魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~
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Epic3力ある青き石。蒼の星に降り注ぎて~Ace of SwordS~
前書き
Ace of Swords/ソードの1の正位置/試練の始まり。苦難の始まりではなく、終わらせるための挑戦。
†††Sideルシリオン†††
◦―◦―◦初っ端から回想だ◦―◦―◦
ようやく逃れたと思っていた嫌な運命、女装。そしてそのままの格好で外出。ロングワンピースという服を着て、髪型をストレートから両耳後ろのダブルおさげしただけで、道行く人が私に向ける視線がグッと跳ね上がった。私と一緒に外出できるのが本当に嬉しいらしい上機嫌なはやてに付き添って向かったのは、はやての掛かり付けである海鳴大学病院。
「そや。ルシリオン君。名前どうしようか?」
車椅子のグリップを握って押しているところに、はやてが肩越しに振り向いて訊いてきた。最初は何のことか判らず「名前?」と訊き返してしまったが、すぐに察して問いに答える。
「石田先生には私の愛称で紹介してもらおうと思ってる」
「ルシリオン君の愛称?」
「ああ。ルシル。それが私の愛称だ」
私がまだ幼い頃にゼフィランサス姉様に付けてもらった、大切な宝物の1つだ。変に偽名を使うよりかはボロが出ないはずだ。はやてが「ルシル君、ルシルちゃん・・・」何かを確かめるように何度も私の愛称を呟く。
ルシル君。はやてにそう呼ばれて、改めて親友と再会することが出来たんだと思えた。やっぱり嬉しかった。ここ2千年の契約のどれもが殺戮と破壊だった。最後の最後で私の心を癒してくれる世界に訪れることが出来て・・・ああ、しあわ――違う。
「幸せなんて・・・」
「ん? なんか言うたか?」
「ううん。何でもない」
「なあ、ルシリオン君。これからもずっとルシル君って、そう呼んでええかな?」
「あ、ああ、もちろんいいぞ。でも、石田先生の前では・・・」
「ルシルちゃんやね。了解や♪」
「・・・・・・うん」
ダメだ、自分で頼んでおきながら泣きそうだ。海鳴市に来て一週間とせずに私は随分と涙もろくなってしまったようだ。そんな風に病院の待合室に着くまでに口裏合わせしておく。はやての診察の番となり、一緒に診察室に入る。石田先生が笑顔ではやてを招き入れようとデスク上のカルテからこちらに向き直り、
「こんにち――は? え? え? はや――ええ?」
私を見て、石田先生の優しい笑顔が一瞬にして混乱顔になった。まずは「こんにちは石田先生。この子は外国の親戚で・・」はやてが自己紹介の前振り。私ははやてのリクエストに応えてスカートの裾を僅かに摘まみ上げ、
「はじめまして。私、ルシル・セインテスト・フォン・シュゼルヴァロードと申します」
私の愛称であるルシルと名乗る。石田先生に向けている表の顔はニコニコ笑顔だが、心の顔ではもう滝のように涙が流れている。全身鳥肌だよ、こんちくしょー。とにかく口裏わせをした内容を、はやての脚を診ている石田先生に、はやてと一緒に話す。大雑把に説明すると、
――とある用事で海を渡って来たルシルちゃんは、用事のついでに遠い親戚の八神さん宅に挨拶にやって来ました。ですが、残念なことにもうご両親はもう居ませんでした。ルシルちゃんはただ挨拶を済ませて帰ろうとしました。
そこでふと、はやてちゃんは日本に居る間の住まいはどうするのか気になり、ルシルちゃんに尋ねます。返って来た答えはホテルに泊まる、でした。それを聞いた優しい優しいはやてちゃんは、宿代が馬鹿にならないということで、ルシルちゃんを家に招きました。期間は不明だけど、八神さん宅はこれからとても賑やかになりそうです――
「――お終い♪」
「お終いって、はやてちゃん。そんな・・・ええーー・・・」
