特殊陸戦部隊長の平凡な日々
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第8話:新メンバーを選抜せよ-2
昼食を食べ終えたゲオルグとチンクは、午後の分隊長採用試験に向けて
エリーゼとティアナを迎えるべく部隊長室へと入った。
ゲオルグは自分の席で日常業務をこなし、チンクは部屋の中にある
ソファに腰をおろして分隊員候補者たちによる模擬戦の映像を見ていた。
そうして1時間ほどが経ったころ、来客を告げる音が鳴った。
ゲオルグが机の上のスイッチを操作して扉を開けると、一人の隊員が立っていた。
「なんだ?」
「シュミット3尉とランスター執務官をお連れしました」
「通せ」
ゲオルグの指示によってその隊員は壁の向こうに姿を消す。
そして、開け放たれた扉を抜けてエリーゼとティアナが部隊長室の中へ入ってきた。
エリーゼは陸士の茶色い制服を、ティアナは黒い執務官の制服を着ていた。
2人はゲオルグの机の前に並んで立つ。
それを横目で見ていたチンクはソファから立ち上がるとゲオルグの隣に立った。
「2人ともご苦労。 そこのソファにでも座ってくれ。今日の説明をする」
「はっ!」
ゲオルグの言葉を受けてエリーゼとティアナは姿勢を正して挙手の礼とすると
2人掛けのソファに並んで腰を下ろした。
ゲオルグはエリーゼたちの向かい側に腰を下ろす。その隣にはチンクが座った。
「2人とも楽にしてくれていい」
ゲオルグは微笑を浮かべて言うのだが、エリーゼもティアナも硬い表情を
くずそうとせず、まあいいかと口の中で呟いたゲオルグは話を続ける。
「じゃあ、早速だけど今日の模擬戦の説明をさせてもらう」
ゲオルグは真面目な表情をつくると向かい側に座る2人の目を順番に見てから
話し始める。
「2人にはウチの分隊をそれぞれ1個分隊率いて、俺とチンクが指揮する
ガジェットを相手に模擬戦を戦ってもらう。
評価するのはあくまで指揮能力なのでそのつもりで。
何か質問は?」
ゲオルグがひどく短い説明を終えるとエリーゼの手が挙がった。
「ゲオルグたちは参戦するの?」
「俺は決めてない。 状況を見ながらだな。 チンクはどうだ?」
「私も同じだ。 状況によって参戦するかどうかは変わるだろう」
「ってことだ。 まあ、指揮能力を見るための模擬戦だから、
状況はできるだけ流動的な方がいいんだ。 これで答えになってるか?」
ゲオルグとチンクからの回答に満足したのか、エリーゼは黙って頷いた。
「私も質問があります」
エリーゼに続いてティアナが小さく手をあげた。
「フィールドはどういうものになりますか?」
「廃棄都市区域を模擬した戦闘フィールドを用意してる」
「廃棄都市区域ですか・・・・・了解です」
ゲオルグの答えを聞いたティアナは、早くも戦術を練り始めたのか
空中に目線をさまよわせながら考え込んでいた。
「他にあるか?」
ゲオルグが2人に向かって確認するように尋ねると、
やや間があってエリーゼとティアナは互いに顔を見合わせてから
ゲオルグに向かって頷いてみせた。
「よし。 ここでこうしていても仕方ないしさっさと始めるとするか」
ゲオルグはそう言うとソファから立ち上がる。
チンク達も同じく立ち上がり、4人は連れだって通路に出た。
会話もなく足早に歩く4人は、玄関から外に出ると訓練スペースへ向かって進む。
訓練スペースの近くまで来ると、その手前でにたむろしている
フォックス・ファルコン両分隊の面々の姿が見えてくる。
(だらしないな・・・後でクリーグとウェゲナーに一言言っとくか)
ゲオルグがわずかに顔をしかめてそんなことを考えていると、
隣を歩いていたチンクが足を速めて彼らの方へと向かっていく。
(チンク?)
その後ろ姿からは怒りのオーラが立ち上っているようにゲオルグの目には見えた。
ゲオルグ達3人に先んじてフォックス・ファルコン分隊の面々のそばまで
たどり着いたチンクは、背をピンと伸ばして大きく息を吸い込むと
自分の前にたむろする隊員たちに向かって声を張り上げた。
「お前らは何をしている! 秩序もなくたむろしてぺちゃぺちゃと雑談して
だらしのない! サッサと整列しろ!!」
その一喝で隊員たちはチンクのほうを振り返った。
そしてチンクの顔を見た彼らはその顔に浮かんだ憤怒の表情に恐怖した。
隊員たちは直ちに分隊ごとに整列し、チンクに向かって深く頭を下げた。
「醜態をお見せして申し訳ありません」
全員を代表してフォックス分隊の曹長が謝罪の弁を述べると、
チンクはふんと鼻を鳴らして応じた。
そこにゲオルグたち3人が追いついて来る。
整列した隊員たちの前に立ち、ゲオルグは全員の顔を見まわした。
「揃ってるな。 君らには先日話した通り新しい分隊長候補の能力確認のための
模擬戦に参加してもらう。 ご苦労だがよろしく頼む」
隊員たちに話しかけながらゲオルグはチンクに念話を送る。
[チンク、あんまり細かいことでガミガミやるな]
話しかけられたチンクはゲオルグの方を横目でちらっと一瞥すると、
同じく念話で反論する。
[お前は連中のだらしのないさまを見ていなかったのか?
