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ネギまとガンツと俺

作者:をもち
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第21話「試練―其の②」



 日曜日、午前0時。

 大階段前。

 ネギの弟子入りテストが始まろうとしていた。

「いいな、くれぐれも手を抜くなよ」
「……ほどよくやる」

 エヴェンジェリンの言葉に、中途半端な答えを返す。もちろん、武器を使うつもりはない。殴ったり蹴ったりするだけだが、それでも手を抜かなければならない。魔法と気を使えばある程度防げるとはいっても今のネギを本気で殴れば内臓が破裂してもおかしくない。

「しかしいいのですか、マスター。ネギ先生が猛先生に一撃を与える確立は1%以下です」

 ――1%以下……か?

 どうも、この世界に来てから実力を過大評価ばかりされている気がする。
単なる殴り合いなどタケルにとっての得意分野とは到底いえない。ネギが予想以上の動きを見せるなら簡単に入れられてしまうだろう。

「おい、勘違いするなよ、茶々丸。私はほんとに弟子などいらんのだ。それに一撃当てれば合格するなど破格の条件だ。これでだめならボーヤが悪い」

 ――たった2,3日の中国拳法で一撃を入れるっていうのは破格なのか……? むしろ、過酷な気が。

 内心、そんなことを考えているなどとはおくびにも出さず、ネギたち一行の到着を待つ。

「いいな、タケル。わざと合格させるなどということは決して許さんからな」
「わかっている」

 答えたタケルの視界に、ついにネギがその姿を現した。

「ネギ・スプリングフィールド。弟子入りにテストを受けに来ました!」
「よく来たな、ボーヤ。では早速始めようか。お前のカンフーもどきでタケルに一撃でも入れれば合格。手も足も出ずに貴様がくたばればそれまでだ」

 ――カンフーもどき……か。

 エヴァンジェリンの言葉に、スっとタケルの目が細くなった。

「……その条件でいいんですね」

 にっと微笑むネギに、毒気を抜かれたエヴァンジェリンが不思議そうに「ん? ああ。いいぞ」と答える。

 ――そういえば。

 タケルはふと考える。ネギの後ろでワイワイと騒ぐギャラリー陣を見つめる。名前を挙げるもの面倒くさいほどの人数がネギを心配そうに見つめている。

 神楽坂 明日菜、古 菲、佐々木まき絵、桜坂 刹那、近衛 木乃香に加えて、明石 裕名、和泉
 亜子、大河内 アキラの計8名だ。

「……なぜ」
「――え?」

 不意に、タケルが声を発した。

「なぜ、必要のないギャラリーがいる?」
「はぁ、ついてきちゃって」

 困ったように呟くネギ。

 近くにいたエヴァンジェリンしか気付かないほどに小さな歯軋りが、タケルから響く。

「……そうか」

 短く答えて、ネギと相対する。

 ――苛立っている?

 珍しいものを見たような顔になるエヴァンジェリン。

「お願いします、タケルさん」
「……ああ」
「では、始めるがいい!」

 テストが始まった。




 唯一、気に入らないものがあった。




 この世界では魔法も気も、誰もが持つことの出来る力だ。魔法は一部にしか伝えられないが、気に関しては鍛えている人間ならば独学で身につけることすら可能らしい。 

 この世界で一般人にすら使える「気」は、それでも確実にタケルの知る「気」と大きな違いを見せている。ここの「気」は、それこそ魔法のようにバカみたいな力となりうるが、もといた世界の「気」はあくまでも技や業の一環でしかない。