ものすごい微妙な顔をする石田先生。私が石田先生の立場だとしたら、今の話には私の正体や用事などの具体的な説明が無いから、私もきっとそういう顔になるだろうな。しかしはやては満足そうだ。反面石田先生の表情は晴れそうにないままだ。ならば、これ以上変に勘繰られる前に最後の手段を取るしかない。
「石田先生。今日は一緒に来ることが出来ませんでしたが、私には歳の離れた姉が居ます。姉、ゼフィもこれからはやての家に御厄介になるので、生活については何も問題ありませんので」
ゼフィという予定外の嘘に声を上げそうになったはやての頭を押さえてアイコンタクト。話を合わせてくれ、と。はやてに目には、ホンマに大丈夫なん!?という焦りの色が。大丈夫だ、と目を薄く細めて頷く。私たちの無言のやり取りに、「あら、そうなの? はやてちゃん」石田先生から確認が。
「えっ? あ、その・・・ですね・・はい、今日は居ませんけど・・・ゼフィさんも一緒に暮らすことになりました」
家族が居ないと言っていた私が急遽盛り込んだゼフィという姉の登場だったが、はやてはちゃんと私の話に乗って来てくれた。はやての挙動不審さに最初は石田先生に怪しまれたが、後日はやてと一緒に挨拶させると約束したため、石田先生も「じゃあお待ちしてます」とようやく信じてくれた。その日の診察は無事に終了。病院を後にしてバス停に向かっている時に、
「ルシル君! ルシル君って家族が居らんやなかったん!?」
「居ないぞ」
「それやったらどないすんの!? 石田先生には近いうちに連れて来るって言うてたのに!」
うあ~と頭を抱えるはやて。いつか知られてしまうのは確定している。なら知るのが遅いか早いかの違いでしかない。私は唸っているはやての頭にポンと手を置き、「私の正体を教えよう」はやての耳に顔を近づける。
「ひゃ・・!?」
耳に息が吹きかかってしまったことで小さな悲鳴を上げたはやてだったが、私は気にすることなく「私はな、魔法使いなんだ」と耳打ちする。
「へ? 魔法・・使い・・・?」
「ああ。一度家に帰ろう。そこで見せよう、魔法使いとしての私を」
そういうわけで、八神宅に戻って早速見せた。魔術ではなく魔法による変身を。身長を160cmちょいにまで引き上げ、体のつくりを女性型にした。正しくゼフィ姉様の姿だ。どこからどう見ても成人の女だろう。はやてがポカンと「すご・・」私を見上げている。
「どうだ? これが変身の魔法だ」
「ほわぁ~・・・。美人さんやなぁ・・・。声も女の人のもんやし。とゆうか、ホンマに魔法なんて在ったんやな」
一通り私の体をペタペタ触れたはやては「確かにこれならバレへんな~」と納得してくれた。すぐに魔法を受け入れてもらって何よりだ。さすがシグナムたち“夜天の書”をすぐに受け入れた精神の持ち主。
◦―◦―◦回想終わりだ◦―◦―◦
早いものであれから5日が経ち、その間に私の姉という設定のゼフィの姿で、石田先生に挨拶するために会った。はやてと私の生活への保障を約束し、私とはやてが一緒に住むことへの理解を石田先生はしてくれた。良い先生だけに騙すのは気が引けるが、騒がれて面倒を起こされても辛いものがあるために割り切るしかない。
「ルシル君、ルシル君」
「どうした? はやて」
いま私たちが居るのは市立風芽丘図書館。はやてはよくここで本を読んでいるとのこと。図書館ということで、私たちは小声で話している。“夜天の書”はまだ起動していないため、はやてのリンカーコアは未覚醒だ。だから今はまだはやては一般人。ゆえに念話(ベルカ式では思念通話)などの基本的な魔法も出来ないため、小声にならざるを得ない。
「今日の晩ごはん、どないする? やっぱり2人で作れるやつがええな♪」
「そうだな。じゃあ帰りにスーパーに寄って決めようか」
「うんっ♪」
はやてと一緒に朝・昼・夜のご飯を作るのが毎日続いて、もはや習慣となっている。当番制にしようと提案しても、一緒に作ると頑なだったために諦めている。まぁ私としても楽しいから一緒に作るのは嫌なわけじゃない。
