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ソードアートオンライン アスカとキリカの物語

作者:kento
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アインクラッド編
  その気持ちの名は――――

ランタンの火は全て消され、安全地帯はほぼ真っ暗、となっていた。

規則正しい寝息を立てる者、いびきをかいている者、隣のプレイヤーに動きを阻害されたのか不快そうな声をわずかに上げる者。
多少の差こそあれ、すでに全プレイヤーが寝ているだろう。
こんな風に全員で雑魚寝するのだから、どこかから楽しげな会話の音1つでも聞こえてきても不思議ではないが、長時間ボスとの戦闘を行った攻略組プレイヤーも1日中武器の研磨に勤しみ続けた鍛冶屋も貴重な休憩時間に体力を削るようなマネはしていない。
かく言うアスカの隣でも既にケイタとダッカー、ササマルとテツオは同じ寝袋にくるまってスースーと、寝息を立てている。

攻略組先輩としてアスカもここは早く眠りにつくべきだろう。
しかしながら残念なことにアスカにはまったくもって眠気が襲ってこなかった。
それはアスカの背後で同じ寝袋に入っている人物も同じようで、先ほどから何度か落ち着かないように体を動かしているのが分かる。
その動きが伝わってきてまたしてもアスカの意識を覚醒してしまう。
既に30分近くこんな状況が継続中だ。

〈血盟騎士団〉副団長アスカもさすがに――――同じ寝袋で女性プレイヤーとぐーすか寝られるほど肝が据わってない。

「はあ・・・・・・・・」

何でこんなことに、と思わずにはいられない。




「悪い・・・・・・」
「「「「「・・・・・・・・・・・・」」」」」

と、謝罪したキリトに何も言えずに男性陣5人が固まっていたのはほんの30分前。

ほかに上手いこと難を逃れる策を思いつかなかったのはアスカ達も同様なのだ。
さすがにキリトを責め立てられる状況ではなかったし、そう時間が残されている状況ではなかったので、すぐに今後の対策を考えた。

簡単に言えば、3つの寝袋でどうやって6人全員が寝るか、だ。

「どれか1つに頑張って3人入ったらどうかな」

と、ケイタが始めに、

「誰か1人が気合いで寝袋無しで寝る」

と、ダッカーが続いて意見を出したが、2つの意見は即座に却下された。

ケイタの意見だが、2人用の寝袋に3人入ると、身動き一つ取れなくなり寝られない。
付け加えて寝袋の生地が凄い力で引っ張られるせいで耐久値減少が激しい。
下手すれば朝まで寝袋の耐久値が持たずに壊れてしまう。

ダッカーの意見は誰か1人犠牲になればいいだけ、と思ったが、今は現実世界では11月。
防寒具無しで夜を過ごすのには少し厳しい寒さだ。
とてもではないが心地よくは寝られないだろう。
いくらこの世界にバッドステータス〈風邪〉が無かろうと、無茶をして明日のボス戦に影響を及ぼそうものなら、本末転倒も良いところだ。

と、意見を交えて2つの意見は退けられたが、そんなこと考えずとも6人とも男性のはずなのに2人ずつ寝袋に入っていないというだけで本当は違和感があるのだ。
やはりキリトが男性であると思っている周りのプレイヤーに違和感を覚えさせないためには2人ずつ寝袋に入るしかない。

その結論に至った男性陣はまたしても固まった。

今度の問題は誰がキリトと寝るか、だ。
キリトは「わたしのわがままだから、そっちで好きに決めてくれ」、とのこと。
正直、キリトに指名してもらう方がマシだったかもしれない。

アスカも、そしておそらく〈月夜の黒猫団〉の面々も年齢はそう大して変わらないはずだ。
隠さずに言えば、異性に興味が全く無いと断言はできない。
しかし、こんな状況で寝られるようなほど場慣れしている奴もいるはずもない。