 つまり、端的に言ってしまえば、もといた世界とこの世界の最も大きな違いは魔法ではない。

 この世界でも魔法を知らない人間は結局は使えないからだ。よって、この世界の一般人ですら使えるという「気」の存在が最も大きな違いと言ってもいいのかもしれない。

 ほとんど全ての存在は長い時間をかけてその世界に適した形へと姿を変えていく。生物然り、人間が持つ技術然り。

 魔法を使えば、気を用いれば。

 彼等は裸一貫で超兵器すら越える戦闘力を身につけることができたのだ。

 対して、タケルたちの世界で許された戦闘力は唯一つ。

 そう、許されたものは唯一つ。

 当然、彼等も持っているソレ。

 つまり、肉体。

 強靭なソレ。しなやかなソレ。どれほどの才を秘めようと、どれほどの修練を積もうと、決して越えることのできない頂が存在する単なるソレ。

 己が武器に恵まれた世界と恵まれなかった世界。その中で共通する武器の一つ。武術。

 どちらでも同じように育まれてきたはずの、裸の人間が持ちうる最後兵器、武術。だが、与えられた素材が違っていた。

 一方はあらゆる可能性を与えられてきた。もう一方は何もなかった。

 楽園でぬくぬくと育てられた最終兵器と極寒で育った最終兵器。

 そんな、大きな違い。

 だから、だろうか。

 目の前で繰り広げられる武術は。

 この世界で広がっている武術はあまりにも――

 ――違っている。




 苛立ちが募り始めていた。

 ――そうだ。

 タケルが唯一この世界で認めたくない存在があった。

『お前のカンフーもどきでタケルに一撃でも入れれば合格。手も足も出ずに貴様がくたばればそれまでだ』

 先ほどのエヴァンジェリンの言葉でそれを思い出した。

 子供の頃、誰もが憧れる強さ。タケルとて例外ではない。だが、その夢はすぐに潰えた。

 夢に向かって半年がたった。彼は死んでガンツのミッションに呼ばれるようになった。

 繰り返すが、タケルが武道という名のスポーツをやってまだ半年の時。しかも年のころはまだ12,3歳。

 まだまだ中途半端でしかない拳と、超兵器。

 生き残るためには習得に時間のかかる拳を鍛えるよりも、兵器の扱いに精通するほうを選択するしかなかった。射撃精度、武器性能、扱いの応用……などなど。それですらずっと必死に影で訓練したものだ。

「ふっ」

 目の前でネギが稚拙に踏み込み、稚拙に腰を回し、稚拙な中国拳法を披露していた。

 タケルは中国拳法を一切しらない。

 その見たこともない動きに、本来なら反応できるかどうかの怪しいはずのタケルは、だが、いとも簡単に反応して見せた。

 その拳を掴んで、宙に放り投げる。受身もろくにとれずに地面に叩きつけられたネギすぐさま立ち上がる。

 最早おぼろげとなり、見る影もなくなった元武術家の拳は、今では実戦でのみ鍛えられ、隙はないがそれでもやはり雑な拳として、ネギの顎を狙って真っ直ぐに放たれた。

 その拳を、ネギは右手でずらし軌道を与える。決められた軌道をすべったタケルの拳はそのまま空振りとなり、伸びきった腕はネギの左手により、ぐっと掴まれた。

 その捕まえた腕をグイと引き込み、タケルの体勢を崩す。距離も体勢も潰され、ガラ空きとなった体めがけて、ネギが渾身の肘を突き入れた。

 ――雑だ。

 引き込みが不十分なら、体の連携もバラバラ。狙う箇所も大雑把。これではあまりにももったいない。




 武というものは全てにおいて通ずるものがある。もちろん、体系も違えば動きも全く変わる。だが、それでも変わらない、いや変わってはいけない方向性があった。

 それが、体の全てを利用すること。

 例えば、踏み込んだ足に返る地の反動。回した腰をつたわる全ての回転力、遠心力。背筋を引っ張り、弓のように引き絞り、鋭く放たれた拳を、インパクトの瞬間に回転と力を込めることによって得られる早く、強力な突き。

 全ての力は一つ一つの動きに集約されている。

 最も効率的に、そして一切の無駄もなく、最大限の力を発揮する。それがタケルの知る武術だ。
だが、この世界の武術は人体の力学を無視している。

 それはこの世界の武術が稚拙だからでは、決してない。先にも述べたが、その世界で適した形で進化した形、それが今のこの世界に広がる武術なのだ。
 もちろん、人体力学的にはおそらくあらゆる面で損をしているだろう。だが、この世界の本当の武術家たちにとって、必要な物は人体の力ではない。それ以上に大事な力がある。

 気だ。

 動きの一つ一つに気もしくは魔法が効率的に働く動作となって武術へと形を成しているのだ。

 その代表例がクー・フェイだろう。

 だから、習いたてのネギでは結局、カンフーもどきでしかありえない。

 だから、気を使える世界の人間が極めた武術と、気を使えない世界の人間が極めた武術では動きがまったくと言っていいほど違う。

 だから、気を使うことなど出来ないタケルが知る、いや憧れすら持っている武術を考えた時、この世界の武術はあまりに違っていた。

 どうしても、そうではないと分かっていても、それでも。

 まるで稚拙にすら見えてしまう。

 それが、タケルの苛立ちを募らせることに一役買っていた。まるで、タケルが子供の頃に憧れた強さはこの程度だといわれている気がして、それを認めたくなくて、苛立っているのだ。

