戦国異伝
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第百三十一話 二人の律儀者その三
「織田家を討てとどなかからか言われた場合も」
「公方様なりか」
「我等もようやく守護にして頂きました」
安芸守護だ、毛利家は他にも自分達が治めている国の守護にも任じられている。
「その公方様に逆らえるかといいますと」
「出来ぬな」
「はい、そうは」
「その時はわしが出る」
暫く息子達に話させていたが元就がここで再び口を開いた。
「このわしがな」
「父上がですか」
「そうされますか」
「わしは確かに年老いたが毛利家の主はわしじゃ」
それならというのだ、一応家督は隆元に譲ってはいるが毛利両川の主は今も元就なのだ。それ故にだというのだ。
「わしが出ずして話ははじまらぬな」
「だからですか」
「出られますか」
「うむ、そうする」
まさにというのだ。
「それに右大臣殿に対することが出来る者はそうはおらぬ」
「父上以外にはですか」
「おらえませぬか」
「右大臣殿はまことの傑物じゃ」
それ故にだというのだ。
「わしが出ねばな」
「相手にはならぬと」
「そこまで仰いますか」
「その通りじゃ、わししかおらぬ」
二百万石の毛利家でもだというのだ。
「だからじゃ」
「では我等も」
「我等も及ばずながら」
息子達もそれぞれ名乗り出る。
「お供させて頂きます」
「その時は頼むぞ」
元就は息子達の申し出に頼もしいものを感じながら応えた、彼は織田家の勝利を確信していた。それは彼でなくとも思うことだった。
それは長政も同で家臣から織田軍が近江の北、彼等の領地に入ると聞いてもただこう言うだけであった。
「越前に入られるのだな」
「いえ、若狭に向かわれます」
流石に直接越前を攻めるとは言えない、浅井と朝倉の関係を気遣ってあえてこう言い繕ったのだ、体裁を整えたのであって嘘ではない。
長政もそれはわかっている、だから今はこう言うだけだった。
「ならよい」
「それで、ですな」
「義兄上には今は何も出来ぬがな」
体裁はそうなっていても真実はわかっているからこその言葉だった。
「道中何もない様にとお伝えしてくれ」
「畏まりました」
「その後じゃな」
やはりわかっている言葉だった。
「我等が動くのは」
「そうですな、おそらく金ヶ崎で決まるでしょう」
家臣達もその辺りの事情はわかっている、もうこれは天下の誰もが知っていることだから問題のないことだった。
「では」
「その時に義兄上と朝倉殿に文を送ろう」
「そして、ですな」
「戦はかたがついたところで終わらせるに越したことはない」
とことんまですることはないというのだ。
「程よいところで収めれられればな」
「別に朝倉家を滅ぼすこともない」
「左様ですな」
「その通りよ。やはり朝倉家とは長い付き合いがある」
どうしてもこのことは否定出来なかった、長政にしても。
「だからじゃ」
「それで、ですな」
「その時は文を送られますな」
「そうする。既に用意は出来ておる」
文を送るそれがだというのだ。
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