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蒼穹を翔る運命の翼

作者:BLADE
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PHASE-02 「現実」

「全く、何から片付ければ良いのだか」
 報告書を纏めながら、私は息をつく。そう好きではない事務仕事にウンザリしていた体は、椅子の背もたれに身を預けるだけでそのまま眠ってしまいそうになる。
 新入生の入学直前に起こった突然の事件。幸いにも怪我人は出なかったが、学園の被害が無視できないレベルだ。
 校舎入り口のガラス扉は全損、その上、校庭には大穴が開いた。
 ガラス扉は件の侵入者がぶち破り、校庭の大穴は正体不明機の爆発が原因である。
 あの後で山田先生に聞いた話だが、そもそもあの侵入者が暴れ回った原因は、間接的にウチの生徒が原因らしい。
 警告を無視し不用意に機体に触れ、機密保持の為に機体を爆破され、挙句の果てには取り逃がしてしまった始末。
 校内に配備していた生徒も同罪だ、一人を相手に翻弄されているとは、IS学園生徒の名が泣くと言うもの。
 あの後ミッチリと説教をしてやったが、まぁどこまで行っても、アイツ等はまだまだ学生だ。荷が重かったのかもしれんが。
 だが、それは些細な問題だろう。訓練不足はまだまだこれから補える。
「奴は一体、何者なんだ」
 本当の問題は例の侵入者、シン・アスカという少年だ。
 見慣れない軍服を身に纏い、製造元の不明な装備を身に着け、正体不明の機動兵器に乗ってやって来た侵入者。
 押収した装備はどれも存在しないメーカーの物だった。個人の製作したワンオフとも考えられたが、明らかに工場で生産された大量生産品にしか見えない。
 校庭で回収したトランクの中にあったスーツは、そばに落ちていたヘルメットと合わせて一つの装備らしく、調査の結果、宇宙服と判明した。
 あれ程、高性能な宇宙服はまだ実用されておらず、当然の事ながら製造元も不明。
 侵入者は「国連平和維持軍出向・ザフト軍所属、氏名はシン・アスカ」とだけ名乗り、後は黙秘の一点張り。
 学園に居させる訳にもいかず、装備の調査と合わせて倉持技研に護送をしたが、再三の調査と聴き取りを合わせても他には何も分からない。
 いや、裏付けが何もないと言った方が適切だろう。
 PKF―平和維持軍に問い合わせたが、その様な人物は出向されておらず、そもそもザフトという軍事組織も存在しないとの事だ。
 軍服と宇宙服、装備に刻まれた『ZAFT(おそらくこれがザフトとやらだろう)』とは何なのか。あれ程の装備を開発出来る組織についての情報が、全くないというのは有り得ない。
「次は私が直々に、取り調べをする必要があるな」
 ふぅ、と息をついて背を起こし再び報告書の作成に戻る。
「後は、コイツについての聴き取りも必要……か」
 倉持技研からの報告書を見ながら、一考する。
 例の正体不明の大型機動兵器……、いや大型機動兵器だった物の調査報告書だ。
 あの爆発の後、この機動兵器はカメラで確認していた姿とは大きく形を変えていた。
 無論、自爆をした訳だから形が変わるのは当たり前のことだ。
 だが、爆心地に残っていた残骸はおおよそ我々の想定とは違った形をしていたのだ。
 爆散した残骸は何ひとつなく、爆心地に残されていたのは、所属不明のIS――インフィニット・ストラトスだった。
 技研の調査によると、このISにはコアが搭載されておらず、高度なプロテクトの為に他は全く解析が出来ない状態との事だ。
 一応、外観と外装の調査結果は出ているが、背部に何らかのコネクターが存在し、装甲材は材質が分からない、という結果しか出ていない。
 技研としても、この様な正体不明のISの為に数の限られたコアを初期化して使用する訳にもいかず、お手上げ状態との事だ。
 そもそもコアを組み込むことが出来るか、それすらも分からないのだが。
 とはいえ、元々<打鉄弐式>の開発、さらには割り込みで<白式>に人員を割かれている中、これ程の調査をしてくれただけでも御の字なのだ。感謝はすれども文句は言えない。
 何もかも全てが不明の少年兵、その上あれだけ学園で暴れ回った奴だが、調査に立ち会った全ての人間、そして私自身も奴を悪人とは思えなかった。
 もしかしたら、奴も何かの被害者なのではないか……、そう思わせる何かを感じさせるのだ。
「なかなかどうして、私に興味を持たせる奴だな」
 そんな事を感じながら私は、報告書の作成を続けた。