綱紀の緩みを正すのは指揮官の任務のうちだ。放っておくことはできない]
[放っとけとは言ってない。 叱り飛ばす相手を間違えるなと言ってる。
コイツらの直属の上司は分隊長のクリーグでありウェゲナーだ。
つまり俺やチンクはこいつらにとっては上司の上司でしかない。
俺らはコイツらの綱紀の緩みをクリーグやウェゲナーに指摘して、
アイツらの指導がなってないことを叱ってやればいい。
俺らがコイツらに言っていいのは一般論に基づく訓示程度までだよ。
それがヒエラルキーってもんだ]
ゲオルグが諭すような口調で言うと、チンクはもう一度横目でちらっと
ゲオルグの顔を見て小さく頷いた。
[判った。 以後気をつける]
[ありがとな]
チンクの言葉を聞いたゲオルグは口元に小さく笑みを浮かべてそう言うと、
隊員たちに向けた言葉を続ける。
「模擬戦は分隊長候補者の率いるお前たちと俺やチンクが指揮する
ガジェット部隊の対戦形式で行う。
フォックス分隊はシュミット3尉に、ファルコン分隊はランスター執務官に
率いてもらう。 説明は以上だが質問はあるか?」
ゲオルグが話し終えるとファルコン分隊の曹長の手が挙がる。
「それぞれの対戦相手はどうなりますか?」
「それは内緒だ。 出くわしてからのお楽しみだな」
ゲオルグが笑みを浮かべて答えると、隊員たちの間に小さな笑いが起こった。
「他になければ始めたいがいいか?」
ゲオルグがそう尋ねて隊員たちの顔を眺めると、彼らは納得したような表情で
小さく頷いていた。
それを見たゲオルグは、エリーゼとティアナの方を振り返る。
「じゃあ始めるか。 2人はこいつらと中に入ってくれ。
30分くらいしたら連絡を入れるから、それまでに準備をしておくように」
「はい」
エリーゼとティアナは声をそろえて短く返事ををすると、
それぞれの分隊を引き連れて訓練スペースの中へと入っていった。
後に残されたゲオルグは彼らの背中を見送ると、同じくその場に残った
チンクに声をかけた。
「さてと、チンクはどっちとやりたい?」
「私はどちらでもかまわないが、お前の姉とやるほうがいいんじゃないのか?」
「なんでそう思うんだ?」
「いや、だって、お前がやりづらいだろう。実の姉というのは・・・」
「確かにな。 ただ、やりづらいのはどっちも一緒だよ。
6課にいた頃に一番模擬戦や訓練を一緒にやったのはティアナだからな」
「なるほどな。 では、私がティアナと対戦するか?」
チンクに訊かれてゲオルグはしばし目を閉じて考え込んだ。
しばらくして目を開いたゲオルグはチンクに向かって頷いた。
「そうしよう。 ティアナの実力や戦いかたはそれなりに判ってるつもりだしな。
それに、姉ちゃんが指揮官としてどの程度の実力を持ってるのかも知りたい」
「・・・大丈夫か?」
「まあ、大丈夫でしょ」
ゲオルグの顔を心配げな表情で窺い見ながら尋ねるチンクに、
ゲオルグは笑顔で答えた。
だが、チンクの表情は晴れない。
「くれぐれも、やりすぎるなよ」
最後にチンクはそう言って締めくくった。
フォックス分隊の10名とともに訓練スペースへと入ったエリーゼは
訓練システムが作りだした廃棄されたビル群の間を縫って、北東角に向かっていた。
10分ほど歩いて目的地にたどり着くと、エリーゼは分隊員たちの方へ向き直る。
「改めて自己紹介しますけど、エリーゼ・シュミット3等陸尉です。
今の所属はミッドチルダ次元港の警備部隊です。今日はよろしく」
自己紹介を終えたエリーゼがちょこんと頭を下げると、居並んだフォックス分隊の
面々はビシッと揃った挙手の礼を決める。
エリーゼもそれに対してきちっと答礼すると、隊員たちに向かってニコッと
笑いかけた。
それから10分ほどかけて隊員たち個々の能力を確認したエリーゼは、
簡単なフォーメーションを決めると、どう戦うか考え始めた。
(どう戦うか・・・か。とはいえ、チンクさんが相手かゲオルグが相手かで
戦い方は変わるわよね・・・)
「3尉、よろしいですか?」
腕組みをして考え込むエリーゼに、フォックス分隊のNo.2である
エラン曹長が話しかける。
「なんでしょう?」
「いえ、何をお考えかと思いまして」
「うーん。 とりあえずフォーメーションを決めたのはいいんだけど、
どうやって戦おうかと思って考えてたんですよ。
で、ゲオルグとチンクさんのどっちと戦うことになるのかなって」
「なるほど・・・」
エランは俯き加減で一瞬考え込むと、すぐに顔をあげた。
「3尉は部隊長の実姉なのですよね?」
「うん」
「であれば、部隊長が3尉の相手になることはないのでは?
