ドン=カルロ
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第三幕その五
第三幕その五
「あ奴は昔からそうであった。どうも気ままなところがある」
彼は少し憮然とした表情でそう言った。
「母親を早くに亡くしたのが悪かったのかのう。やはり父親だけでは子は育たぬか」
「それは・・・・・・」
フェリペ二世も同じであった。彼も幼い頃に母親と死に別れている。以後彼は男の世界で育ってきている。
エリザベッタはそれについて言おうとした。だがその時であった。
「殿下が来られました!」
この場を守る衛兵達を指揮する将校の声がした。
「やっとか」
王はそれを聞いて言った。
「全く何をしておったのだ」
その直後彼は息子が何をしていたのか悟った。
「何・・・・・・」
彼はそれを見て思わず眉を顰めさせた。カルロは一人ではなかったのである。
その後ろにはある者達が続いていた。彼等はスペインの服を着てはいなかった。何とフランドルの服を着ていた。
(殿下、まさか・・・・・・)
ロドリーゴはそれを見て思わず顔を白くさせた。カルロは何とフランドルの者達をここに引き連れて来たのだ。
カルロは父王の前に来た。そして跪く。その後ろにいる者達もそれに倣った。
「太子よ」
王は重苦しい声で彼に対し尋ねた。
「わしの前でそなたと共に跪くその者達は一体何者だ!?」
「陛下の忠実なる領民達です」
カルロは顔を上げて答えた。
「わしのか」
王はそれを聞いて眉をピクリ、と動かした。
「立つがいい」
王はカルロとその者達に対して言った。皆それに従い立ち上がった。
「見たところスペインの者ではないな」
「はい」
「フランドルの服を着ているが」
「そうです、この者達はフランドルから来ました」
カルロは王の顔を見上げて答えた。皆その言葉に大いに驚いた。
「ほう、フランドルからか」
王はそれに対し感情を表に出すことなく応えた。
「一体フランドルから何用で来たのだ?」
「陛下に申し上げたいことがあるそうです」
カルロは彼等を代表して言った。
「何の用でだ!?」
彼は薄々は察していたが顔にはそれを出さずに問うた。
「王太子、いや我が子よ」
彼はあえてそう呼んだ。彼が話しやすいようにである。
「言ってみるがよい」
「わかりました、父上」
カルロは頭を垂れて答えた。そして話はじめた。
「今フランドルは血と涙に覆われております。どうかここにいる者達に対し慈悲を賜りますよう」
「今火にくべられようとしている者達に対してもか」
「それは・・・・・・」
カルロは後ろを見た。見れば火刑台にくくりつけられている。
(助けなければ)
彼はそれを見て意を決した。しかしそれは誤りであった。
彼は父の心を読み取れなかった。父である王は旧教の擁護者でもあるのだ。フランドルの者は救うことは出来ても火に入れられようとしている新教の者を救うことは出来ないのだ。それがわからないのは彼が若かったからだけではない。彼は自身の家のことも忘れていたのだ。
「お願いします」
彼は父に対して言った。
「陛下、ご慈悲を賜りますよう」
フランドルの者達も彼に倣って言った。
「・・・・・・・・・」
王は暫し黙っていた。カルロはその顔をジッと見ていた。
「ならん」
王は顔も首も動かすことなく言った。
「あの者達を許すことはならん」
「何故でしょうか!?」
カルロはそれを聞き血相を変えて問うた。
「わしに対しての不忠なら許そう。あくまで問い聞かすだけだ。しかし」
王は言葉を続けた。
「神に対する不忠だけはならんのだ」
「何故ですか!」
「カルロよ」
王は自身の子の名を呼んだ。
「そなたもわしの後を次ぎこのスペインの王となるならば、そしてハプスブルグの者のあらばわかるがいい。何故神に対する不忠が決して許されぬかを」
彼はそう言うと側に控える衛兵達に顔を向けた。
「そこにいるフランドルの者達を退けるがいい。話は後で聞いてつかわす故」
「ハッ」
兵士達は頭を垂れるとフランドルの者達を取り囲んだ。
「ならんっ!」
カルロは彼等の前に立ちはだかった。
「彼等を退けることは私が許さんっ!」
「殿下、ですがこれは・・・・・・」
兵士達は何時にない彼の頑なな態度に戸惑った。だが王はそんな彼に対して言った。
「カルロよ、席に着くがいい。あまり他の者を困らせるな」
「ですが父上っ!」
だがカルロはそれを聞き入れようとはしない。あくまで抵抗し衛兵達の前に立ちはだかる。
「陛下」
そこにエリザベッタとロドリーゴが進み出た。
「太子の仰ることももっともかと。ここはお慈悲を」
「・・・・・・・・・」
彼は妃を見た。その目は何かを疑っていた。
(やはりな)
彼はカルロを見るエリザベッタの目を見て何かを悟った。
「陛下、私からもお願いです」
そこにいる貴族達のうち何人かもそれに続いた。
「そうだ、殿下や王妃様の仰る通りなんじゃないか!?」
民衆の中にもそう言いはじめる者が現われてきた。
「父上、お願いです!」
カルロは形勢が有利になったと思いさらに言った。
「フランドルの者達に、今火にかけられようとしている者達に対してお慈悲を!」
「・・・・・・・・・」
だが王はそれに対し答えようとしない。その山の様に動かない頑なな態度はまるで彼がカルロに何かを見せようとしているかのようであった。
「陛下」
そこにある者達が進み出て来た。司教を先頭にした僧侶達だ。
「それはなりません」
彼等は王に対して言った。
「あの者達は神に対して不敬を働いたのです。それは万死に値します」
王はそれに対し顔を向けずに聞いている。顔はカルロに向けられたままである。
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