コールドクリーム
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第三章
第三章
「思ったより早く終わりましたね」
「そうだな。本当にな」
「ええ。ところで」
本郷はまた言う。
「思うんですけれど多分事件はこれで終わりじゃないですよ」
「今の事件だけではない。そうだな」
「まあ俺達が今の事件を解決したら後は芋蔓式でしょうけれど」
「それからは警察の仕事だな」
「明日事件を解決する時は」
本郷はスプーンでカレーを取ってそれを口の中に入れながら述べる。
「警官にも一緒に来てもらいましょう」
「前川さんとな」
「ええ。じゃあそういうことで」
「そうするか」
この日はカレーを食べてからある店に言って終わりだった。そしてその次の日。本郷と役は前川と警官達に連絡をしてから渡邊の部屋に向かった。その部屋に行くとやはり渡邊は自信に満ちたせせら笑いを浮かべて彼等を出迎えたのだった。機能と全く同じ顔であった。
「今日もお疲れさんだな」
「そうだな。今日は大勢だけれどいいか?」
「ああ、いいぜ」
笑いながら本郷に応えてきた。
「好きなようにしな。幾らでも時間をかけていいからな」
「いや、すぐに終わるさ」
しかし本郷の言葉はあっさりとしたものだった。
「すぐにな。何故ならな」
「何故なら。何だよ」
「御前が逮捕されて終わりだからだよ」
今度は本郷が自信に満ちた笑みを浮かべてみせてきた。その笑みで渡邊を見据える。
「それだけで終わるからな」
「おいおい、またかよ」
渡邊は今の本郷の言葉もせせら笑った。実に嘲笑が好きな男であった。
「俺を逮捕するか。いい加減にしないと訴えるぜ」
「弁護士にでもか?」
「ダチの親父がそうなんだよ」
何気に司法をちらつかせる。そうした脅しも心得ているようだった。だがその言葉からこの男の品性が見えるのだった。それはやはりゴロツキのものだった。
「まあ助けてもらうかもな」8
「じゃあそいつに裁判での弁護士を頼むんだな」
逆に言い返す。またしても。
「この後でじっくりとな」
「言ってくれるね。じゃあ俺がやったっていう証拠はあるのかよ」
「証拠か」
「そうだよ。それがないと逮捕できないよな」
あくまで強気だった。全く気にしてはいない。
「ほら、出してみろよ」
「ああ、じゃあよ」
ここで出して来たのは。見れば。
それ配置瓶のクリームだった。それを懐から出して渡邊に見せたのだった。
「なっ・・・・・・」
「何だ?急に驚いた顔をしてよ」
「おかしなものだな」
本郷は驚愕した顔の渡邊に対して勝ち誇ったような笑みを浮かべている。その横では役が表情を変えずに渡邊のその驚愕した顔を見ているのだった。実に正反対だが勝ち誇った感じは同じだった。
「証拠がないというのにな」
「ああ、刑事さん」
本郷は後ろにいる私服の刑事に顔を向けた。そのうえで声をかけた。
「浴槽調べてくれませんか」
「浴槽か」
「ええ。ひょっとしたらこれと同じクリームがあるかも知れません」
「わかった」
刑事は彼の言葉に頷くとすぐに制服の警官達を連れて浴槽に向かった。暫くして浴槽から全く同じクリームが出て来たのだった。
「た、たまたまだよ」
渡邊は目を泳がせて顔を俯かせたうえで言葉を吐き出すのだった。
「こんなのよ。クリームだってな」
「まあクリームなんて幾らでもあるよな」
本郷もそれは認める。
「しかしな。それでも」
「それでも。何なんだよ」
「これは普通のクリームじゃないんだよ」
「普通のクリームだよ」
吐き捨てるような言葉だった。何故かそれをここで出してきた。
「コールドクリームがか」
「それで悪いのかよ」
「脂を隠す。違うか」
「うっ・・・・・・」
「それと血も」
得意げな笑みを浮かべてさらに言葉を続ける本郷だった。
「違うかい?クリームで血痕を隠したんだよな」
「俺がクリームを使ってどうやって人を殺したっていうんだよ、あいつを」
「あいつを、か」
役は今の渡邊の言葉を取った。まるで服の襟を取るかのように。
「あいつと今言ったな」
「くっ・・・・・・」
「それはまだいい。まだな」
「問題はクリームなんだよ」
言葉尻を取ったことを相手の心に刻んだうえでさらに言葉を続ける。本郷はさらに言葉を続けるのだった。
「小説であったかな。それともゲームだったかな」
「ゲーム!?ゲームかよ」
「どれであったかはどうでもいいんだよ。ただ」
さらに言う。渡邊を追い詰めるかのように。
「まず容疑者をベロンベロンになるまで酔わせる。とびきりの強い酒でな」
「そういえばウォッカがあったな」
後ろにいる刑事が答えた。
「九十六パーセントか。よくもまあそんな強いものをと思ったが」
「酔わせてロープか何かで首を絞めて。それを残す馬鹿はいないな」
さらに言葉を続ける。
「燃やしたか何処かに捨てたか。けれどそれはどうでもいいんだよ」
「どうでもいいのかよ」
「問題は殺した後だ」
そこを指摘した。
「殺してそれをバラバラにする。持ち運びやすいようにな」
「俺が殺しをやったってのかよ」
「そうだよ。それはもうわかってるんだよ」
「今の貴様の言葉でもな」
役は襟を取っていたその服を掴みを強くさせた。
「あいつといったな」
「それは言葉のあやだよ」
「あやではない」
渡邊の抵抗をつっぱねた。待っているかのように。
「あやであいつと言うことはない」
「うう・・・・・・」
「話を続けるか」
本郷は役の話を他所に自分の言葉を続けてみせた。その言葉で渡邊を追い詰めていっていた。そこには何の妥協も容赦もなかった。
「バラバラにするのはいいが血が残るよな。血ってのはどんなに洗ってもそう簡単には落ちないものだ」
本郷は血のことは非常によく知っていた。彼のこれまでの探偵家業において。
「それでだ。クリームを塗っておいたらそこに血が付いても洗い落とせばそれで終わりだ」
「そういえばそうだな」
「そうですね」
刑事と警官達は本郷の説明を聞いて顔を見合わせる。言われてみれば確かにそうなのだ。
「それをすれば確実に血は落ちるな」
「部屋にまんべんなく塗ってから死体をばらしてそれから洗い落とせば」
「死体は分けて捨てる。車を使えば簡単にな」
本郷は今度は話に車を出した。
「山奥にでもな。そっちの泥は落としたかい?」
「何処の山だってんだよ。それがわからねえと話にならないぞ」
「ああ、刑事さん」
ここで本郷はまた自分の後ろにいる刑事に声をかけるのだった。顔を彼に向けて。
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