ネギまとガンツと俺
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第23話「山な恋」
G・W最終日。
いつものように、長瀬 楓は休みの日を山での修行に充てていた。
体力の限界まで肉体を駆使し、精神の限界まで気を練り、気力の限界まで術や技を繰り返して錬度をあげる。
全てが悲鳴を上げるまで修行に励むが、決して限界を超えるほどにはやらない。
明日からはまた学校が始まるため、早めに切り上げるからだ。
時刻は既に昼にさしかかろうとしていた。
汗でぐっしょりと濡れた服を脱ぎ捨て、まだまだ冷たい川の中に飛び込む。
熱が篭っていた肉体が一気に冷え、土や汗でべっとりとしていた皮膚が水という爽快感と清涼感で洗い流されていく。
「ふ~~」
顔だけを水面から覗かせて、耳まで川の中に浸からせて空を見上げる。
生い茂る深緑と視界一面に広がる青と白のコントラストが、忍者として鍛え上げられてきた彼女の心を和ませる。
肉体も心も和んだ時。
忍者としての彼女から一人の女子中学生へとその思考回路を変化させ始めた。
――好きだぁぁああ!
「……~~っ!」
数日前、クラスの副担任に全力で叫ばれた言葉が不意に脳内再生された。
顔が熱くなり、体の芯まで冷えてきていたはずの体が急に熱を持ったような錯覚に陥ってしまう。
誤魔化すように顔も水の中に引っ込めて、目を閉じる。
だが、視界が閉ざされた途端。
――好きだ。
「――ぶっ!!」
今度は雑踏の中、口パクの彼の姿が目に浮かんだ。
音が聞こえなかったせいか、目に焼け付いてしまっている彼の口の動きが脳裏にフラッシュバックしてきたのだ。
水の中にいるにも関わらず、息を全て吐き出してしまった。
慌てて水面から飛び出て、綺麗な岩の上に着地する。呼吸を整えながらも、あらかじめそこに用意してあったタオルで体を拭い、覆う。
「……」
体育座りでチョコンと座り込み、流れる川を焦点のあっていない目で見つめる。
何かが今までの彼女と違っていた。
初めて味わうこの感覚が、まだ彼女の中では定かになっていない。
戸惑いと、温かさと、寂しさと。それに嬉しさや恥ずかしさも湧いて出てくる。それこそ自身でも理解の出来ない感情が渦巻いて止まらない。
「……ふぅ」
とりあえず、いつまでもタオル一枚でいる自分の姿に気付き、小さなため息と共にノロノロと服に腕を伸ばし――
軽い振動と共に、なぜか白い蒸気が舞い上がった。
視界が蒸気によって覆い隠され、そのせいで警戒体制になったのだろう。忍モードに切り替わった彼女が後ろに飛び退く。咄嗟の動きにタオルの結び目が解けて、ハラリと川に流れていったが、そんなことを気にするほど彼女は甘くない。
裸の自分を気にもせず、一分の隙も出さないで蒸気を見つめる。
そして、一人の男が姿を現し――
その顔はお互いに見知った顔で。
「「――は?」」
2人の声が重なった。
滝が流れていた。
水が水を打ち続ける大きな音が絶えず響きわたる。少し距離を置いても聞こえてくるその大きな音は、決して不快さを感じさせず、むしろずっと耳を傾けていたくなる程に聞く者を吸い込んでいく。
水しぶきがより細やかに舞い上がり、頬を濡らす。そのせいだろう、ひんやりとした空気が一帯にまで広がり、まるでそこだけ切り取られた別空間であるかのような錯覚に陥る。
辺りに広がるのは当然のように生え並ぶ木々。踏みしめる岩や大地が、生い茂る緑をより和やかに目を彩る。
自然の調和を感じさせるような場所で一人の黒い服の男がいた。黒の学生服で身を包み、大きな岩に立ち、滝を眼前に居合のような構えで佇んでいる。
「……ふっ」
小さく息を吐き、その腕を一閃。握り締められた黒塗りの刃が波紋を引き起こす。乱暴だが確かに大きな力で振りぬかれたその黒き刃は滝を一時的に両断。
0,1秒ほどその流れを叩き割った。
すぐさま流れ出した滝が大きな音を打ち始めると同時、彼は流れるような動きで次の動作に入っていた。黒い刀をホルダーにしまい、手に取ったのはハンドサイズの黒い銃のような武器。
流れ来る大量の小さな木片に狙いをつけ、トリガーを引き絞った。
「……」
狙われた木片は何の変化も見せず、そのまま川に流されていく。
と、思いきや。
数秒。
既に彼の背後にまで流されていた木片が川の中で、大きな水しぶきをあげて粉みじんに砕け散った。まるで爆発でもしたかのようなソレはトリガーを引き絞った数だけ起こり、狙われた木片を全て粉々に砕いていた。
「……ふう」
それらを見届けたタケルは小さな息を吐き出した。
武器をホルダーの中にしまいこみ、足場にしていた岩に座り込む。
タケルは前日にできなかった調整を行っていた。
海帰りということもあってまだ体が少しだるいが、ソレぐらいの体調のほうが自分の出来不出来を過信しないですむ。
敵と自分、彼我の戦力差を過不足なくありのままに捉える。
それが重要なのだ。
一通りの調整を終えたのか、タケルは持参していたバッグから一本の竿を取り出した。釣りでも始めるのか、と思いきやそのまま餌もつけずに川の中に糸をたらした。
「……」
当然だが、釣りを楽しんでいるわけではない。単なる山中での自然鑑賞といったところだろう。
時刻は気付けば昼下がり。適当に自作した握り飯を食べつつ、ボケーッとただ佇む。
彼にとって至高の時間なのだろう。穏やかな顔で、どこか嬉しそうに釣り糸を垂らしている。
どれほどそうしていただろうか。
――好きだぁぁあ!