  ◇



「単刀直入に聞く、ザフトとはなんだ」
 倉持技研に護送されて数日、何度目かも分からない尋問だが、その日は普段とは勝手が違っていた。
 今までは装備の入手方法、それと任務ついての質問ばかりである中、初めて所属組織についての質問である。その上、内容が余りにも珍妙であった為、シンはいささか混乱した。
「何を聞いてんだよ。今どき子どもでも知ってる事だぜ、それ」
 やれやれ、と呆れてしまう。
 両腕は後ろで手錠をされている為、座らされたパイプ椅子にふてぶてしく座ってみせた。
「それを誰も知らないから、わざわざ質問をしている。下がってくれ、後は私がやろう」
 正面に見える取り調べ室のドアが開き、女がそう言いながら入室してくる。
 先ほどまで質問をしていた男が入れ替わりに部屋を出た。
「―――アンタは」
 シンは眼つきを鋭くする。この女を彼が忘れる訳もない。
「しばらくだな。確か……シン・アスカといったか。私は織斑千冬という」
 織斑千冬と名乗った女性を相手にし、シンは座り方を正した
 無論、敬っての訳ではない。この女の実力をシンはよく知っている。無意識の内に体が防衛行動を取ったのだ。
「それではアスカ、質問に答えてもらう。ザフトとは何なのだ」
「同じことを二回も言いたくないですね。バカバカしい質問ですよ」
 シンは、彼なりに丁寧な言葉遣いに改めて再び、返答する。
「それが分からないから、こう質問をしている」
 千冬は一度嘆息して、改めてシンの眼を見据える。
 本当の事を言っているのか判断する気だ、とシンは感じた。
 こういう相手に嘘は通用しない。まして自分は最初から嘘をついていないのだ。
 シンもお返しに千冬を睨み返した
「理由を言ってやる。一つはお前の所持していた装備は、世界中の何処でも製造されていない。二つはPKFに問い合わせたが、シン・アスカなどという名前の男は出向していない。ついでに言うならば、ザフトなどという名前の軍隊など存在しない」
「―――っ」
 雷が落ちたかの様な衝撃がシンの体を疾走った。
 ザフトが存在しない、そんな事がある訳がない。
 嘘に決まっている、何を企んでいるのかは分からないが、そんな分かり易い嘘など子供でもつかない。
「嘘だというならコイツを使ってみろ」
 千冬は取り調べ室の机にタブレット端末を置いた。
「そうか、手が使えないんだったな」
 手錠の鍵を取り出し、千冬はシンの手錠を外しにかかる。
「言っておくが、変な気は起こさない事だ。私を人質にした所で状況はさして変わらない、お前なら分かるだろう」
 いちいちもっともな事を言われ、シンは舌を打つ。
 そう、人質を取ったところで施設の出口は分からない。そもそも、実力に勝る千冬を人質に取れる訳がない。
 突発的、衝動的に人質を取るのはナンセンスだ。行動は常に計画的でなければならない。
 カチャリ、と音がして手錠が外れた。シンは端末を手に取る。見た事のない端末だったが操作法はなんとなく分かるものだった。
 どうせ履歴を確認されれば同じだろうからと、別段隠すことなく検索を開始する。

 数分が経った。
「――――ッ!?」
 何がどうなっている。シンは同様を隠しきれなかった。
 プラント、ザフトはおろかスペースコロニーが存在しない。地球連合とザフトによる二度に渡るあの大戦もない。
 全てがシンの理解を超えていた。悪い夢でも見ているのか、と頬を叩いてみたがちゃんと痛みがある。どうやら夢ではないらしい。
「情報の改竄はしていない。そこにある事は全て事実だ」
 冷たく言い放たれる千冬の声で、ハッと正気に戻る。
「改めて聞こう。お前は何者だ」
 何度とされた質問、しかし、もはやシンには沈黙を保つ事はおろか、なんと返事をしたら良いのかも分からなかった。
「―――俺にも分からない」
 この時、シンは薄々と感じていた。
 ここは何処なのだろう、と。