帰りの予定を立て、再び伝奇の読書へと戻ったはやての横顔を横目で見る。彼女はいつも嬉しそうに、そして楽しそうに笑ってくれている。自惚れだが私が居なくなれば、きっと曇るだろう。だが、“夜天の書”が起動すれば、シグナム達が新たに家族となる。
(夜天の書がはやての私室に在るのは確認済みだ)
八神家を訪れたその日、はやての部屋に案内してもらった時、確かに見た。起動さえすれば、私が八神家が去ったとしても寂しくないだろう。6月4日。はやての誕生日くらいまでなら一緒に暮らしてもいいんじゃないか、と思えてしまう。そんな事を考えている合間にも、もう1つの日にちについて思考が巡る。
(4月19日。今日、ジュエルシードがこの地に降り注ぐはず)
21個のジュエルシードを、私、なのはとユーノと管理局、プレシアとフェイトとアルフの3勢力で争い奪い合う。この1週間ちょっとで、全ジュエルシードの落下地点の場所は思い出した。あとは、フェイト達には本当に申し訳ないがジュエルシードを奪い取るのみ。
(大丈夫だ。私は戦える・・・戦えるとも)
「・・ルく・・ルシ・・ん・・・ルシル・・ん・・・ルシル君・・!!」
「っ!?」
少し膨れっ面なはやての顔がどアップで視界に映ったことで、ビクッと椅子ごと後ずさる。はやてが「もう! 何度も呼んでるんやけど?」そうジト目で睨んできた。
「あ・・・ごめん。なんだっけ?」
「・・・もう帰ろかなって思うて。・・・ルシル君・・・? 大丈夫?」
少し責めたジト目から、私の様子から心配する潤んだ目になる。
「大丈夫。少し深く考え込んでたんだ。ごめんな」
はやての頭を撫ると、彼女は気持ち良さそうに目を細め、「良かった」安堵してくれた。図書館を出ると、午後の暖かな陽気と風が私たちを包んだ。
「気持ちええなぁ~」
「こういう日にはピクニックとかに出かけて、平原で寝転がりたいな」
「あ、それええな!・・・なぁ、ルシル君。今度お弁当持ってどっか行かへん?・・・って、ルシル君。これから探し物で忙しくなるんやんな・・・。そんな暇、無いか・・?」
はやてにはもう探し物が本格的になる日にち、今日からだということを教えてある。私の今後の人生に必要不可欠で、とても大事な探し物であることも。だから遠慮がちだ。しかし「そうだな。少し遠出でもするか?」と頭を撫でながら微笑みかけると、はやての曇っていた表情が一気に輝いた。
「ホンマにええの? 約束して、そんで破ったら針千本やで?」
「いいよ。針万本でも億本でも飲んであげるよ」
「っ! そやったら指切りっ!」
はやてが差し出してきた小指に、私も小指を絡ませお決まりのフレーズである「指切りげんまん♪」を一緒に歌う。それでご機嫌になったはやて。もう少しこのまま心安らぐ時間が欲しい。そんな思いが強く募っていく。そんなことを考えていると「はやて」無意識に彼女の名前が口から出ていた。
「ん? どないしたんルシル君」
「あ、いや・・・なんでもな――っ!!」
私に振り向いていたはやての顔から空へと視線を移す。魔術師としての感覚が、私にある報告をしてきた。曰く、この地球には存在しえない物質が侵入してきた、と。間違いなくジュエルシードだ。ジュエルシードの魔力反応を確実に捉えていく。目を閉じ、まぶたの裏に浮かび上がる青い光の軌跡の数を追っていく。
「(1つ、2つ、3つ・・・10・・15・・20、21・・・22? 25!?・・・31・・だと!?)馬鹿な・・・!?」
「ルシル君・・・? 馬鹿ってどうゆうことや?」
(ジュエルシードは全部で21個のはずだ。なのにさらに10個増えた31個・・・!?)
問題なのは数だけじゃない。落下地点が前回と同じところもあれば、全く違うところだったりもする。
(どういうことだ? 平行世界だからか? だからと言ってこのような変更があるものなのか?)
