である。
英霊と呼ばれる者としては戦いこそが誉れとなるのかもしれないが、未だに七組のマスターとサーヴァントが残っているのだ。
慎重に立ち回ることが今後の活動に悪影響を及ぼすようなことはないのだから、今の時点では大っぴらに動きを見せる必要もない。
「不満があるのはおまえだけじゃないぞ。俺だって結果は欲しいが、欲張ってもいいことなんてないからな」
他のマスターたちの目立った痕跡がないのも、まだその時期じゃないのと、自分から動きを見せるリスクを考慮してだろう。
敵を挑発せんばかりに目立った行動ばかりしているのは、凛とアーチャーの二人くらいである。
…………別に凛がアホというわけではなく、アレは喧嘩を売ってくるならいつでも受けて立つという意気込みと、相手が誰であろうと自分達が勝つという自信の表れだ。
そんなところも“遠坂凛”らしいし、行動方針として間違っている訳ではない。
しかしそれで釣られるような相手ばかりなら苦労はしない…………敵もそれを踏まえているはずだ。
もしも誘われていると知ってなお姿を見せたなら、それは相手にも勝つ算段があってのこと。
凛のやり方で敵が出てきたとしたら相手は釣られた馬鹿ではなく、わざわざ出向いてくるほどに準備を入念に行った、必勝を期した相手だ。
一番分かりやすいやり方ではあるが、相手にアドバンテージを与えてしまうのはうまくない。
それごと敵を叩き潰す自信は結構だが、己の方針に足元を掬われてしまっては本末転倒だ。
それなら俺はもう少し賢しいやり方を実践する。
「とりあえず柳洞寺に行ってみよう。何もなければ、今日は引き上げだ」
フェンサーを引き連れて夜の街を闊歩する。
本日二度目の、柳洞寺訪問だ。
「こりゃあビックリだ」
柳洞寺からそこそこ離れた場所にある家屋の屋上。
まずは遠巻きから観察しようとフェンサーと二人で感知と探知をための糸を張っていたのだが、柳洞寺には俺たち以外の客人が来ていた。
「あれ士郎だよな。寝間着のまんまで何やってんだアイツ」
夢遊病者のようにフラフラとした足取りで、けれど目的地だけはハッキリしているように歩いていく。
眼球強化で視認してみても、感知術で魔力波長を調べてみても、衛宮士郎本人である。
明らかに普通ではない様子だが、一体これはどういうことなのか理解が及ばない。
「……どうやら内に招かれているようね。彼はキャスターの操り人形になっている、あれじゃあ操られている本人にはどうしようもないわ」
「は? あれ、束縛とか催眠とか、そういう類の魔術なのか!?」
士郎は寝間着のままだ。
ならアイツは家で眠っているところを、ここまで操られて歩いてきたのだろう。
柳洞寺から士郎の家までは、少なくとも数kmは離れている。
つまりキャスターはそれだけ離れた位置にいる士郎に魔術をかけ、ここまで苦もなく操縦したということになる。
本来魔術師には、自身に干渉する魔術に対する抗魔力がある。
魔力を生成する魔術回路は、同時に他者の魔力を弾き返す特性も持っている。
故に術者の行動を抑制する魔術はたとえ格下相手だとしても、術式の完成前に弾かれてしまうのがオチだ。
接触状態であればいくらかの制限を掛けることも出来ようが、対象が離れた場所にいればほとんどの場合他者に掛ける魔術は成立し得ない。
それを数km以上離れた場所から、完全に術中に落とすその手際。
相手がサーヴァントとはいえ、同じ術者として現代の魔術師とキャスターを比較したなら、蟻と戦車ほどの戦力比、もはや比べるのも馬鹿らしくなるほどの差がある。
文字通り、キャスターは次元違いの魔術師だった。
「どうするのマスター?」
「……様子見だな。助けてやる義理はないし…………てか、下手に手を出した方が士郎がどうなるか分からん。
セイバーも今頃はマスター不在に気付いて、士郎を追い掛けてきているはずだ」
「────確かに、物凄い速度で駆けてきてるわね。数分足らずで追い付くでしょうけど、その数分間、あの子は生きていられるかしら」
それは神のみぞ知るってヤツだ。
運も実力の内って言うし、ていうかぶっちゃけ今回は操られている士郎の自業自得だ。
魔術師として未熟過ぎるからキャスターなんかに目を付けられたんだろうし。
あんなのがセイバーのサーヴァントを従えていると知れば、誰だって何かしら思うところはある。
利用するとか令呪を奪うとか、罠に嵌めるとか早めに片付けておくとか。
「まぁさすがにこのままってことはないな。士郎が死んだらセイバーがフリーになるわけで、キャスターの狙いは端からそれだろうし。
後々厄介事になるんなら、ここで首突っ込むのも一つの手段だが…………」
色々な可能性に考えを及ばせていたそのとき。
「あら、アーチャーだわ」
「え?」
もう一つ探知に引っかかった反応は、柳洞寺に駆けていくアーチャーの姿。
自分の目で視認してみてもあの褐色肌に白髪、鮮烈に赤い外套には見覚えがある。
セイバーよりも幾らか早く士郎に追い付きそうだ。
この分なら、士郎を助けるのは間に合うかもしれない。
…………ところで、凛が呼び出したから赤い騎士なんだろーか?
