Fate/stay night -the last fencer-
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序章
プロローグ
PrologueⅢ-Ⅰ
久方ぶりに帰ってきた屋敷で、魔術刻印の同調、魔術回路の連続運転を行った。
「読込……魔術刻印より、8番と54番、103番、211番を実行」
腕に走るいくつかのラインが青白く光り、俺の身体と周囲に僅かだけ効果を及ぼす。
魔術刻印も永く黒守の血筋に馴染んできたものなので、違和感を感じることはほとんどない。
ただ一年に一度の割合で、肉体との同期が上手くいかずに体調を崩すことがある。
歴史の浅い家系であれば刻印を抑制する薬も必要になるほど影響が出るものだが、500年以上も続く家系ならばそれも必要ない。
600年の歴史を持つ黒守の魔術刻印が馴染みきっていないのは、血統の厳選はしていたものの、必要とあらば族外の血をも取り入れていたことによる弊害と言える。
魔術回路も本数で表わすならばメインに二十本、予備としてサブに十本を2つ備えて管理している。
よっぽどのことがなければメインだけで事足りる上、俺の魔術特性もあってそうそう魔力を使い尽くすことはない。
そりゃあ大魔術の行使を連続的に休みなく使うようなことでもあれば、サブすら総動員させる必要は出てくるかもしれないが。
魔力運用の問題もあるが、いざとなれば魔術刻印も機能を半分閉じることで外付けの魔術回路として使うことも出来る。
その場合は両腕ともを合わせて、凡そ二十本の魔術回路として扱うことが可能だ。
「っ……ふう。痛み自体にはもう何とも思わないが、慣れることもないんだろうな」
魔術師には永劫付きまとうであろう魔術行使の痛みに、ふと感想を漏らす。
通常は人の身には存在し得ない魔術回路を起動させ、自身の肉体を神秘を成す部品とする行為。それを嫌う人間としての肉体が、魔術回路と化した肉体に課す聖痕である。
刻印と回路の調整が終わった後は、ポーション作成に関する魔術書を読み耽っていた。
「魔術薬を専門とする魔術師が少ないのはこういう理由もあるんだろうな。副業ならともかく、こりゃあ確かに割に合わんわ」
日常的に使用できるような薬は魔術をもって作る必要はなく、寧ろ市販されることのない劇薬等を作る方が費用対効果において優れている。
それに効力・効能の差異も、素材の良し悪しや成分量の違いによって細かく上下するらしい。
これまで勉強不足だったが、ポーションについての最低限の知識は蓄えられたように思える。
一段落ついたところで工房を閉めたが、一昼夜通り過ぎて気が付けば陽はすでに昇っており、慌てて始発の電車に乗って冬木市まで帰ってきた。
家に帰った時点ですでに朝錬の時間だったため、そのまま朝食だけ済ませて学園に登校することになった。
学園に着いた瞬間────その異状は、あまりにも明らかだった。
「なんだこれ……結界か? それも普通じゃない…………」
学園内だけが切り取られたかのように、完全に閉じている。
まるで世界からこの場所だけが取り残されたかのように、独立した空間になってしまっていた。
戸惑いつつも歩を進めながら、状況分析を始める。
(魔術的に外界と遮断している……少なくとも防衛が主目的じゃないな。となると、境界隔離による内部の隠蔽、もしくは結界内に入った生物からのライフドレインか?)
発動段階には至っていないが、恐らく後二日もあれば結界は完成するだろう。
誰がやったにしても、学園という場所に結界を張る意味が見出せない。
最近町を包んでいる不穏な空気に関係あるのだろうか?
凛が何らかの理由で、この結界を張ったのだとしたら?
