相棒は妹
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志乃「うちの兄貴、年上です」
なんで、俺の後ろに妹がいる?
こいつが同じクラスなんて……聞いてねえぞ!
「……ちゃんとクラス確認しないからだよ」
心読まれた!?いや、今はそんな事はどうでも良い!問題は俺と妹が同じクラスになったっていう事実だ!
何でこうなった!?この学校の教師は何が目的だ?俺か?俺を退学させたいのか?
留年する覚悟があったとしても、妹と一年間同じ空間で勉強出来る程の度量は俺には無い!
「えーと、中学校を卒業して一ヶ月程でしょうが、えー、皆さんはもう高校生という新たなステップに踏み込みました。えー、自由度も今までとは比べ……」
頭を禿げ散らかした担任がニコニコしながら言葉を連ねている。はい、去年聞きましたんで大丈夫です。帰らせてください。
つか、「えー」とか「えーと」とか無駄に使わないでくれないか?前の学校にもそういう教師いて物凄くイライラしたんだよね。
後ろから妹の視線のようなものを感じている、ような気がする。気のせいである事を切に願う。
チラリと周囲に目をやる。皆の態度は三者三様で、これも入学したばかりの空気だった。
緊張していて担任の言葉に耳を傾けるだけで精一杯な奴だったり、自分を不良っぽく見せて足を組んで頬杖ついてる奴とか、すでに寝ている奴もいる。
そういえば、この学校に俺の母校の後輩っているのか?見た感じ俺の知り合いは見当たらないけど。後でメールとかで確認してみようかな。
「えー、今日は皆さんに簡単な自己紹介をしてもらってから下校としたいと思います。黒板に内容を書くので考えてみて下さい」
保護者いる前で自己紹介ってのは初めて聞くな。珍しいなこの学校。というかやりたくない……。
俺が萎えまくってる間にも、ハゲ教師は黒板に字を生み出していく。って、この先生字上手いな。書くのも速いし。めっちゃ慣れてるな。
俺は、先生が黒板に書いた文字の羅列を読み取っていく。
1. 自分の名前
2. 出身中学校
3. 趣味
4. 部活
5. 好きな人[○´・ω・]ノォヂャマシマスw
一番から四番は、どこの学校でもあるような内容なのに。
……このハゲ、何が目的だ?
俺達の恋愛事情聞いてどうすんだよ。そんな自己紹介聞いた事ねえよ!しかも、ほとんど初対面の奴らが素直に話すとでも思ってんのか?今まで恋した事無い人を考えてあげろよ。
しかも五番に顔文字丁寧に書かれてるし!あんなマニアックな顔文字、俺知らなかったよ!しかも「おじゃまします」って……人の恋模様に土足で踏み込む気満々じゃねぇかよ!
妹といいハゲ教師といい……なんでこんなにツッコみどころ満載なんだ?
気付いたら、周囲の生徒達が囁き合っている。黒板の内容について相談し合っているのだ。こいつら、本当に初対面か?ってぐらいに慣れた感じだ。
保護者の方からもブツブツ声が聞こえてくる。まぁ、正直そっちはどうでも良いな。
その時、俺の背中にツンツンという違和感が生じた。当然、後ろの奴からだ。
「……どうした、志乃」
俺が嫌々ながら身体を捻らせ、志乃の方に向いた。すると志乃は嫌そうな顔をして目線を逸らす。
「呼んでおいてそれかよ」
「……あの質問、どうすればいいの?」
そんな仏頂面して聞かれても。俺だってこんなのは初めてだ。
でも、俺は内心あのハゲ頭に感心していた。
あの教師は、通常ならあり得ない、予測すらしていなかったであろう質問を自己紹介の中に埋め込んで、生徒達の上辺だけの姿を取り除いたのだ。
先程まで不良っぽく構えていた男子も、前に座っていた女子に話しかけられた途端、そんな素振りを一回も見せなくなった。寝ていた男子もマジな顔して周囲の連中とヒソヒソ話している。
生徒達に余裕を失くし、周りの人と喋らなければならない状況を、いとも簡単にあのハゲ教師は作り上げたのだ。これに気付いた俺は、あの教師を素直に凄いと思っていた。
「ま、好きな人って言うんだから、歌手でも答えとけばいいんじゃね?」