女の子と一緒に寝られるぜ、などとテンションを上げられるわけもなく――――ジャンケンで負けた者となった。

30分経った今でもラストバトルでグーを出したことが悔やまれ、パーを出して拳を天高く掲げていたダッカーの姿が思い出させる。

「まあ、アスカなら大丈夫でしょ」と、何か褒められているのか馬鹿にされているのかも分からない励ましの言葉を4人から贈られた。
キリトもキリトで、「まあ、アスカなら問題ないだろ」と、同じようなことを言っていた。
まあ、キリトもこの状況で寝られるようでは無いみたいだが。


――――と、そんなわけで。
アスカはキリトと同じ寝袋で寝るハメになっているわけである。



微かなモンスターの足音と、寝息が聞こえるだけで、ほぼ完全なる静寂が辺りと包んでいる。

そんな中、隣で寝ているキリトの動く音だけがやけにはっきりと聞こえる。
背中合わせで寝ているため表情は確認できないが、アスカ同様に眠りにつけていなかったのだろう。

「アスカも眠れない?」

と、小声で訊ねてきた。
どうやら先ほどの溜息を聞かれていたらしい。
ケイタ達の睡眠を邪魔しないために小声で答える。

「・・・・こんな状況でスヤスヤ寝れる奴がいるなら代わってもらってるよ」
「それもそうだな・・・・・・」

そこで少しだけ笑った後、声のトーンが下がる。

「・・・・・・悪い。わたしのせいで、こんなことになって」

アスカの予想通り、キリトの口から出たのは謝罪だった。

「気にするな・・・・・・って、眠れてない状況で言っても気休めにならないか・・・・。でもまあ、こっちは第1層からクラインさん達と協力して色々苦労してきたんだ。今更謝られてもな」
「うぐっ・・・・はい、大変助かっておりますよ・・・・・・でもわたしだって別に正体を明かしたくて明かしたわけじゃ・・・・そもそも、第1層でバレたのは、アスカを助けるために攻撃を受けたせいじゃん」

そういえば、とキリトが返してくる。

「俺は助けてくれ、なんて頼んでないだろ・・・・・・まあ、感謝はしてたよ」
「ありがとう、の一言も無かったけどな」
「あの後コートを貸したんだから貸し借り無しだろ」

ひそひそ声でやり取りしながらアスカは思い出していた。

第1層でモンスターとの戦闘によって死ぬことだけを望んで、不眠不休で戦っていた時に隣の少女、キリトとアスカは出会ったのだ。
あの出会いが無ければ、ボス戦に参加することも無かっただろう。
きっと、いや間違いなく死んでいただろう。
自分の価値観を少しだけでも変えたのは隣で寝ているキリトだ。

「初めて会った時はどこの強盗野郎かと思ったからな」
「・・・・あれはわたしもやり過ぎだったと思ってるよ。でも、一番確実なのはあれだろ?」
「マフラーを使った変装でも大丈夫だろ」
「でもエギルには速攻バレたしなー」
「あれはキリトが間違えて『わたし』の一人称を使ったせいだろ」

断じて変装が見抜かれたのではない。
あの時の「わたし?」と、訊ねた時にエギルがめずらしく心底驚いたような顔をしていたものだ。

「クラインと話しててついうっかり・・・・・・」
「キリトの不注意のせいだろ? 他のプレイヤーにバレてないし心配しなくてもいいだろ」

「でもすでに20人以上にバレてるってのはなー・・・・」と、キリトが苦笑した。
第1層で出会った時はアスカ以外の誰にも明かしていなかったのだから、まあ無理もない。

そこで思いついたように続けてキリトがポツリと呟く。

「あの時から・・・・もう1年・・・・か・・・・・・」

その言葉には様々な思いが詰まっているような気がした。

確かに、このデスゲームが始まって1年と少し。
アスカにとっても本当に、本当に色々とあった1年だ。

「長かったな・・・・・・」
「でも、1年掛けてようやく40層か・・・・・・単純計算だと第100層まで2年半だな・・・・」
「・・・・・・・・・・」

返事が,できなかった。

それに対して自分がどのような感情を持っているのか、アスカはよく分かっていなかった。


絶望している、というのは紛れもない事実だ。

こうして仮想世界で1日過ごしている間に、現実世界の1日が壊れる。
自分と同じく良い成績を取ろうと競っていたライバル達とは大きな差が生まれているだろう。
現実世界での自分が壊れていくような感覚が嫌な冷気を纏って体をはいずり回る。