「おーい。聞いてる~?」
いや待て、これは捉え様によっては最高の状況だ。何故増えたのか、そんなことはどうでもいい。追加された10個を確実に・・・取る。残りの21個の内からも数個を奪わせてもらう。“エグリゴリ”1機だけならと考えていたが、10個以上を手に入れることが出来れば、上手くいけば2機は救えるかもしれない。
「わたしが馬鹿ゆうことか?」
私の袖口をくんくんと引っ張っているはやてが見せる凄みが結構すごい。ちょっと怖いぞ、はやて。
「えっ? あ、違う! 違うからそんなに睨まないでくれ・・・!」
「・・・ん。でも、急にどうしたん? そんな怖い顔して」
心配してくれているはやてに「探し物がな。どうやら来たようだ」と正直に答え、もう一度空を見上げる。グリップを握っている私の手にはやての手が添えられた。僅かに震えているその幼い手。探し物は魔法に関係し、少々戦いが必要かもしれないとポロッと零してしまったから、余計にはやてを心配させてしまったものだ。安心させるために、「大丈夫。大丈夫だ」空いているもう片方の手をはやての手の上に添える。
「自分で言うのもなんだが、私は強い。私の心配としては危険より、ちょっと家を空けることが増えるかもしれないということだ。でもちゃんと帰って来るから。必ず」
「約束やよ? 絶対に破ったらアカンからな。ちゃんと無事で、ちゃんと帰ってくること。ええな?」
私ははやての前にまで移動し、真っ直ぐはやての目を見据えて「約束だ」改めて誓う。期日までははやての傍に居よう。私と過ごした数ヵ月など、成長していけば幼少時のただの思い出と朽ち果てるだろう。それでいい。それで・・・いいんだ。私はそれで満足だ。
◦―◦―◦―◦―◦―◦
第97管理外世界・地球にジュエルシードが降り注ぐ数日前。ある次元空間内。第28管理世界フォスカムにて発掘、発見されたロストロギア・ジュエルシードを運搬している1隻の次元航行船が航行していた。進路は時空管理局本局。そんな次元船は順調に航行を続けていた。そう、たった今までは。次元空間内では本来起こりえない現象が起き始めていた。紫色の雷撃が発生しているのだ。
――サンダーレイジO,D,J――
そして次元船をその雷撃が襲った。次元跳躍という意のOccurs of Dimension Jumpedを冠する、このサンダーレイジという雷撃の魔法。サンダーレイジに襲撃された次元船の内部。ジュエルシードが厳重に保管された格納庫の床に広がる影に動きが生まれた。
そしてその影から人間の頭部が生えてきた。まずはバイオレットの髪。そして顔が。クリムゾンの猫目で猫口という少女だ。果てには足先までが影から出て来た。ハイネックの黒セーターに白のロングコート、コートの裾から除く黒のズボン、茶色のブーツという出で立ち。
対闇黒系魔術師用の“堕天使エグリゴリ”、闇絶の拳のコードネームを持つ、レーゼフェア・ブリュンヒルデ・ヴァルキュリアだ。
「え~っとぉ~・・・グランフェリアの情報では~・・・あ、コレか」
レーゼフェアの視線の先に在る鋼のケース。そのケースの中にジュエルシードが収められている。ゴツゴツとブーツの音を鳴らしてケースに歩み寄っていくレーゼフェアだったが、突然足を止めて格納庫の入り口に振り返った。
「動くなっ!・・・そこで何をしている!?」
「この船を攻撃した者の仲間か・・・!?」
入口に立っていたのは2人の女。1人は成人女性で、紫色のショートヘアに鋭い金色の双眸、全体的に水色を基調とした、肢体にピッタリと張り付き密着する装甲付きのバトルスーツを着ている。もう1人は10歳少しの少女だ。銀色の長髪に、金色の双眸、バトルスーツに灰色のコートという出で立ちだ。レーゼフェアは「誰? 君たち」と、自分に質問を投げかけた2人に質問で応じた。
「・・・時空管理局本局・第零技術部所属、トーレ・スカリエッティ」
