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ドン=カルロ

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第三幕その四


第三幕その四

 マドリード北西約二〇〇キロのところにバリャドリードという名の都市がある。カスティージャ=イ=レオン州の州都であるがこの街は歴史に度々現われる。
 まずカスティーリャとアラゴン両王国の王同士の婚姻が結ばれた場所となった。この婚姻はスペインを作った歴史的な結婚であった。今フェリペ二世がこのスペインを治めているのもこれがあってのことであった。
 またこの街には『ドン=キホーテ』の作者セルバンテスも住んでいた。後にはフランスブルボン王朝の太陽王ルイ十四世の母ドニャ=アナもこの地で生まれている。ジェノバの船乗りでありアメリカ大陸を発見したコロンブスはこの地で自らが見つけたその地をインドと信じながらこの世を去っている。
 その街にある大聖堂である。かって二人の王が結婚したこの地の大聖堂で今とある宴が開かれようとしている。
 それはこの時の欧州で度々、いやよく行なわれていた宴であった。
 異端審問、そしてそれによる処刑である。異端は火刑に処されるのが決まりであった。
 見れば聖堂の前の広場に柱が並べ立てられている。木のその柱の下には薪が既に設けられている。
「早くやれ!」
「そうだ、異端に死を!」
 民衆の声が響く。娯楽のない時代である。彼等にとってこの処刑はまたとないショーであった。
 こうした公開処刑は長い間人々にとってショーであった。ローマではコロセウムにおいてキリスト教徒達が餓えた獣に貪り喰われる様を見ることがショーであった。あちこちの国で処刑はショーであった。鋸引きも釜茹でもそうである。人の心の奥底にそうした血を好む一面があることは残念なことに否定出来ない。
 今回の処刑は特別であった。何故なら処刑される者達はスペインの者達ではなかった。フランドルの者達なのである。
 彼等は新教徒である。しかもフランドルの独立、スペインから見れば反乱の指導者達である。彼等の処刑はスペインにとって大きな意味があるのだ。
「陛下に逆らう奴等に死を!」
「思い上がったフランドルの奴等に神の裁きを!」
 皆口々に叫ぶ。彼等にとって王と旧教こそが正義なのである。だからこそこの処刑を今か、今か、と心待ちにしているのだ。
「こら、そう慌てるな」
 かえって兵士達がそれを宥める程である。
「落ち着いて待つがいい。そう焦らなくとも処刑は行なわれるからな」
 彼等を指揮する将校の一人がそう言う。そして興奮する民衆を落ち着かせる。
 民衆はその言葉に次第に落ち着きを取り戻した。やがて沈痛な葬送行進曲が鳴り響いてきた。
「来たな」
 まず僧達が広場にやって来た。その後に楽隊が。そして兵士達に護送されて処刑されるフランドルの指導者達がやって来た。
「来たぞ、来たぞ!」
 民衆はそれを見て再び興奮しだした。
「だから落ち着け、というのだ」
 今度は僧侶達も彼等を落ち着けようと宥めだした。場は最早血への渇望に満ちていた。
 僧達を指揮する司教が広場の中央にやって来た。フランドルの指導者達がその前に連れて来られる。
「神の掟を破った異端の者達よ」
 司教は彼等に対して語りはじめた。
「今から汝等は神の裁きを受ける。そしてその罪の重さをとくと味わうがいい」
 それはこうした異端審問でいつも語られる文句であった。
「しかし断罪の後で許しがある。汝等はその時に神のご加護にすがるがいい」
 こうした文句は聞かされる側にとっては白々しいものでしかない。言う方にとっては単なるおためごかしである。そうした空虚な時間の後でフランドルの者達は火刑台の前に導かれた。
 そこで晴れやかな曲が演奏された。その火刑式を見るスペインの要人達の入場である。
 王妃をはじめとして王族や大貴族達が連なる。その中にはロドリーゴやエボリ公女もいた。
「・・・・・・・・・」
 ロドリーゴは表情にこそ出さないがその胸中は不愉快なものであった。彼にとっては自分の身体が焼かれるようなものであった。
 公女はそれを見て何か言いたげであったが言わなかった。そして皆それぞれの場所で立ち止まった。
「さあ、陛下が来られるぞ!」
 民衆はそれを見て言った。大貴族のうち一人が聖堂の扉の前にやって来た。そしてその扉の前で立ち止まった。
「さあ、聖なる扉よ、今こそ開かれよ!」
 彼はそう言うとその扉に手をかけた。
「いかめしき聖堂よ、我等の王を出し給え!」
 そして扉を開けた。その中からフェリペ二世が姿を現わした。
 正装をし頭上には王冠をいただいている。そして僧達に囲まれゆっくりと下に降りてくる。それに対して身を屈めて一礼していた。
 彼は設けられた自身の席の前に来た。そしてそこで皆に身体を向けた。
「顔を上げよ」
 皆それに従い顔を上げる。
「皆の者、わしは神よりこの国と王冠を授けられた時誓ったことがある」
 彼はゆっくりと語りはじめた。
「それはこの国に永遠の繁栄をもたらすこと、そして神の教えを守ることだ」
 そう言うと一度言葉を切った。
「今ここにいる者達はその二つを破った。それにより今から神の裁きを受ける」
 その言葉は重苦しくその場の全てを圧するものであった。
「だがこの者達にも慈悲はもたらされる。それはこの世ではないにしろ神は必ずどのような者に対しても慈悲を与えられるものなのだ」
 それはフランドルの者を見て言っているのではなかった。彼は僧侶達、とりわけ司教をチラリ、と見た。
「それは忘れてはならない。そしてわしはその神とこの国に永遠の忠誠を誓おう!」
「陛下に栄光あれ!」
 皆それを聞き口々に王を称えた。殆どの者にとってフェリペ二世は偉大な国王であったのだ。
「でははじめるがよい。苦しむことのないようにな」
 彼は席に着くと司教に対して言った。彼はそれに対して恭しく頭を垂れた。
「王太子の姿が見えぬな」
 王は隣りの席に座る王妃に対して言った。
「そういえば」
 エリザベッタはそれに気付きハッとした。
「何処に行ったのだ」
 彼は妃の表情を窺いながら尋ねた。やはり怪しんでいるようだ。
「まあ良い、そのうち来るだろう」
 王はそう言うと顔を正面に向き直した。そこでは火刑の準備が行なわれている。
 
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