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特殊陸戦部隊長の平凡な日々

作者:hyuki
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第6話:ハイジャック事件-6


翌朝・・・

目覚まし時計の電子音とともに、ティアナは目を覚ました。

「・・・うっ、頭痛っ!」

目を開けて身体をを起こそうとした瞬間に、頭痛が彼女を襲う。
思わずティアナは枕に顔をうずめた。
そしてうっすら目を開けて周囲の様子を確認する。

(あたしの部屋・・・よね。 えっ・・・と、昨日の夜にスバルと飲んで・・・)

ティアナは起き抜けの頭で必死に思い出そうとする。
が、しばらく考えた末に彼女は諦めて首を振った。

(ダメ・・・全然思い出せない。 あたし、どうやって帰ったんだっけ?)

徐々に覚醒しつつあるティアナの頭脳ではあったが、泥酔した中での出来事までは
記憶できるようにできてはいないようである。

(ていうか、喉が渇いたわね・・・)

飲み物はキッチンにある冷蔵庫にしかない。
ティアナはキッチンへ行こうと身を起こすべくベッドに手をついた。

「んっ・・・」

「へっ?」

直後、彼女の左手になにやら柔らかい感触のものが触れ、
同じく左側から苦しげにも聞こえる声がする。
思わぬ出来事にティアナは思わず声を上げ、ついで自分ではない誰かの
声がしたほうに目を向ける。

「え・・・っと、スバル?」

そこには、彼女の親友であるスバル・ナカジマ士長が眠っていた。
そしてティアナの左手は彼女の左胸の上に押し付けられていた。
あわてて手を離すティアナは、状況がわからず混乱する。

(な、なんでスバルがあたしのベッドで寝てんの?
 昨夜なにがあったのかしら・・・・・)
 
そこで改めてティアナはスバルの姿を見る。
よく見れば、スバルは下着姿で眠っている。
その姿を見て、ティアナの明敏であるはずの頭脳はある可能性に行き着く。

(ま・・・まさか、あたし、スバルと・・・・・)

瞬く間にティアナの顔は青ざめ、事情を知っているであろうスバルから
話を聞こうと彼女の肩を叩いた。

「ちょっと! スバル、起きて!」

ティアナが声をかけると、スバルは声を上げながら身動ぎする。

「うーん、あと5ふん・・・」

あまりにもお約束な言葉を発するスバルにティアナは怒りを覚え始める。

「うっさい! いいから早く起きなさいよ!」

先ほどよりも大きな声を上げながら、今度はスバルの頬をぺちぺちと叩き始める。
ティアナ本人にしてみれば真剣そのものなのだろうが、傍から見るぶんには
ただの暴君である。

一方、軽くとはいえ頬を叩かれたスバルはさすがに目を覚ます。
眠そうに目をこする彼女は時計を見ると、再びベッドに突っ伏した。

「なんだ、まだこんな時間じゃん・・・。
 今日は遅番からそのまま当直だから、もうちょっと寝かせてよ・・・」
 
「あ、そうなの・・・ゴメン・・・」

恨めしげなスバルの目に気おされたのか、ティアナはスバルに頭を下げる。
が、すぐに我に返りもとの調子を取り戻す。

「って、んなことどうでもいいのよ。 いいから昨夜何があったのか教えなさい!」

ティアナの言葉にスバルは不満げに口を尖らせる。

「そんなことって言い方ないじゃん・・・。ま、いいけどさ。
 で、昨夜何があったか、だっけ? でも、ティアも知ってるでしょ?
 昨夜はずっと一緒だったんだし」
 
スバルがそう言うと、ティアナは少し弱気な表情になる。

「そ、そうだけど・・・飲みすぎたせいか、ぜんぜん覚えてないのよ。
 そもそも、なんでアンタがここで寝てんのよ?」

「えーっ!? それも覚えてないの!?」

スバルは大きな声でそう言うと、居酒屋を出たあとのことを話し始めた。

「ティアってば、昨日はだいぶ酔ってたみたいだから心配で、
 あたしがここまでティアを送ってきたんだよ。
 で、あたしが帰ろうとしたら、ティアが泊まっていけって言うから
 泊まったんじゃん」

