「どうして貴女は当たり前のように来るのかしら?」
「いや、いいじゃん。ドウセツん家って、心地いいんだもん」
「気持ちが悪い」
「気持ちが悪い!? キモいでも気持ち悪いでもなくて、気持ちが悪い!?」
だって、自分の家よりも広いし、一人もいいけどやっぱり二人いると安心感が違うんだよね。
「心地よいのは置いといてさ、明日はここ、『フリーダムズ』で決闘なんだから、自分ん家よりも、ここで泊まった方が早いでしょ?」
「なら、宿屋があるからそっちにして」
「そんなつれないこと言わないでよ~」
「迷惑だわ」
冷淡に躊躇なく言い放ってきた。そりゃ迷惑かけているのはわかっているけれどさ……。
「明日は大事な決闘なんだから、私の士気を高めるためにもドウセツと一緒に暮らしたいの!」
「私関係ないじゃない。巻き込まないで」
「それはそうだけど……」
これ以上粘っても、ドウセツが迷惑かけるだけなのかな? それもそうかな? 結構気に入っているんだよね、ドウセツの家って。なんかシンプルな割には穏やかにさせてくれる居心地がある。なんでだろうね。
「あれれー? 黒くて氷のお姫様が白百合のお嬢ちゃんと一緒にいるなんて、珍しいわね」
「……はい?」
新手のナンパかと思い、振り返ってみる。そこにいたのは、長身でレモン色の金髪はゆるいセミロングなパーマ。武装なし、甲装なしで飾り気ないシンプルな服装は黒のストレートパンツに無地な白のワイシャツを着用するはいかにも仕事が出来るお姉さん。そんな人から、ナンパされたのは初めてだ。
「ナンパなんて、良い趣味してますね。お姉さん」
「良い趣味でしょー」
彼女は褒め言葉として受け止めたのか、ニッコリと微笑みだした。そして視線をドウセツに向けて、笑顔で声をかけ始めた。
「やっほー、元気ー?」
「…………」
あ、ドウセツがため息をついた。
「帰りましょう」
「え、あ、うん……」
ドウセツは、相手の顔を見るか否や姿勢を戻して、何事もなかったことのように前へと歩き出した。
するとナンパしてきたお姉さんは早足に私達の前に立ち塞がる。
「待て待て待て待て、待ってよ、ねー!」
手を大きく開いて進めないようにすれば、ドウセツは視線を外し、小さめにため息をつく。
「さっそくだけど」
「却下」
「まだ何も言ってないじゃない。それともなに? ドウセツはそんな話の聞かない子だったの? お姉さん悲しいわ」
「そうですか」
ナンパのお姉さんは悲哀っぽく言っているつもりだが、陽気な声音と口調で悲しみを色わせずスマイル満開で言う。対してドウセツは、無表情で素っ気なく即答した。そしたらボケとツッコミの役割がある漫才ようにお姉さんはわざとらしく驚いた。
「もう! ドウセツのイケず! 毎度毎度断れる身にもなってみなさいよ!」
「毎度毎度、言われる身にもなってほしいわね」
「いいじゃない。減る物じゃないんだし、そこをなんとか!」
「嫌よ」
「そこをなんとか!」
「嫌」
「ループしちゃうわよ?」
「それでも嫌」
ドウセツはナンパお姉さんの頼みごとを頑なく断り続けた。
会話を聞く限り、知り合い以上友達以下と言う関係だろうか? でも、二人共噛み合っていない。ナンパしてきたお姉さんはドウセツのことを親しい関係のように話しているけど、ドウセツは関わりたくないように拒んでいる。
「ドウセツ、彼女何者なの?」
「赤の他人よ」
「親友で~す」
「いや、関係じゃなくて、お姉さんのことを知りたいんだけど……」
ドウセツは関わりたくなさそうなので、本人に訊ねることにした。でも、よく見ればナンパしたお姉さん。どこかで見たことあった気がした。でも、わからないので直接聞いて思い出した方がいいだろう。
「あたし? あたしはドウセツの友達」
「関係じゃなくて自己紹介」
「ドウセツの友達って言えばわかるでしょ? 恋人で白百合のキリカちゃん」
「「違います」」
「うんうん、息ぴったりね」
仕掛けていたわけでもなく、偶然にハモってしまった私達を見て、にこやかに微笑で頷くお姉さん。なんだろう。この感じ、懐かしいほどではないけどナンパしたお姉さんとどこかで会ったような気がする。それとドウセツがため息をついたり、関わらないようにしたりする気持ちがなんとなくわかった。
「あれ? どうして自分の名前を知っているのって言わないのかしら?」
「……一応、有名人になってしまったので、二つ名の『白百合』が私を知っていてもおかしくないですから」
「流石、『白百合』ね。有名人になった感想はどうかしら?」
「あんまり良い気分じゃないかな」
「そうなの?」
「目立つの……好きじゃないんで」
「白一色を着ているのに?」
「いや、目立つために着ているわけじゃないから」
いろいろ訳ありなのよ、私が白を着ている理由。話してもいいけど、ナンパしてきたお姉さんに話すのは抵抗があるな。聞かれても適当に誤魔化しておこう。
「あ、そう言えば自己紹介ね。あたしはセンリ。ドウセツの友達だよ」
「…………」
「ちょっと、なんか反応したらどうなの?」
ドウセツは会話しない方が楽だと考えて、センリさんの言葉を返すことなどしなかった。
「あらら、完全な無視されちゃったわね」
耳を掻きながら何故か苦笑いするどころか、和らいだ表情になっていた。そう、まるで反省の色が見えてないようだ。
名前はセンリ、か。センリ?
