蒼穹を翔る運命の翼
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PHASE-03 「学園」
「という事だ。異論は有るか、アスカ」
編入手続きを終えた私は、アスカに事後承諾を取るため、再び倉持技研に赴いた。
IS学園の世界的な立場、編入に際してのメリットを今しがた、アスカにかいつまんで説明したところだ。
「異論というか……やってること滅茶苦茶じゃないですか、アンタ」
案の定、不平不満をぶつけてくるアスカ。とはいえ、他に自分の取る選択肢が無い事は分かっている、といった様子でもある。
私がアスカの立場ならどうするだろうか。いや、考えるまでもないか。相手に辛辣な皮肉を浴びせ続けているであろうことは、想像に難くない。
頭で分かっていても納得は出来ない、こんなことは大人でも難しい事だからな。
「重々承知はしている。とはいえ、これ以上お前をここに置いておく訳にもいくまい。そろそろ外に出る算段建てている頃合いだろうしな」
技研に護送されてからというもの、アスカが暴れ回ったという報告は一度も聞いていない。学園で、あの大立ち回りをしたアスカがである。
となると、アスカが大人しくしていたのは、一重に情報の収集の為だろう。どう施設を抜け出すか、外はどうなっているのか、当然コイツは脱出の算段を建てている筈だ。
直情的に見えて、案外と計算高い奴である事は、なんとなく読み取る事が出来る。
「だが、体一つで外に出たところでどうする。身寄りのない子どもが一人で生きていける程、今のこの世界は甘くない」
当然、我々は追手を出す。となると、土地勘の無いアスカが、そう簡単に逃げおおせれる訳がない。
その上、今の世界は女尊男卑の社会だからな。男が一人で生きていくには厳しい社会になった。
当然、政府の干渉もあるだろう。今はまだIS学園の管轄だから干渉されずに済んでいるのだ。だからこそ、一刻も早く正式に学園の所属になった方が良いのだ。
「お前も薄々と感じているだろうが、おそらくお前の境遇は我々の想像の範疇を超えたものだろうしな」
「………」
何も言わず、ただ聴き入るアスカ。
自分で言っておいてなんだが、意図的に表現をぼかして言っているのは、周囲を含めた私自身も、その様な非常識を認めたくないと思っているからだろう。
それはアスカも同様と見える。
それでも比較的早くこの結論に辿り着いたのは、ISによって既に我々自体が麻痺しているからかもしれん。
だが、それは我々の話だ。アスカはどうなのか分からない。
「なに、簡単な話だ。私達も子どもを一人で放り出す程の悪人じゃない。お前は私達の善意を利用する。ただそれだけの事だ」
だからこそ、私はワザと抜け道を用意してやる。その方が、コイツも気が楽だろうと思ったからだ。
選ぶのではなく、選ばざるを得ない状況の方が人間、楽だからな。
「………良いですよ。どうせ他に何も出来ないんだ。アンタの思惑に乗ってやりますよ」
こちらの眼を、見据えてアスカは了解の返答をした。
――決まりだな。
「分かった。ではすぐに支度を始めようか、アスカ。手続きは既に済ませてあるのだからな」
◇
「……かなり遅れちまったな」
この調子だと、編入とやらは諸々の準備を終わらせると明日の話になりそうだ。
トラックのコンテナの中で、腕時計を見ながらシンは嘆息する。
時計の造りもここの物は何ら変わっていない様で、初めて見た時は内心でホッとしていた。
言葉も同じで字も同じ。しかしシンはこの世界を、何かが違う場所と考えていた。結論はまだ出していない、いや意図的に出さないようにしている。
それを認めた瞬間、今後の行動指針が消えてきまう、そんな気がしたからだ。
目下のところの目標は原隊復帰、軍人とはいえ知り合いが死ぬと心が傷む。生きているのなら、出来るだけ早く顔を出してやるのがマナーというものだ。
それがいつになるのかは、皆目検討もつかないが。
「早くつかないのか? 全く、コッチは乗り心地が悪いんだ」
かぶっていた帽子を取り、団扇代わりにする。ついでに、着ている作業服のジッパーを少し下ろす。
誰にも聞こえないと分かりつつ、不服を漏らしてしまう。
なぜ、こんな場所に乗って移動をしているのかというと、ひとえにシンの脱走を警戒されている為である。
どうも助手席に乗って移動すると、道中でトラックをジャックされる危険があるとか。その点、コンテナの中は外から鍵をかけてしまえば、中からの出入りは不可能である。
シンと一緒にISも積み込んであるが、厳重なロックの為、彼が手出しをする事は全く敵わない。
「けど、本当に<インパルス>だったのか?」