「そうだったの・・・。悪かったわね」

さすがにばつが悪いのか、ティアナは肩を落としてスバルに向かって頭を下げる。
だが、最も深刻な問題が解決しておらず、ティアナはさらに言葉をつなぐ。

「じゃあ、なんで下着で寝てたのよ?」

ティアナに尋ねられ、スバルはきょとんとした顔をする。

「なんでって・・・・・制服がしわになっちゃうからだけど・・・・・」

「は!?」

スバルの言葉の意味を掴み損ね、ティアナは素っ頓狂な声を上げる。

「いや、だから・・・急に泊まることになったから着替えもなかったし・・・」

スバルはそう言って部屋の片隅に掛けられた自分の制服を指差す。

「あ、ああ・・・そういうことなの・・・・・」

ティアナは自分の想像が飛躍しすぎていたことに気づかされ、頬を赤く染める。
スバルはその様子を見てニヤリと笑みを浮かべる。

「あっれー? ティアはどんなことがあったと思ってたのかなぁ~?」

いたずらっ子のような口調で言うスバル。
その言葉にティアナはびくっと肩を震わせる。

「べ、別に何も想像しちゃいないわよ」

「ホントにそうかな~? 正直に白状しちゃいなよ~」

なおも追い討ちをかけるスバルの言葉に、ティアナもさすがに苛立つ。

「うっさい! あたしはアンタと違って今日もいつもどおりに出勤しなきゃ
 いけないし、バイクだって使えないのよ。
 もう出なきゃいけない時間なんだから、さっさと行くわよ!」

ティアナはそう言って、寝ている間着ていたためにしわになった
制服のスカートをはきかえるべく、クローゼットへと向かう。
今度はスバルがあわててティアナの背中に向かって声をかける。

「ちょ、ちょっと待ってよ。 バイクで送ってくれるんじゃないの?」

「何言ってんの。 2日酔いでバイクを運転するわけにいかないでしょうが。
 いいからあんたもさっさと準備しなさいよ」

そう言ってティアナは下着も脱ぎ捨て素っ裸になり、クローゼットの中にある
チェストから下着を取り出す。
一方、その姿を見ていたスバルは再びニヤッと笑うと、足音を立てないように
忍び足で着替えをしようとしているティアナの背後に迫る。

(にししし・・・)

そしてスバルはティアナの胸に手を伸ばす。

「きゃっ!!」

スバルに胸をわしづかみにされ、ティアナは甲高い悲鳴を上げる。

「あれ? ティア、またおっぱい大きくなった?」

ティアナの豊かな胸をふにふにと揉みながら、スバルはティアナに尋ねる。

「ちょ、やめ・・・あぅっ」

スバルの指がティアナの乳首に触れ、ティアナは一際大きな声を上げる。

「いいかげんに・・・」

抑えた声で言うティアナの肩が小刻みに震える。

「しろっ!!」

ティアナは鋭い目をして振り返ると、スバルの脳天に向けてその手を振り下ろした。





20分後、制服に着替えた2人はティアナの家を出て、近くの駅から電車に乗る。
途中、乗換駅でスバルと別れ、ティアナは港湾地区へと向かう。
隊舎の最寄り駅で電車を降りると、改札を抜けて階段を上がり地上へ出る。

海風にティアナの明るい茶色の髪がなびく。
ティアナは肌寒さに肩を震わせると、隊舎に向けて歩き出した。

ティアナが電車を降りた駅から隊舎までは徒歩15分の道のりである。
パンプスの踵を鳴らしてティアナは足早に歩く。

大きな道を渡るために信号待ちをしていると、目の前に止まった車の窓があく。

「ティアナ!」

声のした方をティアナが見ると、黒いスポーツカーの運転席からゲオルグが
手を振っていた。

「あ、おはようございます」

「今日はバイクじゃないのか?」

「はい。 昨日ちょっと飲みすぎちゃって・・・」

バツの悪そうな顔をしたティアナがそう言うと、ゲオルグは驚いたように
目を少し見開く。

「珍しいな、お前が飲みすぎるなんて・・・。 まあ、いいか。
 せっかくだから乗っていくか?」
 
ゲオルグのその言葉に今度はティアナが驚く。

「えっ、いいんですか?」

「構わないよ。 早く乗りな」

ティアナはゲオルグの車の助手席側のドアを開けて乗り込む。

「失礼します」

ティアナが助手席に座りシートベルトをした直後、ゲオルグは車を発進させる。
ティアナはそっとゲオルグの横顔を覗き見る。

(真剣な顔・・・。 こんな近くで見るのって初めてかも・・・)