「……っ」
自身が街中で一人の女性徒に大声で叫んだ言葉だ。
――またか。
これまでにもフと気の抜いた瞬間に何度もコレを思い出していた。それでもやはり慣れはまだ来ないらしい。
顔が火照っていることを感じる。
最近は変な夢まで見るようになって、本気で意識し始めてしまっている。今までは休日だったので顔合わせは回避できていたが、気付けばまた明日から学校。
顔を合わせた瞬間には真っ赤になっていそうな自分がいて、内心どうしようかと困っているのだ。
「……」
視界を空に移し、鳥が何羽も連なって羽ばたいている姿に何かを思い出したのか「あ」と呟いて、面倒そうに頭を掻きだした。
「……跳躍力の確認を忘れていた」
完全なグウタラモードになっていたせいで本気で嫌そうに顔を顰めている。
「……くそ」
悩むこと数十秒。
実際の跳躍力と自分のイメージの誤差が僅かにでもあっては、それこそが死に直結することだってありうる。
結局、背に腹は変えられぬ、といったところだろう。
ダラダラと立ち上がり、身構える。
「……」
ガンツスーツが脚部の筋力に反応して、肥大化する。
「ふっ!」
独特な吐息と共に一瞬で前方の上空に飛び上がった。視界が一気に広がり、先ほどまで目の前で広がっていた緑が眼下に大きな広がりを見せる。
十M以上もの高さにまで到達していた彼の側を小さな鳥の群れが通り過ぎる。ほんの僅かな滞空時間がタケルを包み、その間に己の体勢から高さ、距離、角度……様々な要素に目を配る。
――誤差は……ないな。
「よし」と呟き、そのまま重力やら何やらの力に引かれて地面に降下する。もちろん、前方に大きく飛び上がったので、元の場所に着地などできない。一度降りてから再度、同じように飛び上がって元の場所に戻る算段だ。
――あれがいいな。
着地場所は綺麗な断面を見せている大きな岩。
何やら人間のような影が見えるが、おそらくは気のせいだろう。こんな山奥に人が一人でいるなど考えにくい。
目を閉じ、体の感覚に身を任せる。
こうやって着地に成功すれば、これで晴れて今日をダラダラと過ごすことが可能となる。
着地に失敗してもスーツがあるのだから怪我はないだろうが、それでも心配なってしまう。
気張ることもなく、ただ体を自由落下に委ねる。徐々に地面との距離が狭まっていく。そしてそのまま地面にぶつかるだろう瞬間。
「今」
体勢を整え、足に力を込めて見事に着地。
舞い上がる蒸気が落下の衝撃を和らげ、心と体を落ち着かせる。
――後はもう一度飛び上がって元の場所に戻るだけだな。
少し浮かれたように考えたタケルがもう一度身構える。
蒸気がなくなり、視界が晴れ渡った時。
何となしに視線を移し――
目があった。
その顔はお互いに見知った顔で。
「「――は?」」
2人の声が重なった。
とりあえず、タケルと楓は肩を並べて岩に座り込んでいた。ちなみにタケルの鼻にはポケットティッシュが詰め込まれており、そのティッシュは赤く染まっている。
別に楓に殴られたからとか、そういうわけではもちろんない。
答えは簡単だろう。
彼女が裸だったから。しかも楓といえばなぜかナイスバディな生徒が多い3-Aの中でもトップクラスの体型だ。
余りのボン キュ ボン な体が異性慣れしていない年頃の男性の目に映った。鼻血が滝の如き勢いで噴出してしまったのは言うまでもないことだった。
その後、さすがに服はすぐに着込んだが。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
お互いに顔を真っ赤にさせたまま、重苦しいほどの沈黙が流れていた。嫌な空気を取り払おうと無理に言葉を出そうと思えば
「「あの……」」
見事に言葉が重なり「「あ」」と呟いてまたもや沈黙する。
「……」
「……」
どれほどそうしていただろうか。
