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ネギまとガンツと俺

作者:をもち
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第22話「南の島」



 ネギの弟子入りテストも無事に終わり、気付けばG.Wに突入していた。

 休日をエンジョイしようと張り切る人達が多い中、面倒くさがりのタケルがどこかに外出しようと思うはずもなく、初日はただグウタラと食べては寝て、を繰り返して、いつの間にやら2日目に突入していた。

 もちろん、2日日もグウタラと過ごす……というわけにはいかない。

 いつまたミッションがあるかわからないため、一定の間隔日おきに武器性能、自分の動き、その他諸々のチェックを怠らずに行わなければならないのだ。

 さすがに命がかかってるため、面倒だの何だのとは言っていられない。

「……」

 無言のまま、真剣な表情で一通りの装備をチェック。忘れ物がないかを確認する。

 とはいっても武器に関してはガンツに頼めば転送してもらえる。いずれにせよ、強化スーツやバイクに関しては現地に到着してから転送してもらう算段だったため、忘れたとしても大きな問題はない。

 スーツの上から詰襟の制服を着込み、ホルダーや制服の中には各種武器。

 装備に問題はないことを確認したタケルが「よし」と呟いて外に出ようとしたとき、部屋にノックの音が響いた。

「?」

 こんな日に質問に来る生徒がいるとも思えない。遊びに誘われるような友人もいないので、それもありえない。

「……誰だ?」

 見当もつかないままに扉を開けると、

「「「タケルさん、海に行きましょう!!」」」

 そこにはいたのは3-Aのチアリーダーズ。椎名 桜子、釘宮 円、柿崎 美砂。

 そして――

「タケルさん……う、海に行ってくれませんか?」

 ――申し訳なさそうに、うなだれているネギの姿。 

「……スマン、なぜか急に45度の熱が出て寝込んでいるところだ」

 ――だから、勝手に行ってくれ。

 バレバレの嘘をついて、そのまま扉を閉めようとして……閉まらなかった。

「?」

 首をかしげて足元を見れば、扉に挟まれている4本の左足が見事にそれを妨げていた。

「さぁ、行きましょう!!」

 あくまでも笑顔で言い放つ彼女達に、タケルはため息をつくことしかできなかった。

 ――つまりこれは、世に言う一つの『強制イベント』というヤツらしい。




 どこまでも広がる青い空と青い海。

 ぽつんと取り残されたかのように存在する島があった。

 雪広グループのリゾートアイランド。

 自然をゆったりと満喫できるとして、富裕層の人間の間では有名なバカンス地だ。

 金のない中学生や学生教師には味わうことの出来ないはずの場所だが、雪広グループの一人娘、雪広 あやかが島を丸一日借り切ったらしく、無料で自由に満喫することができるようだ。

 本来はあやかがネギと2人でバカンスを楽しむために用意したらしいが、噂好きの数人にばれて、結局3-Aのクラスメイトが約半数ほどついてくることになった。

 それに呼応するかのようにタケルも連れて来られた彼だったが場違いなことに、服装は水着ではない。別にカナヅチだとかいうわけではないが、水着姿になると体に残っている傷痕を見られてしまうことになる。

 結構生々しいので、もしかしたらドン引きさせてしまうかもれしれない。いや、それで済めばまだいいほうだろう。無駄に活発な彼女たちなら下手をすると根掘り葉掘り聞かれるという面倒くさすぎることになりかねないのだ。

 と、いうわけでタケルはいつものように制服を着込んでいる……なんてことはさすがにない。ガンツスーツは荷物の中に入れて、服もいつもの制服姿ではなく、夏用の長袖ジャージを上下に着込んでいるだけだ。