「同じくチンク・スカリエッティだ」
成人女性の方はトーレ。少女はチンクという名前らしい。襲撃犯に律儀に名乗る2人は、よほどのお人好しか、または自身らの戦闘能力の余裕からか。そんな中でチンクが手元に空間モニターを展開。キーを幾つかタッチすると、格納庫内が結界に包まれた。戦闘で船内を傷つけないようにするためと、ジュエルシードの覚醒を防ぐためのものだ。
「(空間がズレた? 結界ってヤツかぁ)・・・へぇ、管理局ね~。ホントは誰にも気づかれずに済ませようと思ったんだけど・・・しょうがないよね。ね?」
「「ッ!!」」
――インパルスブレード――
レーゼフェアが戦意を漲らせると、トーレとチンクがビクッと身構えた。一瞬で理解したのだ。2人で挑んでもレーゼフェアに勝てるかどうか判らない、と。僅かに生まれた怯えを払拭するかのように、トーレは手足に8枚のエネルギー翼が発生させた。そしてチンクは両手の指の間に、投擲用の短刀であるスローイングナイフ――スティンガーを8本と挟み込んだ。
「僕とやるの? 死んじゃうかもよ。大人しく逃げておけば良かったって後悔するよ?」
「無論だ。あと、死ぬこともない。そして私たちは管理局員だ。容疑者を前に逃げるなど・・・ありえん!」
トーレはレーゼフェアにそう答え、いつでも戦闘行動に移れるように全身に力を入れる。チンクはスティンガーによるトーレの援護を担当するべく意識を研ぎ澄ます。
――ライドインパルス――
レーゼフェアが一歩踏み出した瞬間、トーレが先に仕掛けた。高速移動を行い、レーゼフェアの右側面へ移動。腕を振るい、右腕に発生させているインパルスブレードをレーゼフェアの腹に打ち込んだ。直撃を受けたレーゼフェアは「にゃ?」と気の抜けた声を漏らし、振り抜かれるトーレの動きに合わせて吹き飛ばされ、格納庫の壁に打ち付けられた。
間髪入れずにチンクがスティンガーを投擲。そして「IS発動。ランブルデトネイター」と指を鳴らした。それを合図としたかのようにレーゼフェアの至近に刺さっていたナイフ8本が一斉に爆発した。
「いきなりの鎮圧戦闘だったが、ドクター、それにウーノやドゥーエに怒られないだろうか・・・?」
「同感だが、そのような考えを通す余裕がなかったのも確かだった。判るだろう?」
戦意を見せたとはいえ、レーゼフェアにいきなり攻撃を仕掛けたことへ不安を募らせるチンク。しかしトーレはレーゼフェアが放つ雰囲気からして先手必勝は的確な判断だとする。この場合、どちらが正しいのか。それはすぐに判ることだ。そう、「んにゃ? 魔力じゃない? 別の何か」と傷一つとして負っていないレーゼフェアの姿を見ることで。
絶対の自信を持っていた一撃を与えてもなお平然としているレーゼフェアを見て、「馬鹿な・・・!?」トーレは目を見開いた。チンクとてそうだ。絶対の撃墜とは言わずともそれなりのダメージを与えたと思っていた。だが結果は無傷という、看過できないものだった。
「チンク! 徹底抗戦だ! この女は危険すぎる!」
「仕方ない・・・!」
チンクは再びスティンガー8本を投擲。レーゼフェアが「効かん効か~ん☆」とスティンガーを迎撃するために殴ろうとした瞬間、
――ランブルデトネイター――
またもナイフが爆発。今度は一斉ではなくレーゼフェアに届いたナイフから順に爆発していった。遅れてトーレが突撃を行う。濛々と立ち上る爆煙の中に居るレーゼフェアの影をしっかりと捉え、
――インパルスブレード――
右腕を振るった。しかしインパルスブレードはレーゼフェアに当たることはなかった。
「ぐっ!? っぐぁぁぁあああああああああああああああああああッ!!」
何故なら、トーレの右腕が上腕半ばから引き千切られていたからだ。引き千切られた部分から除くのは機械部品。トーレは引き千切られた個所を左手で押さえ激痛に悶え苦しむ。床に蹲ろうとした瞬間、「ん~と、とりあえず、ドーン☆」レーゼフェアが繰り出した張り手を顔面に受けたトーレはものすごい勢いで突き飛ばされ、壁に激突。
