ボロボロの使い魔
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『絆を繋ぎ止めるもの』
『もっと馬鹿になれ』
その男はそう言った
真面目すぎる、つまらない奴だと
彼に言われるまでも無く自分の性格は誰より自身が理解している
言葉一つで笑いがとれるような事を言える訳でも無く
人に見せて楽しませる事ができる芸がある訳でも無い
只、生真面目なだけが取り柄の自分
客観的に見た俺は、何の面白みも無いつまらない男だろうと、その自覚は確かにあった、だが
『馬鹿になれ』
この言葉の意味がよく解らなかった
言われるまでも無く自分の事は馬鹿だと思う
勝手な誤解で後輩の信頼を裏切り
自身の脆弱さ故に仲間に迷惑をかけ続け、敵に騙されいいよに操られ
その結果愛した人まで失った
そして今、尊敬していた男の死を前に、泣き崩れるしかできない自分
そんな弱く情けない自分が馬鹿者以外の一体何者だと言うのだろうか
彼の言った『馬鹿』は自分の考えているそれとは違う
そのくらいの事は何となく解っている
だが、何を想いそんな事を言ったのか
一体何を自分に伝えたかったのか
それからも様々な出来事が起こり月日が流れたが、未だに自分は彼の言葉を理解出来ずにいる
それを男に尋ねる機会は二度と無い
自分が今、彼の言った『馬鹿』になれたかどうかもわからない
只、彼から継いだ名を汚したくは無いと
自分も最期まで信念を貫く事ができる強い男でありたいと
そう思い、戦い続けていた
第八話『絆を繋ぎ止めるもの』
学院に入ったばかりの頃、彼女との仲は決して悪いものでは無かった
実技が苦手という点で共通していた自分達は少しくらいは話をする事もあり、他のクラスメイト 達よりは親しく付き合う事が出来ていた
そんな彼女はもしかすれば『友達』と呼べるものに成り得たかもしれない存在だった
常に自信を持てず落ち込むばかりだった彼女 そんな彼女を励ます事が嫌いではなかった
だが、それも昔の話だ
…あまり認めたくない事実ではあるが、当時の自分は劣等感故に自身と大差ない存在を支える事 にくだらない優越感を感じていたのではないかと思う
自分は底辺じゃないと思い込む事で、自身の存在を保とうとしていたのだと、今となってはそう思う
だが、彼女は変わった
いつからか『香水』よりにもよって魔法ですらない庶民の技術を二つ名に胸を張って堂々と生きるようになった彼女
それが、理解できなかった、したくなかった
自分には彼女のように割りきることができない
自分は貴族なのだから
家名に泥を塗ることは許されない、魔法に拘らない生き方など自分に許す事ができないのだ
そんな彼女の笑顔が眩しくて…眩しすぎて
…次第に疎遠になった
私なんかいなくなっても…彼女は変わらず笑っていた
…それが、妬ましかった
だから距離を置いた
今は只のクラスメイトにすぎない彼女
それが『香水』のモンモランシー
今、私の前に立つ少女
そんな彼女が私の使い魔の名前を叫ぶのだろうか
『タチバナ』
…それが、あの男の名前らしい
ギーシュのゴーレムにボロボロにされ、無様をさらし続けている私の使い魔
どうして、主人の私ではなくモンモランシーがその名を叫ぶのだろうか
どうして、主人の私ではなくモンモランシーがその身を気遣いギーシュとの決闘を止めさせよう としているのだろうか
彼女がタチバナとギーシュに必死に何かを訴えかけている
恐らくは決闘を中止するよう言っているのだろう
…言葉が聞こえない距離ではないはずなのに、何故か頭にうまくはいらない
…結局、ギーシュの取り巻きに引き離され彼女の懇願は無駄に終わった
そして、再開される決闘
タチバナが、あの男が敗けを認めない限りそれは続くだろう
なのに、どうして、私はそれをただ、ぼんやりと眺めているのだろうか
「良かった…ヴァリエール!あなたも一緒に!」
どうやら私に気付いたようだ、駆け寄ってくる
結局、決闘を止めることは出来なかった
人壁により引き離され落ち込むモンモランシーの目は、ルイズの姿を認めて輝く
「良かった…!ヴァリエール…あなたも一緒に!」
安心した、やはり何だかんだでルイズも橘の事を心配していたのだ
だから、駆け寄り話し掛ける
だが、安堵の笑顔はルイズが発した言葉で凍りつく
「タチバナって…何よ」
「…え?」
「だから!私も知らないあいつの名前を…何であんたなんかが知ってるのよ!」
怒声で言われた言葉が理解できなかった
…コノコハナニヲイッテイル?
