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相棒は妹

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志乃「兄貴はガラスのハートでチキン野郎だから」

 入学式の次の日は土曜日で、学校は休みだった。つまり明日も休みで、その次の日から登校となる。

 今は入学式があった金曜日の午後二十三時。あと一時間程すれば土曜日を迎える事になる。起きているのは俺の他に妹ぐらいだろう。夜までヘッドフォン付けてピアノやってんだよな。

 けど、今の俺には関係ない。俺の頭は、この先の学校生活の事で頭がいっぱいなんだから。

 今から十二時間ぐらい前の出来事を思い出す。

 再びやり直した高校生活。一つ年下の奴らとの初めてのHR。禿げた熟練度高めの担任の話を聞いて、その後自己紹介をした。

 そこまでは良かった。俺の脳内には余裕が敷き詰まっていたし、ただただ早く終わらせてほしいという願いだけが渦巻いていた。

 だが、俺の自己紹介が終わった約一分後に、それ以上の感情が俺の全身を隅々と行き渡る事になる。


 ――『うちの兄貴は年上です』

 我が誇り高き妹の残した偉大なる台詞である。

 ……泣くぞ、コラ。

 これは退学し、尚且つ妹を持つ者にしか分からないだろう。これの重みが。これの重大さが。

 その後の事は覚えていない。いつの間にか自分の部屋で、パソコンを開いて文書作成ソフトに『死にたい死にたい死にたい……』と書いていた。俺、めっちゃ病んでるじゃん。

 退学を経験し、一から高校生をやり直すというのは、俺にとっての代償だ。再びやり直して、俺は他の奴らとの間に生じた溝を埋めなくてはならない。

 そのためには、なるべく無駄な悩みは捨てて、学校生活を淡々と過ごすのが一番良いと考えていたのだが……。

 どうやら、現実というのは本当に悪意で満ちているらしい。

 確かに、こうなったのは自分の所為ですよ?でも、そこまでしますか?僕何か恨まれるような事しましたか?いい加減にしないと泣きますよ?

 しかも、火種を振り撒いたのは妹だ。もうぶっ飛ばすレベルの話じゃないぞ。

 俺はベッドに横になりながら、茫然と天井を見つめていた。パソコンで遊んでいると萎えるので、こうする他無いのだ。

 天井には特別何も無くて、木の切口が成す幾何学な模様が、横から横にびっしりと並んでいる。

 そんな絵を見ながら、俺は心の中に留まっている何かに注視した。

 先程からずっとこんな感じだった。モヤモヤするのだ。釈然としない何かが、俺の心に留まっている。そういう感覚だった。

 志乃に対する不満が無いわけでは無い。何故あのタイミングでそれを言ったのか。何故あいつが言ったのか。そして、それをクラスメイト、保護者の前で唐突に伝えた心理は?

 分からない事だらけだった。元々志乃についてはよく分かっていなかったのに、余計に理解出来なかった。

 まだ俺が小学生、中学一年生ぐらいの頃は志乃と喋っていた。それを特に変だとも思わず、自然と言葉のキャッチボールをしていた。

 だが、いつの間にか俺と志乃の関係は疎遠になっていた。同じ屋根の下で暮らしているのに、会話といえる会話をしない。どちらとも、話そうという気が無い。

 正直、気にしていなかった。別に家族と旅行に出かける事も無かったし、何より俺達は互いに忙しかった。そのため、会話そのものの存在も忘れてしまっていたのだ。

 今、こうして再び喋るようになって、俺は嬉しかった。だがそれは、喋るという行為が出来たからであって、そうしたいという願望は無かった。

 それから四月に入り、同じ学校に通う事になった。何故か同じクラスになってしまい、俺の事情を話された……。ん?

 俺はそこで、モヤモヤについて考える。

 俺は何に感情を伸ばしてる?怒り?焦り?悲しみ?

 あの妹なら何か知っているかもしれない。なにせ、今の俺を作り上げた張本人だし。

 明日、ちょっと話してみるか。そうすれば、俺の中のモヤモヤが取れるかもしれないし。


 「まだ寝てなかったの?」

 その時、開いた自室のドアの方から声がする。間違いなく、妹のものだった。

 ピンクのパジャマを着て眠たそうにしている。トイレの水の音がするので、寝る前にトイレに行ったのだろう。にしても、体操服以外の衣服を着てるこいつは久しぶりに見たな。


 「……ちょっと考え事をしててな」

 「入学式の事?」

 「……っ」

 こいつ、やっぱ鋭いな。女の勘ってやつか?

