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ボロボロの使い魔

作者:織風
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『かみあわないもの』

ヴェストリエの広場

ギーシュが指定した決闘場には噂を聞きつけた見物人が集まっていた
その数は結構な人数で、当事者二人を遠巻きにぐるりと囲める程である
本来これほど生徒が集まり何か騒ぎをしていれば教師達は事情を訪ね場合によっては諫めるだろう
だが、平民が貴族に逆らっていると聞けば、黙認する教師がほとんどであり
それがこの世界の現実でもある
唯一、このような事に嫌悪感を持つコルベールは現在、昨晩の研究が祟り、完全に熟睡中であった
つまり、この『決闘』の名を借りた『リンチ』を止める者はいない
生意気な平民が偉大な貴族に膝をつき許しを乞う様を、一種の
悪趣味ではあるが『娯楽』として見物しに来た少なくない数の生徒達が人だかりを作っている

『青銅のギーシュ』によりボロボロにされる平民を嘲笑い、楽しむために

だが

彼等が今目にしている光景
それは、期待していたものとは全く別のものだった



第七話『かみあわないもの』



ワルキューレ
それはギーシュが『錬金』により生み出すゴーレムの名である
これを自在に操る事が彼の『力』
戦乙女を象った等身大の身は全て青銅で錬成されており、生身の相手であれば殴りつけるだけで 容易く打ち据える
彼が『青銅』の二つ名を持つ所以である
そのワルキューレの拳を
何の力も、魔法も使えない筈の平民の男はあっさりとかわし、捌き続けているのだ
その事実は、たかが『ゼロの使い魔』と馬鹿にし、代役を簡単に認めたギーシュ
そしてそこに集まった生徒達を圧倒し、黙らせるに十分なものだった

「…甘いな」

それを呟くだけの余裕が彼にはあった
そう、橘にとってやみくもに振るわれるだけの拳など何の脅威にもならない
戦士であった彼は戦い続けてきたのだ
ワルキューレなど比べ物にならない程の剛腕を持つ者達と、時には生身で
数え切れない程の戦闘に成り立つ経験、その肉体は自身を上回る力を受け流す、その手段を覚えている

加えて、厳しい鍛錬により会得された尋常では無い動態視力
これらを併せ持つ橘にとって、ギーシュのワルキューレなど木偶人形と大差ない
まともな戦い、否、殴り合いの喧嘩一つしたことのない小僧の操る人形など
この男には当たらない、通用しない!

「馬鹿な?!…っワルキューレ!」

自身のワルキューレに激を飛ばすギーシュ
その顔に焦りは隠せない
そんな主の焦燥を写すかのように振るわれる連撃
一撃一撃が十分な威力をもつ、青銅の拳
その嵐の様な連撃を、だが橘は

かわすかわすかわすかわし続ける

かつては後輩に一流と言わしめた、多少のブランクなどものともしない『流麗』たるその体捌き
それは、まるで音楽でも流れているかのような錯覚を見ている者達に与える程なのだ

だが、それも長くは続かない
程度を見切った彼は足を止め構える 当然、自身を狙い打ち込まれるワルキューレの剛腕

しかし

「…嘘、だろ…おい」

観客の一人が呆然と呟く
まるでそこにいるもの全ての感情を代弁するかのように 何と彼は、左の手のひらでワルキューレの拳を受け止めたのだ
無論、橘とて全く平気という訳では無い
だが、時速150Kmのスピードボールを素手でキャッチし続ける事で鍛え上げられた彼の腕なら

出来る…出来るのだ!!!

その常識を遥かに越えた現象を認める事が出来るのは、彼を知る者以外には難しい
同様に唖然としたギーシュ
一瞬、コントロールを失い動きを止めるワルキューレ
そして橘はその隙を見逃さなかった
左手を外し、右手で首にあたる部分を掴み
同時に腰を沈めながら足を引っ掛け、転ばせる
自重のせいですぐには起き上がれないワルキューレ
だが、ワルキューレが立ち上がるより遥かに早く橘は走り、向かっている
未だ呆然としている、何の護りも無いギーシュに向かって

最初からこれが狙いだった
如何に橘とはいえ生身の拳で青銅を砕き割る事は難しい しかし、その護りを失ったギーシュ本人なら話は別だ
距離を詰めさえすれば、杖を奪い組み伏せる事など容易い