さすがに実の姉とこういう状況で戦うことを選ぶことはないと思うのですが」
「そうかしら?」
そう言ってエリーゼはエランの考えに疑問を呈する。
「これはゲオルグから直接聞かされたことなんだけど、あの子はティアナちゃんと
機動6課に居たころに相当模擬戦をやってるらしいの。
つまり、ゲオルグはティアナちゃんの戦い方は十分承知してるし、実力も
大体想像がついてると思うのね。
だから、あの子が部隊長としての責任を優先させるなら、むしろ私の相手に
なることを選ぶんじゃないかしら。
姉だからって理由でやりづらいのはあるでしょうけど、それはあの子が妹みたいに
思っているティアナちゃんを相手にしても同じでしょうしね」
「なるほど。 さすが実の姉弟ですね」
エランが心底から感嘆の声をあげると同時に、2人の前に通信ウィンドウが開く。
その中には、既にデバイスをセットアップしたゲオルグの姿があった。
『準備はいいか?』
押し殺した口調で話す画面のゲオルグをエリーゼは半ば睨むように見据えた。
「大丈夫です。 いつでもいけます」
エリーゼのその言葉にゲオルグは小さく頷いた。
『了解した。 それではこれより模擬戦を開始する』
その言葉を最後に通信ウィンドウは閉じた。
そしてエリーゼはエランの方をみてニコッと笑う。
「ほらね」
「お見それしました。 それよりも・・・」
「そうね・・・」
エリーゼは浮かべていた笑顔をすっかりしまいこんで、
隊員たちの方を振り返った。
「聞いての通り、これから模擬戦が始まります。
先ほど打ち合わせたとおり敵を迎え撃ちますので、
探索チームのみなさんは所定の位置で偵察についてください」
エリーゼの指示に従って隊員たちが動き始める。
その姿を見ながらエリーゼは両の拳を握りしめた。
(かかってきなさい、ゲオルグ!)
エリーゼは実の弟たるゲオルグに対して静かに闘志を燃やしていた。
一方、ゲオルグはエリーゼとの通信を切ると大きく息を吐いて歩き出した。
先ほどまで一緒に居たチンクは一足先にティアナとの模擬戦のために
訓練スペースの中に入っていった。
ゲオルグは訓練スペースに入ると、自分の周囲に10機のガジェットを出現させる。
そして全機を戦闘領域全域に分散するように発進させた。
その姿を見送りながらゲオルグはフッと息を吐く。
「まあ、まずは索敵だわな」
独りごちるようにそう言うと、ゲオルグは腕組みをして考え始める。
(さて、姉ちゃんはどういう作戦をとってくるかな・・・)
自分の前に画面を呼び出すと、訓練スペースのマップを表示させる。
(姉ちゃん自身と1対1で戦ったことは何回もあるけど、
指揮官としての姉ちゃんと戦うのは初めてだからな・・・。
慎重に事を運ぶのがいいか)
組んでいた腕を解いて、マップに表示されるガジェットの位置を表す
マーカーが動くさまを見ながらどのように戦うかを考えるゲオルグ。
その思考はガジェットが魔力反応を探知したことを知らせるアラームの音で
中断させられる。
ガジェットが魔力反応を探知したのは戦闘領域の中央付近で、
そのあたりは特に高いビルがあり、路地が込み入っている区域だった。
「反応はあったけど、弱いな。・・・どうしたもんかな」
ガジェットが送ってきたデータを見たゲオルグは、眉間に軽くしわを寄せながら
呟くように言う。
だが、探知した魔力反応はDランク相当という弱いもので、ゲオルグは
そこにエリーゼたちがいると確信できなかったのである。
「陽動・・・か?」
軽く目を閉じて黙考すること数秒。
再び目を開いたゲオルグは険しい表情を浮かべていた。
「迷っててもしょうがないし、行きますか!」
ゲオルグは意気込んでそう言うと、魔力反応が探知された辺りに
ガジェットを向かわせると、自らも移動を始めた。
『観測ポイントBです。敵ガジェットを発見しました』
模擬戦の開始から10分ほどして、探索に出た隊員の一人から
ガジェットを発見したという報告がエリーゼに入る。
「何機いますか?」
『自分が発見したのは1機です』
「1機ですか・・・」
隊員の報告を聞いたエリーゼは腕を組んでやや目線を落として考え込む。
(まず間違いなく偵察よね。 問題は向こうがこっちを見つけてるかどうか・・・)
「ガジェットの動きはどうですか?」
『特に動きはありませんね。 その場でじっとしています』
「そうですか。 ではそのままその位置で偵察を続けてください。
これから向かいますので、何かあったらすぐに連絡を」
『了解しました』
偵察に出ている隊員からの通信が終わると、エリーゼは他の偵察要員全員に向けて
通信を繋ぐ。
「シュミットです。 観測ポイントBで敵ガジェット1機が発見されました。
本隊はポイントBに向かいますが皆さんは各自の持ち場で偵察を継続。
何かあればすぐに連絡してください」
エリーゼは伝えたいことだけを話すと通信を切って、
側に居る5人の隊員の方へ向き直る。
「聞いての通り私たちはこれから敵が発見されたポイントBに向かいます。
おそらくポイントBに偵察員がいることは向こうに察知されているでしょう。
なのでポイントB付近、あるいはそこに向かう途中で敵と遭遇する可能性が
高いと思いますのでそのつもりで。 何か質問は?」
隊員たちに向かって少し早口でこれからの動きについて話すと、
エリーゼは自分の前に立つ5人の隊員たちを見まわした。
しばらく待っても誰も発言しないところを見てエリーゼは小さく頷いた。
「では、行きましょう!」
エリーゼは力を込めてそう言うと、先頭を切って歩き出した。
廃ビルが立ち並ぶ街路をゲオルグは歩く。
その眼前には指揮下のガジェットの位置を表すマップが表示されている。
マップの中のマーカは最初に魔力反応を探知した機のところに集まっていく。
そして、ゲオルグ自身もその地点に近づきつつあった。
(さて、と。この辺でいいかな)
ガジェットの集結地点から100mほど離れたところで足を止め、
周囲の廃ビルをぐるっと見まわしたゲオルグは、その中で最も高いビルに
目をつけ、その中に入っていった。
ところどころ崩れかけた階段を上り屋上へと出る。
照明もなく暗い室内から外に出て、ゲオルグは日の光のまぶしさに目を細める。
