東方攻勢録
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第十話
その日の午後、全員はある一室に集り、俊司達が行っていたことやそこで得た情報、さらには再思の道にあった革命軍拠点に進攻した時、最上階での戦いについての整理を行っていた。映姫達が到着した際に簡単には説明していたが、全員集まったこともあって、もう一度細かく説明を行った。
俊司の件について映姫は幻想郷のことを考えて行ったと説明した。それを聞いた俊司は、どんな形であろうともここに戻ってこれたのは彼女のおかげだと話すと同時に、不甲斐なく死んでしまったことを改めて謝罪を行った。まあ今更言われてもと言わんばかりに、紫達は笑ってスルーしたのだが。
「で……話を整理すると、私達が紅魔館を襲撃してる間に、あなた達は地霊殿を襲撃していて、奪還に成功したと」
「まあ、要するにそういうわけですね」
「そしたらそこを仕切ってたやつが助言を入れて、私達が危険な状態だとを言われたと?」
「なるほど……宮下さんならやりかねないですね」
そう言ったのは元革命軍の悠斗だった。
彼曰く、宮下は革命軍がここに来る前からかなり勝手なことをしていたらしい。実力・頭のキレはあのクルトに引けをとらないくらいで、問題を起こしても重要な立場を任されるのはそれがあったからだとのことだ。
「あいつと引けをとらない……か」
「クルト大尉と戦った俊司君なら、彼がどれだけ厄介かなんてわかるよね?」
再思の道で戦った際、クルトは俊司を確実に殺すため、あえて自分を殺させることで油断を招くと言う策を使用した。普通の人間なら考えないようなことを平気でやってのける。そんな彼と宮下が同じ実力だと言うなら、かならずこちらにとっての壁となるに違いないだろう。
幸い宮下とクルトは根本的な考えが違うのが救いだった。クルトは軍のためなら何でもするという考えだが、宮下は自分が見てみたいと思ったことに対しては、軍がどうなってもかまわないという考えだ。結果紫達の救出に間に合ったのも、彼がどうなるのか知りたいと言う好奇心に助けられたからだ。
「とにかく、私達に残されたのは一つよ。天界にあるやつらの最後の拠点を攻撃して、この戦いを終わらせること」
「そうですね。向こうがどれだけの戦力を持っているかは知りませんが、こちらもそれ相応の戦力も集まりましたし」
「そうだな」
「……なあ、少しいいかな」
解散の雰囲気になりかけていたところで、俊司がいきなり何かを思いついたかのようにしゃべり始めた。
「今の話を聞いてたら……なんかかみ合わなくって」
「かみ合わないって……なにが?」
紫がそう聞き返すと、俊司は少し顔をしかめながら口を開いた。
「……日数」
「は?」
「俺が目覚めてからの日数だよ……俺はまだ二日ほどしかたってないのに……今の話だったらもう何日か経ってるだろ?」
確かに俊司が目覚めてからここに到着するまでの日数は、死後の裁判に関する時間を考えてもせいぜい三日ほどだ。しかし、紫達が紅魔館への進軍を決定するまでの間を考えると、おそらく一週間は経っているだろう。
一同は訳が分からず首をかしげる中、当の本人である映姫が口を開いた。
「当たり前です。あなたが目覚めるまで四日が経ってますから」
映姫がそう言った瞬間、一同から驚きの声が漏れた。
「なっなんでですか!?」
「当たり前です。地獄での裁判も急に予定を変えるなんて出来ませんからね。その間は目覚めないよう小町に管理させていました」
「じゃあ……船で俺の死体を見た時、死後硬直が見られなかったのは……」
「あたいが管理してた間にとけちゃったからね」
小町は笑いながらそう言った。
だがよくよく考えれば、その時間のずれがあったからこそこの結果が生まれたのだろう。もし俊司がもう少し目覚めるのが早かったなら、太陽の畑では手錠の真実を知らず、メディスンを助けることは出来なかったし、旧都での戦闘は援軍が来て長引いていたかもしれないし、紫達の救出に間に合わなかったかもしれない。そう考えれば全部結果オーライなんだというわけだ。
その後今度こそ満場一致で解散となり、一同はそれぞれ自室や庭など思い思いの場所に散っていった。俊司も久々の自室に帰ろうと、重い腰を上げて歩き始める。