それは…彼女の性格を考えれば平民である橘にあまり良い感情を持つ事が出来ない事はあるかもしれない
だが、彼女にとって橘はサモンサーヴァントを、人生初の魔法を成功させた 証拠そのものなのだ
そんな彼の名前一つ知らないというのか?!
橘とルイズがそれぞれ今に至る経緯を、彼等のすれ違いをモンモラシーが理解する事は出来ない
それは仕方の無い事だろう
自分と橘は今日初めて出会ったのだ、彼等の事情など深くはわかるはずもない
だが、それは橘も同じだった
自分とギーシュの事などロクに知らず、義理も無かった筈なのに
それでも、橘はルイズの代わりに決闘を受けると言った 魔法も使えない平民が貴族に挑んだ所でボロボロにされるだけだと忠告した にも関わらず
それでも彼の意志は変わらなかった
「悪いやつじゃない」
橘はルイズをそう評した、自分もそう思う
…そう、思っていたのだ
だが今、橘の身を案ずる事もせず自分に対する敵意と苛立ちのみを視線に含めぶつけてくる彼女を前に
その評価が自分の中で音を立て崩れ落ちていくのを感じる
「何で?!どうして!そんな事を聞いているのよ貴方は!」
自分の当然の疑問を同じく怒声で返され
ルイズの苛立ちは一層募った
どうしてこうしても、自分はあいつの名前など知らないのだから仕方ない
いや…あいつが全て悪い
主人である自分を放り出して好き勝手にしているのが悪い
自分が教室で惨めに笑われ、掃除をしていたときか?
この女は人の所有物である使い魔と逢い引きし、へらへらと名前を教えあって いたというのか?!
使い魔の出来の悪さに関しては諦めがあった
所詮は昨日今日の出会いに過ぎない、そんな存在に入れ込む理由もない
だが、同じく諦めていた筈の『もしかしたら、友人になり得たかもしれなかった』彼女が関わっていた事実は想像以上にルイズの頭に血を上らせた
「結局、あんたも同じねモンモランシー…あの色ボケ女、ツェルプストーとね!」
それを聞いた瞬間、モンモランシーの中で何かがキレた
「ヴァリエール…!」
怒りのあまり目眩がしたなど彼女の人生において初めてである
そして、今の自分の行動も
「貴女は…貴女って人は…!」
言葉を紡げないまま掴みかかる
掴んでどうするかなどは考えていない
だが頭に登った血が冷静になる事を許さない
「っ!いきなり何よ…離しなさいよ!」
突然の爆発と蛮行に驚きながら、しかしルイズもされるがままと言う訳では無い
彼女を引き離すべく細腕を掴む
だがそこに込められている予想以上の力は揺るがず益々ルイズの襟首を締め上げる
これを容易に引き剥がせない事を判断したルイズの左腕は今度はモンモラン シーの腕ではなく彼 女自慢の縦ロールの巻き髪を引っ張った。
「っ!?」
流石に顔を歪め、だがそれでもその手を離そうとはしなかった
それほどまでにモンモランシーにとってルイズの暴言は許しがたいものがあったのだ
キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー
才能と美貌、そして少々奔放な性格で良くも悪くも有名人であった彼女が学園をやめる事は当時ちょっとした騒ぎになった
何人もの友人達が『何故、やめるのか』と尋ねれば
彼女はいつものように艶のある笑顔で
『素敵なダーリンを探しに行く』と一様に答えた
モンモランシーにとってキュルケはお得意様でもあったから特製の香水を餞別変わりに
自分もやはり彼女に尋ねたのだ
『そんなに素敵な人なの?』
『えぇ、とっても』
『後悔しないの?』
学園での名声を棄てて
その先にあるであろう輝かしい将来も棄てて
それでも後悔しないと言い切った彼女
だが
『後悔はしないけど…ヴァリエールが召喚する使い魔を自慢してもらえないのは残念かしらね』
…それは、少し意外な言葉だった
他のクラスメイトであれば、そもそも召喚自体成功するはずがないと一笑にふしただろうから
思えば、キュルケはルイズをからかいこそすれ見下したり、馬鹿にした言動はしたことが無かったことに今更ながら気付く
『ま…最初は家の、因縁がどうのこうのって話だったからかもしれないけど、そんなの私達には関係ないし』
だって、あの子可愛いじゃない
最後にそれだけ言い、それ以上キュルケは何も言わなかった
そんな、キュルケをモンモランシーは尊敬している
愛する『彼』の為に何もかも棄てて追いかけていくその、強さが羨ましかった
彼女がルイズに対しどういう感情を持っていたのか
それは自分が決めるものではないし、伝えていいものでもない
それでも、ルイズの言葉は許せなかった
だから、捕まれた髪を引っ張られようとモンモランシーは怯まない
涙の滲む瞳でルイズを睨み付ける
…こんな、行動に何の意味があるのか
モンモランシー自身も考えてはいないだろう
今はただ、ルイズが許せなかった
「そろそろ、降参したらどうなんだい、所詮、魔法も使えない君じゃ僕には勝てないよ」
「魔法が力のすべてじゃない…そうだろう?」
満身創痍でありながら吐き出された言葉
それを聞いたギーシュの顔が大きく歪んだ
この少年は知っている
本当はこの場に集う誰より解っている
今、平民を圧倒しているこの力が本当はどれほど無力なものなのかを
自分という存在の矮小さを
『この力は魔法じゃない、魔法が力の全てじゃ無い事を忘れないでいて欲しい』
そう言った『彼』との出会いが
ギーシュの頭から離れない
ルイズは頭がどうにかなりそうだった
情けない情けない情けない、本当に情けない。
立派な貴族に、メイジになるために幼い頃から努力し続けた
なのに魔法一つまともに成功させる事も出来ず
あげくのはてに髪を引っ張りあいの喧嘩など情けないにも程がある
何で、あんな奴が来たんだろうか
あんな奴が召喚されたせいで私はこんなにも惨めな思いをしている
本来ならこんな不様なことにはなっていない!