車が信号待ちで止まり、ふとゲオルグと目が合う。

「ん? 俺の顔に何かついてるか?」

「あ、え、いえ・・・」

ゲオルグから声を掛けられたティアナは、しどろもどろになりながら
真っ直ぐ前を向いて顔を赤くして俯く。

(気まずいなぁ・・・昨日スバルにあんなこと言っちゃったし)

ここまで来る途中、スバルと昨日のことについて話していたティアナは
居酒屋での会話についても大体のところを思い出していた。

(あたし、この人に恋してんのよね・・・やっぱり)

再びゲオルグの方に目を走らせるティアナ。
その横顔を見ているだけで胸は高鳴り、顔が火照ってくるのを自覚し、
ティアナは再び目線を前に戻した。

(でも、子持ちの既婚者で、奥さんにベタ惚れ。
 想いが実る可能性はぜんぜんないんだけど・・・はぁ・・・)

ティアナは心の中でそっと溜息をつく。

「着いたぞ」

ゲオルグの声でハッと我に返り、ティアナは辺りを見回す。
そこは隊舎の前の駐車場だった。

「あ、はい。 すいません」

慌てて車を降りると、隊舎に向かって歩くゲオルグを小走りで追う。

「ありがとうございました。 おかげで助かりました」

ゲオルグに追いつき、その隣を歩きながらティアナはちょこんと頭を下げる。

「別に気にしなくていいぞ、ついでだからな」

ゲオルグは肩をすくめてそう言うと、何かを思い出したかのように
ティアナの方を見る。

「そういえば、昨日の夜はどこで飲んだんだ?」

「え? クラナガンの繁華街にある居酒屋ですけど・・・」

「ふーん、じゃああれはやっぱりティアナだったのかなぁ?」

「あれってなんですか?」

ティアナが尋ねるとゲオルグは苦笑しながら答える。

「実は俺もあのあたりで飲んでたんだけど、
 道を歩いてるときにティアナに呼ばれた気がしてさ。
 でもさすがに違うかと思ってたんだけど、ティアナもあの辺にいたとなると
 ティアナ本人だったのかな、と思ってね」

ゲオルグの言葉を聞いたティアナはギクッと肩を震わせる。

(それって・・・あの"ばかやろ~"ってやつよね・・・)

「それは私じゃないと思いますよ。
 だって、私はゲオルグさんのこと見てませんし」

ティアナの言葉は嘘ではない。
実際にティアナはゲオルグの姿を一度たりとも目にしていなかった。

ただ、ティアナの与り知らぬことではあるが、ティアナが"ばかやろ~"と
叫んだときにゲオルグが人垣を挟んですぐ近くにいたのも事実ではある。

「だよなぁ・・・、ティアナが"バカヤロー"なんて大声で言うとは思えないし。
 ま、俺の勘違いだな」

苦笑して言うゲオルグであるが、その隣を歩くティアナは自分の背中を
冷たいものが流れ落ちるのを感じていた。

(しっかり聞かれてるし! もうこれは、しらを切りとおすしかないわね・・・)

俯き加減で歩きながら、ティアナは心の中で決意を固める。

「ところで・・・」

急にゲオルグの口調が変わり、ティアナはハッとして顔をあげる。

「ティアナは今でもあの件を追ってんのか?」

「・・・はい。 自分でも未練がましいとは思ってるんですけど」

ティアナはゲオルグの問いかけに目線を落として答える。



ゲオルグの言う"あの件"というのは、ティアナの兄であるティーダが
違法魔導師に殺害された事件のことである。

兄の夢を引き継ぐという目的で執務官を目指したティアナだが、
いざ執務官になって最初に考えたのが、"執務官になって何をするのか?"だった。
考え抜いた挙句に出した答えが"兄を殺した本当の犯人を追う"だった。

