特殊陸戦部隊長の平凡な日々
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第7話:新メンバーを選抜せよー1
前書き
前回の投稿からずいぶん間が空いてしまいました。
3月も中旬を迎え、日々寒さが緩むことを実感できるようになったある日のこと。
時間は午前10時である。
特殊陸戦部隊の隊舎に付属する訓練施設には20名の新規部隊員候補者が
クリーグ・ウェゲナー・フォッケの3人の前に整列していた。
そこに隊舎の方からゲオルグとチンクがゆっくりとした歩調で並んで歩いてくる。
2人はクリーグ達のそばまで来ると緊張した面持ちで立つ候補者たちの顔を眺める。
「揃ってるな?」
「はい。 20名全員揃っています」
ゲオルグの問いにフォッケが応じると、ゲオルグは満足げに微笑んだ。
そんなゲオルグのわき腹をチンクが肘でつつく。
「ん? なんだ?」
ゲオルグがチンクに目を向けると、チンクは不機嫌そうな表情を浮かべていた。
「サッサと挨拶をしろ。 今日は予定がいっぱいなんだ」
「はいはい、わかってますとも」
ゲオルグはそう言ってひらひらと手を振ると、一歩前に出て
もう一度候補者たちを見渡す。
「おはよう。 今日はよく集まってくれた。
俺が特殊陸戦部隊の部隊長、ゲオルグ・シュミットだ。
これから新しく特殊陸戦部隊に参加してもらうメンバーの選考を行うわけだが、
緊張することなくそれぞれの持てる力を如何なく発揮してもらいたい。
とはいえ実戦形式で行われる模擬戦なので安全には十分留意して
怪我のないように気をつけてくれ」
候補者たちがゲオルグの言葉に声をそろえて返事をすると、
ゲオルグはもう一度満足げな笑みを浮かべた。
そして隣に立つフォッケを振り返る。
「じゃあ、説明を」
「はい」
フォッケはゲオルグに向かって頷くと一歩前に出る。
そして、候補者たちの顔をぐるっと見まわしてコホンと咳払いをした。
「それでは新規部隊員の選考について説明を始めますのでよく聞いてください」
続けてフォッケは選考の具体的な方法について説明を始める。
そのフォッケの背中を眺めながら、ゲオルグは選考方法について
討議したときのことを思い返していた。
それは、ハイジャック事件から5日ほど経った日の午後。
隊舎にある会議室の1つに特殊陸戦部隊の実戦部隊を掌る者が集まっていた。
イーグル分隊長、チンク・ナカジマ2等陸尉。
フォックス分隊長、クリーグ3等陸尉。
ファルコン分隊長、ウェゲナー3等陸尉。
そして部隊長の副官、フォッケ3等陸尉の4名である。
彼らは会議机を囲んでそれぞれの椅子に座って自分たちを
呼び出した者の到着を待っていた。
「遅いなぁ、部隊長」
クリーグが時計を見ながらぼそっと言うと、ウェゲナーが頷く。
「まったくですね。 なあフォッケ、部隊長は何やってんだ?」
「知りませんよ。 午前中はずっと指揮所詰めでしたから」
首を横に振りながらフォッケが答えると、
ウェゲナーは不機嫌な表情を見せる。
「なんで知らないんだよ。 お前、副官だろ?」
「副官だからってなんでも知ってるわけじゃありませんって。
そもそも、部隊長の動静についてはチンク2尉の方がお詳しいのでは?」
フォッケがそう言うと、その場にいる本人以外の全員の目がチンクへと向かう。
目を閉じ俯きがちにしていたチンクは、フォッケの言葉に反応して目を開く。
そして、自分を見る3人の男たちの顔を順番に見ると、再び目を閉じた。
「私も知らないな。 午前中はずっと分隊の戦闘訓練だったからな」
チンクが落ち着いた口調で言い終えると同時に会議室のドアが開かれる。
「悪い、遅くなった」
端末を小脇に抱えたゲオルグは会議机の空いている席に腰を下ろすと、
端末を開いて会議室のスクリーンに接続する。
その作業を終えると、ゲオルグは部屋の中に居る面々の顔を見渡した。
「じゃあ、早速始めるか。
とはいえ、この会議の目的も伝えずに集まってもらったから、
まずはそこからだな」
ゲオルグはそこまで言うと一度咳払いをして先を続ける。
「これは当面ここだけの話にしてほしいんだが、
来月1日付で俺とチンクが昇進する。
これに合わせて、この部隊の規模が拡大されるんだが、