「この距な…っ!…何っ!?」

思わず目を疑う
自身とギーシュ、その後僅かな隙間を埋めるかのように出現した2体目のワルキューレ
その咄嗟の『錬金』は、殆ど無意識の内に行ったものであり
まさに『運がよかった』としか言えない程にギリギリのタイミングだった
その運と結果が 橘に深刻な事態を
ギーシュに再び余裕を与える

「…ぐぅっ!」

偶々だろうとなんだろうと、青銅の一撃をまともにくらったのだ
それも自身の勢いと合わせてカウンター気味に
流石の橘も、何ともないぜとは叫べない
全身に響く激しい痛みを精神力だけで無理矢理抑え、よろめきながらも何とか立ち上がる橘が目 にしたのは更に絶望的な状況だった
ギーシュの前にワルキューレが更に五体

「たいしたものだね使い魔君、そんな君に敬意を評して、僕の全力を見せてあげるよ」

その表情は『敬意』などとは程遠い 無力と侮った平民に追い詰められ、一瞬とはいえ与えられた恐怖と焦りは既に怒りと屈辱に変 わっている

同じ轍を踏まないためにか自身の側に二体を残し、残りの五体で橘を囲ませる

痛烈な一撃をくらい、動きの鈍った今、その囲いを抜け出す事は不可能だった
眼前に立つワルキューレの剛腕を、それでも何とかかわす
だが、続けて放たれた背後からの攻撃をまともにくらい、再び橘は地面を転がった




その様子を、少し離れた場所から見ている影が二つあった
一つは少女

タバサ

ルイズより更に小柄な彼女のクラスメイト
一見、感情の希薄などこか人形めいた印象を受ける彼女は
普段はその印象に違わず読者が好きな大人しい少女である
そんなタバサにとって『決闘』など本来、興味を惹かれるものではなく、親友にでも誘われなけ ればこうして見物などしなかっただろう

だが、タバサの隣に立つ男
この男が興味を引き、自身を誘った
男はタバサが召喚した使い魔
その衣服は全身黒ずくめと言っていい程である
この世界には無い、独特の黒い眼鏡をかける男の表情を伺い知る事は誰も出来ずルーンがそこに 刻まれているかどうかも填められた黒の手袋からは判然としない
平時であれば目立つに違い無い格好も、今はギーシュの、爽快ともいえる逆転劇に興奮し、熱狂 している生徒達が気にする事は無い
だが、今は只『決闘』を眺めているだけのこの男
その正体は『人』では無かった
自在に空を飛翔し、強大な力を持つ亜人

喧騒の外で男は呟く

「相変わらず…愚かな奴だ」

どこか苦い声だった




…だから、やめろっていったのに…

二人の決闘
否、今はただ一方的に殴られ続けているだけの自分の使い魔を眺めながらルイズは 胸中で呟く
勝手にしろとは言ったものの、流石に主として使い魔を放っておく訳にはいかないと考え、暫く 経って『決闘』を見に行く事にしたルイズではあったが、今彼女はそれを後悔していた

…男は不様だった

ギーシュのワルキューレ五体に囲まれ、逃げ出す事も反撃もできず ただただ転がり続けている
倒れては起き上がり、小突かれ転び 起き上がっては、殴られ倒れる
そんな男を嘲笑っていた生徒達の一部が自分に気づく そして所詮は『ゼロの使い魔』だと自分まで一緒にして馬鹿にしてくるのだ
今、彼等がルイズと橘を殊更嘲る理由は先程までの、貴族を圧倒した平民の姿 それを認めたくないが故でもあるのだが
今来たばかりのルイズにそれが理解できる筈もない。

只、わかっているのは使い魔が不甲斐ないせいで自分まで嫌な思いをしていると言うことだけだ
だからあの時自分は言ったのだ
魔法を使えない平民が、貴族に勝てる筈がないのだと

なのにいきなりやってきたあの男はメイドから事情を聞くと、後は任せろ、などと自分の言葉な ど無視して行ってしまった

そして、今はこの体たらくである


一応は自分の使い魔である者が、あのギーシュにいいようにされている
その事自体は腹立たしいが、考え方を変えるならこれはいい機会かもしれないとも思った
今回の事はいい薬になるかもしれない
これに懲りれば、あの自分勝手な平民も貴族に対する礼儀が理解できるだろう

しかし

そんな事を考えていたルイズに、一人の叫び声が聞こえた

「やめて…もうやめて!ギーシュ…タチバナも!」

「………」

………タチバナ?

この時、彼女は初めて自身の使い魔の名を知った 
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