母親や、友人であった命の失望している姿を夢に見ることもある。
たとえ夢なんか見なくても、動かずにじっとしていられない衝動に駆られて3時間もすれば跳ね起きてしまう。
〈血盟騎士団〉副団長として団員達が値を上げそうになるほどのハイペースなマッピングを強いることもある。

しかしながら、そんな風にこんな世界からいち早く帰還したいと思うのならば、この世界を完全に否定しているのか、と聞かれたら即答できない。
第1層の時ならそうだ、と間髪入れずに答えただろう。

しかし、1年間でこの世界への価値観が変わった。

隣で寝ているキリトや、クラインにエギル、〈月夜の黒猫団〉との交流が楽しくなかった、と言えば嘘になる。
彼らと戦っていると1人で戦っているときよりも心強かったし、4人で打ち上げをしたのも楽しかった。
たまに彼らが馬鹿なことをやっている姿を見て呆れていたが、少し羨ましくも思っていたことも事実だ。

「ゲームクリア、か・・・・」

ポツリと呟く。

アスカはこのゲームがクリアされた後、自分たちはどうなるのだろう、と何度か考えたことがある。

おそらく、デスゲームに囚われる以前と全く変わらない生活が送れるなんてことはない。

死ぬことが許されない極限状態での戦いの日常を2年以上過ごしたような奴らだ。
自分たちがなんと言おうが、世間からどんな目で見られるか、なんて悪い方向にしか想像が行かない。
母親や命、周りのライバルとの遅れを縮め、1日も早い生還を望んできたが、帰ったところで自分の居場所が向こうの世界には残されているのか、と疑惑の芽が生えている。


「あと60層もあるから気が早い話だけどな・・・・・・」

キリトが言う。

「確かにな。とりあえず目の前の敵だ」
「・・・・めんどくさい、ってのが本音だな」

今日の戦闘を振り返ったのか、気のない返事が返ってくる。

「俺も否定はしないけど、ケイタ達の前で言うなよ、それ。攻略組先輩の俺たちが情けない姿見せるわけにはいかないからな」

「大丈夫。こんなことアスカの前でしか言わないよ」

なぜかアスカの鼓動が早まった。

別に何てことはない言葉なのに。

キリトにもそんな意図は絶対に無いはずなのに。

慌てて、思考を止めてアスカは口を開く。

「・・・・それは褒められたのか貶されているのかどっちだよ」
「うーん・・・・多分、褒めてる・・・・はず」
「そりゃどうも」

完璧に適当に言った言葉であると判断できた。
こちらも素気ない返しをする。

「褒めてるって言ったじゃん・・・・・・まあ、いいけど。・・・・ふあー」

と、そこでキリトが小さく欠伸をする。

「眠たいのなら寝ろよ・・・・」

アスカは呆れた声を出す。
眠たくない者同士、仕方なく話していただけのはずだ。

「い、いや・・・・さっきまで眠たくなかったけど、話してたら眠くなってきたみたいで・・・・変に緊張してたのが解れたかも・・・・」
「それなら寝てくれ。別に眠たくなった奴を巻き込んでまで話したくないしな」

かなりきつい言い方だったが、かれこれ1年間アスカと交流のあるキリトは言葉の真意をくみ取ったのか、

「ん、ありがと。じゃあ先に寝るな・・・・お休み」
「ああ」

短くアスカが答えると、数分後には隣から規則正しい寝息が聞こえ始めた。
どうやら本当に眠くなったらしい。会話するだけで緊張が解けるとは羨ましい。
現にアスカは未だに意識が覚醒している。いや、会話前より明瞭としている。