具体的には1個分隊を増強し、執務官1名と数名の捜査官が配置される。
したがって戦闘要員としては分隊長クラスの指揮官2名と
一般武装局員10名程度の増員が必要になるわけだが、
その選定をどんな方法でやるかが今日の議題だ。
ここまでのところで何かあるか?」
ゲオルグがそう言って4人の顔を見回していると、ウェゲナーが手をあげた。
「1個分隊の増設で分隊長の増員が2名必要な理由が判らないんですが?」
ウェゲナーがゲオルグに向かって問うと、その言葉に反応してチンクが顔をあげる。
「それは・・・」
「それは、私が昇進に伴って副部隊長になるからだ。
私が今分隊長を務めるイーグル分隊と新設分隊、
2個分隊の分隊長の席が空席になるのでな」
ゲオルグがウェゲナーに答えを返しかけたところで、
チンクがその言葉を遮るように話す。
「なるほど。 そういうことですか・・・」
チンクの答えに納得したウェゲナーが頷きながら言うと、
ゲオルグは中断した話を先に進める。
「と、いうわけだ。
それぞれ候補者リストが少将から送られてきているから、
まずは候補者がどんな連中かを見てもらうとするか」
ゲオルグはそう言うと手元にあったリストを隣に座るフォッケに手渡した。
軽く会釈をしてリストを受け取ったフォッケは1枚ずつ丹念に読み始める。
何枚かをめくったところで、フォッケの隣に座るウェゲナーが声をあげる。
「おい、フォッケ。 読み終わったやつは俺に回せよ」
「あ、はい。 すいません、気がつかなくて」
フォッケはウェゲナーに向かってぺこっと頭を下げると
自分が読み終えた数枚をウェゲナーに手渡した。
受け取ったウェゲナーはフォッケよりも読むペースが速いようで、
自分が読み終わったものを次々にクリーグに渡していく。
そうして無言の時間が10分ほど過ぎ、その場にいる全員が
すべての候補者のプロフィールを確認し終えると、手元に戻ってきた紙の束を
トントンと整えるゲオルグに目線が集まる。
ゲオルグはリストをクリップで留めると机の上にパサッと置いて全員の顔を見回す。
「全員読んだな。 じゃあ本題の協議に入るか。
この20人の候補者から採用する10人を決定するわけだが、
どうやって選定するかだ。
選考ポイントとしては、魔導師としての能力・作戦における判断力だな。
あと、下士官クラスについては統率力も必要だ。
ポジションのバランスなんかも考えないといけないが、これらを見るのに
どのような選考方法が最適だろうか?」
ゲオルグが話し終えるとチンクが自分の端末を開く。
普段はフォッケがやっている書記の役割をチンクが代行するためである。
ただ、事前に知らされていなかったフォッケは自分の端末を開きかけて
それに気づきおやっという表情でチンクを見た。
「書記は僕がやりますよ?」
おずおずとフォッケが言うと、チンクは仏頂面で首を横に振った。
「いいからお前は議題について考えていろ」
「あ、はい。 ありがとうございます」
フォッケが言った感謝の言葉に対して、チンクはふんと鼻を鳴らして応じる。
だが、チンクの隣に座っていたゲオルグはチンクの頬がわずかに赤く
染まっているのを見逃さなかった。
(くくっ・・・照れてやんの・・・)
小さな笑いがゲオルグの口から漏れる。
しかし、すぐそばにいるチンクの耳には届いたようで、先ほどよりも少し赤みを
強くした顔でゲオルグを軽くにらみつけると、その小さな足を思い切り
ゲオルグの足の上に振り下ろす。
「痛っってっ!!」
足の甲をチンクの履く靴のかかとで踏み抜かれ、ゲオルグは思わず声を上げる。
その声に分隊員の選考方法を考えていた3人はギョッとした顔を向ける。
「・・・どうかされましたか?」
フォッケが恐る恐るといった体で尋ねると、ゲオルグは引きつった笑顔で応える。
「いや・・・なんでもない。 気にせず続けてくれ」
ゲオルグの言葉に腑に落ちないものを感じながらも、フォッケは自分の思考に戻る。
一方、痛みの治まってきたゲオルグは、表面上は穏やかな表情を浮かべながら
チンクに念話を送る。
[照れ隠しで人の足を思い切り踏むなよ]
念話で話しかけられたチンクも表面上は微動だにせず答える。
[う、うるさい! 黙っていろ!!]