「センリ? センリって……『ソロ十六士』に入っているセンリ?」
「あら、わかっちゃう? 流石『白百合』と言ったところかしらね」
やっぱり……どこかで見たことあったと思っていたら、センリさんも前線にでる攻略組の一人じゃないか。しかも、クセのある十六人の実力者なソロプレイヤー『ソロ十六士』に入っている一人だ。
ちなみに、『ソロ十六士』の中には私もドウセツも兄も含まれていて、『ボーナスゲーム』に参加した『赤の戦士』と『鋼の騎士』も含まれている。他には……隠れゲイとか、中二病とか、肉食系女性とか、オカマにドM剣士など変わった人しかいない。そう言う括りにはなっているけど、グループではないので仲良いのかは各々次第だろう。少なくともギルドじゃないから、割と好き勝手にやっていたりする。
その一人であるセンリさんは、ドウセツに用があって五十二層『フリーダムズ』に来たのかな?
「その、センリさんはドウセツに何かご用で?」
「そんなのあるわけないでしょ」
「残念、ドウセツちゃん。ドウセツに訪ねたのは、モデルの話よ」
「も、モデル?」
「『白百合』は知らない?」
「いえ、知っているけど……つか、そろそろ『白百合』じゃなく名前で呼んでくれる?」
「気をつけるわ、キリカ」
この世界では……当然の話であるが、ファンタジーな世界であるために現実世界とは価値観が違う。職業:モデルで生き抜く人なんていないと思う。普通にモデルで稼いでいますとか聞いたことない。
しかし、この世界には現実世界と同じく、我々プレイヤーをモデルにした写真集が売っている。と言っても、誰でもいいわけじゃないから、現実世界と同様、美男美女に限られているだろう。普通のおっさんの写真集なんか売れないだろう。
そんなアインクラッドのモデル制度は詳しいことはわからないが、ギルドの一人がモデルをやって、写真集を出し、買った人にギルドの存在を広めると言う、広告としても活用しているそうだ。その写真集を出すにはもちろんカメラが必要となる。我々普通のプレイヤーでもカメラを使って撮影は出来るが、中には撮影スキルと言うスキルを鍛えれば、カメラを使って稼ぐことも出来るようになっているらしい。
攻略組や中層プレイヤーはモンスターを倒せばお金が手に入るが、センリさんはカメラを使って生活費を稼ぐ職業。
「なるほど、センリさんは『カメラマン』ですか」
「大正解」
この世界で唯一、カメラを使用してお金を稼ぐことが出来る職業がカメラマン。
スキル習得が特集で、何時間何日も人を観察しなければならないらしく、忍耐力が高い人でなければ、まず習得する人はいないだろう。そもそもカメラは誰でも扱えるようになっているから鍛えようと思わないだろう。
基本的に、カメラマンの仕事は戦場カメラマンのように、迷宮攻略やボス攻略の様子を知らせるために撮ったものを新聞に転載されたり、プレイヤーの写真集を販売したりしてお金にするぐらいだ。
カメラマンは情報屋と相性がいいためか、カメラマンと情報屋だけのギルドを結成することだってある。
「じゃあ、センリさんがドウセツを訪れたのは?」
「もちろん! ドウセツをモデルとして、写真集を出すためよ!」
自信満々そうに、右手をグッと握りしめガッツポーズをとるような形で言い放った。
「いい大人なんだから、いい加減に学んで欲しいわね」
沈黙を続けていたドウセツが我慢しきれずに口を開いた。もちろん口に出した言葉は予想通りに拒否する。
ドウセツって、いかにもモデルの仕事とか写真集とか、世間に自分をさらけ出すのって、嫌だよね。
