ソードアート・オンライン ーコード・クリムゾンー
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第七話 赤い洗礼
戦列に突如現れた赤いフーデッドコートのカタナ使い。そのことに、カズラとラフコフの二人は驚愕してその姿を見据えた。
前者は、見覚えのあるプレイヤーが自分の背後から現れたことに。
そして後者は、その存在を知るがゆえに――。
「おい、おいおいおい! どーいうことだよ、アンタ」
一番初めに声を上げたのはジョニー・ブラックだった。ややヒステリック気味にまくし立てる。
「『赤い洗礼』さんよ、アンタ、フツーそっち側じゃねぇだろ……!?」
『赤い洗礼』――カズラは一度も聞いたことのない二つ名だった。赤コートは『彼』のトレードマークではあったが、それが二つ名になっていたとは知らなかった。
「一応久しぶりって言っとこうか、ジョニー。相変わらず子供っぽい喋り方だなぁ」
焦るジョニー・ブラックに、赤コートのカタナ使い――『赤い洗礼』は陽気に、しかし冷静さを保って言う。フードに隠れて下の顔は見えないが、おそらく楽しげに笑みを浮かべているのだろう。
「それでなんだっけ? PKの俺が攻略組についた理由か?」
『赤い洗礼』は腕を組んで考え込むようなジェスチャーをする。その動作が一々他人の神経を逆撫でするようで、意識してやっているのなら相当な演技派だ。
「――まあ、金の一言で終わらせてもいいんだけどさ。君たちにも聞きたいことがあったし」
真面目に答えてやんよ、と告げる。
「一丁、派手にぶち殺してやろう、って思ってるヤツがいんだよね」
その宣言を聞いたカズラは、背中に強烈な悪寒を感じた。
口調こそ変わりがなく陽気なものだったが、それ以上のなにかを感じさせる言葉だった。
「でもさぁ、ソイツここにはいねーみたいなんだよ。ホントはどさくさに紛れて首刈ってやろうと思ってたわけだけど、捜すのめんどいから聞いてみるかねぇ、って思ってさ」
くつくつと笑みを漏らす『赤い洗礼』に、ジョニー・ブラックたちはなんともしがたい不気味の悪さを感じていた。
そんな中、カズラだけは彼の右手に握られているカタナに意識を向けていた。
『赤い洗礼』の手に握られたカタナにも、見覚えがあった。忘れるはずもない、その剣技の一端を見せたときに使っていた赤いカタナ。
「――それじゃ、そろそろ本題でも聞いてみようか」
『赤い洗礼』はそう告げると、ジョニー・ブラックにカタナの切っ先を向けた。
「答えろ。――キースはどこにいる?」
「……はぁ?」
『赤い洗礼』の問いが予想外だったのか、ジョニー・ブラックは思わず声を漏らしていた。彼の隣に立つザザも同じような反応だった。
「キースゥ? おいおい『赤い洗礼』さんよぉ……なんだってあんな野郎殺そうとしてんのよ」
「この世界、どんな因縁があってもおかしくないじゃん? まあ、君にとっては些末なことだろうけど」
「あの、『赤い洗礼』が、ずいぶんと、こだわるな。お前は、ただ、この世界を楽しむ、だけではなかったか……?」
今まで黙っていたザザが言うと、赤コートのカタナ使いは肩をすくめた。
「こんな俺でも、責任を感じることがあるんでね。――それで、結局のとこ、どうなの? 知ってんの、知らねぇの?」
「知らない、と……答えたら?」
ザザの回答に、『赤い洗礼』は即答する。
「それなら、もう用はないなぁ」
なんでもないような一言。次の瞬間、ザザが唐突に上半身を反らした。
ザザのHPが、なんの前触れもなくわずかに減少する。そこでカズラは『赤い洗礼』のカタナが今の一瞬で移動していることに気づいた。
いつ攻撃した、とカズラは驚愕する。
たとえ『赤い洗礼』が敏捷度に特化したステータスをしているとしても、攻略組プレイヤーならば剣筋が全く見えないなどということはない。
どこか緊張感のない、ゆったりとした言葉遣いと大袈裟な立ち振舞い――その二つが動きの速さを際立たせているのだ。