完成前に感づかれるような代物をアイツが張るとは思えないが……この規模の結界を張れる魔術師を、俺は凛以外に知らない。
どうしたものか……と考え始めるが、現状で打てる手はほとんどなく、本格的に事を起こすなら凛にも話を聞いてからのほうが効率がいい。
とりあえずは結界の基点か支点を見つけ、これがどういった類の結界かを解析するくらいしか出来ないか。
この規模の結界が基点一つで支えられるわけもないので、学園を包む上で絶対に支点を置かなければならない場所…………つまり、屋上を目指す。
そうして屋上に辿りつけば、結界の基点がどこにあるかは丸わかりだった。
近くにいれば感じ取れるというのもあるが、それを差し引いてもこれは──────
「誰だよ、こんなモン仕掛けた奴…………かなり高度な結界だけど、仕掛け方が下手っつーか甘いっつーか。これを設置したのが凛って線はないな」
魔術に於いて凛がこのような不手際を残すはずはない。
この結界を張ったのが凛だったのなら話は早かったのだが、どうやら犯人は別の魔術師らしい。
だがこの学園にいる者の中で、遠坂凛以外の魔術師は間桐桜しか知らない。
しかし普段の立ち居振る舞いを見るに、彼女が高位の術者である可能性はほぼない。
間桐がこんなことをするようにも思えないし、何より彼女にとっては何のメリットもないはずだ。
つまりこれは、俺や凛が知らない魔術師の仕業。
1年以上ここに通っているというのに発見できなかったのだ。どうやって潜んでいたのかは知らないが大した物である。
結界のレベルだけで判断するのは早計かもしれないが、これまで発見されなかった事実も含めて、それなりの域にある魔術師だろう。
「Decode, Analyze……Interpret…………」
魔術回路を起動し、術式解読・構造解析・構成解明の詠唱節を、魔術刻印から読み込んで起動する。
俺が呪文詠唱、魔術行使をするまでもなく、魔術回路に記録されたそれが俺の意志に従って自動的に発動。
結果得られた情報は、俺が想像していたものよりも数段性質の悪い代物だった。
「結界内に存在する生物を溶解させ、自らの養分として吸収する紅血の封域結界…………」
──────魂喰らい──────
信じられない。
一体どこのどいつが、ウチの学園にこんなものを仕掛けたというのか。
それも俺には、多分凛にも無効化することのできないレベルの結界だ。
設置された時点で完全に後手であり、発動された時点で完全に手遅れである。
これを仕掛けた魔術師を探し出し、結界を解かせるか魔術師本人を滅するか。
それ以外にこの結界を無力化させるための手段は俺にはない。
現状で今すぐその魔術師を発見することは不可能だ。
ならば応急措置といえども、邪魔をするぐらいはしなければならない。
「System down, Deep freeze────」
循環する魔力の流れを停め、巡る術式を分壊する。
結界の規則に沿って三つの手順を繰り返し、基点を一時的に閉じる。
完全に破壊、無力化できないことに歯噛みする思いだが、何もしないよりはマシだろう。
「チッ……今はこんなもんか…………」
「へえ。何がこんなもんなの?」
「────────」
瞬間、取った行動は完全に反射だった。
屈んだ体勢から脚に強化の魔術を通し、声がしたのとは逆方向に飛び退く。
感じ取れた魔力の波長から声の主が凛であることは窺えたが、言葉と共に敵意を向けられては平然とはしていられない。
自然と感知できるほどの魔力が漏れている……つまり魔術回路は起動状態。
魔術を発動可能な状態から敵意を向けるということは、戦闘も辞さないという意思表示。
故にこちらもメインの魔術回路を全て起動し、全ての魔術刻印を奔らせる。
「で。貴方はここで、何をしていたのかしら」
臨戦態勢に入ったこちらを気にすることもなく、凛は刺々しい視線をぶつけてくる。
答え如何では戦うことも辞さないのは理解できるが、すぐさま攻撃行動に移らないところを見ると、彼女もまずは現状の疑問を解きたいのだろう。
「別に……性質の悪い結界が仕掛けられてたもんで、解析と基点封じをだな」
「ふうん。私としてはアンタが犯人って考えもあるんだけど」
「結構な短絡思考だな。俺ならこんな仕掛け方はしないし、ここでおまえに見つかるヘマもしねぇよ」
「実際仕掛けてるし、見つかってるじゃない」
「え? あぁー…………」
確かに今の状況だけを見れば、結界の基点がある場所で凛に見つかったという間抜けを晒しているわけで。
いくら結界の方に集中してたとはいえ、屋上に上がってきたのが一般人だったなら事前に気付いたのだが。
恐らく屋上に魔術行使の気配を感じた凛は、気配を消しながら近づいてきた故に察知できなかった。
これで俺が犯人だったなら話は解決だが、現実として俺は結界に一切関与していない。
「そういう考え方でいくなら、おまえが犯人って可能性もあるわけだが」
「は?」
「ここの基点の状態を見に来たとか、基点閉じられたのを感じて邪魔者を排除にきたとかな」
「そんな理屈があるわけ…………いや、そうか。状況証拠だけじゃ決定打にはならないわけね」
そう。決定的な証拠、俺が犯人たる根拠。
それを凛が提示できない限り、この場は何も解決しない。
仮に力ずくで俺を排除したとしても、犯人が別に居た場合それは徒労に終わる。
そして罪無き相手を裁いたという事実は、この先ずっと、魔術師としての遠坂凛について回る。
少なくとも彼女は、魔術師にとってはそんな瑣末な出来事を気に病む性格、性質をしているのだ。
「いいわ。でも、一つだけ確認したいことがある」
「……なんだ?」
「上着を脱いで、袖を捲って見せて」
「──────」
その発言に目が点になり、息を飲み、絶句する。
えーっと。ついさっきまで魔術師同士が殺し合いになりかねない、シリアス空気じゃありませんでしたっけ。
コイツは今、何と仰いましたか?