いやいやそんなことはどうでもよくて。
「凛はいないみたいだな」
「それじゃあ自己判断でセイバーのマスターを助けに行ったのね……随分と義理堅いこと。どこかのマスターとは大違いだわ」
「…………アーチャーを批評してんのか、俺への当て付けかどっちだよ」
「どっちもよ」
「………………そろそろマスターを尊重しましょうって令呪でも使おうかな」
結構マジで考える、今日この頃。
前々から思ってたんだが、お姫様っつーか王女様気質だよね、このサーヴァント。
英語にすればどっちもプリンセスだが、日本語的なニュアンスで意味が違うんだ。
例えるならほら、イリヤスフィールがお姫様ならフェンサーが王女様みたいな?
共通しているのは、どちらもお転婆娘という点です。
「始まったみたいよ」
「ん、うわー……何あの大魔術の雨霰。あんなんの爆心地に居たら生きた心地しねー」
程なくして柳桐寺に到着したアーチャーは士郎とキャスターらしき黒ローブの女に割り込んだ。
何がしか話していたようだが穏便に解決とはいかなかったようで、宙を舞うキャスターはそれこそロケット砲のような魔術弾を雨霰と落としている。
信じられない規模の大魔術にも関わらず、キャスターの魔術は外部には一切漏れていない。
現代の魔術師では考えられないほど秀逸な結界が張られているのだろう。
こっちも観測しようとしていなければ、目の前を通り掛かっても気付かないに違いない。
「あれだけの魔術を撃つってことは、交戦に入ったみたいね。あとはセイバーが駆けつければ勝敗は決まったようなものだと思うけれど…………あれ?」
「どうした?」
「セイバー、キャスターじゃない誰かと戦ってる」
「はい?」
俺の探知と感知、それに眼球強化による視覚拡大にも限度がある。
それでなくとも柳洞寺は結界の影響か、内側を見透すのが難しいのだ。
それらしい気配は感じ取れても、はっきりとした詳細までは見て取れない。
フェンサーはキャスターとは別の意味で桁外れの魔術行使をするので、彼女には事の子細がハッキリと確認できているのかもしれないが。
「セイバーを白兵戦で押し止めてんのか? バーサーカーかランサーぐらいにしか無理だと思うんだが」
「んー、多分アサシンじゃないかしら。今まで記憶した人相、魔力と一致しないもの」
なるほど。まだ出会っていないのはアサシンだけなのだから、自然と相手の正体は割れるわけだ。
けど今の発言の問題はそんなことじゃなかった。
「アサシンに正面からセイバーを止めておけるような能力はないだろ。アサシンてクラスの根底が覆るっちゅーねん」
「何事にも例外はあるでしょ。特殊技能や宝具の力次第では足止めくらいは出来るかも知れないし、キャスターに味方しているようなこの状況は…………」
「あぁ、マスター同士が手を組んでるって可能性があるのか。魔力を溜め込んだキャスターのバックアップと、陣地としての優位性が重なれば、確かに足止めくらいは出来るかも」
唯一正体不明だったアサシンがこんなところで現れるとは予想しなかった。
これは柳洞寺を再調査に来て正解だったと言える。
とにもかくにも、戦況が一旦落ち着くまでは見物に徹していよう。
一段落ついたなら、一度アサシンの顔を拝むために柳洞寺内部に足を踏み入れるしかない。
「長ぇ階段だなぁ……」
柳洞寺の正門へ続く、石畳の階段を一歩ずつ踏みしめ進んでいく。
ひとまず、四人のサーヴァントによる二つの戦闘は決着した。
脱落したものはおらず、キャスターはかなりの損傷を、アーチャーはキャスター、アサシンと続けて戦闘したことによる魔力の枯渇。
士郎はまた大怪我を負いながらも生還し、セイバーには大した損耗は見られなかった。
両者痛み分けといったところか。
多少なりとも被害の大きかったキャスターも、アサシンという守り手がいるとわかった以上単独で攻め込むわけにはいかず、アーチャーにも個人的な事情から手を出すのは憚られた。
凛とは最後に真っ向勝負がしたいなんて私情を挟まなければ、アーチャーは脱落させていたのに。
余計な部分だとは自覚しつつも、凛との勝負は数少ない自己から湧いた欲求の一つなので、出来るなら叶えたい。
戦況分析や情報整理をしながら、石段を着実に上っていく。
「そろそろ山門近いんだけど……何も起きねぇ」
「……………………」
そのとき、フェンサーは既に気づいていたのだろう。