少し足早にビルの端まで歩いて行くと、段差に足を掛けて下に目を向けた。
眼下には左右方向に街路が走り、正面には広めの道路が奥に向かって延びている。
その両者が交わる交差点の中央に魔力反応を探知したガジェットがいる。
しばらくすると、4機のガジェットが集まってきてその場に居るガジェットは
計5機になった。
屋上の端にある段差に片足を掛けてその光景を見下ろしたゲオルグは、
唇の端をわずかに持ち上げてニヤッと笑う。
「そろそろ、はじめますか・・・」
段差から足を下ろすと、ゲオルグは一度大きく一度伸びしてから
画面を操作し始める。
「魔力反応が探知されたのは・・・こっちか」
ガジェットが探知した魔力反応の方向を確認すると、その方向をじっと見つめる。
そしてある廃ビルを睨みつけるように見据えると、右の掌を向けた。
「まずはけん制がわり、ってな・・・・・」
ゲオルグが呟くようにそう言うと、次の瞬間彼の右手から砲撃魔法が放たれる。
廃ビルに砲撃が吸い込まれるように命中し、周囲に破片がはじけ飛ぶ。
右手を降ろしたゲオルグは、ガジェットに向けて指示を下す。
「集結しているガジェットは全機AMF全開で移動開始っと」
ゲオルグは再び画面に目を向ける。
マップ上には中央付近に5つのマーカが固まっていた。
そして、それらを遠巻きに取り囲むように5つのマーカがある。
エリーゼたちは待機していた廃ビルを出たあと、ゲオルグが偵察に出した
ガジェットのうち1機を発見した地点に向かっていた。
その途上、細い路地を5人を先頭で率いて移動するエリーゼに通信が入る。
『観測ポイントBです。 ガジェットが5機に増えまし・・・』
足を止めて通信を聞いていたエリーゼであったが、通信が不自然に
途切れたために怪訝な表情をしながらポイントBの観測を担っていた
隊員に向けて通信を送ろうとする。
「どうしましたか? 何かあったんですか?」
しかし呼びかけに対する応答はなく、エリーゼは厳しい表情を浮かべる。
眉間にしわを寄せてしばし考え込んだのち、傍らに居たひとりの隊員に声をかけた。
「AMFの展開強度を調べてください」
「了解しました」
声を掛けられた索敵担当の隊員は1分ほどかけて調べるとエリーゼの方に向き直る。
「この辺りのAMF強度はレベル6ですが、ポイントBに向かって徐々に
強くなっているようです」
「そうですか。 発生源の位置は特定できますか?」
「それが・・・AMF強度の変化が一様でなくて、発生源の特定ができないんです」
「一様でないって・・・ちょっと見せてもらえますか?」
そう言ってエリーゼは画面を覗き込む。
「これは・・・・・」
通常、AMF発生源が1つであればその効果は発生源を中心とした同心円状に
距離が遠くなればなるほど弱くなる。
しかし、この時のAMF強度分布は明確な中心が見いだせず、
AMFが強い部分と弱い部分がまだらに入り混じっていた。
その様子を画面で見たエリーゼは俯き加減で少し考えると、パッと顔をあげて
隊員たちの方へ向き直った。
「発生源が1つではないためにAMFどうしが干渉し合ってるみたいですね」
「なるほど。 では、どうされますか?」
エランが頷きながら尋ねると、エリーゼは小さく首を横に振ってから口を開いた。
「干渉していようといまいとAMFに対して最も有効な対抗策が
AMFCであることには変わりありません。
本隊は全員AMFCを起動したうえで予定通り観測ポイントBに向かいます」
「了解しました」
エリーゼの指示に対してエランは納得顔で頷きながら答えた。
そして各自が携帯用AMFC発生装置に手持ちのカートリッジを挿入して
AMFCを展開すると、一行はエリーゼを先頭にして歩き始める。
JS事件中に機動6課が開発し配備を開始した携帯用AMFCは、
戦後瞬く間に管理局の戦闘部隊全体に普及していった。
それは最後の戦いでアースラに搭載された大型のAMFC発生装置が
対ガジェット戦において大きな力となったことが大きな要因ではある。
だが、戦後に士官学校と戦技教導隊の協力下で行われたAMFやAMFCを
生かした戦術の研究によって、対魔術師戦でのAMFの有効性と
AMFに対してはAMFCの使用が最も有効であるとの結論が導かれたことが
普及の最大の要因であった。
この研究結果を受けてAMFC発生装置は改良され、今では第3世代の装置が
誕生している。
この装置では、AMFCだけでなくAMFの展開も可能となっており、
カートリッジ1発あたりの稼働時間も当初の5分間から10分間に延長された。
『・・・こえます・・・ちら・・・です・・・』
エリーゼたちの一行が観測ポイントBに近づくと雑音とともに途切れ途切れの
音声通信が聞こえてくる。
エリーゼたちが近づいたことによって、AMFで妨害されていた通信が
届き始めたのである。
『聞こえますか・・・ちら、ポイントB』
「聞こえますよ! 何がありました!?」
ようやく通じた通信ではあったが雑音がひどく、エリーゼは顔をしかめつつも
意気込んで応じる。
『ガジェットの数が5機まで増えたことを報告しようとしたのですが、
途中で通信が切れてしまいました。
あと、自分がいたビルが砲撃を受けまして、少し場所を移動しました』
「砲撃ですか!? 魔力光の色は!?」
『魔力光の色ですか? 紺というか、暗い青というか・・・そんな色です』
「暗い青・・・ですか」
ポイントBの隊員からの報告に対してエリーゼは目を見開いて大声をあげる。
エリーゼの周りに居たエランをはじめとする本隊の隊員たちが
砲撃を受けたという報告内容よりもエリーゼの声の大きさにぎょっとした顔をする。
だが砲撃の魔力光の色を聞いたエリーゼは、そんな周囲の反応とは関係なく、
腕組みをして俯いた。
(暗い青ってことは、間違いなくゲオルグ本人が攻撃してきたのね。
ハナから自分で仕掛けてくるなんて、やってくれるじゃない)
予想していなかったゲオルグの行動に対してエリーゼはニヤッと笑う。
しかし、そんな表情も長続きせず再び俯き加減で眉間にしわを寄せた。
(ちょっと待って・・・そもそもそんなに都合よく砲撃って当たるもんかしら?)