「ぁが・・・っ!?」
「トーレ!?」
あまりの衝撃で壁がひしゃげ、トーレはノイズの走る白目を剥いて力なく倒れ伏してしまった。レーゼフェアは引き千切ったトーレの腕をプランプランと揺らしながら「ごめんね、僕、強くてさ♪」と笑みを浮かべる。
――罪人捕えて罰せしは闇棺――
「なっ、何だこれは!?」
チンクの足元に在る彼女自身の影が蠢き、チンクを包み込もうと這い上がって来ていた。自身の影から逃れようと必死に抵抗するチンクだったが、成す術なく呑み込まれていく。
「こんな魔法、見たことも聞いたことも・・・! この・・・っ!」
まだ動かすことが出来る左手に4本のスティンガーを持ち、レーゼフェアへと投擲。動ける限りスティンガーを投擲しようとしたチンクだったが、スティンガーを防御するのにトーレの腕を使われたことで僅かに意思を鈍らされた。迫るスティンガーをトーレの腕で叩き落としたり盾にしたりで防ぎ、チンクの目前へと来たレーゼフェア。
「だから言ったじゃん。後悔するよってさ~☆」
ついに両腕が影に呑み込まれたチンク。レーゼフェアはトーレの腕を使ってチンクの頭を撫でる。怒りに顔を真っ赤に染めるチンク。レーゼフェアを包囲するかのように何十本ものスティンガーを展開させた。
「貴様・・・!」
チンクの殺気を受けたレーゼフェアは笑みを絶やすことなく「ホントごめんね~♪」と影の塊と化していくチンクに手を振った直後、影がドンッ!と爆ぜた。爆煙より姿を現したチンクは見るも無残にボロボロだ。だがそれでも「ランブル・・デトネ・・イター・・・」と一斉にスティンガーを射出。
スティンガーの爆発に呑みこまれたレーゼフェアが爆炎に包まれる。普通なら確実に死んでいる攻撃だが、黒煙の中から多少煤汚れただけのレーゼフェアが現れ、それを見たチンクは僅かに前進した後、パタリと倒れ伏した。
「・・・何者、だ・・? 名は・・・!?」
「名前? んと、秘密なのだ☆」
――闇の女王の鉄拳――
「っが・・・!?」
倒れ伏していたチンクの背中に落下した影の拳。チンクはその一撃で完全に意識が途絶えた。
「・・・ジュエルシード、頂いて行きま~す♪」
レーゼフェアはジュエルシードの収められたケースを抱え上げ、格納庫の結界を力づくで破壊。そして格納庫に侵入した時と同じように自身の影の中へとズブズブと潜り込んで行って、その姿を完全に消した。
†††Sideルシリオン†††
「それじゃあ行ってきます」
「・・・うん、いってらっしゃい」
時刻は午後9時。ジュエルシードの余分な10個を真っ先に手に入れるため、本日19日より活動開始。しかし私の魔力量からして一度に回収するのは難しい。1つ1つ間を空けて回収するのが好ましいだろう。そういうわけで本日はとりあえず1つは回収する予定だ。無茶はせずに確実に、だ。
玄関まで見送りに来てくれたはやてに、「帰りは遅いだろうから、起きてなくていいから」と言っておく。はやてのことだから私が帰ってくるまで起きていそうだ。図星だったのかはやてが「うっ」と呻いた。
「約束」
「うぅ・・・ん、約束や」
渋々と言った風にはやては私が差し出した小指に自身の小指を絡ませた。最後に「おやすみ」と交わした後、私は八神宅を後にした。はやての小指と絡めた小指を眺める。知らず「ふふ」笑みがこぼれてしまう。シエルを思いだすな、はやての言動は。シエルもよく約束事をしようとしてきたものだ。
「・・・よし。行くか」
覚醒がすでに始まっているジュエルシードが1つ。場所の方を探ってみれば、どうやら聖祥大付属小学校、なのは達の通う学校からだ。カーゴパンツのポケットから蒼銀の指環、“エヴェストルム”を取り出して左中指にはめる。