さて、拒まれたセンリさんの反応は、どこか活き活きしていてわざらしく振る舞ってきた。
「えぇ~、まだ今日で十回目のお願いじゃな~い。ドウセツのケチケチオバケ!」
「意味分からないこと言わないでください。頭が痛くなりますし、大きくサバ読み過ぎ。軽く百は超えたわ」
「あれ、そうだっけ? いやぁ~もう、ドウセツが断り続けるから忘れちゃったわ」
薄々思っていたけど、センリさんは確実にドウセツが苦手意識を持つ人物だって言うことがわかった。
そもそもセンリさんはドウセツとまともにやり合っていないのに、自分に優位に立とうとドウセツを引きずりこもうとしている。誰がどうみてもわざとらしい振る舞いでドウセツの淡々とした毒舌を打ち消している。ドウセツじゃなくても、私も苦手になりそうだわ。
「センリさん。どうしてもドウセツをモデルにして写真撮影がしたいのですか?」
「そりゃそうよ」
即答された。ドウセツ美少女の分類に入るからわからなくはないけど、性格を知っていると、中々誘えないわね。その点、センリさんはおかまいなしに踏み込んできている。そう言うところは見習うべきなんだろうか?
「ドウセツって綺麗じゃない」
「そうですね」
「ドウセツってクールよね」
「う、うん……」
冷た過ぎてたまに痛い時があるけどね。
ふと、ドウセツに視線を向けると、淡々していた。うん、言っていることは間違ってないわね。
「そんなドウセツみたいなクールな美少女が恥じらう姿を収めたくならない? 恋人のキリカなら、そう思うよね!」
「恋人じゃないですって」
私だって「ハイ、そうです!」って、元気よく発言を必ず言うとは限らない。言ったとしても、寒冷並の寒さが襲いかかってどうしようもない状況になるだろう。今ここで下手な発言をしたら、冷たい刃が私を殺しにくるだろう。そうじゃなくても、同意はしない。
「どうかしらね」
「え、ドウセツ?」
「キリカは毎日毎日、笑顔で言えば泊めてくれると思っている。ド変態中のド変態よ」
「いくらなんでも酷いよ! 今の会話に変態要素入ってないじゃん!」
せっかく人が気を遣ったわけじゃないけど、バカだと思われる発言をしなかったのに、なんで私、ドウセツに変態扱いされなくちゃならないのよ!
「そんなこと考えているドウセツが変態じゃないのかな?」
「バカなの? 私のこと変態って思っているって普通の頭では考えられないわ。そんなこともわからないの?」
「わからないのはドウセツの頭だよ。さっきの発言で私を変態発言するのはおかしいんじゃないの? それなのに変態って呼ぶあたり、どうかしているよ」
「そうかしら? 貴女の場合。同賛すると思われていたから猫をかぶるように否定したんでしょ? そうしか見えなかったわ」
「勝手に決めつけないでもらえるかな!?」
「決まっているようなものじゃない。貴女はバカで変態って決定事項よ」
「私のことを何も知らないくせに決めつけているんじゃないわよ、実は変態!」
「貴女も私のこと勝手に決め付けているじゃない」
「そっちもでしょ、バーカ!」
「貴女に言われたくない」
何故、こんなの時に限って攻撃対象を変更するのだろう。ぶつける相手はセンリさんなのに!
「フフッ、フフフ」
ドウセツは笑っていない。なら、この笑い声は……。
「センリ……さん?」
「アハハハハハッ!! アハッ! アハハハハハハハッ!!」
センリさんは笑いを堪えていたけど、我慢できずに大笑いし始めた。笑いすぎてフラフラし始める。そんなにおかしいことなのか?