 それでも、少し異様なことには変わりはないが、あまり突っ込まれることもないような無難な格好だ。

「「「「海だ~~~~!!」」」」

 特に元気な女性徒たち数名が呑気にはしゃぐ中、「ネギ先生との2人っきりのパラダイス計画が」とあやかが悔しさからか、肩を震わせていた。

 元々来る気はなく、強引にここへと連れて来られたタケルだったが結果的には彼女の邪魔をしたことには変わりない。タケルが申し訳なさそうに声をかける。

「……スマン、ネギと二人になるつもりだったのか」
「え、あ! ホホホ、いえタケル先生はお気になさらないで下さい」
「いや、だが……」

 あくまでも、頭を下げようとするタケルに、あやかは苦笑する。首をめぐらせ、周囲に聞いている人がいないことを確認してから、彼の耳に小声でささやいた。

「元々ネギ先生に元気を出していただくために催した企画ですから」

 一旦言葉を区切り、あとは聞かれても大丈夫な内容なのか、体を離して言う。

「ネギ先生が一緒に行きたいとおっしゃったタケル先生なら、私も歓迎ですわ」

 にっこりと微笑むあやかの姿が眩しくて、タケルは一瞬言葉を失ってしまう。

「……」
「先生?」

 首をかしげる彼女に「……キミは良い娘だな」と笑う。

「え、あら。そ、そそそうですか?」

 頬を微かに赤くさせて「そ、そういえばネギ先生が見当たりませんわ!? 私、探して参ります!!」と駆けていった。
「?」

 急にいなくなったあやかに、今度はタケルが首をかしげる番だったのは言うまでもない。

「タケル先輩ー?」
「……む」

 そんな彼に声をかけたのはよく見る顔ぶれ。木乃香、刹那、アスナの3名だった。

 ほとんどの女性徒は結構に過激な水着を着ているため目のやり場に困っていたのだが、目の前の彼女達はスクール水着で、まだ安心して目を向けることが出来る。

「何か用か?」

 本当に検討もついていない彼に、木乃香がほんわかと言う。

「今から、うちらでビーチバレーするんやけど……」
「……?」

 その言葉に、一瞬だけ考える素振りを見せて、だがすぐに何かに思い当たったのか、大きく頷いた。
「荷物番か?」

 本気で尋ねるタケルに「何でそうなるんですか!?」とアスナが元気に突っ込みを入れる。

「だから……先輩も一緒に遊びませんか?」

 木乃香と同様に恥ずかしそうに言うアスナがめずらしく、しおらしく尋ねる。

「……遊ぶ……俺と?」

 まるでショックを受けた様子に「あ、やっぱり駄目ですか?」とアスナたちが肩を落とす。それを見たタケルは、慌てて首を振る。

「い、いや。そんなことはないが」

 ――俺でいいのか?

 最後の言葉は声に出さず、胸の中で収まった。

「ほら、タケル先輩って結構気さくでしょ?」
「アスナの言うとおりやったわー」
「そうですね」

 彼女達にはタケルを拒否するような色は一切みられず、気付かないうちに彼は微笑んでいた。




 せっせとビーチバレーの陣地設営に入りだしたタケルたちを見つめる三人の陰があった。

「むむ、タケルさんがいないと思ってらアスナたちと……」
「どうする? これじゃ、折角あたし達とネギ君で直接誘った意味ないよね」
「ん~、あたし達も混ぜてもらう?」