後は現場付近で結界を展開、ジュエルシードを封印するのみ。少ない魔力で身体能力を強化、人目につかないよう細心の注意をしながら、家屋の屋根や電柱を跳び移りながら移動。視界内に小学校を収め、
「エヴェストルム起動。騎士甲冑をデザインBで展開」
フード付きの外套に神父服、そして仮面という、“界律の守護神テスタメント”の聖衣と同じデザインの騎士甲冑へと変身する。おそらく堕天使戦争は長期戦になるだろう。下手に本来の戦闘甲冑で暴れて、後々に犯罪者として管理局に追われるのは得策じゃない。
そのための一種の変装だ。“エヴェストルム”は待機形態のまま。戦闘甲冑と同じように武装も見せられない。あと指環を見られないために、念のために黒の革手袋をはめる。
(変装はこれで充分だろ。魔力は限られているが、ジュエルシードもフェイト達も経験で退ける)
――封時結界――
ミッドチルダ式の結界魔法を発動。術者が許可した者、そして結界内を視認・進入する魔法を持つ者以外には内部で起こっていることの認識や進入も出来なくする他、魔法戦や訓練が周囲に被害を与えたり目撃されたりしないようにするための結界だ。それにこれから起こる“闇の書事件”で動きを見せるシグナム達ベルカ式の使い手に、ジュエルシード強奪の容疑を掛けないためでもある。
「ジュエルシードは・・・あそこか・・・!」
私の目が行くのは飼育小屋。心臓の如く脈動するジュエルシードの魔力波が次第に強くなっていく。急がなければ。そう思って駆け出した瞬間、ドガン!と飼育小屋が吹っ飛んだ。飼育小屋を破った張本人を見上げる。そう言えば、すずかの家の猫も巨大化してたよな・・・。
「動物たちはこぞって大きくなりたい、と願うものなのか・・・?」
私のそんな独り言が届いたのか、巨大化したニワトリ3羽がギラッと睨み付けて来た。そして夜なのに「コケーッ!」と鳴き始め、あろうことか「なっ!?」私を食べるつもりなのか啄んできた。確かに今のニワトリに比べれば私の大きさは餌くらいだろうが、少し心外だ。
飛翔の魔道・剣翼アンピエルではなく、ただのミッド式の飛行魔法を使って空へと上がる。鳥類だろうがニワトリは空を飛べない。なら空爆による魔力ダメージでジュエルシードを停止させ、ニワトリを元に戻す。そう考えた矢先、「・・・ってあれ?」到底信じられない事態が目の前で起きた。
「「「コケーコケーッ!」」」
「ニ、ニワトリが空を飛んだ・・・!?」
大きい図体をした3羽のニワトリが翼を羽ばたかせ、私を追って飛んできた。この瞬間、ニワトリ達が何を願ったのか判った。間違いなく「空焦がれ、奇跡に願う、飛べる羽」だな。何度も繰り返される啄み攻撃を回避。羽ばたき1つで起こる暴風に体勢を崩される。その隙を突いて私を呑み込もうとしてくるが、
「すまないな。ちょっと苦しいが我慢してくれ」
ニワトリ達にそう謝り、一度大きく距離を開ける。また私を追ってくる2羽のニワトリへと手を翳し、白銀に光り輝くミッドチルダ式の魔法陣を前面に展開。魔力光もサファイアブルーからゼフィ姉様の白銀色に変更しておいた。珍しい色の魔力光は個人を特定することが出来る。これで私に繋がる証拠はほとんど潰せたことになる。
――煌き示せ、汝の閃輝――
属性と神秘を除いたことで魔法と化した砲撃を3本発射する。2羽のニワトリの飛行速度はそれほど速くなく、その図体の所為もあって直撃。元の大きさに戻った2羽が爆煙より落下し始め、対象を浮遊させる魔法であるフローターを掛け、落下を阻止。ゆっくりと降下させながら、目を残りの1羽のニワトリへと向ける。おそらくアレの内にジュエルシードがある。何せ私の砲撃を他の2羽と違って軽やかに回避したのだから。
「コケーッ!」
「ああもう! 願いどおり空を飛べたのだから、それで満足すればいいだろうが!」
――煌き示せ、汝の閃輝――
啄み攻撃がさらに過激になって来た。食い意地を張りやがって。あと砲撃を紙一重で避け続けるって、どんなやり手だっ。
(焼き鳥にして食うぞ!)