「私は貴族なのに…あいつの…あいつのせいでっ…!私はボロボロなのよ!」
「なら貴族って何?平民との違いって何?」
「力があるから!魔法が使えるからに決まってるでしょ!」
勢いに乗せられ言ってしまった、叫んだ後で後悔する、だが遅い
「なら、貴方は貴族じゃ無いわよね!魔法が使えない『ゼロ』なんだか ら!」
言い返せない、拳を握る
同じ事をギーシュに言われその時は耐えた
だが、あれから更に苛々を溜め込み 今いいように誘導され嵌められた
その屈辱が遂にルイズの沸点を超えてしまった
「…っ煩い!黙りなさいよ!」
勢いのまま強く突き飛ばす、もとより華奢な彼女が踏ん張れる筈もなく小さな悲鳴とともにモン モランシーは転び綺麗な髪が土にまみれた
だが、無様に転がったモンモランシーを見下ろして 頭に上っていた血が一瞬にして凍りつく
呻き、ゆっくりと上半身を起こした彼女の左腕はおびただしい程の血を流し、真紅に染まっていたのだ
「ひぐっ…!」
尖った石かそれとも小枝か、自分の腕を突き刺さし服を破り肉を抉った物を 確かめる気にはなれない
そんな余裕は無い、ただひたすらに痛い
荒事の経験など皆無と言っていい、そんな自分の細腕から溢れだす物を目にするだけでゾッとする
その恐怖心が実際に感じる痛みを更に増幅している
だけど、ここで痛みに泣き喚く訳にはいかない
泣くのも治療も後悔も、全部全部後でいい
自分しなくてはならない事、伝えなくてはならない事はそんな事じゃない
自分が流している血が彼女に冷静さを取り戻したと言うのならそれでもいい、橘が受けている苦痛は決してこんなものでは無いはずなのだから
…本当は解っている、彼女を責める資格など自分には無い
『彼』を信じ旅立ったキュルケの強さに憧れ
そして今、力などなくとも立ち向かう橘の強さを目の当たりにしたからこそ思える
自分は何も出来ないと、悲劇のヒロインを気取る前に為すべき事は幾らでもあったのだ
本当にギーシュの事が好きだというのなら、真正面からぶつかって話を聞くべきだった
話す事自体は何度も試みて、しかしいつも逃げていた
邪険に扱われる事が、昔と違う彼を見ることが辛く、最後まで向き合って話しを聞く事が出来なかった
中途半端な距離感に甘えていた その結果、絆が完全に途切れたとしてもその決着は自分でつけなくてはならなかったのだ
逃げ続けて、その結末が、人壁一つの先にある
だからせめて、今、自分が伝えられる事を伝えたい
ぽつりぽつりとモンモラシーは言葉を続ける
「ほら…貴方は私より強いじゃない…魔法が使えるかどうかなんて関係無い… ヴァリエール、貴方 は私に勝ったじゃない!」
血が滲む腕を抑えながら、突き飛ばされた痛みを我慢しながら
それでもモンモラシーは顔を上げ、感情の見えない呆然とした顔で自分を見 下ろしているルイズに語りかける
「タチバナはね、貴方がメイドの子を庇ったから…だから悪い奴じゃないん だって…!」
ルイズは何も応えない、構わず続ける
「だから、自分が決闘を受けるんだって…一緒にいてやれなかった自分の責任だって…パート ナーだからって!」
彼女は独りでは無い 彼女を思う存在は確かにいたのだ
ただ、それを認めないだけで
受け入れないだけで
一時は誰より近くにいたにも関わらず、彼女が抱え込んでいたものに気づく事なく見限ってし まった自分がそうであると言うつもりは無い
だが、キュルケはルイズを『ゼロ』だと見下す事をしてはいなかった
彼女はルイズの事を認めていたのだ
『ゼロ』と呼ばれ続け、失敗ばかりで何一つ成功させる事が出来なかった彼女を
それでも諦めず努力を続ける姿を彼女だけは認めていた
そして今、橘がルイズの為にボロボロになりながらも戦っている
…なのに!
「貴女は何をしているの? 貴女は何を言っているの? 答えなさいよ! ヴァリエール!」
ルイズは青ざめた顔のまま何かを言おうとし、だができず
僅かに後ずさり 視線を背けた
「メイドを助けた?」
結果的にはそうかもしれない、だが自分は彼女を助けたいなど欠片も考えて はいなかった
ただ、苛々していたから、ギーシュが気に入らなかったから 喧嘩を売っただけだった
『パートナー』
自分はそんな事を言っただろうか?
…言っていたかもしれない
彼を召喚した直後、使い魔が何であるかを説明する時に言っていた
…ような 気がする
だが自分の言葉になど耳を貸さず騒ぐ男に失望し見切りをつけ、下僕だと勝 手に決め付けてからは忘れていた
思い出すつもりも全く無かった
その時抱いた自分の惰弱な思いと共に捨てていたのだ
どうでもいい事だと切り捨てて
そんな…自分はどうでもいいと思っていた言葉の為にあの男は決闘を受けたというのか?