しばし難しい顔をして考え込むエリーゼ。
(そうかっ!! しまった!)
その顔が再び上げられたとき、表情はさらに険しさを増していた。
「エラン曹長! ポイントB以外の観測ポイントと連絡はつきますか?」
「確認します、お待ちください」
「お願いします。それとAMFの強度分布図をできるだけ広い範囲で見せて!」
余裕がないのか早口で矢継ぎ早にエリーゼは指示を出す。
それを受けてエラン以下の隊員たちが忙しく動き始める。
だが彼らが答えを出すよりも早く、次なるバッド・ニュースがエリーゼの下に入る。
『至急至急! ポイントBです。 ガジェット3機による襲撃を受けました。
至急救援を願います!』
「了解。すぐ救援を送りますから私と合流することを最優先に今は逃げてください。
逐一位置情報を送るのを忘れないでね」
『了解しました。お願いします!』
声色に安堵を色濃く出した応答を聞き終えると、エリーゼはエランの方に向き直る。
「エラン曹長。 2人を連れて救援に向かってください。
ガジェット3機を破壊したら速やかに私と合流を」
「よろしいのですか? 3尉と同行する者が2人になってしまいますが・・・」
「やむを得ません。 今は戦力を集中させるのを優先します。
このまま観測ポイントに人員を置いておいても各個に撃破されるのがオチよ。
幸い今は敵も戦力を分散しているから、敵よりも早く集結して逆にこっちが
各個撃破を仕掛けましょ」
「わかりました。 それではすぐに向かいます」
エランはそう言って軽く会釈をすると隊員を二人引き連れて駆け出した。
しかし、すぐに足を止めるとエリーゼのほうを振り返る。
[3尉。 ポイントB以外の観測ポイントとも連絡がつきませんでした]
[わかりました。ありがとう、エラン曹長。 気をつけて]
エリーゼのほうをじっと見てエランが念話で報告すると、
エリーゼは微笑を浮かべて頷きながら返答した。
エランもそれに笑みを浮かべて頷くと、踵を返して走っていった。
その背中を見送りながらエリーゼは再び黙考する。
(どの観測ポイントとも連絡がつかない、ってことはAMFで通信妨害されてる。
つまり、こっちの配置状況は大体バレててそれぞれにガジェットが
向かってるってことよね・・・。
ともかくまずは連絡がつくようにしないと・・・)
「電波通信で各観測ポイントとの通信を確保してください」
しばらくして顔を上げたエリーゼが指示を出す。
ややあって、通信回線を確保しようとしていた隊員がエリーゼの方に目線を向けた。
「各観測ポイントと通信がつながりました。 チャンネルは3です」
「了解」
エリーゼは短く応じると手に握った自らのデバイスに目を落とす。
「ヴェスペ、チャンネルを合わせて」
《了解です》
機械的な声による応答があって、エリーゼは小さく頷く。
エリーゼが使っているのは刀剣型のアームドデバイスでその名をヴェスペという。
その刀身は細身でまっすぐに伸びたサーベルのような形状をしている。
ややあって、エリーゼと4人の観測要員との間で通信がつながると
エリーゼはすぐさま指示を出し始めた。
「状況がつかめていないと思うから簡単に説明します。
現在私たち本隊はポイントBとDのほぼ中間付近に居ます。
先程来からの状況の推移を見る限り、敵はこちらの配置を把握した上で
AMFによって通信妨害を図っています。
このままでは観測に出てもらったみんなが各個撃破される可能性が高いと判断し
一旦戦線を縮小して戦力を集中します。
これから本隊はグリッド4-23付近にある廃ビルに向かいますので
皆さんも合流してください。
ただし、途中で敵による襲撃を受ける可能性も十分にありますので
周囲への警戒は怠らないようにして、何かあったらすぐに連絡を。
いいですね?」
エリーゼの指示に対して4人の観測要員たちはそれぞれに了解と通信を送ってきた。
通信の終了と同時にエリーゼは小さく嘆息すると、自分と行動をともにしている
2人の隊員のほうを振り返った。
「さあ、私たちもいきましょ!」
2人の隊員はエリーゼの言葉に頷く。
そしてエリーゼを先頭に3人は集結点に向かって駆け出した。
「電波通信は傍受の可能性が高いから平文での通信はさけるべし。
基本だぜ、姉ちゃん」
ゲオルグはエリーゼが発した通信を聞きながら、つぶやくように言った。
ゲオルグは、エリーゼが配置した観測ポイントBを砲撃してから
自分自身は一歩も動かずにガジェットへ指示を出すことに集中していた。
その周りには何枚もの画面が表示され、それぞれに違う情報が示されている。
その中の1つに訓練スペース内の地図が表示されているものがあった。
ゲオルグはその画面に近づくと右手を伸ばして画面を指差す。
「えーっと、4-23は・・・ここか」
地図の上には青いマーカと赤いマーカがそれぞれ10個ほど表示されている。