 実際、この苛立ちは本当にタケルの気のせいであったりする。

 事実、この世界で流布されている武術は人体力学を無視したものではない。

 気と人体。その両方を重視した形となって武術へと昇華されており、確かにタケルの目から見れば彼自身が知っている武術とは違うかもしれない。だが、たとえ気を使えなかったとしても十分に立派な武術として、武はこの世界に存在しているのだ。

 要するに、タケルの武術への憧憬が強すぎて、まだ中途半端な武術しか知らないネギのソレを必要以上に敵視してしまっているということだろう。

 一言で言えば誤解してしまっているのだ。

 だが、まぁ、もちろん。

 そんな事実を、誤解してしまっている彼が気付けるはずもない。

 じわじわと、彼の苛立ちは募っていた。




 ネギの肘を、同じく空いていた左肘でガード。ガンツスーツの強度を考えればむしろネギの肘へのダメージのほうが大きいだろう。

「うっ」

 痛みに顔を顰めたネギの動きが硬直し、その隙にやくざキックでネギを蹴り飛ばした。5Mほど吹っ飛び、それでも勢いが止まらず地面をごろごろ転がり、やっと止まった。

 別にネギに苛立っているわけではない。

 ただこの世界にある武術は、魔法も気ももたないタケルにとって武術と呼んではいけない代物なだけだ。

 だからあえて言うならこの世界の武術のあり方に苛立っているとでも言えばいいのだろう。もちろん、彼はまだ高校生だが、そんなことでネギに八つ当たりをするほどガキではない。力も動きも、ある程度抑えている。

「チッ」

 倒れてしまったネギに、あからさまな舌打ちをしたのはタケルではなく、エヴァンジェリン。

 誰よりも不機嫌に、いつの間にか座っていた椅子から立ち上がっていた。

「ふん……まぁそんなところだろう。残念だったなボーヤ。だがそれが貴様の器だ。顔を洗って出直してこい」
「ネギ!!」
「ネギ君」

 アスナとまき絵が駆けつけようとしたところでネギが立ち上がった。膝を震わせ、息を荒げ、それでもしっかりとした意思の光を瞳に映し、タケルとエヴァンジェリンを見やる。

「まだです。まだ僕はくたばってませんよ。エヴァンジェリンさん」
「ぬ……何を言ってる? 勝負はもうついたぞ。ガキは帰って寝ろ」

 面倒そうに手を振る彼女に、だがネギは悪戯をしたような笑顔で晴れやかに言い放つ。

「……でも条件は「僕がくたばるまで」でしたよね。それに確か時間制限もなかったと思いますけど?」
「な……何っ!? まさか貴様……」
「へへ……そのとおり。一撃当てるまで何時間でも粘らせてもらいます……タケルさん、続きをお願いします」

 タケルは、こういうガムシャラなネギが好きだ。エヴァに対する冒涜(弟子入りを勝手に兼ねた件)も、この世界の見たくない武術も、そういったネギを見ていれば自然と穏やかな気分になる。

「……ああ」

 タケルが頷いたと同時、ネギが地を蹴った。中国拳法独特の踏み込み。両足で大地を蹴り、その反動で一気に距離を潰しつつ、得られた推進力を利用してまるでロケットのようなパンチを放つ。

 だが――

「――遅い」

 先ほどまでの速い動きは既に見る影もない。

 突き出された拳を避けようともせず、カウンターの要領で腕を突っ張った。もちろん、ほとんど力をこめていなかったが、それでもロケットのような勢いがそのまま自身に返ることになる。ネギは再度ごろごろと地面を転がる。

 ――……これいつまでやることになるんだ?

 ネギも我慢強いだろうし、エヴァンジェリンもやはり一撃を入れなければ合格とは認めないだろう。

 タケル自身も、わざと一撃をもらってやるほどお人良しでもない。まぁ、早く終わるにはわざとネギの一撃をもらえばいいのだろうが、面倒だからと言ってわざともらえばすぐに終わるだろうが、その後で確実にエヴァンジェリンにグチグチといわれるのは目に見えている。

 当然、ネギを殺す気もないので、そこらへんは加減しながら戦わなければならない。
なかなか終わりの見えそうにないこのテストに、タケルがうんざりとため息を放ったときだった。ネギが口を開いた。