ISの入れられたケージを睨みながらシンは呟く。各部装甲があまりに似ていた為、思わずそう呼んでしまったのだが、実のところ自分の考えにそれほど自信はない。
千冬からは、爆散した<インパルス>は何故か破片一つ残っておらず、代わりにあのISが有ったと聞いていた。理由を聞かれたが、そんな事はシンにだって分からない。
何から何まで分からない事ばかり、その上、超常現象など今のシンのて負える訳がない。いや、平時であろうとそんな話は願い下げである。
それにしても、面倒が起こるのを未然に防ぐ為との事で、移動前に無理やり着させられた作業服だが、面倒とは一体何だ。
赤く目立つザフトの軍服は参考資料として接収されたままだが、代わりとしても何故こんな地味な服なんだか。
蛍光色でもなく、地味な灰色の作業服である為、こういっては何だが全く目立たない。
道中の脱走は警戒するくせに、監視のし辛い服を着せているあたり、全く理解に苦しむ。
「まっ、俺には関係ないけどさ」
それから別段、やることもない上に揺れるコンテナの中で、シンは呆けているしかなかった。
そんな内にトラックは停車、コンテナのドアが開けられる。
「来たか、アスカ。随分と遅い到着だったな」
ドアの先には千冬が立っていた。相変わらずのスーツ姿、緊張感を辺りに漂わせているが、表情は比較的、軟らかなものだ。
本人が意識せずとも周囲を緊張させる、そういうタイプの女性らしい。
「そう言われても、俺の性じゃないですからね」
そう言いながらシンはコンテナから降りる。コンテナの中と比べて外は涼しかった。これなら帽子を団扇にする必要もないだろう。
夕焼けに染まる空を見ると、息苦しかったコンテナ移動のストレスも幾分晴れるというものだ。
ここがIS学園とやらの入り口か、とシンは鉄で出来た門を見ながら声を漏らす。
「コンテナはアリーナの横に降ろしておいてくれ。許可は取ってある。アスカ、お前は付いて来い」
その間に、トラックから降りてきていたドライバーに千冬は指示を出す。
千冬に指示され、トラックは走っていく。
トラックを追うように千冬とシンは学園に入った。どうせ同じ場所に行くのだ、なぜ門で降りるのか。千冬の後について行きながらシンはそんな事を考えていると、
「学生というのは外部から入ってくる物に目敏いだろう? 一応、お前には作業員の服装をさせているが、念の為、トラックを囮に使わせてもらった」
聞いてもいないのに、千冬が解答してきた。
なる程な、とシンは思った。思えば自分がアカデミーに居た時も、学生間でそういった情報はすぐに回されたものだ。
それ程、あの当時のシンは周りの事に興味を持たなかった。ルナマリアがよく教えてくれた事を思い出す。
軍に入隊する為にアカデミーに入ったが、まさかもう一度学生の身分になるとは、あの時の自分には想像出来まい。
かなり広大な学校らしい、数分歩いてようやく入り口が見えてきた。
「ここは……あの時の施設か」
学園校舎の入り口を見て、シンは思わず口を開く。どうりで通信設備がなかなか見つからない訳だ。あの時の謎にようやく合点がいく。
「そうだ、ここがIS学園だ」
◇
「さて、これでお前はIS学園の生徒になった訳だ」
いつになったら開放されるのか分からない中、シンは再び千冬に引き連れられている。
千冬と共に職員室で最終手続きを終え、校舎を出た時には既に日が暮れていた。
「そうですね。で、晴れて生徒になった自分はいつ学生らしく扱われるんですか」
皮肉を込めてシンは言う。コンテナに入れられらて移動、面倒な手続きばかりさせられ監視付きの移動。無理やりそんな身分にした割にはおおよそ学生らしくないだろう、という非難である。
「まぁ、そう言うな。今、お前の宿舎に移動をしているところだ」
そいつはありがたい、とシンは思った。この際、休めればどんな場所でもいいと感じているぐらいだ。
「そりゃ良かった。移動に手続きにって、気を休める間もなかったですからね。この際、寝れりゃどこだろうと文句は言わないですよ」
ようやく休めると分かると、気分が軽くなる。シンは先程までより足取り軽く千冬に付いていく。
「それは助かる。丁度、男部屋が埋まってしまってな。仮の物なので、居住性が最悪なのだ」
少々バツが悪そうに返す千冬。だが、元々そう抑揚のある話し方でもない為、シンがそれを感じ取る事は叶わなかった。
程なくして、大型のドーム施設につく。ここか、とシンは思ったが何故か入り口を通り過ぎる千冬。
「何処まで行くんですか、入り口は過ぎましたよ」
思わず千冬を呼び止めるシン。
「いや、そこではない。もうすぐだ」
振り向いてそう返す千冬。土地勘もない為、案内人にそう言われては仕方がない。
ドームの外周を数分歩いたところで、千冬はようやく立ち止まった。
「着いたぞ、アスカ」