俺が心の中で抱いた、『なーんだ、何もないじゃん』……などという楽観視した感想は。
幽鬼のように現れた目の前のサーヴァントによって、戦慄へと塗り替えられた。
恐らくアサシンのクラスであるはずの男が持つ、流雅な長刀を見た瞬間、俺は。
己が首を撥ね飛ばされる光景を幻視した──────
思わず後ろに身を引いていた。
それは聖杯戦争が始まってから、何度か感じた死の感触。
ライダーに襲われたとき、バーサーカーと対峙したとき、一つ間違えれば自分の死体が転がったであろう状況。
そう────日常では感じ得ないこの独特の高揚感にも似た感動が、何故こんなにも俺を魅了するのか。
それを初めて感じたのはいつだったか。
それを最後に感じたのはいつだったか。
聖杯戦争なんてものに身を投じる以前。
高揚感に満たされながら、命を奪い合う興奮を最後に味わったのは。
黒守の銘を継ぐときに、■祖■を■■手■■■たときだったか。
目眩を振り払い、目の前のサーヴァントに対峙する。
恐らく、俺とフェンサーは既にアサシンの間合いに入っている。
ほんの一瞬でも反応が遅れれば、その刹那にどちらかの首が跳んでもおかしくはない。
「貴方、アサシンよね?」
「いかにも。この身は暗殺者のクラスを依り代として呼び出されたサーヴァントだが」
「おかしいわね。アサシンのクラスで呼び出されるサーヴァントは決まっている。
無数に存在する山の翁の中から選ばれた一人が、この世に現界するのだけれど…………貴方、どう見ても暗殺者っぽくないわ」
清流のような殺気にも怯まず、フェンサーはアサシンと言葉を交わす。
命を決するだけなら会話など不要なものなのだが、アサシンにはこちらを殺す気はあっても、殺そうとする意思がなかった。
何が楽しいのか、アサシンの表情からは典雅な笑みが絶えることはない。
「それはそちらも同じであろうよ。元より存在せぬ匣を以て現界しているそなたが、虚ろう我が身を否定するのか?」
「私のクラスは仮名みたいなものよ。けれど確かに、ルール違反はお互い様よね」
侍に応じるように、銀の少女もクスクスと笑う。
正直言葉を挟めない俺からすれば二人の会話は不可解なことこの上ない。
話をするのは構わないが、すぐにでも戦闘が始まりそうなこの緊迫した空気はどうにかならぬものか。
警戒も緊張も解くことが出来ず、精神だけが疲弊していく。
「して、何用だフェンサー。今宵は客人が多くてな。この門を通るというのなら、相手を務めねばなるまい」
「今晩は挨拶だけよ。明日までは戦わないっていうのが、私のマスターの御意向なの」
「……ほう。女狐めが弱っている機を狙って来たのかと思っていたが」
「さすがにサーヴァント二人を向こうに回してたら身が保たないわ。
セイバーもアーチャーも今夜は撤退したんでしょう? 私たちが焦る必要もないし、マスターの方針には従わないとね」
何だかんだ言っても、フェンサーは俺の指示をよく聞いてくれてると思う。
その時々にはワガママ放題言ってくれるが、俺が打ち出した方針に逆らったことは一度もない。
マスターとしての信頼故か、単に方針として文句がないだけか。
たまにはフェンサーの意見に少しくらい譲歩してもいいかもしれない。
「ウチのマスターってばヘタレだからねー」
………………光よりも速く前言撤回。
ダメだわ。やっぱコイツ駄目サーヴァントだわ。
家に帰ったら、キっツ~いお仕置きが必要だわ。
今から折檻メニューを考えることにする。
「用がないのなら去るがいい。戦う気のない相手と戯れるほど、私も酔狂ではないのでな」
それだけ告げると、陣羽織を纏った侍のサーヴァントは姿を消した。
ひとまずこれで、全てのサーヴァントと接触したことになるのか。
キャスターとは面と向かってはいないが、ある程度の情報は集まっている。
今後も随時情報収集を行いながら、準備が整い次第仕掛けていくことになるだろう。
今夜のことも鑑みれば、聖杯戦争も徐々に本格的になっていくはずだ。
「さ、マスター。今日はもう帰りましょう」
「………………」
「? マスター?」
「………………」
だがしかし。
家に帰った後、一つの戦争が勃発することをフェンサーはまだ知らなかった。
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