青いマーカはゲオルグが操るガジェットを表し、赤いマーカはエリーゼ率いる
フォックス分隊員たちを表している。
戦況はゲオルグが指差す4-23地点を中心として展開していた。
北側ではポイントBの観測を担当していた隊員を3機のガジェット追いつつ、
さらにそれをエラン以下3名が追う。
西側ではエリーゼ以下3名が集結地点である4-23地点を目指して移動中。
南東側から南西側にかけては残り4箇所の観測ポイントの担当隊員がそれぞれに
集結地点に向かって移動していた。
そんなフォックス分隊員たちの動きに対して、ゲオルグは巧みにガジェットを
動かして戦況をコントロールしようとしていた。
ポイントBの隊員を追う3機のほかは、4機がそれぞれに他の観測ポイントの
隊員を追跡し、残る3機のうち2機はそれぞれエリーゼとエランを追跡。
最後の1機はゲオルグの傍に待機していた。
「仕上げだな」
ゲオルグはつぶやくように言うと自分の傍に待機させていた機体に
観測ポイントDの隊員を追跡している機体と合流して攻撃するよう指示を出し、
模擬戦の序盤からずっと居座っていた廃ビルの屋上を飛び出して移動を開始した。
廃ビルの屋上から屋上へと飛び移りながら目標地点へと移動していくゲオルグ。
その目は基本的に自らの進行方向である前方へと向けられているが、
時折視界の端に表示されている訓練スペースのマップに目を走らせて
都度戦況を把握しながら進んでいく。
目標地点まであと100mに迫ったとき、ふいにエリーゼたちの通信が
飛び込んできて、ゲオルグは内容を確認しようと足を止めた。
『至急至急! こちらポイントD。 後方から接近してくるガジェット2機を発見。
指示願います』
『ポイントD。 なんとかガジェットを振り切れませんか?』
『難しいです。 可能であれば救援をお願いします』
『了解。 ポイントA・C・Eはそれぞれ救援できそうですか?』
『こちらポイントA。 少し距離があるので難しいです』
『ポイントCです。可能ですが逆行になるのはよろしいのですか?』
『ポイントEです。こちらは救援可能です』
『判りました。ポイントC・Eの両名はポイントDを救援。
敵の数を減らしておきたいので2機とも確実に撃破してください。
完了後すぐに集結地点に向かってください。
ポイントAはそのまま集結地点に直行してください。いいですね?』
『了解!』
エリーゼたちの通信が終わるとゲオルグは小さく嘆息する。
「やってることは理にかなってんだけどなぁ・・・。
動きが敵に筒抜けじゃあダメだよ、姉ちゃん」
天を仰いで呟くようにそう言うと、何度か首を横に振る。
そしてゲオルグは再び移動を始めた。
色々ありつつも、エリーゼは隊員2人を連れて目的地である廃ビルのもとに
たどり着いた。
警戒しながら廃ビルの中に入ると、先に到着していたポイントAの観測を
担当していた隊員が物陰から姿を現した。
「お待ちしてましたよ、3尉」
「ええ。 無事に合流できてよかったわ」
事前に通信でポイントAの隊員が先に到着していることを知っていたエリーゼは
そう言って顔をほころばせる。
だが、すぐに気を引き締めなおすと厳しい表情を浮かべていた。
「どうも、ゲオルグにいいようにやられちゃってるわね。 気に入らないわ」
「確かに。 ですが、こちらはまだ誰もやられてませんし、ポイントDを
襲撃したガジェット2機は撃破しました。
曹長も無事にポイントBに合流できて優勢に戦ってますから、
大丈夫じゃないですか?」
ポイントAの隊員がそう言うと、エリーゼは小さくそれに頷く。
「それはそうね。 でも、まだ5機はガジェットが残ってるはずよ。
油断できないわ。 それに・・・」
エリーゼはそこで言葉を切ると話の相手であるポイントAの隊員を睨みつける。
「味方に変装した敵の親玉がそばにいたんじゃ、安心できるわけないでしょ!」
次の瞬間エリーゼはヴェスペを振り上げて隊員に向かって襲いかかる。
驚きの表情を浮かべてのけぞる隊員に向かって、エリーゼは迷いなく
魔力の刃を振りおろす。
エリーゼの攻撃が当たり、攻撃を受けた隊員は壁まで飛ばされて床に倒れ込む。
そのさまをエリーゼは厳しい表情のまま見つめていた。
弾き飛ばされ壁に叩きつけられた隊員は恨めしそうにエリーゼの方を見ながら
床に手をついてよろよろと立ち上がる。
「な、何をするんですか3尉。 いい加減にしてくださいよ・・・」
「下手な芝居はいいかげんやめたら?」
「どう言う意味ですか?」
「今だって私の攻撃が当たる直前に後に飛んだでしょ」
「そんなわけないじゃないですか、いいがかりはやめてください」
そう言い募る隊員をエリーゼは冷めた目で見遣る。
「だからさぁ、いい加減その下手な小芝居はやめなさいって。
こっちはあんたの魔力反応をバッチリ検知してるんだから」
エリーゼが手を腰に当ててそう言うと、隊員の様子が一変した。