チンクがそう答えるのと同時にウェゲナーの手が上がる。
「やはり実戦か実戦に近い環境での模擬戦で見るのがいいと思うんですが」
「それはそうだろうけど、まさか寄せ集めの集団を
いきなり実戦に出すわけにはいかないでしょ。
模擬戦が現実的なところだろうけど、どんな状況を想定するかも考えないと。
ただのチーム戦でもいいけど、それじゃウチの部隊に対応しきれるかが
見きれないだろうし、かといってあまり特殊な状況を想定するのもなぁ」
ウェゲナーの発言に対してクリーグが反論すると、
ウェゲナーは不満げに口をとがらせる。
「じゃあ、先輩ならどうすんですか?」
「そうだねぇ・・・」
クリーグはウェゲナーが低い声で言った言葉を受けて考え込み始める。
なお、クリーグとウェゲナーは同じ陸士訓練校の先輩後輩の間柄である。
椅子の背にもたれかかり上を向いたクリーグの手の上でペンが10回ほど
回転したころ、クリーグは目線をウェゲナーに戻す。
「俺なら10人くらいのグループを作って、人質救出みたいな
目標達成型の模擬戦をやるかな。
で、その場で各自の能力に応じた役割を割り当てて、
それをどう果たすかで評価する。 どうかな?」
最後の言葉はその場にいる全員に向けてクリーグが言うと、
ウェゲナーが不満げな表情のまま噛みつく。
「それって俺が言った案そのままじゃないですか」
ウェゲナーの反論にフォッケが異論をはさむ。
「そうでしょうか? クリーグ3尉の案は具体性があっていいと思うんですが。
こう言ってはなんですけど、ウェゲナー3尉のは案というには抽象的すぎますよ」
「ぐっ・・・、じゃあお前は何か案でもあんのか?」
「ないこともないですね」
一瞬言葉に詰まったあと尋ね返すウェゲナーにフォッケは落ち着いて言葉を返す。
「20人の候補者を10人グループ2つに分けると言うのは僕もいいと思うんです。
ただ、そのままだと指揮官がいないので僕らの中の誰か2人がその2チームの
指揮を執って模擬戦をやってはどうかと思います。
当然、あまり細かい指示を出さずにやるべきと思いますけどね。
あと、シチュエーションについては2種類くらい用意してもいいんじゃないかと。
例えば、クリーグ3尉の言われた人質救出のほかに、敵地制圧なんかも
いいんじゃないでしょうか」
「なるほどね・・・」
フォッケが話し終えると、納得顔のクリーグが何度か頷く。
「俺らが指揮を執るっていう発想はなかったなあ。
まあ、一番近くで見てる試験官って感じの立ち位置でいいのかな」
「そうですね」
「なら俺とウェゲナーが指揮をとるのがいいかな」
そう言ってウェゲナーの方に目を向けたクリーグは、ウェゲナーの
様子を見て怪訝な表情をする。
「どうしたのさ、ウェゲナー?」
「いえ、別に。 気にしないで下さい・・・・・」
頭を抱えるようにして肩を落とすウェゲナーが発する声は沈んでいた。
そんなウェゲナーに向けてゲオルグが念話を飛ばす。
[ウェゲナー]
頭の中に響くゲオルグの声なき声にウェゲナーは思わず顔をあげる。
[こういう場でクリーグやフォッケに勝てないからって落ち込む必要ないぞ。
お前のいいトコは俺がわかってるから]
[部隊長・・・・・。 ありがとうございます]
ウェゲナーはゲオルグに向けた念話でそう言いながら軽く頭を下げた。
それに応じるようにゲオルグも小さく手をあげる。
「どうしたんです、部隊長?」
「いや、なんでもない」
その様子を目ざとく見ていて疑問に思ったフォッケがゲオルグに声をかけるが
ゲオルグは答えをはぐらかす。
「それより議論も収束してきたみたいだけど、そろそろまとめてもらえるか」
ゲオルグの言葉に3人は頷いてお互いの顔を見合わせる。
10秒ほどアイコンタクトを交わし合い、やがてクリーグが小さくため息をついた。
「じゃあ、俺がまとめますね」
そう言ってクリーグはもう一度嘆息する。
