ソードアート・オンライン ーコード・クリムゾンー
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第六話 笑う棺桶
殺人ギルド『ラフィン・コフィン』。今からおよそ八ヶ月前の大晦日の夜に結成を宣言された殺人者プレイヤーの集団だ。
その被害は結成された夜から数えて、すでに数十人を越えている。
当然、ラフコフ対策は結成宣言直後からあり、解散させられるのも時間の問題とされていた。
しかし『ラフィン・コフィン』のアジトがなかなか発見されなかったことで、被害は多くなっていった。
少なくとも三十人以上いると思われるメンバーが寝起きできる場所は限られている。どこかの屋敷や砦を購入してアジトとして使っていると考えられていたが、いくつかの中小規模の犯罪者ギルドが発見されただけで、ラフコフの本拠地は見つけることができなかった。
そんな連中のアジトがまさかこんなところだとは、さすがの俺も思っていなかった。
俺やカズラたちDDA、KoBなど攻略組プレイヤーたちの『ラフィン・コフィン』討伐隊は、低層フロアのサブダンジョンに向かった。
ラフコフのアジトがこのダンジョンの安全地帯であることが判明したのは、一週間も前のことだったらしい。
判明したのは、ラフコフメンバーから密告者が現れたからだ。その情報を元に極秘に偵察が行われ、ついに今日、大規模な討伐作戦が決行されたのだ。
そして現在――。
俺は討伐隊の最後尾で、血みどろの戦場を視覚と索敵スキルを併用して眺めていた。
状況を簡潔に説明するならば、最悪という言葉が一番しっくり来る。
最初、俺たちはラフコフのアジトであるこの安全地帯の大部屋を強襲した。
しかし、そこにラフコフメンバーは誰もいなかった。
ラフコフ側から密告者が出たように、極秘に計画されていた討伐作戦もなんらかの要因によって『ラフィン・コフィン』に流れていたのだ。昨日、俺――いや、カズラを見張っていたヤツも、討伐隊襲撃の時期を探っていたのだろう。
ラフコフが現れたのは、動揺する討伐隊の背後だった。
突然の奇襲に晒されながらも、一早く混乱から立ち直った討伐隊は猛然と反撃を開始した。
討伐隊の圧勝で終わると予測していた戦闘だが、数分もするうちに事態は予想外な展開になっていた。
まず目につくのは、HPがレッドゾーンに達しているラフコフメンバーに圧されてる討伐隊。武器を捨ててうずくまっていたり、戦闘放棄して立ちすくんでいたりする者までもがいた。
対して、ラフコフメンバーは恐怖を感じていない様子で、怒声や笑い声を上げながら防戦一方の相手に剣を振っていた。
本来、人数もステータスもラフコフメンバーを上回っている討伐隊がここまでの苦戦を強いられているのは、両隊の殺人への忌避感の差だろう。
殺人を一切ためらわないラフコフメンバーに対し、討伐隊は人を殺す覚悟ができていなかった。
そろそろ討伐隊の誰かがやられるかもしれない――そう思いながらも、俺は個人的な用事を済ませようとしていた。
俺の目的はただ一人。――あの男だ。
ヤツはラフコフメンバーとしては無名だが、俺は一度、どうしても会わなければならない。
「どこにいやがる……」
しかしどういうことか、いくら探してもヤツの姿が見当たらない。よくよく見ると、この場にはラフコフのリーダーすらもいなかった。
仲間を囮に、自分たちだけ脱出したということか。
「ちっ……」
思わず舌打ちを漏らす。ヤツがいなければ、こんなところに来た意味がない。
そのとき、討伐隊とラフコフメンバーの交戦地帯で破砕音が響いた。
プレイヤーの誰かが、HPを全損して消滅する音だった。それがさらに複数回響く。とっさに索敵スキルで確認すると、討伐隊の何人かの反応がなくなっていた。
「――傍観はここまでだな」
俺は呟くと、ウインドウを呼び出して装備フィギュアを操作する。
目立ってしまうので装備していなかった愛用の赤コートを羽織った。
「さぁて、久々に本気で行くか」
コートのフードを目深にかぶり、俺は戦場へと繰り出した。
戦場の最前線。カズラはそこで二人のプレイヤーに圧されていた。
「おいおい、どうしたんだよ『刀姫』様ぁ……? 随分弱っちいじゃねぇの」