「センリさん、そんなにおかしいの?」
「ハハッ、ちょ、超絶クール、ビューティの……ど、ドウセツが誰かと一緒に……プッ……お泊まりって……へ、変態、変態って、あの、ドウセツが、へ、変態……アハッ、アハハハハハッ! だ、だめぇ、駄目だぁ……おかしすぎて笑い死にそうだわ!」
独り大爆笑って辞書をひいたら、センリさんのことを指すかのような笑いっぷりだった。今のセンリさんの状態だったら、笑いすぎて死にそうだ。
あ、でもこれは……。
「死ね」
「駄目だって!」
嫌な予感がした。これって、ドウセツなにかやっちゃうんじゃないかと。視線をドウセツに向けると、表情はあんまり変わらないけど明らかに殺気を纏っていた。今にもセンリさんを殺る気でいる。
「キリカ、この世界と現実世界の違いって知っている?」
「知っているけど、それとこれ関係ないでしょ?」
「関係ないことないわよ。この世界では人を殺す法がない。ここでセンリさんを殺したって、裁かれないわ」
「そうなるかもしれないけど、人殺しは駄目だって!」
「センリさんは人じゃないわ」
「いや、人だって! ドウセツらしくもないから殺気を沈めて!」
「アハハハハハハハハハハ!!」
「センリさんも笑ってないで、ドウセツに謝って!」
カオスになる前に、ドウセツの殺気を抑えることになんとか成功した。流石にドウセツも人殺しはしたくないようだ。そして、その原因を作り、大笑いしていたセンリさんも落ち着いてきた。
「危うくドウセツに殺されるところだったわ。ありがとう、キリカ」
「お礼はいいですって。あんまり刺激しないでくださいよ」
「考えておく」
あ、これまたやるパターンだ。
「ハァ……消えてくれないかしらね」
殺気は抑えられたけど、不機嫌なのは変わりない。そりゃ、苦手な人に大爆笑されるのは良い気分ではないだろう。
「さて、と。ドウセツ、モデル撮影しましょう」
「本当に懲りないですよね……」
不機嫌になっているのに、よくそんなこと言えますね。センリさんって単に失礼な人なのかな?
「ドウセツはどうするの?」
念のためにドウセツに訊ねる。意外だったのはドウセツはすぐに拒否しなかったこと。そして数秒間黙っていて、嘆息して口を開いた言葉は……。
「……わかった」
「「え?」」
「今日だけにして。もう今後一切頼まないで」
私もセンリさんも予想外な返答に少々唖然とする。あそこで頼まれても不機嫌だから、無視して帰るかもしれないと思っていた。でも、ドウセツは少し悩んで承諾をした。それは、いつまでもつきまとわれるよりも、ここで頼みを聞いて終らせた方が得策だと思ったのかな?
「うんうん。あたしが可愛がってあげちゃうわよ」
「別に可愛いがらなくていいです」
頼みを受け入れたからって、センリさんを親しくなるとは限らないのね。
「それじゃあ、撮影場所にいっくわよ、キリカちゃん!」
「あ~、はいはい」
これから撮影か、いろいろ違った一面のドウセツが見られるから楽しみだな。
……ん?
撮影場所に行くわよ、キリカちゃん……?
言葉を思い返してみれば、明らかにおかしかった。
「ちょ、ちょっと、センリさん。行くわよキリカちゃんって……まさか私も撮影されるですか?」
「そうだよ」
それが何か? と、あっさりした返答だった。あれ? 私が間違っているのか? いや、間違っているのはセンリさんだ。
「……いつ決まったんですか?」
「さっき」
「さっき!?」
「だってドウセツって、キリカちゃんと一緒にいた方がいいに決まっているもん!」
「私は剣にかかせない
砥石か鞘ですか」
「なにその例え?」
「そこでマジに聞かないでくださいよ」
センリさんは私と一緒にしたほうが、ドウセツに輝きを増すとでも言うのだけど、逆に私と一緒に撮影したら、ドウセツの魅力が薄れるんじゃないのか? まさか私までもスカウトされるとは、思いもしなかった。整理がまだついていないけど、写真集にされるのだったら断ったほうがいいだろう。ただでさえ、今有名人になっているのに、写真集出されて目立つのは好きじゃない。
「言っておきますが、断りますからドウセツだけでやってください」
「ちなみに報酬は千k」
「やります」
目立つのは好きじゃないけど、モデル撮影とか一度は経験したいと思っていた。それで稼げるなら多少目だろうが問題ない。つか、今更目立たないようにするなんて無理だから、開き直ったほうがいいだろう。
「じゃあ、キリカちゃんとセットで撮影会よ! 楽しみだわー!」
「おー!」
「……帰りたい」
ドウセツが何か言っていたけど、呟いたところで何かが変わるわけでもないからポジティブに考えたほうがいいと思うよ。それをドウセツに伝えたところで、罵倒されるから一蹴されそうなので心に秘めとくことにした。
●
たどり着いた場所は、なんと、アスナが住んでいる六十一層の『セルムブルグ』だった。そこに住んでいるってことはセンリさんは金持ちの分類に入るのだと驚いた。しかも、センリさんの家は屋敷のような広さの家であることにも私は驚いた。なんでも、撮影するために広い方が効率が良いとのこと。
そして、私達はセンリさんのお宅で写真撮影を行われようとしていた。
「ちょっと準備するから、これ着替えて来てね」
「えっ、このままじゃないんですか?」
「武装姿なんてインパクトないじゃん。オシャレな姿に世の中の女の子はメロメロよ」
そう言って、私とドウセツに一着渡して奥へと進んで行ってしまった。センリさんって、百合の向こう側にいる人なのかな?