無言のアイコンコンタクトの間に3人の中で誰が議論の内容を取りまとめるかの
話し合いが行われていたようで、クリーグがまとめ役になったようだ。
そのクリーグは一度大きく深呼吸すると、テーブルを囲む自分以外の
4人の顔を眺めてから口を開く。
「とりあえずいま決まってるのは・・・
方法としては候補者を2グループに分けてそれぞれに模擬戦闘を実施する。
シチュエーションとしては人質救出と敵地制圧の2パターン。
俺とウェゲナーが候補者たちの指揮と現場での評価を担当。
そんなとこですね。
他に何か意見はありますか?」
そう言ってクリーグはもう一度部屋の中にいるほかの4人の顔を順番に見る。
ウェゲナーとフォッケはクリーグの方に目を向けると黙って頷いた。
「ひとついいか?」
それまでとは違う高いトーンの声とともに小さな白い手が上がる。
「なんですか?」
声の主の方に身体を向けてクリーグが尋ねると、
声の主であるチンクはアイパッチで隠されていない方の目を数回瞬かせてから
淡々とした口調で話す。
「当日は午後に別の予定もあるから、午前中には模擬戦が完了するように頼む」
チンクは言いたいことを短い言葉で言い終えると、
椅子の背に身を預けて目を閉じる。
「あー、そうでしたね。了解です」
クリーグはチンクの言葉に納得顔で頷くが、
チンクの短い言葉だけでは納得できないものがいた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。
午後に別の予定があるって僕は聞いてませんけど、何があるんですか?」
慌てた様子でフォッケがそんな声をあげると、ゲオルグがきょとんとした顔で
フォッケの方を見る。
「ん? フォッケには話してなかったっけか?」
「聞いてませんって」
非難めいた口調で言うフォッケに対し、ゲオルグは苦笑しながら頭を掻いた。
「悪い悪い。 その日の午後には新しい分隊長候補の能力確認をやる予定なんだ。
で、フォックスとファルコンの連中を借りるからクリーグとウェゲナーには
話をしてたんだけど、お前に話すのを忘れてたよ」
「・・・ま、いいんですけどね」
ゲオルグの弁解にも似た言葉を受けて、フォッケは不服そうな表情を
浮かべながらも納得して頷いた。
「副官は大事にしろ」
「言われなくてもわかってるよ」
チンクが横目でゲオルグの方を見ながら呆れの混じった口調でそう言うと、
ゲオルグは肩をすくめてそれに答えた。
「・・・おい、ゲオルグ!」
「ん? ああ、なんだ?」
回想に耽っていたゲオルグの意識をチンクが肘でゲオルグの横っ腹をつつくことで
現実へと引き戻す。
我に返ったゲオルグがチンクの方に顔を向けると、チンクは不機嫌な表情を
浮かべていた。
「ぼっとしてないで、早く行くぞ。 もう始まるからな」
「ああ」
ゲオルグはチンクの言葉に頷くと、クリーグとウェゲナーに率いられて
訓練スペースに向かう候補者たちの列を一瞥してから隊舎に向かって歩き出す。
隊舎に入り、ゲオルグ・チンク・フォッケをはじめとする一行は
候補者たちの模擬戦闘を観戦する場所である指揮所に向かう。
その道すがら、フォッケがいつものようにゲオルグの半歩後を歩きながら
ゲオルグに話しかける。
「部隊長。 今さらこんなことを言うのもアレですけど、
本当に指揮所からの観戦でよろしいのですか?
遠目でも直接見られたほうがよかったのではないですか?」
「フォッケはなんでそう思うんだ?」
ゲオルグがちらっと振り返ってフォッケに尋ね返すと、
フォッケは驚いたようでその両目を何度か瞬かせた。
「えっと・・・・・現場にいなければ感じられない空気感とか、
雰囲気とかそういうものを感じ取るのも必要だと思ったんですが」
ゲオルグの方を伺うように見ながらフォッケが答えると、
ゲオルグは歩を緩めることなく前を向いて言葉を返した。
「お前は事前の打ち合わせで何を聞いてたんだ?