ギーシュは動揺していた
『彼』が言ったのと同じ言葉のせいで
…違う!
この男は『彼』とは違う 『彼』はこんな無様な男とは関係無い
自分のワルキューレに手も足も出ない 無力な平民とは断じて違う!
改めて男に目を向ける
もみくちゃにされ、殴られ、転び それでも立ち上がる
生身の平民でありながら、流石にその体力は驚愕に値した
加減はしている、さすがに殺す訳にはいかないからだ
だからといって男に勝ち目がある筈は無い
そして、自分も貴族としての名にかけて、男が負けを認めるまでこの『決闘』を止めるつもりはない
なのに…何故だろう、絶対的に勝ち目の無い状況でありながら 彼の目に宿る強い光が消えないのは
そして 何故だろう、違うと断じながらも『彼』とどこか似たものを、この男から感じるのは
過去に見た金色の輝きがギーシュの記憶に燻っている
タチバナ
タチバナサクヤ
それが彼の名前
私が初めて成功させた魔法の成果
使い魔は下僕
だから、主の為に戦うのが当たり前
……違う 使い魔はパートナー
お互いを認め支え会う
改めて見る男は…やはり無様だった
いいように痛めつけられ 立ち上がっては殴られ転がり続けていた
周囲を囲む観客から罵倒され嘲笑されながら
それでも、魔法など使えなくとも立ち向かい 背を向ける事なく戦い続けていた
その姿がルイズの心のどこかを僅かに変える
「馬鹿…」
他にあの男を表現する言葉があるだろうか
今、初めて彼女は振り返り考える 自分は彼の名前を知らなかった
…違う
自分が聞かなかった
聞こうともしなかった、只自分に必要な事だけを尋ね、彼の話など聞こうともしなかった
だが彼は戦っている
勝手に召喚されたのに 使命でも無く、義務で無く
ただ、私の為に
…ならば私は彼の為に何かをしなくてはならない
ボロボロになりながら自分の為に 戦っている彼の為に
主としての義務だから、使命だから?
たぶん違う…と思う
今、内から溢れ出そうになっているあの男に対するこの感情に答えを出すことは出来ない
只、その衝動に突き動かされるまま足を進める。
そして懐から取り出した『箱』と『絵』に視線を落とす 自分にはこれが何か解らない
役にたつかどうかも分からない
自分達はあまりにお互いの事を知らなさすぎた
それでも
思いっきり投げる
彼が持っていたものを、彼の下へ
ルイズが投げた『箱』は男の傍に転がり辿り着く
そして『箱』を目にし驚愕している男の名を叫び振り向かせ、更に『絵』を投げ渡す
今、自分の体を動かしたものは何なのか
主としての義務感か、使命感だったのか
その思いに答えを出せないまま
それでも少女はこの時、初めてその一歩を踏み出した
もはやどうにもならない状況だった
ワルキューレの囲みからなんとか転がるようにして抜け出した
少し前からコントロールがかなり甘くなっている、だからと言って絶望的な状況は何も変わらない
先程モンモラシーの声が僅かに聞こえた
そちらを振り向く余裕も無いが、明らかにワルキューレの動きが乱れを生じ ている
それは彼女の存在にギーシュが動揺しているからなのだろう
まだ、彼は引き返す事が出来るのだ
だからこそ彼に勝たなくてはならない
勝って、ギーシュの目を覚まさせる為に
『魔法が力の全てではない』
彼自身が言った筈の言葉を、優しかったという心を取り戻させる為に
なのに
ロクに動かない体ではできる事など知れている
ただただ耐え続ける、それが今の自分に出来る唯一の抵抗だった
勝ち目などもはやどこにも無い
全身の激痛を押し殺すだけで精一杯なのだ
そしてこの状況において尚、戦い続ける事を止めないならばその結末は容易に想像がつく
それでも橘は後悔しない
