管理局の問題児
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第9話 朝食
リクとなのはのあの夜の出来事から既に3週間が経過していた。
リク、レイ、アキの3人はある程度6課の面々と交友を深め、仲間として認められ始めていた。
勿論未だ彼らを不安分子として頑なに認めようとしない者もいるが。
そしてその一人が、ティアナ=ランスターであった。
「おはよう」
朝。
皆が食堂で朝食を取る時間である。
リクもそれに漏れず、食堂に来て食事を取る。他の二人…レイとアキは朝が壊滅的に弱いので、未だ部屋で寝ている。
「…………」
リクの挨拶に、ティアナは無言で頭を僅かに下げるだけだ。
どうやら予想以上に嫌われているらしい。
(ティアナは真面目そうだからな。俺を嫌っても不思議はないか)
その事に少しだけ寂しさを感じる。
リクにとってティアナ=ランスターという少女は良くも悪くも真面目な人物だ。それはこの3週間見ていて何となくだが感じた事だった。
だからこそリクはティアナのその真面目さが嫌いではなかった。いや、どちらかといえば好感を抱いているくらいだ。
そんなティアナに認められないのは、リクとしても軽く堪える。
リクは朝食が盛られたトレーを持ちながら、ティアナから少し離れた席に座った。現在はまばらに人がいるが、リクの座ったテーブルには誰もいない。
「おはようリクくん」
座ってから一分程経った後、なのはがやってきてリクの前に座る。
あれからなのはとリクの関係は大きく変わった。
勿論なのはが言った「ちゃんとする」という言葉の意味を、リクは正確に理解していたので、それまで表だって仲良くするという事はない。
けれど、なのはとは今のように一緒にご飯を食べるし、お互いよく目が合ったりもする。言葉にして想いを伝えていないだけで、二人がお互いに強く意識し合っているのは明らかだ。
「ねえねえ、今日の訓練メニューなんだけどどうかな?」
なのはは空中にディスプレイを映し出す。
そこには今日一日の訓練メニューがビッシリと書かれていた。
それにざっと目を通しリクは一言。
「良いんじゃないか?相変わらず良く出来た訓練メニューだと思うが」
「そっか。えへへ…」
何が嬉しいのか、頬を染めてニコニコの笑顔をリクに向ける。
これが恐らくあの夜から最もなのはが変わった点である。前のなのはなら、考えた訓練メニューの出来を誰かに聞くなどありえなかった。何事を極力自分でこなしてしまう優秀さを持っているが故に人に相談しない。
そんな強さとも、欠点ともとれる所があったなのは。
しかしあの日から、なのはは積極的にリクに相談を持ちかけるようになった。
それはなのはなりに甘えているのだろうと、リクは思っていた。
当然好きな女に甘えらえて嬉しくない男はいない。それがいつも自分一人で何事もやろうとしているなのはだから尚更だ。
こうやってなのはが甘えてきてくれる度にリクは自分がなのはにとって特別な存在であるという優越感と充足感を得ていた。
(どんだけ惚れてるんだよ俺…)
自分自身に内心で呆れる。
その時、ふと思った。
(いつもなのはが俺に相談してくれるなら、俺から相談してもいいのか?)
リクはこう考えた。
リク自身なのはから相談されるのは嬉しい。ならなのはも俺から相談されたら嬉しいのではないか。
自分がされて嬉しい事を好きな相手にもやる。
なんとも子供っぽい思考である。
「なあ」
「ん?なに?」
「ちょっと相談があるんだが」
「えっ!なになに!?なんでも言って!」
が、どうやらその子供っぽい考え方は間違っていなかったようだ。
リクから「相談がある」と言われたなのはは、先程よりも一層強い喜びを表情に浮かべる。
どうやら正解だと、リクも嬉しい気持ちになる。
だからかもしれない。言葉のチョイスを間違ってしまったのは。
「俺さ、ティアナの事が気になるんだが」
―――ガシャーン!!
何かが盛大に割れる音が食堂内に響く。
「お、おいどうした?いきなりカップ落として」
リクの言葉を聞いたなのはが、手に持っていたコーヒーカップを落とし、そのせいでカップが割れたのだ。
しかもカップを落とした時、コーヒーが零れ、なのはの着ている制服のスカートに少しだけ掛かってしまっている。
「おい。コーヒーがスカートに掛かってるぞ。早く部屋に戻って洗濯しないとシミになっ―――」
「そんな事はどうでもいいよ」
底冷えするような声。
それほど大きな声でもなかったが、何故か食堂内に響き渡った。
その絶対零度の声は、食堂にいた六課メンバーの動きを停止させるには十分であった。
(な、なにが起こっている…?)
完全に理解不能な状況にリクは混乱で頭を満たしながら、辺りを見渡す。
少し離れた所では、朝食を食べ終わり、自室に戻ろうとしていたティアナが立ち上がった状態で停止しており、今食堂に来たスバルとエリオとキャロはトレーを持ったまま固まっている。
「ねえリッくん」
冷静な判断が下せる状況下ではないのか、二人きりでしか呼ばないといった「リッくん」という呼び名でリクを呼ぶ。
「お、おいおい。それはこの場で使う一人称としてはおか―――」
「ねえリッくん」
「なんでしょうか」
逆らったらいけないとリクの脳内警鐘がガンガン鳴り響いている。
しかも今リクは義魂丸を自室に置いてきてしまっている。逆になのはの首には愛機であるレイジングハートが。
いかに一対一の戦闘でなのはより強いリクでも、義魂丸がなくては勝ち目はない。
「ティアナの事が気になるってどういう事なの?」
「どういう事ってそのま―――」
ここに来てようやくリクはなのはの考えに至る。
(こいつさては俺の気になるをティアナを異性として気にしていると考えたのか?)