千冬にそう言われて辺りを見渡す。ドームの外壁以外には何もない場所だった。
いや、一つだけ見覚えのある物がある。
「アレって俺が乗ってきたコンテナですよね、何でこんな所に」
「学内で置いておく場所が他に無くてな、ここならアリーナから電源も取れる」
そう言われて見てみると、コンテナには外部電源のコードが繋がれている。元々、そういうつもりだったのか、ただの運搬用コンテナではなかったようだ。
「なるほど。で、俺は何処で寝るんです」
コンテナは路上に置かれているだけであり、周囲には林しかない。
「………ここだ」
「はい?」
こことは何処の事なのか、見る限り宿舎らしき物は辺りに見当たらない。
「あのコンテナだ」
「…………」
シンは思わず閉口してしまう。今は作戦行動中でもないし、自分はここの学生になったのだ。コンテナで寝泊まりはいくらなんでも、と言ってやりたいところである。
「……あくまで仮だ。何もずっと続く訳ではない」
この扱いは酷いと、流石に罪悪感があるのか、申し訳なさそうに言う千冬。
「そりゃ、寝れりゃ何処でも文句はないとは言いましたよ……。まぁ、良いや。どうせアンタに文句を言っても仕方がないんでしょうし」
「そうしてくれると、助かる」
そう言う千冬の声を聞きながら、シンはコンテナのドアを開ける。それらしいボタンが壁に増設してあった為、押してみた。コンテナ内に灯りが点くが、どことなく薄暗い。
自分が、乗ってきた時と寸分違わぬコンテナ内。奥にはISのケージも相変わらず鎮座している。決して広くないコンテナのスペースを無駄に占有されている為、シンとしては、外に放り出してしまいたいところだ。
そんな事は出来ないだろうが。
「住めば都……か。シャワーはどうしたら良いんです?」
「生憎、近くで男がすぐに使える場所がなくてな。明日の朝、私が案内する。それまで我慢してくれ。制服もその時に支給する」
「明日まで我慢しろって事ですか。俺ってここの……いや、もう何も言いませんよ」
言うだけ無駄、シンはそう思って諦めることにした。実際、千冬に言ったところでなんの解決にもならない。現場指揮官は、上の決定に従っているだけだからだ。
「本当にすまんな。それでは明日の朝、また来る。おやすみ、アスカ」
そう言って立ち去ろうとする千冬。どうやら、今日はこれでようやく解放されるらしい。
気を利かしてか、早々に立ち去っていく千冬。
これでようやく、人に見張られずのんびりとすることが出来る訳だ。
「それにしても良いんですか? こんな所で一人にしたら、逃げますよ俺」
色々な意味でいい加減な扱いを受けている為、少し意地を悪くしてシンは言う。
無論、ブラフである。折角、ここで生活していく上の身分を提供されておいて、利用してやらない手はない。
ここで逃げてしまえば、全てが取り消されてしまうのだ。利用出来る内は利用してやってもバチは当たらないだろう。
「そうするつもりだったなら、お前ならとうにしていたろう? これだけ辺りも暗くなっている。機会ならいくらでもあったからな」
立ち止まってそう言い返す千冬。コンテナの灯りでぼんやりと照らしているだけであり、千冬の顔をシンは読み取れない。
「それに残念ながらカメラで学内は監視されている。変な気を起こしても意味はないぞ。明日は早い、早く寝ろ」
そう言い残して千冬は去っていった。一人ポツンとその場に残される。
間接的な監視はあるとはいえ、完全にフリーな状態になったというのに、全く実感がない。
足音が聞こえなくなるまで、千冬の去っていった先をシンは見ていた。。
「さてと……」
いつまでも突っ立っている訳にも行かないため、シンはコンテナ内に入ることにした。
そして、扉を閉じたところで気付く。コンテナは中から鍵をかけられない。
「寝込みを襲われる……なんてことは無いか」
ここは戦場ではなく学校だしな、とシンは扉を少し開ける。ついでにコンテナの中にあった鉄の棒を隙間に挟んでおいた。
外から鍵をかけられて閉じ込められた悲惨である。そうさせない為に間に噛まして置くのが目的だ。強度も申し分ない。
それほど冷え込みもしない為、扉は半開きでも構わないだろう。
それほど地球の南側ではないと推察出来るため、冬になればどうなるかは分からないが。まぁ、その頃にはマトモな部屋に移っていると祈りたい。
他に何かやる事がある訳でもない為、シンはもう寝てしまうことにした。ご丁寧にブランケットもあったことから、これを使えということなのだろう。
「確かに、寝心地は最悪だな」
ブランケットに包まって、シンはそのまま眠りに落ちていった。
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