「……とりあえず着替えよっか」
ドウセツは返答することなく、黙々とステータスウインドウを開いて操作していた。私もやりながらセンリさんのことを聞き出した。
「……そろそろ、どう言う人か教えてくれませんか? 知っている範囲内で」
「知らない。赤の他人」
「なわけないでしょ。ドウセツと結構関わっている感じだったじゃないか」
「あの人が勝手に馴れ馴れしくしているだけだわ」
「そんなに教えるのが嫌なのか?」
「いろいろとあの人に言われるのが嫌なだけ」
センリさん、ドウセツに何かやらかしたのか? 凄く関わりたくなさそうなんですけど。
「今、センリさんいないから教えてもいいんじゃないの?」
「……それもそうね」
ドウセツは仕方ないように私に話してくれた。
「あの人が見かけに寄らず、前線に出れる腕前を持っていることは知っているよね」
「『ソロ十六士』に入っているなら、そうでしょ」
「あの人、前線ではあんまり目立ってないのよ。普段も目立ってなければいいんだけどね……」
「そう、だね……」
それには同意せざるをえないわね。
「普段のあの人は綺麗な子をナンパしてはモデルとして写真撮影をやり、写真集を出して大金持ちなったあくどいカメラマン・それがあの人の本性よ」
「あくどいって……簡潔にまとめたね……って!?」
装備フィギュアの着衣変更を終えて、ふとドウセツを見たらあまりにも綺麗すぎて軽く跳び跳ねるくらい驚いてしまった。
ドウセツが着ている服は、二つ名の漆黒のような黒だけのドレス。飾り付けなどないシンプルながらも美しく清らかなに輝いていた。そもそもドウセツ自体の素材が最高級だからか、シンプルな物がベストマッチしている。
ドウセツが黒いドレスに対して私は……。
「なに、その現実にも高くも安くもない値段している夏用の白いワンピースは」
季節はもうすぐ冬なのに何故か純白で無地のワンピース……夏用。室内とはいえ、暖かくはないが肌寒い。
「何、私には似合わないって言うの?」
「裸の方が似合うわよ」
「何、遠まわしに似合わないことと、変態扱いされているの!」
「そうは言ってないわ」
「言ってないけど、悪意はあったよ! 私もドレス着たかった!」
「土下座して頼めばいいじゃない」
「いや、そこまでして着たくないから」
いや本当は着たいけど、土下座までしたら何様になるでしょうよ。
「せめて髪を下ろしたら…………マシかもよ」
「ん? うん……わかった」
異なる扱いを気にしながら髪を下ろすと、奥から「着替えたらこっち来てー!」と誘われたので奥に向かって、足を動かした。
そこは家具など家に必要な物は一切置いていない、ただの真っ白な空間に内側が銀と白の黒い折りたたみ傘二つと縦長の長方形の照明機材が二つの他、モデル撮影に使われそうな機材が置かれていた。
「うんうん、ぴったりぴったり。って、キリカちゃん下ろすと色っぽくなるね! ドウセツも似合っているわよ、お・ひ・め・さ・ま」
こちらに視線を移せば、上から下に目を通しては、うんうんと頷き茶化すようにウインクからのスマイル。
「色っぽいって……」
こう言う褒められ方はあんまり慣れないから反応に困ってしまうため、苦笑い気味に対応した。
「よく言う……」
ドウセツは、視線を外して小さく息を吐き、そっぽ向く。
「ささ、もう準備出来たからパッパッと撮るわよ!」
「撮るって……どんなことすればいいんですか?」
「笑えばいいと思うよ」
「ふざけないで教えてください」
「もう、しょうがないな~。このこの」
わざと人とおちょくる言動に、流石に私もイラッとはした。
そんな当人であるセンリさんは、何事もなかったかのように、システムウインドウを開いて操作していた。
「えっとね……とりあえず、適当に指示だすから上手くやってればなんとかなるよ」
「よくそんなアバウトな指示で何人も撮影して来ましたね……」
「キリカちゃん。世の中なんとかなるものだよ」
「それ言えばなんでも収まると思わないでくださいよ」
否定出来なくもないし、収まりましたけどもさ。センリさんはもうちょっとなんとかした方が良いと思う。
