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ソードアート・オンライン ーコード・クリムゾンー

作者:紀陽
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第八話 復讐の結末

八月某日、午前三時から行われた『ラフィン・コフィン』討伐戦は、血みどろの戦闘を経て終息を迎えた。
討伐隊十一名、ラフコフメンバー二十一名――累計三十二名。それが討伐戦における死者の人数である。そしてラフコフメンバー十四人を殺したのはたった一人のカタナ使いだった。

『赤い洗礼』――後に攻略組にもその名で呼ばれることになる彼は、討伐戦のあと、忽然と姿を消していた。



『ラフィン・コフィン』討伐戦を終えた直後、俺は赤コートを収納して隠蔽スキルをブーストした状態で、一人でラフコフのアジトを出た。

理由はいくつかあるが、その中でも一番はキースを殺すためだった。
俺の予想が正しければ、キースはこの近くに潜んでいるだろう。今が……今だけが、姿を完全に眩ましてきたヤツを殺すチャンスなのだ。

そもそも、俺はこのラフコフ討伐戦自体に強い疑念を抱いている。
あの『ラフィン・コフィン』のメンバーから、密告者が出てくるものだろうか? ――そして極秘に準備が進んでいた作戦が、こうも簡単に読まれるものだろうか?
それは間違いなく否だ。この出来事は最初から仕組まれたものだった。
誰かが筋書きを書き、俺たちがその手のひらで愉快に踊っていたピエロというところか。――ふざけている。

つまりことの発端だった密告者は、切り捨てたラフコフを壊滅させた上で、攻略組を弱体化……それにより、自分に回る手を少なくしようとしたのだ。

俺の索敵スキルの範囲内に、一つの光点が現れた。カーソルは非犯罪者を表すグリーン。しかし、森の中で潜んでいる様子から見るに、普通のプレイヤーだとは到底思えない。

「――見つけた」

無意識に溢れた呟きは、自分でもよく分かるほどの歓喜に震えていた。

あえて大回りした甲斐があったのか、相手はこちらの存在に気づいていないようだった。しかしそのうち、ほかの討伐隊メンバーもダンジョンから出てくる。それを確認したあとは、準備していた転移結晶でどこかに飛んで逃げてしまうだろう。

俺は赤コートを装備し顔を隠して、そのプレイヤーの元へ急いだ。
森の中に突入したところで、相手はこちらの存在に気づいたようだった。

「待ちなよ、キース。俺だ――『赤い洗礼』さ」

転移される前に名乗ってやると、右手で青いクリスタルを掲げていた男が動きを止めた。

その男は特に特徴のない少年だった。しかしカラーカスタマイズして青になっている瞳は、犯罪者らしからぬ意思の強さが感じられた。。

「『赤い洗礼』だと……? 生きてたのか」
「いやいやいや、勝手に殺してもらっちゃ困るから」

なんとも失礼なヤツだ。確かに、オレンジ――特にレッドプレイヤーはいつ殺されてもおかしくはない状況にいる。それでも行き続けるのは俺たちのようなごく一部だけなのだ。

「しっかし、久しぶりだねぇ。前に会ったのは大体九ヶ月前くらいだったかな?」

警戒心を与えないように、穏やかに話しかけながら近づいていく。
問題ない。キースは俺――ジルが『赤い洗礼』だとは知らないはずだ。

そのとき、キースが一歩後ろに下がった。俺が訝しげな様子を見せると、彼は首を振って睨み付けてきた。

「いや、今はジルなのか。――俺を殺しに来やがったんだろ?」
「……へえ、俺が『赤い洗礼』だって気づいてたわけ?」

予想などの響きが一切ないキースの言葉に、俺はあっさりと正体を明かした。
当然、驚きはあった。しかし心のどこかではもしや、とも考えていた。
俺がフードを脱いで素顔を晒すとと、キースは暗い笑みを浮かべた。

「分かるに決まってんだろ。なんだかんだで仲間だったからな」
「――っ!」

キースの言葉に、俺は一瞬で全身の血液が沸騰した。しかしすぐに頭を冷やして、動き出しそうだった体を押さえつける。

「――いやさお前、自分がなにしたのか忘れてるわけ?」

余裕を装って笑みを浮かべるが、うまく表情を作れているだろうか。

「俺が言うのもなんだけど……お前、リサを――それにライドも殺してんだよ。それでよくも、俺の目の前で仲間なんてほざけたものだな……!」

最後で語調が強くなるのを押さえ切れなかった。



デスゲーム開始から一年が経った頃、親友だった一人のプレイヤーが死んだ。死因は完全決着デュエルにおける敗北。当時、圏内で殺人する手段として用いられていた『睡眠PK』によるものだと考えられた。
睡眠PKとは、寝ている相手の指を動かして完全決着デュエルを受諾させ、一方的に攻撃して殺すというものだ。

