相棒は妹
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志乃「兄貴、先行って」
俺が妹に窒息死させられそうになったあの日から約一週間。俺と妹は、晴れて高校生になった。
とまぁ、結論から言えばそうなるのだが、そうなるまでの間が長かった。
あの後、結局寝込んだ俺は、誰の看病を受ける事も無く、静かに布団で大人しくしていた。あー、マジで悲しかったわ。だって、誰も何もしてくれないんだもん。
志乃は一人でインスタントラーメン食べるし、一人で風呂入って勝手に栓抜いちゃうし、洗濯は俺の分やってくれないし……マジで泣きたいよ、俺。なんで妹に虐められなきゃなんねぇの?
母さんとかが旅行から帰ってきて、やっと看病してもらえるー、とか思ってたら、あのクソババァ、その日の晩飯焼肉にしやがった!俺鼻詰まってて味しねぇよ!つか、もしかして俺っていらない子だったりする?
というのを母さんに聞いてみたら、
「だって、伊月は男の子だからコスプレ着れないじゃない」
……俺はそんな事一言も聞いてないんだけど。
そこで、カラーボックスをこよなく愛するばぁちゃんに聞いてみたところ、
「伊月君はどのカラーボックスが大好物?」
カラーボックス食わねえよ。そもそも食うもんじゃねぇよ!誰だばぁちゃんに変な知識植え込んだ奴は!
泣きたくなりながらも、俺は一家の大黒柱であり自称『保健体育のスペシャリスト』の父さんの元へ行って同じ質問をしてみた。
「なぁ父さん、俺っていらない子なの?」
「安心しろ、お前はいらない子なんかじゃない」
おお、初めて認めてもらえた!なんか感動したよ!さすがは父さんだ!
「お前はアホの子だ」
「何言ってんだあんた!?俺はそんなの求めてたんじゃねぇ!」
ちなみに、我が父はアニメオタクでもある。……うん、どうでもいいな。
というわけで、俺は新年度早々とても悲しい思いをしたわけだが……。それを塗り潰すぐらいに絶望する日がやってきた。
それが今日。四月五日である。ああくそ、何で二日前に熱が下がっちまったんだよ。本当に自分の運の無さに呆れるな。
前述の通り、俺と志乃は高校生になった。……え?僕?ぴっちぴちの高校生ですよ?え?退学?やだなぁ、そんな事あるわけないじゃん……。
そう、俺は再び学校に通う事になった。あの入試のために勉強はしたし、また一年やり直せるんだから、学年上位は狙わないとな。ま、自分から年上って事をバラすつもりは無いけど。
俺が朝飯を食べ終え、歯を磨いていると、妹が目を合わせないまま俺に声をかけてきた。
「兄貴、先に行って」
「ふぇいふぇい(へいへい)」
やっぱ俺の妹って母さんに似てるんだな。色白だし、顔小さいし。ま、今の母さんは白髪見えそうな四十代ババァだけどなぁ!
志乃は自分じゃ気付いていないんだろうけど、けっこう可愛い。兄の俺が言うんだから間違いない。けど、生意気なんだよな。俺の事殺そうとするし。マジでやばい。
でも、なんだかんだいって、何年も喋って無い俺の事を考えてくれてたんだよな。退学して何にもやる気がしなかった俺に道をくれたんだよな。
俺も、頑張らなくちゃな。あいつが目指してる、何かのために。
*****
俺は準備を終えて、志乃に言われた通り先に学校に向かう事にした。一人で行く事に不安を覚えなかったといえば嘘になるが、このぐらい堂々と行かないと。逆に怪しまれちまう。
俺と志乃がこれから三年間通う高校の名前は県立藤崎高校。家から徒歩十五分ぐらいのところにある、特に特徴の無い学校だ。
スポーツも学力も共に平均程度で、何かが突出している事が無い。そのため、この学校に来る奴らは大抵呑気な連中だ。
俺がこの学校を選んだ理由はそこにある。基本的にのんびり一人でいるタイプの俺としては、この学校は都合が良い。当然、クラス活動とやらがあるのだろうが、それは織り込み済みだ。
俺が中三の頃は「この学校は甘い」だとか言ってバカにしてたけど、まさかそんな俺がこの高校でやり直す事になるとは……皮肉すぎて笑えないな。
当然、今の二年、つまり俺の同年代の奴らに知り合いはいる。だが、中三の俺と同じような理由で、中学校の奴でこの学校を受けた奴はそこまで多くない。まぁ、幼馴染二人はこの高校だけどな。
でも、そういう奴らには前もって連絡してあるし、特に気にする事は無い。
だが、どうしても避けられない問題点もある。
それは、これから入る学年に後輩がいるという事だ。
この間も不安になっていたが、直前になってその不安は俺の中でさらに増していく。嫌な気分だ。
きっと面白がって俺を「先輩!ジュース買ってきましょうか?」とか言うんだろうな。ああうぜぇ。
俺が憂鬱な気分になりながら歩いていると、少し先に藤崎高校の校門が見えてきた。もうやだ、カラオケ行きたい。