 3-Aチアリーダーズの3人組。椎名 桜子、釘宮 円、柿崎 美砂がコソコソと顔を合わせる。実はこの三人、タケルと遊ぶことを楽しみにしていたりする。

 というのも、タケルが街で不良に絡まれていた時のことを見ていたのだ。

 それ以来、別に恋愛感情があるわけでもないが、単に仲良くなってみたいという中学生らしい好奇心が彼女達をウズウズとさせていた。

「えー、でもタケルさんを独占してみたくない?」
「じゃあ、また後で誘ってみる?」
「そうだね、そうしよっか?」

 ゴニョゴニョと相談する。

「……よし!」

 終わったのか、一斉に頷き、顔をあげた。

「じゃあ、夜にタケルさんの部屋に行く方向で!」
「「おっけー!」」

 とりあえず、夜まで待つことを決めた彼女達だった。




 設営は既に終わりを迎えようとしていた。

 網を張るだけの簡単なものだったので、時間もあまりかかっていない。

「……アスナー」

 作業も無事に終了し、一段落がついた時だった。フと木乃香がアスナに声をかけていた。

「ネギ君、もう許してあげたら?」
「わ、私の勝手でしょ」

 プイと首をそむけるアスナだったが、丁度その先でタケルと目が合い、気まずそうに俯いてしまった。

 タケルとしては意味がわからず、隣で心配そうな顔をしている刹那に声をかけた。

「どうしたんだ?」
「実は、ネギ先生とアスナさんが今喧嘩してるんですよ」
「……なるほど」

 ――道理でネギに元気がなかったわけだ。

 ヒソヒソと話す二人をよそに、アスナを説得しようと木乃香がしつこく話しかけている。

「なー、アスナ?」
「もう、放っておいてってば」

 拗ねたように歩き出す彼女に、慌てて木乃香がついていく。当然、その後ろをタケルと刹那も一緒になってついていく。

「……」
「……」

 4人を、沈黙が包み込んでいた。

 耳に届くのは砂を踏みしめる心地の良い乾いた音と、海が引いては寄せる波の打つ音のみ。

「……」
「……はぁ」

 いつまでも終わらない沈黙に、最初にため息をついたのはタケルだった。

 自然を感じるのは好きな彼だが、それは独りでいる時の話だ。こんな微妙な空気が出来てしまっている場では自然を楽しむことなどできそうになかった。

「……神楽坂さん?」
「あ、はい?」

 彼から話しかけるなど、彼女達からすれば結構に珍しいことなので、3人とも驚いた顔をしている。

「……本当はもう怒ってないんじゃないか?」

 先ほどから、思っていたことだ。

 喧嘩しているという割には目に力がない。どちらかといえば迷っているような目をしている。喧嘩による苛立ちというより、仲直りしづらいという困惑の感情のほうが大きいのだろう。

「……っ」

 案の定、アスナは戸惑いの顔をみせ「はい」と呟いた。

「えー!?」
「そ、そうなんですか! アスナさん」

 木乃香と刹那が声を驚きで声をあげた。

「……う、うん……まぁ」

 ずっと言い出せなかった気まずさからか、照れくさそうに言うアスナ。

「素直になれないっていうか、意地を張っちゃうっていうか」

 どんどん声が小さくなっていく。

「自分でそれを認識してるなら問題ない。自分のタイミングで……二人っきりになったときにでも声をかけてみればいい」
「……はい」

 タケルの言葉に、ホッとしたように頷く。それを見ていた木乃香が感心したように刹那に話しかけた。

「先輩って……大人やなぁ」

 その言葉に、刹那もフッと笑みを浮かべて「そうですね」と返す。

「……」
「……」

 またもや沈黙が流れようとしたとき「アスナさん、アスナさーん」

 雪広あやかが騒々しくも走ってやってきた。

「たた大変ですわネギ先生が深みで足を取られて……溺れてっ!!」
「「「ええ!?」」」

 驚きの声をあげる時間ももったいないといわんばかりに一目散に駆けていくアスナ。それを追いかけていこうとする刹那と木乃香だったが、走りだそうとしないタケルに気付き、もどかしげに足を止めた。