そんなもんは一番近くにいるクリーグやウェゲナーに任せておけばいいんだよ。
中途半端に現場に居たって見たいものが見られなくてイライラするだけだ。
だったら、監視システムがふんだんに使える指揮所で見るのが一番だ」
「・・・すいません」
フォッケが弱々しく謝る声を聞き、ゲオルグは小さく嘆息した。
そこからはだれも言葉を発することなく、一行は指揮所に到着する。
ゲオルグが最上段の部隊長席に腰を下ろすと、正面の大型ディスプレイには
訓練施設の各所に設置されたサーチャーからの映像が映し出されていた。
「レーベン。 両グループを追跡しているサーチャーの映像を」
《はい、マスター》
レーベンによって2枚の画面が開かれると、ゲオルグは指揮所の中を
ぐるっと見まわす。
指揮所ではオペレータなどの指揮所要員10数人がそれぞれ2つか3つの
画面を見ていた。
「全員、準備はいいか?」
ゲオルグが全員に向かって問いかけると、オペレータたちは
それぞれにゲオルグの方を振り返って準備ができた旨を伝える。
ゲオルグは"よし"と小さく呟くとクリーグ・ウェゲナーの2人と通信を繋ぐ。
「こっちは準備完了だ。 そっちの準備はどうだ?」
『俺の方は準備OKですよ』
『こちらはまだ移動中です。 あと少し待ってください』
クリーグとウェゲナーが順に状況を報告し、ゲオルグはそれに頷いて返答する。
「了解した。 ウェゲナー、準備が完了したら連絡しろ」
『了解しました』
ウェゲナーの返答を最後に一旦通信画面は閉じる。
「ウェゲナーはまだ移動中か?」
すぐそばに座っていたチンクがゲオルグのほうを振り返って問いかける。
「ああ、らしいな」
ゲオルグの返答に対してチンクは大きくため息をつく。
「何をちんたらやっているんだ、あいつは」
「そう言ってやるなよ。 不慣れな連中を引き連れてるんだし、
クリーグよりも移動距離は長いんだから」
苦笑しながらチンクに向かってそう答えた後、ゲオルグは指揮所にいる
全員に向かって呼びかける。
「ウェゲナー3尉からの連絡があり次第模擬戦開始だ。 それまで待機」
方々から了解という答えが返り、緊張した雰囲気がわずかに弛緩する。
ゲオルグ自身も大きく息を吐くと椅子の背に体重を預けて脱力する。
そのゲオルグの側に自席から立ち上がったチンクが歩み寄る。
「ゲオルグ。 午後の分隊長候補者の模擬戦だが、本当に評価役は
私とお前だけでいいのか?」
真面目な顔をしたチンクが真剣そのものの口調で問いかけた。
午後に行われる分隊長のセレクションは、ゲオルグが独りで内容を決めたもので
エリーゼがフォックス分隊を、ティアナがファルコン分隊を率いて模擬戦を
行うことになっていた。
その評価役はゲオルグとチンクだけが務め、クリーグ・ウェゲナーの現役分隊長は
一切関与しないことになった。
そのことについてチンクは懸念を述べたのであるが、言われた側のゲオルグは
そんなことかとばかりに、ひらひらと手のひらを振って笑った。
「いいんだよ。 同格のクリーグやウェゲナーには評価させられないだろ。
それに、よほどひどい結果でなければ合格させるつもりだしな」
「なに? それでは、模擬戦までやって評価する意味がないだろうが」
ゲオルグが笑いながら返した答えに、チンクは顔をしかめて反論する。
「そうでもないさ。
大体、クロノさんが推薦してきた候補にマトモじゃないヤツが
いるわけがないんだよ。
それに、候補者はどちらも俺らがよく知ってる人間だし、今さら不採用っつって
イチから候補を探してたんじゃ4月に間に合わないしな」
「だが、お前も自分の姉を分隊長に据えるのには反発していたではないか」
「まあな。 でも、いつまでも個人的な理由で反対しているわけには
いかないだろ」
「しかしな・・・」
チンクがなおも言い募ろうとした時、ゲオルグの前にウェゲナーの顔が映った
画面が現れ、ゲオルグはチンクを手で制する。
『部隊長、こちらは準備完了です』
「了解した、ちょっと待て」
そういってウェゲナーに待機を命じたゲオルグは、椅子から立ち上がると
部屋の中にいる面々に向かって模擬戦を始める旨を伝える。
指揮所に満ちていた弛緩した空気は引き締まり、真剣な表情を浮かべた
オペレータたちがゲオルグのほうを振り返って了解、と伝えてくる。
それを見ていたゲオルグは頷きながら"よしっ"と呟くと、クリーグとの間にも
通信をつなぐ。
「こちらは準備完了。 そっちはどうだ?」
『こちらはとっくに準備完了ですよ。 いつでも大丈夫です』
『お待たせして申し訳ありません。 準備完了です』
にこやかに冗談を交えつつ応じたクリーグに続いて、