センリさんがウインドウを閉じると同時に、部屋全体が青く発光し、まわりは無数の白と桃色の花畑に溢れ天井は蒼い穹に映し出さたが、部屋の中にCGで作り出した感じではなく、本物に限りなく近くて花びらを触ることも感触も近くて驚いた。
「ふっふ~……カメラで撮った写真を部屋に送信させると、写した写真がそのまんま実態化し、この四角形の空間に花畑が出現したのさ。これぞ『シチュエーション・スクリーンダイブ』」
外に出て撮影は危険かもしれないから、安全な場所にいても外で撮影したのを再現出来る。カメラマン専用アイテムかな? 結構珍しいアイテムだ。
「それじゃあ、二人とも撮るね」
「個別じゃないんですね」
「そりゃね……」
視線をドウセツに移したら、右目を通すように右手で輪を作り出しながら後ろに歩きニコッと笑う。
「さ、撮影開始よ」
「理由! 理由言わないの!?」
「なによ、キリカちゃん。黒と白が似合うからじゃない?」
「適当に答えていますよね!」
「それでいいっしょ、適当でも問題ナッシング」
だから、それさえ言えば収まると思わないでくださいって、返したいのに動作が早くてタイミング失ったじゃないですか!
結局、私もセンリさんのスペースに引き込まれて、本当の理由を告げずに撮影が開始した。
「じゃあ、まずキリカちゃんは座る」
「あ、はい……」
「お姫様座りね」
言われた通り花畑の地面にお姫様座りする。
「そしてドウセツはキリカちゃんのお膝で寝る!」
「嫌です」
まさか速攻拒否!? ドウセツらしいけども、今さらだよね。
「センリさん。最初のシチュエーションは、膝枕か?」
「そうよ、キリカちゃん。ほら、ドウセツは引き受けたんだからさっさとやるやる~」
「なんで私が……」
小さく嘆息し、覚悟を決めてドウセツの頭部が膝に置かれる。このまま撫でてあげようかと考えたら、氷のような冷たい視線が突き刺さったのでやめた。
「ドウセツは上を向いて目を閉じて、キリカちゃんは空に上目使い……上目使いは何千回も男子にやっているから完璧にできるよね」
「やってないです」
「嘘だ!」
「嘘じゃないですよ!」
こんな調子で、センリが指示出せば私を勘違いする発言をしてはツッコミを繰り返す。ドウセツは乗り気ではないがちゃんとこなしていく。
ただ、ドウセツは私に甘えると言うか……抱きしめたりとか、支えたりして、なんと言うか「私がドウセツを守る」的なシチュエーションが多かった。センリさんは何を思ってそのシチュエーションにして撮影しているのかな?
慣れない写真撮影はまだまだ始まったばっかりで、変な緊張感を味わった。
●
意外と長時間かかり二時間も撮影した。
休憩をところどころ入れてくれるが、一つのシーンなのにカメラで何百回も撮られる。機材で髪をなびかせたり照明を使ったり、風景を変えたりと撮影していた。
やってみての感想は、とにかく大変だったし、疲れる。モデルさんも楽ではないってことだ。きっとファッションショーとか大変なんだろうな。
「撮影お疲れさん」
「お疲れさまです……」
私は撮影が終了したので、普段着に着替えて椅子に座りお茶を飲んでいたところ、センリさんが近寄ってご機嫌な笑顔で接してきた。
「どう、モデルになった気分は?」
「撮影って大変ですね……」
「あら、そんなことないわよ?」
「私は大変なんですって」
疲れを見せず涼しげな表情でコロッと平気な顔で言う、センリさんはわざと言っているのだろうか、心理がつかない。
「撮影よかったわよ~。クールなお姫様を守るお姫様みたいで」
「そこは、王子様じゃないんですね」
「キリカちゃんは女の子だからね。別にお姫様を守るお姫様も美しくないかなって思わなくないでしょ?」
「そうですか……」
お姫様って言う程、私は綺麗にできてないって言ったら、相手を困らすわね。
「そういえば、クールなお姫様なドウセツは?」
「とっとと帰っちゃったわよ」
「え、もう帰ったの!?」
それじゃあ、泊まりにいけないじゃないか!