事件直後に殺害の実行犯は逮捕されている。
だがその後の聴取で背後に犯罪組織が存在し、自分はその末端にすぎないとの
供述が得られていた。

目下のところ、ティアナはその犯罪組織の特定と元締めの逮捕、
そして兄ティーダの死に至った経緯の解明のために調査を続けている。
日々こなさなければならない仕事の合間を縫ってやっていることなので
遅々として進んではいなかったが。



「そうか・・・」

少し沈んだ口調の答えに、ゲオルグはそう言ったきり考え込む。
そして、部隊長室の前まで来てゲオルグの足が止まった。

「なあ、ティアナ」

「はい」

真剣な口調で呼びかけられ、ティアナはピッと背筋を伸ばして答える。

「お前さえよければ、あの件の調査にウチの情報収集能力を使っても
 かまわないからな」

ゲオルグの言葉にティアナは驚き、目を見開く。

「いいんですか?」

「いいんだよ。 どうせ俺の命令ひとつで動かせる連中だしな」

苦笑して頭を掻きながらそこまで答えると、ゲオルグは表情をもとの
真剣なものへと戻す。

「それに、あの件のバックにあると言われている犯罪組織には
 何かキナ臭いものを感じるんだよ。
 具体的な根拠があるわけじゃないんだけどな」

「そうですか・・・」

ティアナはそう言って考え込む。

(ゲオルグさんが言ってんのは"シャドウ分隊"のことよね。
 確かに情報部の諜報部隊を経験してきた人の情報収集力は魅力ね・・・)

しばらく、腕組みして床を見つめていたティアナが顔をあげる。

「・・・お願いします」

ティアナの答えにゲオルグは微笑を浮かべて頷く。

「判った。 ならその件についてはまた別に一席設けることにするよ。
 ティアナにはこれまで調べてきた内容を報告してもらうから、
 そのつもりで準備を頼むな」

「はい、判りました」

ティアナの返事を聞いてから、ゲオルグは自室へのドアを開ける。

「じゃあな」

「はい」

そしてゲオルグは自室へ入り、ティアナはオフィススペースへと歩き出した。





ゲオルグが出勤してから1時間ほど経った頃、ゲオルグの部屋のブザーが鳴る。
いつものように来客者を確認すると、ゲオルグはドアを開けて立ち上がる。

入ってきたのは茶色の髪をショートカットにし、白衣を羽織った女性だった。

「おはようございます、ステラさん」

「ああ。 座っても?」

「ええ、どうぞ」

白衣の女性は小脇に抱えた端末をテーブルの上に置くと、ソファにドカっと座る。
彼女は特殊陸戦部隊の主席メカニックであり、鑑識官でもある
ステラ・ハミルトン博士である。

「それで、今朝はどんな御用ですか?」

「例のハイジャック犯たちが使っていた銃の解析結果が出たのでな。その報告だ」

ゲオルグが2つのカップにコーヒーを注ぎながら尋ねると
ステラはソファの背にもたれかかりながら答えた。

「なら、ティアナも呼ばないといけませんね」

ゲオルグは持っていたカップを自分のデスクの上に置くと、
ティアナに通信を繋ぐ。

『はい、なんですか?』

開かれた通信ウィンドウにティアナの顔が映る。

「今から俺の部屋に来てくれ。 ステラさんから銃の解析結果を聞く」

『わかりました。 すぐ行きます』

通信を終えるとゲオルグは再び2つのカップを持ってソファセットの方に向かう。

「ティアナはすぐに来ますから少し待ってください」

カップをテーブルの上に置きながらゲオルグがそう言うと、
ステラは小さく頷き、端末を開いて操作しだした。

「徹夜ですか?」

ソファを離れてティアナの分のコーヒーを淹れながら、
ゲオルグはステラに尋ねる。

「そうだが・・・よく判るな」

ステラは端末を操作しながら感心したように言う。

「そりゃ判りますよ。 目の下にクマはあるし、化粧だってちょっと崩れてるし、
 髪はあちこち跳ねてるし」

「なるほどな、納得だ」

ゲオルグの指摘に対して、ステラは淡々と返す。
そんなステラの様子を見てゲオルグは小さくため息をつく。
そして、3杯目のコーヒーを持ってソファに座ると、ステラの顔をじっと見た。

