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コールドクリーム

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第二章


第二章

「え、ええ」
「ごく稀にこうした存在がいます」
「こうした存在とは」
「全くモラルがないという存在です」
 モラルという言葉を出してきたのだった。
「モラルですか」
「はい。どんな悪事を働こうが平気な人間」
 およそ最悪の人間である。
「そうした人間は不幸にして実際にいるもので」
「ではこいつは」
「私もまた職業柄多くの顔を見てきています」
 本郷と全く同じ言葉だった。また隠しているものも同じである。
「その経験から見たところ」
「ではこいつは娘を」
「率直に申し上げます」
 役の言葉は静かだが実に鋭いものになった。
「宜しいでしょうか」
「え、ええ」
「おそらく娘さんは既に」
「・・・・・・左様ですか」
 こう役に告げられてがっくりと肩を落とすのだった。落胆を越えたものがそこにあった。
「やっぱり。あいつは」
「ですが。仇は取れます」
「仇は」
 本郷の言葉にすぐに顔を上げた。何とか。
「だから俺達がいるんですよ」
「貴方達が」
「さっき言いましたよね」
 笑ってはいない。真剣な、強い眼差しで前川を見据えての言葉だった。
「三日で事件を終わらせてみせると」
「ええ、確かに」
「俺は約束は絶対に守ります」
「私もです」 
 役も述べてきた。
「ですから御安心下さい」
「必ず事件は解決しますよ」
「そうですか」
「何、楽なものです」
 また笑って述べてみせる本郷であった。
「こうした人間が起こす事件ってのはね」
「人間が!?」
「あっ、こっちの話です」
 怪訝な顔になった前川に対して言葉を言い繕って消した。
「御気になされずに」
「そうですか」
「では。そういうことで」
 こうして依頼を受けることが決まった。前川は去り事務所には本郷と役だけになった。二人になると本郷はすぐに役に対して言うのだった。
「今回はまたえらく普通の仕事ですね」
「そうだな。しかも急に入ったな」
「ええ」
 役の言葉に頷く。
「こんなこともあるんですね」
「そうだな。ところでだ」
「何ですか?」
「まだ容疑者のところに行っていないがどう思う?」
「クロでしょうね」
 直感でこう答えた本郷だった。
「間違いなく」
「君もそう思うか」
「まあまずは容疑者のところに行ってみましょう。そうしたら全てがわかります」
 こう答える。それからまずは事務所を出た。それからその足で容疑者のマンションに向かった。そのマンションは一人暮らしの男にしてはやけにいいものだった。
「どうやってここに一人で暮らしているんでしょうね。しかもあれですよね」
「無職だ」
 役は述べた。
「高校中退後碌に働きもせずだ。ぶらぶらしているらしい。それでこのマンションはな」
「そうですよね。まず有り得ない」
「そうだな」
 また本郷の言葉に頷く役だった。
「その有り得ないことも。調べてみるか」
「今回は術も使わないでよさそうですね」
 本郷は一歩足を出した。歩きながら役に述べた。
「相手が人間ですしね」
「さて。どうしているかだな」
 話をしながらまた前に出た。渡邊の部屋はこのマンションの二階にあった。部屋のチャイムを鳴らすとすぐに人相の悪い男が出て来た。紛れもなく渡邊だった。
「おまわりか?」
「ああ、悪いけれど違うんだよ」
 本郷が彼に答えた。
「俺達は探偵だ」
「探偵!?何でそんな連中が来るんだよ」
「ああ、来た理由は警官と同じだよ」
 軽い調子で笑いながらの言葉だった。
「あの女の子の行方を捜してるんだよ」
「何だ、あいつのかよ」
 渡邊は本郷のその言葉を聞いてせせら笑う顔を見せてきた。
「無駄だと思うぜ。知らないからな」
「もう一度捜査したくてね。いいかな」
「ああ、いいぜ」
 断るどころかせせら笑いながら言うのだった。
「調べてみな。好きな場所をな」
「じゃあそうさせてもらうぜ」
「それでいいな」
 それまで本郷の後ろにいるだけだった。役も出て来た。
「では早速」
「お邪魔させてもらうよ」
「どうぞどうぞ。好きなように好きな場所を調べな」
 部屋の中に上がってきた二人を歓迎はしないが自信に満ちた声で迎え入れた。
「好きなようにすればいいさ」
「ああ、お言葉に甘えてな」
「そうさせてもらう」
 二人は早速家中の捜査をはじめた。トイレも浴槽も調べた。当然他の場所も。しかし手懸かりとなるものは何も見つからなかった。捜査が終わるとまた渡邊のせせら笑う顔が見えた。
「御苦労さん。残念だったな」
「ああ、悪いことをしたな」
「別に。俺は何もしていないからな」
 だがそれが嘘なのはすぐにわかることだった。せせら笑うその顔こそが何よりの証拠だった。
「また何かあったら来てくれよ」
「そうさせてもらうさ」
 わざとらしくすらあるやり取りの後で事務所に帰る。まだ捜査を受けたその日だがもう本郷も役も事件が解決したような顔になっていた。
 その顔で二人はまず事務所に帰った。そこでとりあえず夕食を摂る。夕食かカレーだった。
 そのカレーは本郷はエビフライカレー、役はカツカレーだった。前もって煮込んでいたカレーに買って来たエビフライとカツを入れたものである。それをそれぞれ食べていたのだ。
「さて、と」
 本郷はそのエビフライカレーを食べながら時計を見た。まだ六時だ。
「店に行く時間はありますね」
「充分だな」
 役は本郷の今の言葉に頷いた。
「店に行くにはな」
「そうですね。確かに」
 本郷は役の言葉をさらに聞いて笑みを浮かべさえした。
「カレーを食べてそれから」
「店に行って今日は終わりか」
「ついでに事件は明日で終わりですよ」
 実に軽い調子だった。まるで何ともないといったふうだった。
 
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