……いや、流石に今日はやめとくか。ドウセツだって顔には出さないけど、慣れないことに疲れているはずだ。戦闘がなくても、精神的に疲れて早く帰ったのなら、ドウセツを休ませたほうがいいだろう。と言うか、いい加減に自宅で寝ろって言う話よね、私。
「ところで、キリカちゃんに訊きたいことがあるんだけど」
「なんですか?」
「ずばり! ドウセツと一緒にいるのはどうして?」
センリさんは右手をグーにして、マイクのように唇を近づけてくる。気分はインタビューする人になりきって、センリさんは訊ねてきた。
きっかけは偶然に過ぎない些細なことだ。隠す必要もないだろう。
「えっと……なんというか、その……成り行きでドウセツとペアと組むようになったんです。それが結構良い感じだったし、ドウセツもあんまり拒んでいないので、しばらくはドウセツと一緒に行動した方が良いかなって思ったから、一緒にいるかな。ドウセツはどう思っているのかわからないけど」
「ふ~ん……」
なんでしょう、何故か納得してない様子でジト目されています。
「本当にそれだけ~? あのドウセツがだよ。あの! ドウセツと一緒にいるってね……もっと深い意味あるでしょ?」
「いや……べつ」
「反応が二秒遅れたわ」
顔がもう少し近づけたらキスしてしまいそうなくらいに距離が縮まれる。二秒遅れたのは私の無意識だったのか、センリさんの嘘かはともかく、内容を深く知りたいらしい。
彼女が知らない一面を、私よりも長く触れ合った人は、その一面を知りたいから。
「……ドウセツには言わないでくださいね」
「うん、約束だけは守るかもしれないカメラマンだからね」
本当に話していいだろうか、急激に不安になった。
「ドウセツと一緒にいる理由は……」
●
写真撮影なんか、断ればよかったわ。
疲れるし、うるさいし、時間かかるし、うざいし、迷惑だし、その他いろいろでもうこりごり、さっさと着替えて帰るとしましょう。
私は撮影終了と同時に着替えて家を出て帰宅する時に邪魔者が立ち塞がった。
「あらあら、即行でお帰りですかお姫様」
「いい加減にやめて欲しいわね。気持ち悪い」
「気持ち悪くても結構」
イリ―ナさんといい、センリさんも苦手だ。その二人には言葉の武器がまったく効かない。どんだけ冷たく、鋭くても、突き刺しても平気な顔して関わってくる。それと、何でもお見通しするところがまた気にくわない。センリさんの場合は、わざとらしい反応をするから、正直関わりたくない。
「……もう、二度と撮影はやらないし来ないでくれる。これでも攻略組なんだから、そんな暇はないの」
「あら、『カメラマン』センリさんも“攻略組”の一人なのよ」
「だったら、カメラマンの仕事やめて前線で戦ってください」
「お断りするわ」
この人は……。なんで怒ったりせず、いつもニコニコと笑っていられるのだろう。それがなんかムカつく。
「ところで、何で教えなかったの?」
「ん? “白百合ちゃん”のこと?」
「教えてあげてもよかったのでは? 実は『狙撃者』だったって」
あんまり知られてはないけど、センリさんはかつて、私やキリカ達と共に『ボーナスゲーム』の一人として攻略した、『狙撃者の』名を持つソロプレイヤー。私やキリカ達と同じように二つの『ユニークスキル』を持っている。一つは、ユニークスキル『弾剣』と言う、投剣スキルの速さと威力が格段に上がるスキル。そのスキルを使用する投剣はまさに弾丸だった。そしてもう一つが、百発百中になる『ロックオン』のスキル。確実に相手を当てるスキルで、『弾剣』との相性が良い。
そんな二つ合わさってのスキルを持っているセンリさんは、普段は戦場カメラマンとして前線に出ているが、気づかないくらいにこっそりと援護をしている。それに気づいていないプレイヤーが『狙撃者』の名は知らなくても凄腕のプレイヤーであることは認知されている。
性格を除けば良い人なんだけどね。
「それはあれだよ。キリカちゃんに聞かれなかったしね~」
「言わないとわからないことだってあるのよ」
「あ、それもそうだね」
まるで気づかなかったような反応をしているが、とぼけているのは間違いない。センリという人は、そう人なんだ。いつだって、自分が何者かを撹乱((かくらん))するように振る舞っているんだわ。
「それよりもさ、キリカちゃん変わったと思わない?」
「何が?」
「ドウセツも知っているじゃん。キリカちゃんが、かつて『白の死神』って呼ばれた時よりも、大分成長したと思わない?」
「……よくは知りません」
「キリカちゃんはあたしのこと、あんまり知らないっぽいけど、あたしは昔っからキリカちゃんのこと知っているんだよね。昔はさ、不器用な可愛くなる前の成長期の女の子が、訳あって死神なんて呼ばれるようになっちゃったのに、今は死神なんて呼ばれていたのが嘘みたいに変わったわ」
センリさんは微笑む。センリさんの笑みは呆れるほど見て来たけど、キリカを語っているセンリさんの頬笑みは初めて見た。これが本当の、センリさんが自然に出る頬笑みなのか?