「あら、避けられた」
「お前の戦い方は、よく、聞いているからな」
ザザが余裕の笑みを漏らす。
そして再び唐突に、ザザは後ろで別のプレイヤーと戦っていたラフコフメンバーを掴み、自分の前へ引っ張り出した。
何度聞いても慣れない、破砕音が響く。
「――へえ、ホントに対応されてるわ」
どこか感心したように呟く『赤い洗礼』は、振り下ろしたカタナを引き戻した。その声にはたった今、プレイヤーを殺したと思えないほどいつも通りのものだった。
『赤い洗礼』がカタナを引き戻しているうちに、ザザとジョニー・ブラックは後方へ後退していた。
逃げたか、と『赤い洗礼』が首を振る。
「じ――」
「黙ってなよ、『刀姫』。それに君、邪魔だから下がれ。あとはぜーんぶ、俺がやってやるからさ」
カズラの言葉を遮るように、『赤い洗礼』が肩口から振り返って告げる。その拍子に一瞬、フードの下の顔が見えて、カズラは複雑な心境に陥った。
助けに来てくれたと思う反面、今までの会話の内容は無視できないものだった。
そして今の言葉……それはすなわち、ずっと見たかった彼本来の実力を、見たくなかった場面で見ることになるということだった。
「俺も暇じゃないし、さっさと片付けたいんだよね。だから、今更殺人がどうのなんて言い出すなよ」
「っ、まっ――」
カズラが手を伸ばすが、その手はなにかを掴むことはなかった。
「…………ジル……」
相変わらず甘いヤツだ、と思わず苦笑してしまう。
俺はカズラの制止を聞く前に、早々にあの場を去った。彼女の説教臭い言葉を聞けば決意が鈍るし、居たたまれないのだ。
「――ったく、にしてもだらしねぇの」
各所で怒声、悲鳴が響く戦線を見渡して、ため息をつく。
初め、死者が出たのは討伐隊のほうだったが、狂乱した攻略組プレイヤーの反撃によって被害はちょうど五分五分といったところだった。
ならば、その戦況を一気に傾ける。
俺はラフコフメンバーの中に躍り出ると、ソードスキルを発動させた。
重範囲攻撃技『旋車』。
血のように赤いライトエフェクトが迸り、周囲の三人の首を斬り飛ばし、さらに二人を吹き飛ばした。
立て続けに三回、ポリゴンが弾ける。突然の大被害に、ラフコフメンバーの視線がこちらに集まった。その中には俺のことを知っている者もいたようで、口々にあの二つ名を叫んでいた。
「やれやれ、有名人は辛いわー」
呟きつつ、単発重刺突技『平貫』で二人をまとめて串刺しにする。当然、刺したのはウィークポイントである心臓部だ。
返り血の代わりに破砕するポリゴンを浴びながら、俺はカタナを振り払って顔を上げた。
かつて、アインクラッド中層に短期間だけ現れたオレンジキラーがいた。赤い衣を纏い、死の洗礼を与える死神。その実力は凄まじく、1日で十人を超えるオレンジプレイヤーが殺された。当然、その存在は危険視され、SAOでの治安維持を行っている集団――『軍』にも話が伝わり、近いうちに対策部隊が派遣されるはずだった。
しかし出現からわずか三日後、そのプレイヤーは忽然と姿を消し、一度も現れることはなかった。
雄叫びを上げ、緑色のライトエフェクトを纏った両手槍をこちらに向けてくる男の姿が見えた。
俺はカタナから左手を離し、左の腰だめに引き付ける。
居合い切りの要領で放たれたソードスキルが、槍と激突した。カタナは槍を体の外側に逸らしながら、槍に沿うように相手の腹へ吸い込まれていく。
俺がもっとも得意とする対人戦用システム外スキル『打ち落とし』である。相手の攻撃を弾きながら、その懐に滑り込むというもので、特に槍を使う相手に効果的だ。
わずかに残ったHPを通常攻撃できっちり削り切って、俺は次の獲物へと標的を移した。
「さて、どんどん行こうか」
死の洗礼を与える赤い死神――今やボリュームゾーンでは伝説と化しているその名は……『赤い洗礼』といった。
後書き
次話もよろしくお願いします。
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