「凛さま、もう一度言っていただけますか?」
「上着を脱いで、袖を捲りなさい」
まさか、もしかして聞き間違いじゃないのか。
いやしかし、まだ勘違いの可能性もある。
今度こそ、三度目の正直だ!
「ごめん。もう一回」
「上着を脱ぐ。袖を捲る」
「hah? Pardon?」
「………………」
二度あることは三度ありましたー。
あまりの衝撃に完全に日本語の発音で英語で聞き返してしまった。
何やらプルプルしだした遠坂さん。
あっ、見事に地雷を踏み抜いたっぽいぞ。
「いいから脱げってのよ!!」
「きゃー!? 痴か……痴女ですのー!!」
「あんたっ……言うに事欠いて……!」
屋上に響き渡る俺の叫び声。
学園のアイドルに脱がされるという、ある意味羨まれる構図かもしれない。が、如何せんこんな季節に裸にされてはたまらない。
仕方なしに上着を脱ぎ、袖を肩まで捲って見せた。
「これで俺が犯人じゃないってわかるのか?」
「そういうわけじゃないけど……まぁ一つの目安よ」
腕を持ち上げたり、ペタペタ触ってみたり、一体何がしたいのだろうか。
物凄く丁寧に俺の腕を観察していらっしゃるが、本当に何がしたいのか皆目見当がつかない。
ただ腕が見たかったって訳じゃないだろうし。
さっきまでの流れからすると、腕を見ることで間接的に結界に関与しているかどうかが確認できる要素がある?
それとも街が不穏な空気に包まれている事に関して、腕に何らかの特徴がある者と結界が結びつく要因がある?
どれもこれも推察の域を出ないため、確証は何も無い。
「んー……うん、もういいわ」
「そうかい。ご満足頂けたようで何より。で、何かわかったのか?」
「私の中で、とある可能性の一つが潰せたわ。実際それがわかっただけでも収穫なんだけど」
「ふぅん……深くは聞かないでおこう。それで、俺が犯人かどうかはどうだ?」
「今のところは白に近いグレー。とりあえずは保留」
腕を見せただけでそこまで信用されたなら、安いモンだろう。
ただ俺が犯人ではないとしたところで、事態が一切解決したわけではない。
今後の方針なんかを決めておきたいところ。
「結界はどうする? もうすぐ予鈴が鳴る頃だが……」
「そうね、一昨日言ったことを実行しましょうか。あなたが本当に犯人じゃないなら、放課後基点潰しに付き合いなさい」
「ああ、なるほど。俺を利用する云々ね。この結界は俺もどうにかしたいところなんで、そこは異論ないぜ」
「なら、後は放課後にね。ちゃんと残っていなさいよ」
「おう」
俺の返事も聞かぬまま、凛は屋上から去っていった。
とはいっても、俺も教室に向かわなきゃならないので、見送ってる場合じゃない。
ただ──────
凛が俺に背を向けたときにほんの一瞬だけ、凛の傍から別の魔力波長の揺らぎが感じられたことに、俺は違和感を覚えていた。
今日の昼食は生徒会室で摂ることにした。
ここにはいつも通り士郎と一成も居て、他愛ない雑談をしながら昼休みを過ごしている。
ところで、時々障害物を見るような眼を向けてくる一成くんは、一体どういう意図があるのでしょう?
