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コールドクリーム

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第一章


第一章

                  コールドクリーム
 本郷忠と役清明。二人は京都の北に事務所を構えている。住宅街の中にあるこの事務所に今日やって来たのは二人にとっては意外な客人だった。
「普通の事件ですね」
「そうだな」
 黒い髪を短く刈って精悍な顔立ちをしたジャケットの青年の言葉に彼よりやや年長の落ち着いた顔で茶色がかった髪を真ん中で分けたコートの青年が応える。黒髪の青年が本郷でコートの青年が役だ。二人でこの探偵事務所の共同経営者であり探偵なのだ。
「いつもはもっと変な事件なのに」
「今日はまた随分」
「変な事件とは思われないのですか?」
 二人の前にいる初老の頭の毛が随分薄くなった男が二人に問うた。二人は事務所の黒い皮のソファーに並んで座っている。その向かい側に男がいるのだ。
「ええ、まあこっちではいつももっとおかしな事件ですので」
「そういうことです」
「行方不明事件が不思議でないと」
 男は二人の言葉にまた首を傾げるのだった。
「それはまたおかしなことですが」
「おかしいのは世の中全部ですよ」
 本郷は笑って男に言葉を返す。
「正常なようでいてどれもが少しおかしい。そういうものです」
「でしょうか」
「はい、それでですね」
 ここで話を一旦終わらせることにしたのだ。このままでは進まないからだ。
「行方不明事件ですか」
「そうです」
 男は本郷の言葉にこくりと頷いた。
「私の娘が急に」
「いなくなったと」
「その通りです。実は前から付き合っている男がいまして」
「男が」
 役が今の男の言葉を聞いて目を光らせた」
「その男が怪しいですね」
「まず私の名前を申し上げますね」
 男はここでまずは自分の名前を名乗るのだった。実は今まで話しそびれていたのである。ついつい本郷の言葉に乗せられた形で。
「前川義則
「前川さんですか」
「行方不明になった娘の名前は前川麻紀」
 言いながら懐から写真を取り出す。そこには茶色の派手な髪と髪と同じく派手なメイクにミニスカートの如何にもといった感じの女の子がいた。彼女が娘だというのだ。
「この娘がです」
「行方不明になったと」
「はい。こう言っては恥になりますが」 
 こう前置きしてから述べてきた。
「甘やかしたせいか我儘になって。勉強も碌にせずに遊んでばかりで」
「ふむ」
 二人は頷きながらその言葉を聞く。まずはよくあるような家庭の話だった。
「最近では碌でもない男と付き合いだして」
「碌でもない男ですか」
「ええ。何でも高校の先輩だそうですが」
 まずはそれからだった。
「高校を中退してから何か碌に働きもせず遊んでばかりの」
「よくいるようなロクデナシとか屑とかそんな感じの奴ですか」
「はい。何でも高校でも問題ばかり起こしたそうで」
 これまたよくある話だった。
「万引きやら煙草やら。そんな奴と付き合ってどうなるかと思っていたら」
「行方不明になったと」
「捜索願いは出しました」
 真剣な顔だった。やはり娘が心配なのがわかる。
「警察にもお話しましたがそれでもわからず」
「こうして私達のところに来たと」
「たまたまです」
 こう述べてきた。
「本当にたまたまここの事務所の前を通り掛かって」
「またそれは随分運のいい」
「運がいいんですか」
「これで事件は解決ですよ」
 本郷は明るい笑顔で述べる。どうやらかなりの自信があるらしい。
「俺達のところに来たからには。お任せ下さい」
「そうなのですか」
「何、人間が相手ですよね」
 彼は笑顔でまた言うのだった。何故かここで人間という言葉が出た。
「だったら楽勝ですよ」
「人間だったら?」
「こちらでのお話です」
 役が出てこう述べてその話を消した。
「とにかく。事件の解決はお任せ下さい」
「はあ」
 役の言葉をそのまま聞いて応えるのであった。
「それで御願いできますね」
「無論です」
 役もここでははっきりとした言葉になった。その言葉を聞いて前川もそれに賭けることにした。意を決した顔になってあらためて二人に言った。
「それでは」
「お任せ願えますね」
「お金はあります」
 お金の話はこれで終わった。
「これだけです」
 小切手を差し出す。そこに書かれているのは二百万であった。
「これで如何でしょうか」
「わかりました。では百万で」
「百万で」
 向こうからいきなり半分と言ってくるとは思わなかった。前川は思わず目を丸くさせた。だが言った本人である本郷は笑みを浮かべ続けてまた述べるのだった。
「三日で終わる仕事ですから」
「三日で、ですか」
「明日容疑者のところに言ってそれでちょっと調べて終わりです」
「それで三日ですね」
 役も述べた。
「容疑者はその先輩ですよね」
「はい。渡邊和博」
 写真からは見るからに碌でもない生き方をしている人相の悪い人間が出て来た。さながらヤクザかゴロツキ、チンピラといった感じである。
「この男です」
「ふむ、この男ですか」
「どう思われるでしょうか」
 前川は真剣な顔で二人に尋ねてきた。
「少し拝見しただけですが」
「碌な男じゃないですね」
 最初に述べたのは本郷であった。
「そう思われますか」
「俺は人相見じゃないですけれど仕事柄色々な顔を見ますんで」
 人間以外も、というのはここでは隠すのだった。今回の仕事はそうしたものではないとはっきりとわかっているからであった。そのうえでの言葉である。
「まあこうした顔は碌でもない奴ですね」
「やっぱり」
「それにです」
 今度は役が述べてきた。
 
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