なんだかんだで察しの良いリクは、素早くそう考え、そして内心でニヤリと笑う。
相変わらずなんてからかい甲斐のある奴なんだろう、と。
「なあなのは」
「…なに?」
リクが纏う空気が変わった事を鋭敏に感じ取ったなのはは、怒りが抑え込まれ、幾らか冷静になる。
「俺はティアナに嫌われてるから仲良くしたい。そういう意味で気になるって言ったんだが」
その言葉に、なのはの動きが止まる。
そしてたっぷり十秒経つ。
「~~~~~~~~っ」
そして一気になのはの顔が真っ赤になる。
盛大な勘違いに羞恥の気持ちがなのはの全身を襲う。
「おやおや?高町隊長?一体何と勘違いされたんですか?まさか下世話な方に考えを及ばしたんじゃ…」
「なっ!?ち、違うもんっ!わたしリッくんがティアナの事が好きなんじゃないかなんて思ってないよ!?―――あ」
語るに落ちるである。
「ぶははは!!自爆してる。めっちゃ自爆してる!」
機動六課に慣れてきたリクは、最初の頃を打って変わって、かなり自分の素の性格を出せるようになっている。特になのはの前では。
「うがーっ!!うるさいよ!!」
普段ここまで盛大にからかわれる事のないなのはは、顔を真っ赤にして怒る。
まあ、本気で怒っているよりも、じゃれ合いに近い。それを周りも理解しているのか、二人を見る視線は生温かい。
「食堂でコント繰り広げるんは止めてくれへんか?」
そんな時にやってきたのがはやてだった。
後ろにはシグナムとヴィータ、フェイトもいる。
「よおリク」
「相変わらずなのはとは仲が良いみたいだな」
ヴィータとシグナムがそう言ってくる。
リクは六課の隊長、副隊長達とは非常に友好な関係を気付いていた。
ヴィータには結構な頻度でアイスを差し入れているし、シグナムとは空いた時間に模擬戦をしたりしている。
「お、おはようリク」
問題はフェイトだった。
あの日、なのはがリクに「ちゃんとする」と言った事がきっかけで、リク自身もちゃんとしなければと思い、フェイトに自分のとりあえずの気持ちだけでも伝えようと思っていたのだ。
しかしフェイトがそれを聞くのを頑なに拒否し続けている。というより、友達になるという事で一件落着になったので問題ないだろうというスタンスなのだ。
問題がないと言えば問題はないが、リクは、どこかフェイトを「保険」として扱っているような感じがして嫌なのだ。
「おはようございますフェイト隊長」
挨拶を返しながらリクは思う。
(まあ、フェイトに自分の気持ちを伝えておこうというのも自己満足に近いし、あえて傷つけるような事する必要もないか)
そう自分を無理矢理納得させ、朝食を続けるのだった。
◆
「な、なんなのよ…っ」
ティアナは自室に向かう道すがら、そう悪態を零す。
思い出すのはさっきの朝食での一件だ。
―――ティアナと仲良くなりたい。
そうなのはに言っていたリクの言葉を思い出す。
「~~~~~~~っ!」
それだけで自分の心臓はバクンバクンと鼓動を刻む。
顔は自分でも分かるくらい真っ赤になっているだろう。現にその言葉を聞いて、食堂を出て行くとき、同室のスバルに「ティア?顔赤いけど大丈夫?」と言われたのだから。
「なんでよ…っ!なんなのよ…っ!」
ティアナは無剣リクの事が嫌いだった。
その理由は単純、あの問題行為の件だった。他の、例えば上官に殴りかかったとかならば、何か特別な理由があったのでは、と考える事も出来たが、あの問題については議論の余地なくリクという男が最低な人間だと物語っている。
少なくとも女性関連は最低だ。
それが真面目なティアナには到底許容出来るものではなく、結果としてリクの事が嫌いだと、そう思っていた。
「………………」
しかし、それと同時に不思議な感情もあった。
今朝、リクに「おはよう」と言われた時、ドキッとしたのだ。ただの「おはよう」なのに、ティアナは今まで感じた事のない気持ちを感じた。
いや、それよりも前に、同じような事を感じた記憶があった。
「そうだ、アレはあの男が入隊してきた時…」
初めてリクの顔を見た時だ。その時もティアナの心は高鳴った。嫌いな奴を見たからだと納得させたティアナだったが、今思い出せばアレは少し違ったのではなにか。そんな考えが浮かんだ。
「ち、違うわっ!全然違う!あたしに限ってそんな事ないわよっ!!」
廊下で、誰もいない空間に向かって激しくツッコむティアナ。
―――ティアナと仲良くなりたいんだけど。
「……………」
顔を先程の何倍も真っ赤にしながらティアナは自室に向かって無言で歩き出す。
その時ティアナとすれ違ったシャマルが。
「嬉しさと悔しさと怒りがないまぜになったような表情をしていたわ」
と食堂にいた他の六課メンバーに楽しそうに話していた。
ページ上へ戻る