「先輩も早く行かな……!」
「タケル先生!!」
「いや、行かなくても大丈夫だと思うんだが」

 まるで動じていないタケルに、「「??」」首をかしげる二人。あやかとアスナは既に粒に見えるほど遠のいている。

「あの二人の関係を修復させようとしてるんじゃないか?」
「……え?」
「……雪広さんの身体能力なら、わざわざ神楽坂さんに助けを求める必要はない」
「「あ」」

 刹那と木乃香が同時に声を漏らした。

「それは確かに……」
「そやね」

 交互に頷く二人。幼馴染というだけあって息が合っている。

「気になるなら見に行ったほうがいいんじゃないか? 俺の言葉はあくまで推論だ。もしかしたら本当に溺れているかもしれない」

 突っ立ったままのタケルの言葉に、刹那と木乃香はそわそわと体を揺さぶる。

「ん~、そういわれると気になるやんー」
「はは、確かに……」

 だが、その心配はすぐに必要なくなった。

「む?」

 遠くからこちらへ向かって駆けてくる人影。ほとんど車並みの速度だ。

「……あれは?」
「アスナ?」

 アスナが長いツインテールを風になびかせ、タケルはもちろん、木乃香や刹那にすら気付かない様子で顔を上げずに走り去った。

「……あ、アスナ~~!」
「アスナさん!!」

 今度こそ心配になって駆けていく二人に、タケルは小さく息を吐き、それを見送る。

「……設置損か」

 簡単に作られたビーチバレーの陣地を、一人でせっせと解体し始めるのだった。




「確かにねー、最近の男子は情けないってゆーか、かっこ悪いってゆーか元気ないところはあるよ」
「まーねー」

 和泉亜子の呟きに女子達がキャイキャイと笑う。

 太陽が傾き、日が暮れ始めていた。

 元気の余りある女子中学生たちも今は海ではしゃぐのをやめ、テラスで椅子に座り、会話に花を咲かせている。

「……てことは付き合うなら年上ってことかにゃー」

 明石裕名が独特の語尾で亜子に問いかける。

「でも先輩とか兄貴も将来何になりたいかわからんとかよー言うてたけど」

 一旦言葉を区切り、飲み物に口をつける。

「……まぁ。その点ネギ君は元気あってかっこいいと思うよ」
「お、亜子もよーやくネギ君のかっこよさに気付いたかなー」

 嬉しそうに反応したのは佐々木まき絵。クラスでも有名なネギ好き人間である。

「じゃあ、タケルさんは?」

 チアリーダーズの三人が割って入った。

 桜子たちとしてはネギよりもタケルのほうに高い評価をもっているため聞いたのだが、答えは即座に、そして予想以上に厳しく返って来た。

「「ない!」」
「うん、ないわ」
「……ない」

 上から順に裕名とまき絵、亜子、大河内アキラ。

「「「「「へ?」」」」」

 その場にいた、チアの三人以外にも早乙女ハルナや宮崎のどかがその異様なまでの拒否に呆気に取られた声を漏らした。

 拒否の声を出した4人はいずれもネギの弟子入りテストをみた人間だった。容赦のないタケルの拳がネギを打ちのめしたことがまき絵達の怒りの原因である。

 ネギは笑って感謝していたが、タケルとネギの関係性も、タケル自身の考え方を知っているはずもない彼女達にそれを理解できるはずも許せるはずもない。あの一件以来タケルのことを優しい人間だとは考えなくなっていた。

 タケルとある程度の交流がある人間、アスナや木乃香、刹那は特に確執もなく付き合っていることからも、タケルに関する理解度の差を現しているといえるのかもしれない。

「……ちょ、なんでなんで~? あんな優しい人、そういないと思うよ?」

 拒絶したまき絵たち4人に対するのは桜子たち、3人のチアリーダーズだ。この3人はタケルが迷子の子を助けるところや、その子を助けるために不良を殴ったところを見ていた。

 だからこそ、桜子たちの中ではネギよりも高評価を得ているのだが

「ええ~~、ないない! あの人絶対、鬼か悪魔くらい酷い人だよー!!」
「そっちこそないでしょ! あの人メチャクチャ優しいんだからー!」

 お互い、タケルの一面を見ているだけに、相手側の言うことを理解できない。というか信じることができずにいた。

 ギャーギャーとお互いが見たタケルのことを話し合うが、やはり無駄。

「嘘つかないでよ!」
「こっちの台詞!」

 ちなみに、どちらの現場にもいたネギと木乃香に話を聞けばどちらも事実だということがすぐに分かるのだが、そんな些細なことにも気付かないほどに血が頭に上っているらしい。