「……その手があった」
俺がなんとなく口にした意見を聞いて、志乃は珍しく目を丸くして、俺を凝視していた。いや、このぐらい頭に浮かぶだろ。
今考えてみると、あの教師はマジで凄い。「人」なんだから、何も恋愛だけでは無いのだ。好きな歌手や芸能人とかでも問題ないのだ。
他の奴らもそろそろそれらに気付いてきた頃だろう。その時には周りの奴らとも喋っている頃であり、生徒からすれば周りの奴と自然に話せた上に、質問が簡単だという事にも気付けて、一石二鳥だ。
ここで本当に好きな人をぶちまける奴は、バカ丸出しだな。
「えー、では、最初は出席番号一番からいきましょうか。どうぞ」
担任がのんびりした口調で一番の奴を呼ぶ。同時に、教卓から見た一列目の一番左の席から椅子を引く音がする。
出席番号一番は、そのまま自分の机の近くで回れ右をして、こちらに振り返る。
「えと、谷川一中から来ました、五十嵐蘭子です!趣味は歌う事と運動する事で、部活には入っていません!」
とてもハキハキした声で、その女子は自己紹介をする。目がくりくりしていて、とても活発そうな女子だった。染められていない髪は、一本結びにまとめられている。これは美少女といって間違いないだろう。
「好きな人はー、ボクシングの中田さんです!一年間よろしくお願いします!」
爽やかな笑みを浮かべながら自己紹介を終わらせ、席に戻る。辺りからは拍手が送られる。……ナカタサンって誰?
その後も自己紹介は進んでいった。とっとと終わらせて自席に戻る奴や受け狙いのような紹介をする奴、フリじゃなくていかにも不良といった奴もいた。
皆、「好きな人」は家族だったり著名人の名を上げていった。ここでガチな名前出したら、この先の学校生活に支障を来たす事になるのは間違いないしな。
そして、自己紹介も半分が過ぎ、あと四人ほどで俺の番になった。
そういや、俺何にも考えてなかった。ずっとクラスの奴の紹介聞いてて自分の事忘れてたよ。
ひとまず、年上である事は言う気無い。簡単に、注目されない程度に言っていけばいいだろう。俺はこのクラスで陰キャラ以上普通以下の立ち位置になるって決めてんだよ。
出身中学と趣味とかは普通に言えるな。好きな人は……剣道選手の岩田さんでも出しておくか。知ってる奴いないだろ。
そうこうしているうちに、俺の番になった。俺は椅子から立ち上がり、前の方へと歩いていく。年下という感覚が俺に緊張感を与えない。なんでだろうな、俺こういうの苦手なのに。
「葉山伊月です。近所の成北中出身です。趣味は音楽を聞く事で、部活は剣道やってました。好きな人は剣道の岩田選手です。よろしくお願いします」
短い自己紹介だなー、内心思いながら、俺は自分の席に歩いていく。最初に比べて小さくなった拍手は、俺としてはちょうど良かった。
俺が座った瞬間、俺の横を小柄でおさげの髪を揺らしたあいつが通り過ぎる。変な事だけは言うなよ?
妹は特に表情を変える事無く、緊張した面持ちも見せずに話し出す。
「葉山志乃です。成北中学校出身で、趣味はピアノを弾く事です。部活には吹奏楽部に入っていました」
そこで一拍置いて、こいつは口を開けた。
その内容が、これまでの連中と全く違っていたが。
「好きな人はいません。ですが、兄がいます」
そこで、周りの何人かが俺に視線を送ってくるが、俺は興味なさげな感じで頬杖をついている。あくまで他人気取りでいかせてもらおう。
と、思っていたのだが……。
「で、うちの兄貴は年上です」
その瞬間、教室内が凍りついた。
俺は、背中にドライアイスを入れられたかのような冷たさを感じる。まずい。これはまずい。
あいつ、もしかしたらやると思ったけどガチでやりやがったぁぁあああ!!
あいつがどうやって席に着いたのか分からない。そして、どうやって学校を出たのかさえ分からない。
いつの間にか自分の部屋でパソコンを開いていた俺は、自分の事でいっぱいだったのだ。
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