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コールドクリーム

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第四章


第四章

「こいつの車の泥、そうですね」
「うむ」
「車の裏を調べればいいです」
「車の裏か」
「タイヤとかそういったところは簡単に洗えますんで」
 こう述べた。
「そこの泥を調べればどの山に行ったかおおよそわかりますね」
「まあな」
 科学的捜査というやつだった。その泥の成分を分析してそこからどの山の泥なのかを調べる。実に科学的な捜査である。
「それでこいつがどの山に死体を捨てたのかわかりますよ」
「よし、じゃあそちらもな」
「ええ、御願いします」
 警官達に伝えたうえでまた話をする。今度は渡邊に対してだ。
「さて、これでまた一つ堀が埋められたな」
「山は広いぜ」
 渡邊は苦し紛れに言葉を出した。
「何処に首があるのかわからねえだろ」
「首、か」
 役は今の首という言葉に突っ込みを入れた。
「また一つ証拠が出たな」
「何がだよ」
「首だ」
 役はまたそこを言う。首という単語をあえて強く。
「首を埋めたんだな。山に」
「うっ・・・・・・くそっ・・・・・・」
「生半可に知恵を働かせるから墓穴を掘る」
 冷淡極まりない言葉だった。あえて渡邊に投げつける言葉だった。
「これ以上話しても墓穴を掘るだけだが。どうする?」
「署ならまだ黙秘権があるぜ」
 また本郷が言う。
「もっとももう大体わかっているんだけれどな。どうするんだ?」
 これが最後の問いだった。遂に彼は言葉を失った。その彼に前から警官達が迫る。そうして手錠をかける。令状が出されたうえでのことだった。
 渡邊が捕まってから暫くして。本郷と役は二人の事務所にいた。そこであれこれと話をしていた。
「あいつですけれどね」
「渡邊和博か」
「ええ、証拠が全部出ましたよ」
「遺体が見つかったか」
「しかも複数です」
 本郷は笑みを浮かべずにこう彼に述べた。
「何かと女の子をかどわかして部屋に連れて行って殺してか」
「そうなんですよ。ほら、あのウォッカで」
「酔わせて浴槽で首を絞めてだな」
「そうです」
 それで殺していたのだ。
「その前に浴槽をコールドクリームで覆って。そのうえで」
「それからバラバラにしてな」
「おわかりなんですね」
「これは予想していたからな。だからな」
 役は本郷に応えて言った。
「バラバラにしてから遺体を山に捨てて」
「そういうことだったんですよ」
「一人ではなかったとはな」
「一人じゃ限度がありますから」
「限度がか。というと」
「はい」
 役に対して答える。
「連続殺人って言いましたよね」
「それか」
「それです。何人も殺してそこから」
「内臓を取って売っていたな」
「仲介はあの時言ったあいつのツレの親父の弁護士でした」
 随分とドス黒い関係だった。だが闇の世界ではよくある関係だった。弁護士にしろその全てが善人というわけではないのだ。悪人もまた存在している。どの世界でもそうであるように。
「そいつがそうした医者に話をして。それで」
「臓器売買か。確かに金になるからな、あれは」
「それであんな豪華なマンションに一人で住んでいたんですよ。碌に職もないのに」
「ドス黒いものだ」
 役はここまで聞いて一言述べた。
「また随分とな」
「事件自体は簡単に終わったんですけれどね」
 本郷はここまで話して上を見上げた。そのうえで大きく嘆息した。
「随分と嫌な事件でしたね」
「真相を知ればな」
「妖怪だって残忍なものですけれどね」 
 これは二人が最もよくわかっていることだった。妖怪達の多くの凄惨な流血の場面を見てきているからだ。しかしその彼等が後味が悪いと言えるだけのものがこの事件にはあった。
「それでもこれは」
「人間もまた残忍なものだ」
 役は言った。
「長い間それを見てきたつもりだがな。何度見ても」
「長い間ですか」
「そうだ。長い間だ」
 今のこの言葉を否定しないのだった。
「どれだけ見ても。慣れはしないな」
「そうですか」
「何はともあれ事件は終わった」 
 これは確かなものにするのだった。
「これでな」
「終わりですね。確かに」
「どうする?何処かに行くか」
「美味いものを食いにですか」
「金は入った」
 前川からの報酬だ。それはもう二人のところに振り込まれたのだ。
「これで何処かに行くか」
「何処かと言われましてもね」
 だが本郷は。いつもの明るさを見せずに言うのだった。暗い調子で。
「今はあまり食欲がないです」
「そうか。君しては珍しいな」
「一日だけ待って下さい」
 一日と言った。
「そうしたらまた復活しますから」
「明日になればすぐに仕事が来るかも知れないぞ」
 役はこう彼に忠告した。
「新しい仕事がな」
「その時はその時ですよ」
 上を見上げたままの言葉だった。これまでと同じく。
「仕事をするだけです」
「そうか」
「というかこんな事件は早く忘れたいですね」
「全くだ」
 これに関しては本郷と同じ意見だった。
「内臓を売る為にか」
「どうもね。そういう話は駄目なんですよ」
 相変わらず上を見上げたままの言葉であった。
「おぞましいものがあって」
「人もわからないものだ」
 役はまた言った。
「化け物と変わらない人間もいる。どんな悪事をしても平気な人間がな」
「それが人間なんでしょうね」
 本郷は素っ気無く述べた。
「結局のところは」
「そうかもな」
 役も本郷の言葉に言葉を返すことなく頷いた。事件こそ終わったがどうにも後味の悪い、人間というもののある一面をあらためて見た、そうした事件であった。二人が向かい合って座るそのテーブルにはあのクリームが一瓶置かれていた。特に何を語るのでもなく。


コールドクリーム   完


                  2008・4・17
 
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