だが、自分の力が足りないが為にギーシュを止め、彼を救う事が出来ない
モンモラシーとの約束を守る事ができない
その不甲斐なさが何よりも辛かった
『タチバナぁあああっ!』
その時響いた声は誰のものなのか
余裕のない筈の視線が捉え、自身の前に転がった物は
「ルイズ…?それにこれは…!?」
何故ルイズがこれを? 何故どうして彼女がここに? 疑問が頭を駆け巡る、しかし答えはでないでるはずがない
自分はまだ彼女の事を殆ど知らない
尋ねたい事、話さなければならない事は他にも山ほどあるというのに関わらず
自分達はまだ、まともな会話もしていない
だが今、勝手にしろと怒鳴った筈の少女が自分の為に駆けつけ そしてこの『力』を届けてくれた
ルイズは決して傲慢で自分勝手なだけの少女では無かった
今にも泣き出しそうなその顔が、自分の身を案じ心配しているからなのだと
それがわからない程馬鹿じゃない
彼女が始めて自分に見せた優しさが、今は只嬉しい
だから笑った
ラウズカード『スタッグチェンジ』と
『ギャレンバックル』を手に持って
一瞬、だが確かに
ルイズに、もう心配するなと言うように
俺はまだ戦える
君が『力』をくれたから
そんな彼女の想いを無駄にはしない
その優しさを護りたいと思うから
だから、戦える
また戦える
この全身を貫く喜びが、俺の体に力となり漲っていく
立つ、立ち上がる
体中が悲鳴を上げる、しかしその気迫は衰えること無くギーシュを貫き、今 は遠く、距離さえ離 れ絶対的優位かつ安全な場所に立つはずの彼さえ震わせる
…少し、思う
相変わらず俺は弱い
結局、あの頃から自分は何も変わっていない
助けたいと思いながら、やむを得ないと言いながら、力でしか語れない
そして、なくともなどと言いながら結局はこの力に頼るしかない不甲斐なさ
自分は全く進歩していない
弱さも情けさも変わっていない
だが、それでも構わなかった
難しく考える必要などどこにもない
答など最初から決まっているのだから
あの頃も、そして今も抱く願いは変わらない
独善だろうが自惚れだろうが構わない
彼を信じ心配し続ける少女との絆を取り戻させたい
それが誰であろうとも 自分と同じ後悔をさせたくない
その為に戦う
この力をもって彼を制する
今は、それでいい
決意と共にカードをバックルに装填、腹部に押し当てる 一拍後に側面から銀色の帯が射出、胴を 一周しもう一方の側面に結合、そし て固定
『箱』から『ベルト』に『ベルト』の『バックル』に
「…ぁ…あ…あぁ…」
魔法とは違う異質な現象を前にギーシュが明らかに狼狽している
何か、受け入れがたいものを見るかのように
「ふ、ふん!おかしな事をしたって無駄さ、君の体はボロボロだ!無力な平 民になにができる!」
「…無力じゃないさ」
俺の体はボロボロだ
だが、この想いを無くしはしない
今、少女と自分を繋げたものは、決して無力なものじゃない
「俺は…『仮面ライダー』だからな!」
強く、不滅の意志を込めるが如く掲げた拳を握りしめ、叫ぶ
「変身!」
『turnup!』
ボロボロの男が誇りと共に放つその声はその場に集う者全てに届き彼等を圧する
ギーシュの顔が引きつった
タバサは隣の男に視線を向けた
男は僅かに顔をしかめたようだった
だが、ルイズには、モンモランシーには、わからない
この場に集う者達、否 この世界においてその名を理解する者はあまりに少ない
だが 彼等もまた僅かな後に知ることになる。
橘が、その信念と共に纏う姿を
『仮面ライダーギャレン』
橘が、誇りと共に背負う二つ名を
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