「ステラさんはもうちょっと自分の身なりに気を使った方がいいですよ。
 元は美人なんだから」

ゲオルグがクリームだけを入れたコーヒーをすすりながら言うと、
ステラは鋭い目をゲオルグに向ける。

「そうしたいのはやまやまだが、誰かのおかげで仕事が一向に減らんのでな。
 私自身の研究も含めて考えると、そんな時間はないんだよ」

「・・・・・スイマセン」

思わぬ反論を食らって、ゲオルグは肩をすぼめて頭を下げる。
その様子を見ていたステラは作業の手を止めてゲオルグの方に向きなおる。

「だが、私に研究のための自由な時間と場所を提供してくれたお前には感謝してる。
 だから、そんなに恐縮するな。
 言ってみれば、これはギブアンドテイクの関係だよ。
 お前が場所と金を用意し、私はそれに見合った成果を出す。それだけだな」

ステラはそう言うと、砂糖とミルクをカップの中に放り込み、
スプーンで丁寧にかき混ぜてからコーヒーを飲んだ。

「意外です・・・ステラさんがそんな殊勝なことを言うなんて」

目を丸くしたゲオルグがそう言った直後、その額にステラのペンが突き刺さる。

「お前は一言多いんだよ、このバカが・・・」

ステラは不機嫌そうな表情を隠そうともせずにそう言うと、
コーヒーをもう一口すする。
その向かいではゲオルグがソファに倒れ込んでいた。
そこに、ティアナが入ってくる。

「えっと・・・なにがあったんです?」

ティアナは首を傾げて誰ともなく尋ねた。

「・・・・・気にしなくていい」

ゲオルグは起き上がりながら小さく答えると、ティアナの方を向いて
真剣な表情をつくる。

「それより座ってくれ。 本題について話をしよう」

「はい」

ティアナがゲオルグの隣に座ると、ゲオルグはステラの方に顔を向けた。

「それで、銃の解析結果はどうだったんです?
 カートリッジシステムが搭載されていたというのはティアナから聞きましたけど」

傍らに落ちていたステラのペンを差し出しながらゲオルグが言うと、
ステラはそのペンを白衣の胸ポケットにしまいながら端末をゲオルグたちに
画面見えるように向きを変える。

「そうだな。
 私が預かったときに外見からそれは判ったのだが、
 中身を見てみると思ったよりも厄介な代物だったよ」

ステラは端末を操作しながら話を始める。

「銃は3種類。まずこれが狙撃銃だ」

端末の画面には長い銃身を持つ銃の画像が映し出される。

「有効射程は2000m、自動装弾式で弾倉への装弾数は5。
 まずまず優秀な狙撃銃と言っていいだろう」

「ちょっと待ってください。 有効射程が2000mってことは、
 今回の狙撃は有効射程外から行われたことになりますよ。
 その割には命中率がいいような気がするんですが・・・」

ゲオルグがステラの説明に異を唱えると、ティアナもそれに同調して
話し始める。

「そうですね。 犯人グループのうち狙撃手たちはそれなりにトレーニングを
 受けたようですけど、優秀な狙撃手とは到底思えませんし」

「話は最後まで聞け。 私がさっき言った性能は銃の物理的な性能だ。
 実際狙撃が行われるときには、魔法によって弾道修正が行われる」

「魔法による弾道の修正・・・ですか?」

怪訝な表情のゲオルグが尋ねると、ステラは小さく頷く。

「そうだ。 搭載されているカートリッジシステムはそのためのものだ」

そこでステラは画面に表示された狙撃銃の画像の照準器部分を拡大する。

「カートリッジシステムが搭載されているのは銃本体と照準器の結合部だ。
 この内部には魔法を起動するために小型のコアも内臓されている。
 カートリッジはその動力源というわけだな」