数分しかたっていないような気もするし、もう数時間経過したような気さえする。いつの間にやら太陽は傾きはじめ、夕陽が温かく二人を照らしだしていた。
川は流れ、風がささやき、森が木の葉をざわめかす。
鳥がさえずり、赤い空が広がり、白雲が彩りを華やかにする。
彼等の心を落ち着かせてくれるその自然たちは艶やかに視界を潤わせ、穏やかで心地の良い気持ちを与えてくれた。
「「……」」
今まで緊張していたことがバカみたいに感じられ、ついには笑みが自然と浮かぶ。弛緩した空気がお互いに流れ、それを察知したからか、可笑しそうに目を合わせて今度はクスクスと笑う。
一気にリラックスした2人は今までの沈黙が嘘みたいに言葉を交わす。
「とりあえず、さっきは悪かった。スマナイ」
思い出すだけでもまた鼻血が出てしまいそうになる。
「い、いや……先ほどのことはお互いに忘れるのが一番でござるよ」
やはり楓も恥ずかしいのだろう。先ほどまでのように緊張と言った感じではないが、羞恥心からか顔を少し俯かせている。夕陽のせいでわからないが、もしかしたら顔も少し赤くなっているのかもしれない。
――かわいい。
自分よりも背が高い女の子に思うことではないかもしれない。
そう考えながらもボケッと見つめてしまうタケルに、彼女が首をかしげた。
「タケルどの?」
――キミに見とれていました。などと言える筈もない。
「あ、い……いや。なんでもない」
慌てて取り繕い、立ち上がる。
「そういえば、長瀬さんはこんなところで何を? ……修行か?」
「にんにん♪」
まったりと独特に肯定する忍者娘。
「そういうタケル殿は?」
「いや、俺も似たようなものだ」
――もう終わりだが。
付け加え、視線を彼女に戻す。
ばっちりと目が合った。
差し込む夕陽の赤い光が二人を照らす。温かい空気が現実と心の両方に流れている気がして、今度は照れることもなく、優しく微笑みあう。
「じゃあ、夕餉でもどうでござるか?」
「……晩飯か?」
「馳走するでござるよ」
「……」
少し考える素振りを見せる。勿論、嫌なわけはなく、また、本当に悩んでいるのでもない。
――付き合っているみたいだ! と思うのは俺の自惚れか!?
なんて馬鹿なことを考えてたりする。
「駄目でござるか?」
少し悲しそうに言う彼女に、首をブンブンと振り「いや、付き合おう」と頷く。陽の光のおかげで赤い顔もばれていないようだ。
「よし、それじゃあ行くでござる」
「行くって……どっ!?」
尋ねようとしたタケルの手に温かい手が触れた。予想以上にささくれ立ち、節々が硬く……だが、小さく、柔らかく、優しいそれを感じさせる手だった。
「ほら、ご飯でござる~」
上機嫌にタケルの手を引っ張りつつ、楓が先に歩き出す。
「っ……ああ」
彼女と手をつないでいることの恥ずかしさ。
彼女との立場からの気まずさ。
そして、他の誰でもない。彼女だからこその嬉しさ。
――だから、ついに。
タケルは気付いた。
「……まいった」
思わず呟いていた。
きっと、これが――
「長瀬さん」
「……?」
「楓って……呼んでもいいか?」
「っ!?」
驚いたように立ち止まった彼女の顔が赤い。何かをブツブツと呟き、だがすぐにまた歩き出し、
「いいでござるよ?」
蚊の泣くような、可愛らしい声だった。
「ありがとう……楓」
――そう、恋なんだろう。
沈みかかった太陽が温かく2人を包み込む。
風が優しくなで上げ、自然がまるで楽しんでいるかのように舞い上がった。
その日の晩。
ウキウキと眠ろうとしたタケルはフと思い出した。
「あ」
今日外出時にもってきていたバッグの存在を忘れていたことを今になって思い出し、必死になって探しに行った事は当然の流れだったのかもしれない。
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