ウェゲナーが硬い表情で軽く頭を下げながら答えると、ゲオルグは大きく頷いた。
「了解。 それでは模擬戦を開始する。
候補者を含め怪我のないように進めるように」
ゲオルグの言葉に対して画面の中のクリーグとウェゲナーは敬礼して頷く。
そして通信画面が閉じると、ゲオルグはチンクの方を振り返った。
「さっきの話はおしまいだ。 いいな?」
「・・・わかった」
ゲオルグの言葉に対して不服そうな表情を浮かべつつもチンクは頷き、
自分の席に戻って担当するモニターの監視を始めた。
ゲオルグはチンクの様子にため息をつくと、気分を入れ替えて画面に目を走らせる。
ちょうど模擬戦が始まったところで、20人の候補者はそれぞれ
クリーグとウェゲナーに率いられて動き始める。
クリーグが率いる10人は人質救出、ウェゲナーが率いる10人は敵地制圧の
模擬戦を訓練シミュレータが作り出したターゲット相手で行うことになっており、
この後立場を入れ替えてもう1戦行う。
その2回の模擬戦をゲオルグをはじめとする3人の士官が指揮所から観戦し、
候補者たちを直接指揮した2人と合わせた5人の士官による協議によって
合格者を決める、というのがこのセレクションの手順である。
正面の大きなスクリーンとレーベンが出現させている2つの画面で
両方のグループの様子を見ていたゲオルグは、一人の候補者に目を引かれる。
(おっ・・・)
その候補者はウェゲナーが率いるグループにいる1士なのだが、
フロントアタッカーとして機敏な動きで敵を倒し、ウェゲナーグループの中では
頭一つ抜けているようにゲオルグには見えた。
(こいつは・・・・・デキるな・・・)
ゲオルグはわずかに目を見開いてその1士に感嘆の念を抱きつつ
近くに置いてあった候補者リストを手繰り寄せてパラパラとめくる。
(あれ? 魔導師ランクはCか。 それにしては動きがいいけど・・・)
注目している1士の経歴が書かれた紙を見つけ、ゲオルグは意外そうな顔をする。
だが、しばらくして口元に笑みを浮かべると、得心がいったというように頷いた。
(なるほど・・・第18管理世界の地上部隊にいるのか。
あそこはなかなかの激戦区だからな。 実戦で鍛えられたか)
第18管理世界は独立心の強い世界で、管理局からの独立を目指す
過激派が数多く活動しており、地上部隊は毎日のように治安出動を繰り返すという
武装局員の間でもあまり人気のない赴任地である。
特殊陸戦部隊も1年ほど前に第18管理世界の治安担当からの依頼で
過激派が起こした管理局施設の占拠事件を解決するために出動しており、
ゲオルグ自身も第18管理世界の事情には通じていた。
そんな調子で気になる候補者をピックアップしながら2度の模擬戦を観戦し終わり、
1時間以上にわたって緊張を保っていた指揮所の空気が緩む。
ゲオルグも椅子の上で大きく一度伸びをしてから立ち上がる。
「みんなご苦労さん。 一休みして通常業務に戻ってくれ」
模擬戦の様子を監視していたオペレータたちにねぎらいの声をかけると、
次いで近くに座っていたチンクとフォッケに話しかける。
「お前らもご苦労だったな。 明日の午前中には選考会議をやるから
それぞれに観戦記録を整理しておいてくれ。 いいな?」
2人が頷くのを確認すると、ゲオルグはチンクについてくるように合図をして
指揮所をあとにした。
通路を歩きながらゲオルグは隣を歩くチンクに声をかける。
「チンクはどう思った?」
「なにがだ?」
「候補者たちの戦いぶりだよ」
「そうだな・・・、どの候補者も粒ぞろいだと思うぞ。
際だって優秀と言える者もいないが、使えないと思うものも一人もいなかった。
正直言って採否を決めるのは難しいんじゃないか?」
「まあな。 実力もそうだけど部隊編成の都合も考えないといけないし、
明日の選考は昼ごろまでかかるかもしれないな」
そして2人は食堂の前にさしかかる。
食堂の入り口に目をやったゲオルグは、時計をちらっと見てから
チンクに声をかけた。
「少し早いけど昼飯でも一緒にどうだ?
ティアナと姉ちゃんが来ちまったら夕方まで食えないし」
「・・・ナンパのつもりか?」
「まさか! ただ1人で飯を食うのもわびしいから、一緒にどうかと思っただけさ」
肩をすくめ微笑を浮かべて言うゲオルグに対して、チンクは鋭い目線を向ける。
が、すぐに表情を緩めると大きく首を縦に振った。
「まあ、そうだろうな。 同席させてもらおうか」
チンクの言葉を合図に2人は食堂の中へと入って行った。
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