 気付く気配はない。

 大声で、それこそ夜になるまで言い合うのであった。




 ――と、いうわけで。

「そういえば、タケルさんてどの部屋か知ってる?」
「さ、さぁ?」
「……聞くの忘れてたね」

 こうして、チア三人のタケルと遊ぶ計画は見事に崩れ去り、徐々に夜は更けていく。




 時刻は朝の4時半過ぎ、だろうか。

 ずっと一つ部屋で遊んでいた彼女達だったが、さすがに眠気の限界に来ているらしい、そろそろと脱落者が出始めていた。

 日が昇り始めようとしている空を見た刹那が木乃香に声をかける。

「お嬢様、そろそろ私達も部屋に戻りましょう」

 彼女もまた眠気の限界に来ているようで、目をしょぼしょぼさせている。

「えぇ、もう戻るんー?」
「そろそろ日が昇ってしまいます」
「……んー」

 少しだけ考える素振りを見せて、

「わかったー」

 友人達に戻る旨を伝え、部屋を出る。自分達の部屋に戻ろうと歩き出して、その歩みをピタリと止めた。

「……お嬢様?」
「ごめん、せっちゃん。忘れもんしたから先に帰っといて?」
「え……あ、はい」

 刹那も眠気が限界まで来ているのだろう。仕事や戦闘の時ならともかく、今のような平常時ではさすがに彼女もただの中学生だ。目をしょぼしょぼさせてそのまま自分の部屋に歩いていった。

 それを見届けた木乃香は、そのまま少し悪戯をするような顔で、コソコソと歩き始めた。
目標は視線の先。そこにあるのはタケルの姿。

 相変わらずの長袖ジャージを上下に着込んでいる。普通なら部屋で寝ているはずの時間にもかかわらず、なぜか部屋から砂浜のほうに向かっていく。

 少しずつ遠ざかる背中を見失わないように、そしてバレないように後ろを歩いていく。

「……どこ行くんやろ?」

 その目には既に眠気はなく、楽しそうな色が浮かんでいた。




「良い朝だ」

 周囲には当然、誰もいない。

 騒がしい生徒達も今や部屋の中で遊びに耽っていたり寝ていたりと、中学生らしい行動にいそしんでいる頃だろう。

 暗くなっていた空は少しずつ明るさを取り戻し、星と月の輝きを奪い始めていた。

 何となく周囲を見渡し、誰もいないことを確認する。

「……よし」

 ジャージを脱ぎ、トランクス型の半パンのような海水パンツ一丁になる。

 服を脱ぎ去ったことにより、露出された肌から見えるのは傷、傷、傷……幾多の傷。ミッションの傷が残るようになって、まだ数回ほどしかミッションを行っていないのだが、それでも体中は傷だらけだった。顔に残る傷が薄いのは、もちろん、頭の致命傷は必死になって避けていると言うこともあるのが、運がいいということもあるのだろう。

 自分で自分の体を見回して、そのおどろおどろしさに軽く笑ってしまう。

「……さすがに、人前では脱げないな」

 あまりにも生々しすぎる。

 海に飛び込み、ただ浮かんだ状態になって空を見上げる。

「……いい気持ちだ」

 そんな限りなくいい気分になって海に浮かんでいるタケルを見つめる一つの影。

 木乃香。

「タケル先輩、海に入りたかっただけなんかな?」

 一人で呟き、目を凝らす。といっても海に浸かっていてその頭しか見えないのだが。

 タケルの体に持つ生々しい傷痕は都合よく木乃香の目には映っていなかったらしい。

「……」

 じっと、その動きを目で追うが、変化はない。どうやら本当に海に入りに来ただけらしい。

 ――なんで皆と海に入らんかったんやろ?