被害者の名前は、リサ。あの日、俺が見捨てる決断をした少女だった。

リサの死亡が発覚したときの心境は、今でも思い出すことができる。
悲しみと怒り、そして後悔の念に駆られた俺は、今思うとかなり危険で、短絡的な行動を取っていた。
リサが殺された三十二層、その階層で活動していたオレンジプレイヤーに対する無差別殺人。いや、最早あれは殺戮といってもいいだろう。鍛え上げたステータスと剣技にものを言わせ、自分よりも二十近くのレベル差があった彼らを、片っ端から殺した。

しかし、そんな日々も長くは続かなかった。

ある日、俺はポンチョを着た短剣使いに敗北した。
復讐のために、ただ感情だけで振るわれた俺の剣は、あの男――『ラフィン・コフィン』の首領、PoHに届かなかった。

これまで、一度も負けたことがなかった俺は挫折と敗北を知った。
リサの敵を討つという、唯一の贖罪を果たせなかった俺は、 すぐにでも死ぬつもりだった。

キースが、PoHとともに俺の前に現れなければ――。



「リサは、お前を放っておけないって言ってたのに、なんで信じてたお前に殺されなきゃならなかったんだよ! ――答えろよ、キース!!」

俺は叫ぶと、キースに向かって剣を振るった。
PoHに負けて以来、感情を抑えるために誰とも本気で付き合ったことはなかった。感情の昂りは戦いの邪魔になると知ったからだ。
だが今回ばかりは、その感情を抑えることができなかった。

キースに目掛けて、カタナを振り下ろす。彼は、迫るカタナを避けようとしなかった。

一秒もしないうちに、俺のカタナはキースに確実な一撃を与える。彼は――間違いなくここで死ぬ。

甲高い金属音と火花を思わせる赤いライトエフェクトが散った。

「そこまでだ、ジル!」

寸でのところで俺のカタナを弾いたのは、黒いコートの少年――『黒の剣士』キリトだった。

「キリト……」

思わずため息をつく。そして直後に驚愕した。なぜ今、俺はほっとした。敵を討つ直前で阻まれ、恨みこそするだろうに、なぜ安堵した?

「――っ、邪魔すんな!」

即座に場違いな感情を圧し殺し、キリトの剣に向かってカタナを振る。
地面と平行に構えられた剣は、下からわずかに斜め左に振り上げたカタナに容易く弾かれた。

「セラッ!」
「ぐ……!」

大きく体勢を崩したところで、キリトの腹を蹴り飛ばす。
これで、俺を阻む者はいない。

「ウラアァ――!」

いまだ、キースは一歩も動かずに立ち尽くしていた。その様子になにかチクリとするような感覚を感じながらも、カタナを振り下ろした。

「――やらせません」

しかしそれでも、俺のカタナはキースに届かない。
横合いから別のカタナが伸びてきて、俺のカタナはキースの肩を掠めるように逸らされる。

「やめてください、ジル。これ以上は――」
「これ以上は、どうするってんだ?」

肩を寄せあうような体勢で、俺と――そしてカズラは互いに至近距離で見詰め合い、鍔競り合う。

「今回ばかりは、俺も引き下がれねーんだわ。敵を目の前にして、なにもしない復讐者なんていないだろ?」
「敵――?」
「君には、関係ねぇことだよ!」

カズラの一瞬の隙をついて、俺はカタナの柄から手を離した。
俺の右肘に赤いライトエフェクトが発生し、カズラの脇腹に肘鉄が突き刺さった。

「かっ――!?」
「沈めよ」

カズラが怯んだところで、左拳を彼女の顎へと叩き込む。そしてさらに腹を蹴り飛ばしてやった。

「ていうか、君程度で俺を止めようとか……生意気」
「わ、たしとのデュエルは、まったく本気ではなかったんですか……!?」

うずくまるカズラの問いには答えず、俺はキースに向き直ろうとして、背後に衝撃を受けた。
直後、電撃のようなライトエフェクトが弾け、HPバーに新たなアイコンが浮かび上がる。

「――忘れてた。お前も、いたっけ」

麻痺による効果で、俺は地面に崩れ落ちた。おそらく、背後から麻痺毒が塗られたダガーを投げつけられたのだろう。
俺の背後に立ったキリトは、一度長く息を吐いた。

「悪い……だけど、お前にこれ以上人を殺させるわけにはいかないんだ」
「それが、たとえレッドやオレンジであっても、か……?」
「ああ」

キリトの即答に、俺は苦笑を漏らした。

「――ふざけんなよ!」

そのとき、ただ立ち尽くしていたキースが叫び声を上げた。
俺は驚いて顔を上げた。それはキリトも、ようやく立ち上がることができたカズラも同じだった。

「違うだろが、ジル! テメェは俺を殺すんだろ! いいや、殺さないとダメなんだろうが!」

叫ぶキースを、俺はただ呆然として見ているだけだった。

「殺せ、ジル! そしてテメェも仲間殺しの殺人者になれよぉ!」

キースの叫び声が、森中に鋭く響き渡り、俺を追いたてるように反響していった。
 
 

 
後書き
次話もよろしくお願いします。 
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