 俺は、さっきの事をこいつに言おうか悩んでいた。言ったところで解決にまでは結びつかないかもしれない。だが、話してみるだけマシだろうか。

 そんな事を考えていると、志乃の方から話しかけてきた。


 「やっぱり。兄貴、ガラスのハートのチキン野郎だから、この先の事考えてたんでしょ」

 合ってるけど酷い。酷過ぎる。

 俺はコホンと咳をして、口を開く。

 「そうだよ。チキンだかどうかはさておき、この先の事考えてた。そもそも、何でお前は俺の事を言ったんだ?」

 それも、五番目の自己紹介の段階で。好きな人の欄に俺の事情をぶち込む意味ある?

 すると、志乃は目を丸くして俺を凝視していた。今俺、なんか変な事言ったか?単純に質問しただけなんだけど。

 その旨をジト目で伝えるも、志乃は呆れて溜息を吐く。なんか腹立つな。こっちはマジで悩んでるのに。

 「……兄貴、もしかして自分が年上って事、最初から言う気無かった?」

 は?こいつ何言ってんの?言うわけないじゃん。何で俺がわざわざ人目を浴びるような真似しなくちゃならないんだよ。そんなの求めちゃいないぞ。

 「当たり前だろ。これ以上目立ちたくないし」

 「……」

 俺が本音を伝えると、妹は大きなため息を吐き捨てる。そんな見え見えな溜息吐かれたらさらにイラつくんだけど。

 「自分で考えたら」

 最終的に放っておかれた。その後はスタスタと自分の部屋の方に歩き始め、俺の言い分を聞く余地すら与えてくれなかった。

 自分で考えたら、だって?それが出来ないからお前に聴こうと思ったのに。なんて冷たい妹……。

 そこで時計を見る。すでに十二時を回っていた。俺は仕方なく電気を消し、布団の中に潜り込んだ。

 その後、悶々とした感情が頭を漂い、寝れずにいたのだが。

 *****

 「……き。……兄貴」

 ソプラノの小さな声と主に下半身辺りに感じる痛みに、俺は目を覚ました。
 そして、第一に俺の目に飛び込んできたのは、妹の顔だった。

 「うおっ!」

 勢いよく布団から出て妹から距離を取る。こいつまさか、また俺を殺しに……?

 すると、いまだにパジャマ姿の妹は時計を手に取り、俺に見せ付けてきた。

 現時刻、午前十一時。睡眠時間、約十一時間。

 よく寝たなー、俺。

 だが、正直まだ寝れたので、無理矢理起こされて不満はあった。土曜日なんだからもっと寝かせてほしい。

 「何の用だ?俺、まだ寝たいんだけど」

 「これからカラオケに行く」

 「は?」

 こいつ、何言ってんの?

 気付いたら、妹は俺の前にまで接近していて、俺のパジャマに手を伸ばして……って、何してんだこの変態め!


 「兄貴に変態って思われるぐらいなら死ぬ」

 「いつもいつも心を読むな!それと失礼だ!」

 ムカつく妹を部屋から放り出して、俺は布団をしまってから着替えに移る。

 にしても、やけに家が静かだな。今日は『保健体育のスペシャリスト』ことクソ親父がいるはずなのに。ちなみに、ばぁちゃんはこの時間は散歩に行っている。

 そこで、昨日のモヤモヤが再び生まれだす。モヤモヤよ、まだいたのか。

 だが、それらが解消される事は無く、俺は依然として感情を整理出来ずにいた。
 とりあえず、カラオケで歌いまくるか。

 ストレス解消のつもりでいっぱい歌ってやる。

 この間の件を踏まえ、黒ジャージから黒パーカーに変えた俺は部屋を出て、一階に向かう。

 そして、再び妹と顔を合わせるのだが……。


 「何でお前は体操服なんだよ!」

 この妹、学習能力無いのか?マジで不審者に捕まるぞ。

 すると、志乃は無表情でこう言ってきた。

 「兄貴こそ、自分から逃げようとしたのに、よく黒パーカーなんて着たね」

 ……え?今こいつ、なんて言った?

 俺の驚いた顔を一瞥し、妹はドアを押して先に外に出て行く。

 急いで俺も後を追い掛けるのだが、

 俺が、自分から逃げる?

 この言葉の意味が理解出来ず、俺はさらに悶々とした気持ちを抱えてしまった。

 それが、昨日から感じていたモヤモヤ解消への道になるとも知らずに。 
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