「AMF/AMFC発生装置やISEと仕組みは同じと理解しておけばいいですか?」

ゲオルグが尋ねるとステラは小さくうなずく。
ちなみにISEとはIS-Emulatorの略でハイジャック事件の制圧作戦でも使用された
IS魔法を発生させる魔道機械のことを指す。

「そうだな。 だが、こちらのほうがより複雑なシステムになっている」

ステラは端末の画面に回路図のようなものを映し出した。

「これは?」

ティアナが眉間にしわを寄せて図面を見ながら尋ねる。

「解析の結果判明したこの銃のシステム構成を図で表したものだ。
 詳細はおいておくが、この銃は照準器で目標までの距離・銃本体の角度を
 計測し、弾丸が発射されてから目標に命中するまでの理想軌道を計算する。
 そして、引金が引かれて弾丸が発射されると銃身内部で弾速や回転速度が
 計測されて理想軌道にあわせて修正をするための魔法が起動される、
 というわけだ。
 これによって有効射程は最大3000mまで伸びると推定している」

ステラの簡潔な説明を聞いて、ゲオルグとティアナはそれぞれに難しい顔をして
考え込み始めた。
しばらくして、床に目を落としていたティアナが顔をあげる。

「ずいぶん手の込んだことをしてますね。
 ここまでのシステムを組んでまで長大な射程の狙撃銃を作るくらいなら
 それなりのレベルの魔導師を何人か用意する方が手軽だと思うんですが・・・」

「・・・果たしてそうかな?」

ティアナが銃の有効性に疑問を呈すると、ステラはニヤリと笑って返した。

「どういう意味ですか?」

「さあな。 お前はどう思うんだ?」

ステラはティアナの問いかけに対する答えをはぐらかすと、
ゲオルグの方に目を向ける。

「AMFC発生装置やISEを作ろうという発想に至ったお前なら
 何か思うところがあるのではないのか?」

ステラの発したその言葉を聞いたティアナはゲオルグの方を振り返る。
2人からの視線を受けてゲオルグは考え事をしている間は閉じていた目を開く。

「そうですね・・・」

ゲオルグは小さくそう言うとティアナの方に目を向ける。

「ティアナは魔道機械の利点と欠点をどう考える?」

「魔道機械の・・・ですか?」

思わぬことをゲオルグに問われ、ティアナは再び考え込む。
しばらくして、ティアナはゆっくりと口を開いた。

「利点は魔導師個々人の才能や技術に左右されずに一定の効力を
 常に発揮できることやエネルギーの供給が容易なこと。
 欠点はその開発に膨大なリソースが必要なことと、装置が大型になりがちなこと
 あとは柔軟性に欠けること・・・でしょうか」

ティアナの答えを黙って聞いていたゲオルグは、最後に不満げに鼻を鳴らす。

「そうか・・・。 なら、ちょっと違う質問をしようか。
 JS事件のときにお前も直接対峙したガジェット・ドローンだけどな、
 あそこまで苦戦させられた最大の原因はなんだと思う?」

「えっ・・・それは、やっぱりAMFじゃないですか?
 あれさえなければずっと苦労は小さかったと思いますけど」

「ふーん。 じゃあ、ティアナはガジェットと1対1の局面でも苦労したか?」

「そんなわけないですよ。 最初はともかく最後のほうは1体1体の
 能力というよりはその数・・・・・あっ!」

途中まで言いかけて何かに気付いたティアナが言葉を止めると、
ゲオルグは満足げな笑みを浮かべる。

「そう。 ガジェットの強みはその圧倒的な数の力だったんだよ。
 もちろん、ティアナの言ったAMFや優れた行動制御といった面もあるけどな」

ゲオルグの言葉にティアナは神妙な顔で頷く。

「そして、この強みは魔道機械一般にも当てはまることだ。
 つまり、魔道機械の最大の利点はその量産性にあると俺は考えてる。
 魔導師はその能力が才能に左右される性質を持っている以上、
 一定以上の量産は効かない。 だが、魔道機械は違う。
 一度開発してしまえば設備さえ整えばいくらでも量産が効く。
 想像してみろよ。この銃を持った一般人がそこらじゅうにいたら、
 AAランクのお前で対処できるか?」