自嘲めいた苦笑を浮かべると肩をすくめる。
「なるほど、魔力反応を拾われたか・・・それは仕方ないな」
隊員の顔をした人間がゲオルグの声で話すと、エリーゼの後に控えていた
隊員たちはぎょっとした表情を見せる。
そしてポイントAの隊員を光が包む。
光が収まるとそこには黒い服に身を包んだゲオルグが立っていた。
「変身魔法・・・」
エリーゼの後方に居る隊員が唖然としながらそう言うと、ゲオルグは
ニヤッと笑って頷いた。
「そういうことだ。 まあ、姉ちゃんの眼はごまかせなかったみたいだが」
「あたりまえでしょ。 どんだけ付き合い長いと思ってんのよ」
「うーん、付き合いの長さを甘く見てたか・・・。
情報部時代の俺を知らない姉ちゃんならだませると思ったんだけどな」
「見た目はごまかせても、魔力反応のパターンはごまかせないわね。
放出する魔力量を押さえてたみたいだけど」
「当然だ。 魔力量でバレたら意味ないだろ」
そこでゲオルグはもう一度大げさに肩をすくめる。
「で、俺としてはここで降伏してくれると助かるんだけど、どうする」
「するわけないでしょ。 Aランクの魔導師をなめないで」
「なるほど。時間を稼いでいればガジェットを倒した連中が増援に来るもんな」
「そういうことよ。 かかってきなさい!」
「なら短時間で勝負をつけないと不利だな。
エランだってB+ランクだし、合流されればそれなりに厄介か・・・」
その時エリーゼに通信が入る。
『3尉、エランです。 ガジェットの増援が5機現れました。
そちらへ合流するのは難しそうです!』
「えっ!?」
エランからの報告を予想だにしていなかったのか、
エリーゼは一瞬狼狽した様子を見せる。
「了解。注意して迎撃にあたってください」
だがすぐに立ち直り毅然とした態度を取り戻すと
エランに向けて返信し、再びゲオルグを睨みつけるように見た。
「舐めたマネしてくれるじゃない。私たちの相手には自分一人で十分ってわけ?」
「違うよ。 姉ちゃん達との戦闘ではガジェットは足手まといだと思ったから
増援の足止めに使ったんだ」
「ふーん・・・」
気のないような返事をしつつエリーゼは考えを巡らせる。
(後の2人とはコンビネーションの訓練もロクにしてない。
となると、援護射撃くらいしか期待できないわね。 それならっ!)
「ゲオルグ、いい加減おしゃべりにも飽きてきたんだけど」
挑発するような口調で話すエリーゼ。
「そうだな、俺もそう思うよ」
口元に笑みを浮かべたゲオルグが頷きながらそう言うと、
エリーゼはヴェスペを構えて鋭い目線でゲオルグを見る。
その様子を見ていたゲオルグは笑みを深くする。
徐に時計に目をやると、顔をあげて大きく息を吐いた。
「レーベン、全員に通信を繋いでくれ」
《了解しました》
そしてフォックス分隊全員との通信がつながると、
ゲオルグは口元の笑みを消して話し始める。
「シュミットだ。 所期の目的を達成したので模擬戦を終了する。
訓練スペース入り口に集合してくれ。 全員ご苦労だった」
ゲオルグはそれだけ言うと通信を切り、訓練スペースのシステムを操作して
出現させていたガジェットを消した。
「ちょっと、どういうこと!?」
模擬戦の後処理を終えて一息つくゲオルグにエリーゼが詰め寄る。
「どういうこともなにも、聞いての通りだ」
「聞いての通りって・・・まだ決着がついてないじゃない」
なおも言い募るエリーゼを、ゲオルグは冷たい目で見据える。
「どうも考え違いをしているようだから言っておくけど、
この模擬戦の目的は姉ちゃん個人の戦闘能力を見ることじゃなくて
姉ちゃんの指揮官としての能力を見るためのものなんだ。
別に模擬戦の勝敗をはっきりさせる必要はない」
「でも・・・」
「それに、もう時間も時間だしな。 この後もいろいろやることがあるから
これぐらいにさせてくれよ」
「わかったわよ・・・」
ゲオルグの言葉に不承不承ながらようやく納得したエリーゼに向けて
ゲオルグは笑顔を向ける。
「それに、もうすぐ例のオフトレツアーだからな。
姉ちゃんとの決着はそこでつけるさ」
不敵に笑いながらそう言うと、エリーゼの方もニヤッと笑う。
「そうね。 首洗って待ってなさい!」
ゲオルグとエリーゼの一行が訓練スペースを出ると、他のフォックス分隊員たちは
既に集合して整列していた。
2人のあとをついてきた隊員もその列に加わり、エリーゼはその前に立った。
「今日はみんな協力ありがとう。 解散してよし」
ゲオルグのその言葉でフォックス分隊の面々は隊舎に帰っていく。
そしてその場にはゲオルグとエリーゼが残された。
「で、シュミット3尉。 今日の模擬戦の講評と選考結果を伝える」
形式ばった口調でゲオルグがそう言うと、エリーゼも背筋を伸ばして
直立不動の姿勢をとる。
「まず、模擬戦における指揮についてだが、状況判断は的確で迅速な行動を