  ◇



 あれから、しばらく時が経った。
 私は再び、事務作業に追われている。
 オルコットと一夏の模擬戦から始まり、無人ISの侵入事件。全く、面倒事ばかり増えて肩が凝る。

 あれから、こちらへ少し協力的になったアスカは、沈黙を破り質問に答えるようになった。
 いや、彼自身の常識とこちらの常識を擦り合わせているのかもしれない。
 妄想癖持ちの精神異常者と疑う者もいた為、精神鑑定も行ったが結果はシロ。物的な証拠もある為、なんとも反論のしようもない。
 あの正体不明機が現れた時、IS学園上空で異常な空間歪曲を検知した記録も出てきており、にわかに信じがたい事実を我々は薄々と感じていた。
 ―――シン・アスカは別次元の来訪者なのではないか。
 何をバカな事を、と笑いとばす輩もいたが、事はそう単純に片付けられる話ではない
 そもそも、ISという兵器自体がSFじみた存在であり、数年前までは、それこそあの奇才ですら変人と扱われていたのだ。
「気乗りはしないが、奴の意見を仰いでみるのも手か……」
 性格はともかくとして、能力は一級品だ。
 となると、奴の所までアスカを連れて行かなければならない。
「方法を考えねばならんか」
 ふむ、と考え込みそして溜息をしてしまう。自分から厄介事を増やそうとしているな、私は。
 イカンイカン、と思考を放棄し作業に戻る。来月には我がクラスに二人も転入生が入るのだ、これ以上、仕事を溜め込んでいては担任業務に支障をきたしてしまう。
「これは……技研の報告書か」
 厄介事を押し付けてしまっているが、こうして仕事をしてくれている技研には全く頭が上がらない。
 近日中にもう一度伺うつもりだったが、アスカについて何か進展はあったのだろうか。
 先に軽く目を通しておこうとして、そんな事の出来ない内容と気付く。
「―――なんだと」
 いつしか私は、食い入る様に技研の報告書を読んでいた。
「例のコア非搭載のISが突如起動しただと!? それも、アスカが手で触れた直後に」
 報告書にはハッキリと、学園で回収した正体不明の機動兵器が変容したISが起動したと書いてある。
 言葉を失ってしまう。
 一体、何者なのだシン・アスカ。なぜ、コアを搭載していないISを起動できる。
 男が起動した前例は既にある。だが、コアの無いISが起動した前例などない。いや、既にアレがISなのかどうかすら疑わしいものだ。
「手で触れた後<インパルス>と呼び、その後で起動した……か」
 危険を考慮して、それ以降は機体に触れさせていないとの報告もある。
 <インパルス>とは、あのISの名前か。いや、元はその名前の機体だった……という事か。
 確かに、各部装甲の形状は恐ろしい程似通っていた。その上、アスカの手で起動したという事は、やはりあの機動兵器が変容したという事なのだろう。
「いや……これは、チャンスか」
 上手くいけば面倒な手続きを省いて、アスカを奴に会わせることが出来る。
 そもそも、現状ではアスカの存在自体が国際的にややこしい立場にある。
 少なくとも約三年、時間を稼ぐことが出来れば更に綿密な調査が出来る。
 見方によれば世界一の軍事力を誇るIS学園だ。アスカを転入させてしまえば警戒、監視も容易といえる。
 なに、ISを起動出来るのだ。転入にはなんの問題もない。むしろ一夏とは別ケースを同時に調査可能なのだから、まさに一石二鳥。そう言えば、上に掛け合いやすいだろう。
「そうと決まれば、急ぎ準備をせねばなるまい」
 私は、転入書類の作成を始めた。急げば明日の職員会議に間に合う。元々、学園で起きた問題だ。アスカの転入に文句は言われないだろう。
 日本政府には事後承諾の形とさせてもらおう。色々と面倒だからな。
 本人の意思を無視した形になるが、技研に軟禁と比べると遥かにマシなのだ。快諾はされずとも、拒否はされないだろう。
「また自分から仕事を増やしてしまっているな」
 転入書類を作成しながら溜息をつく。事務作業を好きになれれば、いささか気分は楽になるのだろう。最も、そんな日は永遠に来ないだろうが。
 今夜も徹夜になりそうだ。 
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