「……なあ! 俊司くん……」
そんな彼を後方から引きとめたのは、白髪のロングヘアーをしたハクタクの妖怪上白沢慧音だった。
「はい?」
「あのさ……さっき言っていたクルトというのは……君の復讐相手なんだよな?」
「そうですが……」
「……下の名前は?」
そう言った慧音は、なぜか顔を青ざめていた。
「クルトが名前ですね。名字が……バーン……クルト・バーンですね」
「クルト……バーン……そ、そうか。ありがとう……」
慧音はひきつった笑顔を見せながら礼を言うと、そのまま振り返って自室に帰り始める。そんな彼女の手は、なぜか知らないがプルプルと震えていた。
「……なぜ?」
そんな呟きと共に。
解散後、俊司は自室でまったりと過ごしていた。内部は以外にも最後に見たころと変わっておらず、きちんと掃除もされていた。変わっている場所と言えば……鞄に入っていた例の手紙がなくなっていたぐらいだろうか。
「……あかん」
手紙の内容を思い出したのか、俊司は少し顔を赤く染めながらじっと鞄を見ていた。
そんな時だった。
「俊司さん、いらっしゃいますか?」
戸の向こう側から誰かが声をかけてきた。声質的に妖夢だろう。その後入っていいかと聞かれたので、火照った顔をさましてから部屋の中に入れた。部屋の中に入ってきた妖夢は俊司の前に座ると、何を思ったのかあるものを取り出した。
「これ……拝見させていただきました」
「あ……」
机の上に出されたのは、ついさっきまで思いだして恥ずかしがってた例の手紙だった。現物を見せつけられ、また顔を赤くしてしまう俊司。それにつられて妖夢も顔を赤く染めてしまった。
しばらく沈黙が続いた後、恥じらいながらも妖夢が口を開いた。
「俊司さん、約束……覚えてますよね?」
「……約束?」
「生きてたら……直接言っていただけるんですよね?」
妖夢はほほ笑みながらそう言った。
約束と言うのは、再思の道にある拠点にむかう前妖夢にあることを伝えると約束したことだ。生きていれば自分の口で、死んでしまえば手紙でそのことを伝えると言っていた。もちろん俊司は死んでしまったので、妖夢は手紙の中を見ているはずだ。
だが、やっぱり直接聞きたいと言わんばかりに、妖夢はこっちをじっと見ていた。
「えっ!? いや、手紙……見たんだよね?」
「はい。これはきちんと拝見しました」
「……だったらいいんじゃ――」
「ダメです!」
逃げ腰の俊司に喝を入れる妖夢。逃げ場を失った俊司は、恥ずかしさと緊張で心がはちきれそうな感覚に襲われていた。
「でも……死んだのには変わりないし――」
「ですが、俊司さんの魂は生きてましたよね?」
「それはそうだけど……」
依然逃げ腰の俊司だが、妖夢はそんな彼をじっと見つめた。死んだとはいえ亡霊として帰ってきた。それに、妖夢には一度つらい思いをさせてしまったこともある。
俊司は……性格的に断るような人間ではなかった。
「……ああ! わかった、わかった! ちゃんと言うよ」
「……はい」
覚悟を決めた俊司は、じっと妖夢の目を見つめる。さすがに恥ずかしくなったのか、今度は妖夢が少し顔を赤く染めながら、視線を泳がせていた。
「……ちゃんとこっちを見てくれよ」
「わ、わかってますよ」
静寂が広がり心臓の鼓動が聞こえてくる。緊張のせいか、背中から軽く汗も吹き出ていた。俊司は一呼吸入れて心を落ち着かせると、そっと口を開いた。
「俺は……妖夢の事が好きです」
「……ぷっ」
俊司の告白を聞いた妖夢は、何を思ったのかクスクスと笑い始めた。
「なっなんだよ!」
「いえ! 嬉しくって……おかしくって……」
よく見ると妖夢は少し涙を目にためていた。笑いながらも、やっぱり涙はこらえなかったのだろう。
それに気付いた俊司はそっと近寄ると、表情を和らげそっと彼女の頭をなでた。
「……もう聞けないと思ってたんですよ?」
「……わかってる。大好きだよ……妖夢」
「私もです……俊司さん」
そっと寄り添いあう二人。それからしばらくの間、二人は笑ったりしながら静かに過ごした。
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