理由は分かりきっている。
だが団長が時間を稼いでいる時間を無為に使うわけにはいかないと、考えるのを止めて無理やり目を瞑った。

いや、本当は考えたくなかったのだ。
自分の本心が、どうなっていることを意味するか、その感情の名に心当たりがある気がしたから。
わずかばかりの可能性があったから。

しかし、認められなかった。
なぜなら、その感情を認識してしまうことは――――――



結局、アスカが眠りについたのはそれから1時間近く経ってからだった。




軽快な弦楽器の演奏が聴覚野一杯に響き、アスカは目を覚ました。
この世界ではアラームを設定すれば、必ず目を覚ますことが出来る。
便利なことに他人には聞こえないようにまで変更可能だ。
まあ、二度寝するかは各人の自由ではあるが。

めずらしくアラームで目を覚ましたアスカ―――いつもはアラームが鳴る前に跳ね起きている―――は、隣で寝ているキリトを起こさないように寝袋からそっと抜け出した。
時刻は5時半。全員に伝えた起床時刻より30分早い。
理由は単純。女子と2人で寝ている状況を先に起きたプレイヤーに見られる可能性を減らすためだ。
キリトが女性プレイヤーであると知っているプレイヤーはごく少数なので心配する必要もないかもしれないが、大衆の目がある場所だ。万が一のことがある。

昨日、眠りについたのは夜中の2時を回った頃だ。
3時間と少ししか寝れていないが、こっちの世界に来てから5,6時間も熟睡できたことがないので、今ではこれが普通だ。
疲労も感じない。

みんなが起きるまでボス戦に備えておこう、とウインドウを操作してボス資料を捲っていると、

「んー・・・・っ、おはよう」

アスカの隣で寝ていたキリトが目を覚ました。
1人になったことによりスペースの広くなった寝袋から大ぶりな動きでキリトが体を出す。

「早いな。まだ30分あるぞ」
「いや、他のプレイヤーより後に起きるとマズイからこの時間に起床アラームセットしてた」

どうやら同じ事を考えていたらしい。

キリトが大きく伸びをし、体をほぐすような動きをする。
この世界には筋肉などという概念がないので、どんな体制で寝ても筋肉痛になったりしない。
アスカが視線をやっていると、「これをしないと起きた気がしない」と、キリトが言う。

「朝飯、どうする?」

続けて朝一番の問いはキリトらしく食事の内容についてだった。
思わず呆れ声を出しそうになる。

「開口一番それか・・・・。朝は昨日と同じかったいパンとスープが支給されるはずだ。まあ、スープは昨日キリトが持ってきてた物よりだいぶランク低いけどな」

途端、えー、とキリトから残念そうな声が届くが、「じゃあ、もっとお金徴収しても文句言わなかったか?」と、訊ねると唸りながらそっぽを向いた。

「やっぱり頑張ってもう一食分持ってくるんだった・・・・」
「いくら軽い食材アイテムでも厳しいだろ」
「そりゃそうだけど・・・・」

未だにぶつくさ言っているキリトを見ながら立ち上がりアスカが言った。

「ケイタ達が起きたらすぐに料理食べられるように用意しとくか」

釈然としていない様子のキリトも仕方ない、と頷いた。


30分後、思った以上にスープの味が良く、がっついて食事をするキリトやダッカーを見て、ケイタと共にアスカが呆れたのは、再度ボス戦に挑む前であることを考慮し、快調であるという観点から見れば、良き姿だった・・・・はずである。

 
 

 
後書き
いかがでしたか?

書きたいシーンを書けて後悔していない。
と、言うのが本心ですね。

まあ、おもしろいと思って頂けたらいいのですが・・・・・・。

さあ、次話からようやくボス戦も終盤に入れそうなので、早めの更新を頑張りたいと思います!

それではっ!



 
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