「……タケルさん……ほ、本気でお願いします。手加減されて合格しても……意味がないですから」

 ネギとしては当然のことを言ったつもりだったのだろう。

 先程の一撃は、確かに今までで最もタケルが気の抜いた攻撃であった。だからネギがそう感じたのはわかる。

 だが、言ってしまえばタケルは全ての一撃に力を抜いて戦っている。

 そして、何よりも決定的な言葉。

「……何?」

 空気が――変わった。

 それに気付いたのはその場のたった二人。エヴァンジェリンと刹那のみだっただろう。彼女達がまるで泡でも食らったかのようにタケルをジッと見つめている。

「……手加減されても……意味がない?」

 今度はブツブツと呟き始めた。ネギがふらふらになりながらも拳を放ち、だが、無造作につかまれ、そのまま回し蹴りをわき腹にもらい、弾き飛ばされた。

「……いいだろう」

 すっと、タケルの表情の色が抜け落ちていく。

 もちろん、稚拙な武術へのフラストレーションもたまっていた。ネギが、弟子入りテストという厳かなでなければならない場に観客を、しかもほとんど無関係の人間までも、連れてきたということへの苛立ちも溜まっていた。

 ガムシャラに、無我夢中で強さを求めていると。恥も外聞も捨てて、それでも強くなりたいと願っていると。ずっとそう思ってきた。だから、ネギの今までの行為に怒りの矛先を向けようとは思っていなかった。

 だが、違った。

 ――ネギは、目の前にいるのは、ただのガキだった。

 やっとの様子で立ち上がったネギに、容赦なく拳を振り下ろした。拳は反応の出来ていないネギの頬を掠め、地面に突き刺さる。コンクリートで固められていた地面は、まるで発泡スチロールのように容易く貫かれ、周囲に亀裂を走らせていた。

「……へ?」

 誰からだろうか、間抜けな声が聞こえた。

「手を抜かれても意味がない……だと?」

 タケルの静かな声が一帯に反響する。

 意味の有無は試験の合否でしかないはずだ。過程など、結果からすれば何の意味も果たさない。手を抜かれたくないなど、それはネギの驕りだろう。

「……」

 かつてなく、向けられた厳しい目つきに、ネギはごくりとつばを飲み込んだ。

「エヴァに弟子入りを志願しておきながら、勝手にクー・フェイさんに弟子入りを果たした」

 チラリとクーに視線を向ける。

 それはエヴァに対する侮辱でしかない。

「厳かな試験に、なんの重要性も持たない観客を連れてきた」

 視線は、観客全員に。

 それは、試験に対する冒涜でしかない。

「それだけの勝手をして、挙句お前のちんけなプライドを守るのか?」

 それは、何よりも強さへの否定でしかない。

 つまり、ネギは結局、恥も外聞も捨てて強くなりたかったわけではない。明確な覚悟があって強くなりたかったわけではないのだ。

「お前は何のために強くなる?」
「何の……ため?」
「大事なことは何だ? お前のその訳の分からないプライドを守ることか? それとも試験に合格することか?」

 タケルの、淡々と紡がれる言葉に、ネギはハッとした顔を見せ「合格すること……です」

 苦々しく答える。

「本当に、そう思っているか?」
「……はい」

 ――だったら。

 小さく呟き、タケルは座り込んだ。

「え?」

 訳がわからず首をかしげるネギに言う。

「全力で手を抜いてやる……殴れ」

 つまり、こういっているのだ。

 プライドを捨てろ、と。

「あと10秒だけ待つ。それでも俺を殴れないなら――」

 一旦言葉をとめて、ネギをにらみつけた。

「――お前と本気で戦う」
「た……タケル! ……どういうつもりだ!?」

 エヴァンジェリンが喚いているが、最早その声は二人の耳に届いていない。

 乱れた息で、じっとタケルが割った地面を見つめるネギとそのネギを観察するように見つめるタケル。

 ゆっくりと。

「10――」

 カウントダウンが

 始まった。




 カウントダウンが進む。

「……7――」

 ネギが悔しそうに拳を震わせる。

 確かに、今のネギがタケルに全力でぶん殴られたら魔法障壁ごと体をぶち抜かれてしまうだろう。それほどまでに圧倒的な差があった。

 ゆっくりカウントしているタケルの顔をジッと見つめる。目を閉じてはいるが、まるで鬼のような形相で彼はそこに座していた。

 その顔からは一切の色が抜け落ちている。

 ――駄目だ……本当に殺されちゃう。

「5……」

 だが、子供ながらにネギも男なのだ。座っている人間を殴って試験に合格など、やはり悔しい。タケルが屈辱的に頬を差し出しているのが、拍車をかけている。

「――3」

 カウントダウンは着実にゼロへと向かっている。

 ――今、やらなきゃエヴァンジェリンさんに魔法を教えてもらえない!