やがて校門を潜り、学校内に入る。一度見学で入った以来で、懐かしく思えたが、周囲にいる二年や三年を見て気分が落ち込む。
あー、何してんだ、俺。
この一言は週に二、三回は考える。それは退学した時からずっとだ。そろそろ飽きてきたが、考え出すと止まらなくなる。
だが、その思考を打ち破る奴がいた。
「よっ、伊月!」
その声は前方から聞こえてきた。その声につられて頭を上げると、そこには幼馴染の一人がいた。林葉綾乃である。
スラリとしたスリムな体格に美少女で、社交的な性格は男子女子どちらからも人気が高く、彼氏の一人や二人いておかしくない奴だ。
だが、これまでで一度も男子と付き合った事は無く、いまだに手持無沙汰にしている。こいつなら彼氏作るの簡単そうなのに。
「よう、綾乃。何してんの?」
「私風紀委員だから、その仕事。って、伊月ネクタイ緩めすぎ!ちゃんと絞めてよ」
「分かったよ。じゃあなー」
一年と二年の区別など制服越しではそう簡単には分からないかもしれないが、二年の生徒からしてみれば、美少女の綾乃にタメ口を使っている一年生というのは、なかなかに調子に乗っていると思われかねない。ここは会話をすぐ終わらせた方が無難だ。
俺は係員に言われた通りに体育館へ向かい、そこで学校指定の上靴に履き替え、体育館に入って、学籍番号通りに並んでいる椅子から自分の番号を探し出す。自分の椅子はすぐに見つかり、静かに座る。
マジで帰りてえ。その一言に尽きる。
周囲には、高校生活に希望と不安を混じらせる新一年生が、緊張した面持ちで座っている。まぁ、俺も去年はそんな感じだったな。
ステージに一番近い位置に並んでいるのが一年生で、その後ろに二年、三年の在校生が続き、最後に保護者が座っている。妥当な配置だわな。
特にやる事も無かったので、俺は携帯を取り出してオフラインゲームを始める。これが暇つぶしに良いんだよ。無駄な事考えなくて済むしな。
すると、後ろから歩いてきた係の生徒に声を掛けられた。
「そこの一年せ……ごほん」
その係員というのは、幼馴染の三村健一郎だった。俺がダルそうに顔を上げ、健一郎を見上げると、
「携帯、しまっておくように頼むぞ」
「うぃーす、すんませんしたー」
俺が適当に返すと、健一郎は苦笑いしながら、元来た道を歩いていく。俺も受け狙いでやったから、あいつの態度には満足した。
そうこうしている間に、入学式は始まった。志乃の奴、どこ座ってんだ?
そういや、俺めんどくさくて自分のクラス確認してなかった。係の人も何も言ってくれなかったしなー。後で見るか。
にしても、~式とかいうのは何でこんなに暇なんだ?はげたおっさんがベラベラ喋るだけじゃん。いきなり校歌流されても一年生が歌えるわけねぇし。何より歌う気ない。
入学式は一時間ぐらいで終わった。この後一年生は自分のクラスに移動して自己紹介して終わりらしい。んな事より帰らせてくれ。でもって、俺は何組なの?
皆が教室に移動する中を勝手に出て行くわけにも行かないので、仕方なく着いて行く。まぁ、そのうち何組かなんてすぐ分かるだろ。
そう楽観視しながら列に沿って歩き続ける。階段を何度も上り、やがて一年生の階に辿り着く。運動不足の俺には大分きつかったぞ、これ。
それからいくつかの教室の前を通り過ぎて、自分のクラスの中に入る。俺って三組だったんだ。
黒板に書かれた通りの席に座り、俺はようやく身体を突っ伏しる事が出来た。早く終わってほしい。
そこで、担任の教師が周囲を見渡してから話し出した。
「一年三組の皆さん、保護者の皆様、本日はご入学おめでとうございます」
そこで俺はギョッとする。保護者?いやいや、大丈夫だ。あのコス作りババァは志乃のところにいる筈だ。
そう思ったのだが、頭のモヤモヤが取れず、俺は恐る恐る後ろにいる保護者の群を見た。
そしてそこには、
あの、忌わしき母親がニコニコしながら教師の話を聞いていた。
って、マジかよ!志乃はどうした!去年入学式をやった俺なんかより妹の方が大事だろうが!
とはいえ、それを大声で指摘する事は出来ず、俺は仕方なく机に身体を埋める。もう、何も見たくないわ。
だが、その時、俺は後ろから背中を突かれた。そういや俺、後ろの席の奴の事一回も見てないな。つか、見えなかった気がするのは気のせいか?
そんな事を思いながら、重たい身体を後ろに回す。担任の長ったらしい話などどうでもいい。
つか、悪戯とかだったら無視してやる。ましてや男だったら尚更だ。
そうして、俺は突いてきた奴の顔を見る。そして、絶望する。
なにせ、俺の後ろの席に座っているのは、仏頂面を浮かべた妹だったんだから。
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