ニワトリは私の心を読んだかのようにさらにギラリと怒気を含んだ目を光らせた。
「仕方ない。アダメルで眠らせていればよかったものを」
――無慈悲たれ、汝の聖火――
火炎の龍プシエルを発生させると、目に見えてニワトリが焦り出す。やはり動物は火を恐れる。「コケコケーっ!」と恐怖に鳴き始めるニワトリ。プシエルでニワトリの飛行を制限し、「これで終わりだ」確実に砲撃アダメルを直撃させる。閃光が晴れ、ニワトリの内から休眠状態になったジュエルシードが現れた。ジュエルシードが抜けたことで元の大きさに戻ったニワトリを抱き止め、
「シリアルナンバーは・・・間違いなく30だな」
ジュエルシードに浮かび上がっているⅩⅩⅩの数字を確認。とりあえず無事に回収できた。創生結界の1つ、“神々の宝庫ブレイザブリク”の保管庫に取り入れた後、地上に降り立ち、失神しているらしいニワトリ2羽を抱き上げて飼育小屋へと近づく。壊れた小屋は結界内ゆえに空っぽだが、結界を解除すれば元通りの小屋が在だろう。小屋の中にニワトリ達を降ろし、出たところで結界を解除する。
「フェイトやなのは達が相手じゃなければどうってことはないな」
元通りになっている小屋とニワトリ達の様子を確認し、騎士甲冑から私服へと戻る。思ったより時間は掛からなかった。これならはやてが眠る前に帰れそうだな。
「ん? 魔力反応・・・。あぁ、ユーノか」
敷地内から出てすぐ懐かしい魔力を感じた。ユーノがこの地に降り立って初の戦闘だな。戦闘を繰り広げているであろう場所の方角へと目をやり、「ま、頑張って負けてくれ」敗北することでなのはと出会えるという運命だ。
必要だからこそ心を鬼にしてユーノを見捨て、私ははやての元へ帰るために、ここまで来た時と同じように屋根を伝って移動。八神宅に到着するまでジュエルシードの覚醒状況を探査。結果はユーノが逃がした奴のみだった。
「ただいま・・・」
合鍵で玄関扉を開けつつ小声で挨拶。リビングに入ると、はやてがソファに座ってテレビを見ていた。時刻はまだ9時50分。はやては基本早寝だが、テレビを見るために時折10時まで起きていることもある。はやての背に向かって改めて「ただいま」と普通の声量で声を掛ける。が、返事はなかった。
「はやて・・・?」
はやての前に回り込んでみて判る、返事が無い理由。はやては完全に「寝ているのか」こっくりこっくりと船を漕いでいた。起こすべきか否か。少し逡巡した結果、起こさずにはやてをベッドまで運ぶことにした。テレビを消してからはやてを横抱きに抱え上げ、はやての部屋のベッドまで運ぶ。
「ん・・ルシル君・・」
「はやて。起きて・・・・寝言?」
名前を呼ばれたから起こしてしまったかと思ったが、はやては変わらず寝息を立てている。そのまま黙ってベッドの上に寝かせると「・・・独りに・・せんで・・・」と、私の後ろ髪を「ぬあ?」グッと掴んできた。はやての手から髪を解放出来たと思えば今度は手を掴まれた。離そうとしてもはやてが愚図る。もしかして起きてるんじゃないか?って思えてしまうほどにガッチリ掴んでくるため、
「はぁ。もう知らんぞ、はやて」
諦めてはやての眠るベッドに腰掛ける。空いている手で、閉じられたはやての瞳から零れる涙を拭い去る。どうやら今日は完徹らしい。はやてが安心して眠れるように頭を撫でる。
「・・・父さん・・・母さん・・・。ルシル君・・・」
「っ!・・・私は、ここに居るよ。はやて」
だから泣かないでくれ。だから安心してくれ。君が眠っている間、私が君を守ろう。頭を撫でているのが功を奏してくれたのかはやては泣き止み、また安らかに寝息を立て始めてくれた。
後書き
グ・モロン。グ・ドッグ。グ・アフトン。
あぁ、はやてには悪いけど、やはりなのは達が絡まないとつまらないな~。
やっぱりはやてをメインヒロインとして動かすにはA'S編が始まらないとダメか。
ま、もう少しの辛抱だ。きっとこれから忙しくなる・・・はずだ。
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