「2」

 葛藤が止まらない。

 嫌だ、だけど、道はそれしかない。
「……うぅ」

 気付けばネギの目からは涙が。

 それは情けにすがらなければ合格できないという屈辱、実力が足りていないことへの悔しさ。

 あらゆる意味のこめられた涙で。

「……1」

 だが、その涙はつまり、現実を受け止めたことを意味していた。

「……ゼ――」

 最後の一文字が紡がれる前に、ネギのフラフラとした拳がタケルの頬をはたいていた。

「あ」

 呆然とネギから声が漏れた。

 自分で殴っておきながらそれでもやはり、自分が信じられないかのように声を震わせた。何事もなく立ち上がったタケルがネギの頭に手を置く。

「ネギ」
「……あ」

 悔しさからか、顔を俯かせるネギに、タケルは一転して優しく言い聞かせる。

「合格だ」
「……はい」
「よく出来たな」

 珍しくも、まるでねぎらわれるかのような言葉。

「……」
「今日の悔しさを覚えておけ……それがあれば、お前はすぐに強くなれる」

 ――俺のような人間はすぐに追い越せる。

 それだけ呟き、ネギから一定の距離を置いた。

「ネギ……構えろ」
「……?」
「本気で防御に集中しておけ」

 タケルがまるで、今から殴り合いでも始めるかのように自然な構えに移行した。

「え……はい?」

 ついていけず、素っ頓狂な声を漏らした。

「……悔しかったんだろ?」

 その言葉に、ハッとした。

 ――タケルさん!

 やっぱり、この人は凄い。

 まるで自分の全てを理解してくれているかのような、そんな錯覚すら覚えさせる。ただ、ネギに屈辱を与えたったのではない。これが、タケルの言いたかったことなのだ。

 時には、目的のためプライドすら捨てる必要がある。時には、プライドのために命を捨てる必要がある。

 全てを覚悟してこその力。覚悟なき力など、何の役にも立ちはしない。ただ、強さのみを求めてもそれは単なる暴力でしかない。

 まるで、タケルがそう言っているかのようだった。

 だから彼は、今度こそ屈辱的なソレではなく、全力のソレで相手をしてくれるのだろう。

 彼の意図を理解したネギが男の笑みを浮かべ、グッと構える。体内の障壁を最大限に張り巡らせ、待ち受ける。

「……行くぞ」
「はい!」

 瞬間。

 迫り来る黒い衝撃に

 ネギの意識が刈り取られた。




 朝日が階段に差し込んだ。

 鳥の鳴き声と共にネギの目が覚めた。まき絵に膝枕され、アスナが覗き込むように微笑んでいる。

「う……あれ?」

 動かない体を起こそうとして、腹部にとてつもない衝撃が走った。「う」と顔をしかめて、それを諦める。

 ――昨日はタケルさんとテストを開始して……それで……アレ?

 どうにも昨日の記憶が曖昧になっている。

「あの、テストは?」
「大丈夫よ、ネギ」
「合格だよ。ネギ君」

 アスナ、まき絵が順番に答え、エヴァンジェリンが会話に入った。

「フン、負けたよボーや」

 稽古をつけてやるということと、中国拳法は続けておけという言葉をネギに残し、そのまま遠ざかっていく。

「ありがとうございます、エヴァンジェリンさん」
「ネギ坊主よくやったアル」
「見直したわー」
「すげーよ、ネギ君!」

 そっと紡ぐようにお礼を言うネギに、観客として見守っていた他の生徒達が口々にネギを褒め称えた彼女達だったが、

「……あれ、そういえばタケルさんは?」

 その言葉に一瞬で静かになった。

「……ネギが気を失ってそのまま、帰っていったわ」

 アスナが言いづらそうに言葉をこぼす。

 ――そうか。

 あくまでも彼らしいその行動に、つい笑みをこぼしてしまう。だが、ネギの思いとは裏腹に、彼女達にはタケルが相当な悪人に見えたらしい。

「しんじられない! 結構いい先生と思ってたのにー」

 むぅ、と頬を膨らませるまき絵に乗じて、

「せやなぁ」
「ほんとだよ」

 和泉亜子や明石裕菜が肩を怒らせている。

「どうしてあんな人が先生やってるんだろーね、ネギ君」

 ね? と尋ねる彼女達にネギはそっと首を振る。

「――いえ」
「……え?」
「最後に全力で殴ってもらったおかげで、色々と吹っ切れました……本当にタケルさんには感謝しています」
「??」

 よくわからずに首をかしげるまき絵に、ネギは「まき絵さんも頑張ってください」

 とだけ言って、再度意識を手放したのだった。




 後日、エヴァンジェリンとタケル。

「そうだ、タケル」
「?」
「お前、わざと殴らせたから、これで合計貸し2つだからな」
「……げ」

 こんな会話があったそうな。

 
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