 考えても、木乃香にわかるはずもない。

「……ふぁ~、ウチも寝よかな」

 欠伸をかみ締め、部屋に戻ろうとしたとき、タケルが動いた。

「ん?」

 海から出て砂浜で座り込み、水平線を眺めるように視界を海に向けている。

 明るくなってきた空の伴い、タケルの姿も徐々に浮き彫りになっていく。その背中を視界の端に捉え――

「――っ!?」

 息を呑んだ。

 背中に見える大量の傷痕。

 ――これが、先輩が一緒に入らん理由なん? ……なんで、あんな傷?

 一切知らないタケルの私生活。知っているのは街で迷子を助けているときに見かけた時と、ネギの弟子入りテストの時だけ。

 女子を色目で見たりしない。質問には丁寧に答える。授業に笑いは一切ない、むしろつまらないくらい。

 高校生のようで、先生。

 無口で無愛想。普段は大人みたいだが、たまに笑うと子供っぽい。

 そんな、一風変わっているけど、優しくて立派な人。

 それでも。

 いや、だから……だろうか。

 普通に人並みに幸せな人生を送っていると、当然のように思っていた。

 あの背中に残された傷痕は一体、何を物語っているのだろうか。何があったのだろうか、どんな過去を歩んできたのだろうか。

 木乃香の頭はただ、それだけで一杯になっていた。

 別に、タケルのことが恐くなったわけではない。避けたくなったわけでもない。ただ、少しでもタケルのことを知りたくなった。

 京都での風呂場、はからずしもタケルの裸を覗いてしまったアスナや刹那と同じような心境なのだろう。

 知らず、木乃香は声をかけていた。

「タケル、先輩?」

 名を呼ばれ、恐る恐るといった様子で振り返る。

「……近衛さん?」

 無言で頷き、タケルの体を見てさらに絶句。背中と同様かそれ以上。腕や足、腹部や胸板。いたるところに傷があった。

 その視線に気付き、タケルは困ったように頭をかく。

「……出来れば忘れてくれるとありがたい」
「で……でも――」
「――ほら」

 彼女の言葉を遮るように海に指を差した。

「……?」

 つられて顔を指の差すほうに向けた。

 澄んだ海が真っ青に広がり、ソレとは別種の、だが確かに真っ青な空が澄み渡り、海との境界線を曖昧に見せる。

 その境界線に割って顔を見せつつあるのが太陽。徐々にそして僅かにその顔を大きく覗かせ始めていた。

 赤く燃える太陽が澄んだ空と海とを明るく染め上げ、先ほどまでとはまた別種の清清しい景色をかもし出していく。

 先ほどまでの暗澹たる気持ちも忘れて「うわぁ」と子供のような反応を見せる木乃香。それを端目に見やりつつ、タケルも穏やかな顔で水平線を見つめる。

「きれぇー」

 自然と漏れるため息に、タケルも「ああ」と頷く。

 海が岸を打つ。風が耳元に優しく揺れる。鳥の声が小さく届き、彼等の心を落ち着かせる。

「……」
「……」

 沈黙がお互いにとって心地よかった。

「なぁ、タケル先輩?」
「む?」

 お互いに視線は水平線の彼方へと向けつつ、言葉を交わす。

「……ウチは気にせぇへんから、せっちゃんとかアスナ、ネギ君たちと一緒にプールに行こ?」

 ――きっと、みんな何も言わんと遊んでくれるで?

 傷の理由を聞くでもない。意味のない同情をするでもない。ただ、前向きに明るく、一緒に遊ぼうという言葉。

「……ああ」

 優しすぎる彼女の言葉に、タケルはフッと頷いた。




 その後、ネギとアスナの騒がしい声が聞こえ、仲直りしたことを悟った二人はさらに笑みを浮かべたのだった。

 
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