「それで、あたし改めて思ったの。人は変われるんだってね」
「変わらない人もいますが」
「あー、そうやって意地悪言う」
「意地悪ではありませんよ」
センリさんがキリカを語るように変わった人がいる。でも、変わらない人だっている。器用に上手く変わることができる人なんかこの世にはいない。だから、変わらない人だって当たり前のようにいるわ。
「もー、ドウセツも良い表情になって来たのに、なんかもったいないな~」
「何がもったいないですか?」
「そりゃあ、あれだよ。誰かに甘えてないしょ?」
私はセンリさんが言っていることに、理解できなかった。
「……誰かに甘えるなんて、する意味がないわ」
「そうやって、未だに壁作っているじゃんか。それでドウセツが良いかもしれないけどさ、壁作る時、悲しそうな顔をするのはどうかと思うわ」
「眼科と脳外科でも行ってきたら?」
「ドウセツは心のケアをオススメするわ。あ、なんならあたしがしてあげようか?」
「センリさんにするなら、廃人になった方が数倍マシです」
「ドウセツのケチ」
ケチで結構だった。
アホらしい。
苛立つほどアホらしかった。
「だからさ、キリカちゃんに甘えたら?」
「嫌よ、あんな変態に甘えることなんて屈辱よ」
「でも受け止められるのって、キリカちゃんくらいしかいないじゃない? 『ボーナスゲーム』でも仲良くしていたじゃない」
…………何故。何故、それを言うのが理解したくはない。邪念でありノイズしか聞こえない。
いや、そうでありたい。
「言っちゃえば? 私、ドウセツはキリカのこと……」
「やめて!!」
センリさんが言い終わる前に拒み。冷静に対処することなく、情動に走り、声を荒げて叫んでしまった。
「ごめんね、ドウセツ」
センリさんは優しく微笑み、近寄ってきて頭を撫でて来た。
「ただ、あたしはね、ドウセツがさっきみたいに辛そうだから拒んだ時、悲しそうにしているのが放って置けないだけなのよ。あたしからしてみれば、ドウセツは友達なんだし、友達が悲しそうにしているのって、結構こちらとしても悲しいのよ。これはわからなくでもいいけど、壁を作るなら悲しい顔すると、それに気づく人がドウセツをなんとかしようと思う気持ちがあるってことを覚えてほしいわ」
「…………」
……センリさんはズルい。ここでいつものような感じで謝ってくれればいいのに、こんな時に限って、申し訳なさそうに謝るなんて、ズルい。普段はおちゃらけているくせに、私のことを想ってくれているのがズルイ。
そんなセンリさんに、嫌いになりきれない私が嫌い。
「……とりあえず、私は帰るので」
私はセンリさんの手を払って、前に進む。
「あたしはこの後、キリカちゃんにインタビューしているから……ドウセツはゆっくり休んでね」
「……言われなくてもしますから」
振り返らず、その場から逃げるように私は帰宅した。
優しい人が嫌い。
アスナが気をかける優しさも、キリカの言葉の武器を受け止める優しさも、羨ましいくらいに嫌い。
センリさんが言ったことは正しい。だから私は拒んだ。その言葉を突きつけられたら、
平静に保てず崩れて行くだろう。
私がキリカと組んでいるのは成り行きでしかない。
“私なんか”がキリカと一緒にいれば耐えらなくて焼けてしまう。キリカはお日様のような人。周りを明るく照らし、優しさの光でポカポカに安心させる暖かさを持つ女の子。
彼女の隣は心地よい反面、私にとっては恐怖の場所でもある。
私は陽を背く、“陰に暮らす者”だから……。
おまけ。
センリさんが撮影後のキリカをカメラに収めました。
と言っても、木野下ねっこさんが書いてくださりました。忙しい中、キリカを書いてくださり本当にありがとうございます!!