「・・・難しいと思います」

「ああ。 俺だって同じさ。
 しかも、仕込む魔法は弾道修正に限る必要はないんだ。
 バリアやプロテクションを無効化する魔法を仕込んだ弾丸だったら?
 ぞっとする想像じゃないか?」

「・・・確かに」

ティアナは少し顔を青くして頷き、ステラの方に目を向けた。

「博士の言わんとされたことは、そういうことですか?」

「そうだ」

ステラはそう短く答えた。
そして部隊長室の中に沈黙が降りる。
ステラは落ちついた表情でソファの背に身体を預けてコーヒーを飲み、
ティアナは自分の頭を抱え込むようにして床を見つめ、
ゲオルグは目を閉じ黙って何かを考え込んでいた。

そのまま5分ほどの時間が流れたのち、ふとゲオルグが目を開く。

「思うに、今回のハイジャック事件を指南した"旦那"とかいうヤツは
 はじめから成功を期してはいなかったような気がするね」

ゲオルグがそう言うと、ステラは手に持っていたカップをテーブルに置いて
ニヤッと笑う。

「ほう。 それはどういう理屈だ? 拝聴しようか」

ゲオルグの隣ではティアナも興味深げな表情を浮かべてゲオルグの言葉を待つ。
ゲオルグは2人の顔を順番に見てから口を開く。

「成功を期すのであればもっと銃の数が出そろうのを待てばよかったと思うんです。
 そうすれば狙撃拠点をあと1つか2つ用意できたでしょうから、
 降下前に狙撃手をすべて押さえることができずに、俺たちもかなりの
 損害を出して撤退に至っていた可能性が高いと思うんですよ」

「でも、そうできない理由があったとは考えられませんか?
 たとえば、銃を増やすには相当の時間がかかるとか、そもそもそんなに
 人数が用意できなかったとか・・・」

ティアナが小さく手をあげて言うと、ゲオルグは大きく頷いた。

「確かにそういう理由があったのかもしれない。
 なんにしろ、"旦那"とやらの身柄を押さえられなかった時点で事実は闇の中だ。
 ただな、狙撃拠点を1か所増やすためなら銃は数丁あればいいし、
 人数不足も金で人を雇えば済む話だ。
 ほかにもやれない理由はいろいろ考えられるだろうが、それを議論する気はない。
 どうせ事実は判らないからな。
 ただ、管理局の内部事情に詳しいヤツが俺達の出動を予測していなかったとは
 思えないんだよ。 にも関わらず警備部隊のときと同じ方法で対処しようとした。
 俺はそこに違和感があるんだ。 理屈じゃなく感覚的にな」

「だとすると、扇動者の目的はなんだったんでしょうか?
 リスクを冒して海賊グループに協力した以上、何か目的があったはずですよね」

ティアナが尋ねるとゲオルグは苦笑しながら肩をすくめる。

「そこまでは判らないさ。
 ただ、成功を期さずにこういうことをやる場合ってのは情報収集が目的って
 場合が多いとは思うけどな」

「威力偵察・・・ですか?」

ティアナが確認を取るように尋ねると、ゲオルグは笑って頷いた。

「ま、そういうことだ。
 そういう意味ではISEを使ったのはマズかったかも・・・・・っと」

途中まで言いかけたところで、ゲオルグの前に通信ウィンドウが開き
ゲオルグは驚きの表情を浮かべて言葉を切る。

『ゲオルグ、今いいか?』

画面の中に現れたのはクロノであった。

「会議中なんですが・・・まあ、いいですよ」

ゲオルグが一瞬眉間にしわを寄せてから答えると、
クロノは小さく頷いて話を始める。

『そうか、すまんな。 すぐ終わるから先に話させてくれ。
 実は、先ほど捜査部から連絡が入ってね。
 ハイジャック事件の捜査を引き継げる態勢が整ったそうだ。
 だから、君のところでの先行捜査は打ち切って捜査部に引き継いでくれ』