嘲るような声を上げたのは、頭陀袋のようなものを頭にかぶった黒装束の男――『ラフィン・コフィン』トップスリーの一人、ジョニー・ブラックだった。彼の右手には緑色の液体が塗られたナイフが握られている。
対してもう一人、顔を覆うドクロの仮面をつけた赤い目のエストック使い――『赤眼』のザザはなにも言わず、しゅうしゅうと掠れた笑みを漏らしていた。
『ラフィン・コフィン』でも特出した実力を持つ二人、それを相手にしても、本来のカズラならば十分に勝機があった。
しかし現在、ジョニー・ブラックとザザがHPを半分以上残っているに対して、カズラはすでに半分以下まで減少していた。
我ながらだらしない、とカズラはカタナを握り直した。まさか自分が、殺人者を殺すことにためらうほど弱い人間だと思っていなかった。
「甘ぇんだよ、『刀姫』様。どうせなら殺す気で掛かってこいよぉ……たかがゲームなんだぜ? この世界で誰殺そうが、どうせ茅場の罪になんだよ。――だったら、殺さなきゃ損だろ?」
「黙れ、殺人狂が……!」
自分自身を奮い起たせ、カズラはジョニー・ブラックを睨み付ける。
「あなた方のあり方は間違っている。どんなことであろうと、殺人は罪です。この世界でもそれは変わりません……!」
「なら、俺たちを、裁く、か……?」
「それが、必要であれば!」
叫び、カズラが目の前に立ち塞がったザザに打ち掛かる。
ザザの武器であるエストックは刺突に特化した剣だ。ゆえに構造上は脆く、相手の剣を弾くことはできない。
ゆらりとした動作で、ザザは冷静に一撃を避ける。カウンターで突き出されたエストックが、ギリギリで剣先を避けたカズラの肩を掠めて、わずかにHPを削る。
「どうした、動きが、鈍いな。俺たちを、裁くのだろう?」
すべて分かり切ったようにザザが言う。
実際、ザザのHPには余裕があるとはいえ、カズラの一撃をまともに食らえばただでは済まないだろう。ゆえに、彼女は下手に強力なソードスキルを放つことをためらっていたのだ。
このままではマズイと顔をしかめるカズラ。そして次の瞬間、その表情が凍りついた。
どこか儚げな――大音響の破砕音が響き渡る。
「っ……!?」
振り返りたい気持ちを押さえつけて、カズラは足を踏みしめる。しかし、それがわずかな隙になった。
ザザのエストックが青色のライトエフェクトを纏う。直後、連続の突きがカズラに襲い掛かった。
「なめ、るな……!」
一瞬の隙を狙われたとしても、戦闘能力においてはカズラのほうがかなり上だ。ザザのソードスキルを見切り、冷静に捌いていく。
八連撃の最後の一撃を避け、カウンターを食らわせようとしたとき、後方から投擲で援護に徹していたジョニー・ブラックが強引に割り込んできた。
ジョニー・ブラックの手に握られているクリスタルに気づき、カズラはとっさに目を瞑った。
二人の間で閃光が弾ける。
光の中、カズラは目を瞑ったまま後方に跳び下がった。
右手になにかが掠めるような気配。ジョニー・ブラックがナイフで攻撃を仕掛けてきたのだ。
「ちっ、意外に反応がいいじゃねぇかよ」
「昨日、その手は見ましたから……!」
言い返しつつ、カズラは上段からカタナを降り下ろす。
しかし直後、ジョニー・ブラックの肩口からエストックの剣先が伸びてきた。
「しまっ……!」
非ダメージが大きい顔に向かって、エストックが迫る。ここで無理やりカタナで迎撃すれば、ジョニー・ブラックにHPを削り切られてしまうだろう。
つまり、チェスや将棋でいう『積み』だ。
そんな中、せめて一人だけでも、とカズラはカタナに力を込める。
そのときカズラのカタナが、横から伸びてきたもう一本のカタナに弾かれた。
覚悟が一瞬にして絶望に変わる。
最早エストックに貫かれるのを待つだけのカズラは、迫り来る死に目を見開いて――。
カズラのカタナを弾いたカタナが、そのままザザのエストックを粉砕した。
「君が手を汚す必要はない。――そこで黙って見てなよ」
赤い裾が翻り、その向こう側から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「――これからは、俺の舞台だ」
後書き
次話もよろしくお願いします。
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