意識できていたことは評価している。
AMFの影響下で通信にも事欠く状態にも関わらず情報収集も的確に行っていて
分隊規模の実戦指揮官としては優秀と言っていいだろう」
「ありがとうございます」
「ただし、1点見逃せない失策があった」
「なんでしょうか?」
「AMF下での通信手段として電波通信を用いた選択はよかった。
だがその運用はまずかった。
電波通信は傍受の危険が高いから平文での通信は絶対に避けよとの
ルールが定められている。
だが、貴官はそのルールを破り、結果として俺に通信を傍受されて
作戦プランが筒抜けになっていた。
この点については十分に反省し、厳重な情報管理を徹底してもらいたい」
「はい・・・」
エリーゼはゲオルグの言葉を聞いて最初は驚き、次いでがっくりと肩を落とした。
「そこを指し引いたとしても、我々特殊陸戦部隊の分隊を率いるものとして
十分な資質を有すると俺は判断する。
ぜひ我々のところで貴官の力量を発揮してもらいたい。 以上だ」
「はい、ありがとうございました」
ゲオルグが話を終えると、エリーゼは深くこうべを垂れた。
そして彼女が再び顔をあげたとき、ゲオルグは微笑を浮かべて手を差し伸べていた。
「ってことで来月からはよろしくな、姉ちゃん」
「うん。こちらこそよろしくね」
エリーゼはゲオルグの手をとると、ニコッと笑った。
そして姉弟は隊舎への道を並んで歩きだした。
隊舎の前まで戻るとゲオルグとエリーゼはそこで別れ、
エリーゼは自宅への帰途につき、ゲオルグは隊舎の中に入って行った。
部隊長室に向かって歩く途中、ゲオルグを待ち構えている者がいた。
「今終わったのか?」
「ああ。そっちは早かったな」
壁にもたれかかっていたチンクがゲオルグに向かって歩み寄りながら話しかけると、
ゲオルグは頷きながら応じる。
「そうでもない。 私も今着替えたところだからな」
「そうか。 で、結果は? ティアナはどうだった?」
「問題なしだ。 そもそも私がティアナの指揮官としての適性を
評価するなんて気が重いと思っていたくらいだからな。
で、そっちはどうなんだ?」
「こっちも問題なしだ。 正直言って姉ちゃんの指揮官としての適性には
不安があったんだが、その不安を払拭してあまりある結果だったよ」
「では、分隊長はこれで揃ったわけだな。 あとは・・・明日か」
「だな。 今日中に考えをまとめとかないといけないし、遅くなりそうだよ」
「私は当直だからのんびりやらせてもらう」
「あれ? 今日はチンクが当直長だったっけか。
悪かったな、朝から付き合わせて」
「それはかまわない。 私にとってはどうということはないからな」
「そうは言ってもだよ。 今度埋め合わせはさせてもらう」
ゲオルグがそう言うとチンクは軽く笑みを浮かべた。
「期待させてもらう。 ではな」
2人は通路の分かれ道までくると、チンクは指揮所の方へ、
ゲオルグは部隊長室の方へと向かって別れて歩き出した。
ゲオルグは部隊長室に入って自席につくとなのはとの通信を繋いだ。
ゲオルグの前に通信画面が現れ、その中には私服姿のなのはが映っていた。
『はい、ってゲオルグくん? どうしたの? まだ仕事中でしょ?』
「そうだよ。 というか、なのはこそどうしたんだ、その格好?
そっちもまだ仕事中だろ?」
『ううん。 今日は早上がりだからフェイトちゃんとお茶しようと思って
今は街中にいるんだよ』
「フェイトと? でも、フェイトだって今は仕事中だろ」
『フェイトちゃんはまだ短縮勤務なんだって』
「短縮勤務って・・・ああ、産休明けのね」
『そうそう』
なのははそう言って頷くとニコッと笑う。
だが、すぐにゲオルグから連絡してきたことを思い出し、手をポンと打つ。
『って、ゲオルグくん。 なんでこんな時間に連絡してきたの?』
「ああ、そうだった。 今日はちょっと帰りが遅くなるってのを
連絡しとこうと思ったんだよ」
『そうなんだ。 仕事?』
「そうだよ」
『わかった。 じゃあ、晩ごはんはどうするの?』
「できれば家で食べたいんだけど、あんまり遅くなったら悪いから
外で食べることにするよ」
『そんなに遅くなりそうなの?』
「9時までには帰りたいとは思ってる」
少し考えてからゲオルグが答えると、なのははニコッと笑う。
『じゃあ、待ってるよ。 一緒には食べられないけどね』
「ありがとう。 もっと遅くなりそうなら、また連絡するから」
『うん、お願い。 じゃあ、待ってるね』
「ああ。 あと、フェイトによろしく言っといてくれ」
『わかった。 あんまり無理はしないでね』
「わかってるよ。 じゃあな」
ゲオルグは画面の中のなのはに向かって微笑みかけると通信を切り、
午前中の模擬戦を記録した映像を確認し始めた。
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