クロノが必要なことだけを淡々と告げると、ゲオルグは不満げに口を尖らせる。

「・・・ずいぶん早かったですね。 こんなに早く態勢を整えられるなら
 はじめから引き取って欲しかったんですが」

ゲオルグが低い声で言うと、クロノは苦笑しながらゲオルグをなだめにかかる。

『僕に言われてもね。 まあ、君の言うことも理解できるが
 捜査部にも事情があったんだろうから、僕に免じてここは抑えてくれよ。
 僕のほうから捜査部にも一言言っておくから』

「別に捜査部に文句を言うつもりはハナからないですよ。
 ちょっと、クロノさんに文句を言いたかっただけですから。
 それはともかく、引継ぎの件は了解です。
 文書で報告書を上げればいいんですよね?」

前半は意地の悪い笑顔を浮かべて、後半はまじめな表情でゲオルグが言うと、
クロノは首を横に振った。

『いや、明後日に容疑者を移送するから、
 それに合わせて直接話がしたいというのが捜査部の意向だ』

クロノの言葉に対してゲオルグはため息で応じる。

「そうですか。 では、ティアナを行かせます」

『それでいい。 他に何かあるか?』

「ティアナはこのままウチに居続けですか?」

『いや。 短期間とはいえこちらでやってもらっていたことの引継ぎもあるから
 一旦こちらに戻してくれ』

「了解です。 それでは」

ゲオルグはそう言って通信を切ると、ティアナのほうを振り返った。

「と、いうことだ。 ティアナはここまでの捜査内容を報告書にまとめてくれ。
 明日の午前中には俺がチェックできるようにな」

「了解です」

ティアナがうなずきながら答えると、次いでゲオルグはステラのほうに向き直る。

「あと、ステラさんは銃の解析結果をまとめてティアナに渡しておいてください」

「了解した。 実物も捜査部に渡すのか?」

「そのつもりですけど、何か問題がありますか?」

「いや、単なる技術者としての興味だけだよ」

「ステラさんの希望にはこたえて差し上げたいところですけど、
 難しいでしょうね。 あれだけの犯罪の物証ですから」
 
「だろうな。 まあ、いい。 ではな」

ステラはそう言うとソファから立ち上がって部屋を出た。
その背中を目で追っていたゲオルグは扉が閉まると再びティアナに目を向ける。

「残念だったな、最後まで捜査できなくて」

「いえ、はじめからそのつもりでしたから」

ティアナは言葉とは裏腹に残念そうな表情で言う。
だが、次の瞬間にはにこっと笑ってゲオルグの目をまっすぐに見る。

「でも、次からはそんなこともないでしょうしね」

(それに、久々にゲオルグさんと一緒に仕事ができたし・・・・・)

口に出した言葉に、ティアナは自分の心の中だけで補足を入れる。

「それは判らないけど、できるだけキリのいいところまでは
 ウチで捜査できるようにがんばってもらうことにするよ。クロノさんにな」

「ふふっ・・・期待してますね」

ティアナはそう言って笑うとソファから立ち上がる。

「じゃあ、私は捜査のまとめがあるので」

「ああ、頼む」

「はい、任せてください」

最後にティアナはもう一度ゲオルグに向かってにこっと笑いかけてから
部隊長室を出て行った。
部屋に一人残されたゲオルグはソファの上でグッと伸びをして立ち上がる。

「さて、と。 じゃあ俺は新体制に向けた準備を進めますか・・・」

こうして、特殊陸戦部隊にとってのハイジャック事件は終わりを迎えたのだった。

 
 

 
後書き
お読みいただきありがとうございます。
これでハイジャック事件編は終わりです。

今作ではこんな感じで短中編をつなげながら話を進めていくつもりです。

当初、登場人物紹介代わりのプロローグのつもりで書き始めたハイジャック事件編ですが、
いざ終わってみるとこの長さ。
自分の計画性のなさを反省しております。

この後書きを書くにあたって、改めてハイジャック事件編を通して読み直したのですが、
書いてる私自身が、"これって、ティアナがヒロイン?"と思うくらいティアナが目立ってますね。
ただ、寝取りストーリーにするつもりはないので、あしからず。

こんな作者ではございますが懲りずにまたお読みいただけると幸いです。
ではでは。 
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