士郎に向けてるような優しい眼差しを俺にもプリーズ。
「そういえば黒守。今日は少し噂になっていたぞ。あの黒守が、今度は遠坂凛をターゲットにしているようだ、と」
「はぁ? どこ情報だよそれ。てゆうか何だよ、『今度は~』とか、『あの黒守~』って」
「俺も聞いたぞ。俺の場合は後藤君からの耳打ちだったけど。黎慈って誰とでも仲良いみたいだし、仕方ないんじゃないか? 俺もおまえが女の子を遊んでるとまでは思わないけどさ」
何やら愉快な噂が流れているようである。
今日は授業の合間にでも打ち合わせできればと思い、凛を探していた。
直接凛の教室まで出向いたり、所在をクラスメイトに聞いたりしたのだが悉く凛は不在で空振っていた。
恐らく、休み時間の間にも一人で、結界の基点探索、基点封じをしていたのだろう。
けれど俺が遠坂を探していたのを知っているのは、凛の教室で話を聞いた三枝のみ。
しかし彼女はこんな根も葉もない噂を流して、クスクスと面白がるような悪どい性格ではない。
三枝が話題のタネに蒔寺と氷室に話して、それを盗み聴いていた他の生徒が騒いでいる、というのが真相に一番近いのではないだろうか。
「くだらねぇ。そんな色恋に関係あることじゃねぇよ」
「では、あの女怪に何用だ? ハッキリ言っておくが、アレと付き合うのは不健全極まりないことだぞ」
「女怪って…………いや、ちょっと遠坂に貸してる物があってな。今日に返す約束だったんだが、アイツ今日不在が多くてさ。どうしたもんかと途方に暮れていただけだよ」
「ほう。おまえは遠坂と物の貸し借りをするような仲だったのか」
「たまたま、そういうことになったってだけだよ。おまえだってクラスメイトが消しゴムを忘れてきてたら、ちょっと貸すくらいはするだろ?」
「……なるほど」
どうやら簡単に納得してくれたようである。
しかし士郎の場合は、困っている人間が居る=助けなければいけない、みたいな価値観を持ってるからなぁ。
「俺は士郎ほど人助け大好き人間でもねぇしな」
「む。別に、誰でも彼でも助けるわけじゃないぞ」
急に矛先を向けられた上に、自身を揶揄する言葉を聞いてムッとした顔になる士郎。
「俺が誰かを助けるときは、相手が助けを求めたときだけだ」
「だぁから、その助ける相手の選別は出来てるのかって言ってんだよ。感謝しない相手、お前を利用しようとする相手、救済を受け入れられない相手。
世の中にはただ手を差し伸べるだけじゃ救えない相手ってのが山ほどいる。そういう奴は、大概死ななきゃ直らねぇ馬鹿ばっかりだが────」
自分に可能な範囲でなら結構だが、自身のキャパシティを超えた領域に入るとそれは事態の悪化になりかねない。
大きなお世話、余計なお節介、有難迷惑……衛宮士郎の人助けとは基本的にそういうものであり、たとえそうであっても、士郎自身が満足しているのだから始末に負えない。
善意に対する礼が悪意でも、好意に対する答えが敵意であっても関係ない。
元より見返りを求めた行動ではなく、士郎にとっては人助けをすることこそが目的であり、その後に発生する諸々に対して己を顧みることはない。
一言で言うと、損な性格なのだ。
「黒守、衛宮の良き性質をそのように悪し様に言うのはよせ。おまえの言いたいことも分からないではないが、それが衛宮という人物だ」
「はぁ。ま、そりゃそうなんだが。まぁおまえのその性質は長所でもあり短所でもある。そういう風に考えておけよ、士郎」
「一応、忠告として受け取っておくよ。実践できるかは分からないけどな」
「それで構わないさ。どれだけ歪に見えても、それを貫き通せるならそれはそいつの強さだ」
生き方なんて人それぞれ、そこに口出しするなんて傲慢以外の何物でもない。
けれど士郎のそれは確実に、士郎自身が損をする生き方だ。
俺はこいつを友人だと思っている以上、忠告とか心配ぐらいはさせてもらいたい。
それこそ俺が自分で言った、自身のキャパシティを超えた領域にある問題なのかもしれないが………………
「ところでだ、士郎。おまえ復部は考えねぇの?」
「唐突な話題変更だな」
これ以上言ってもキリは無いと考え、話題を変える。
唐突だったのは俺がその話題を思い出したのが唐突だったからである。
つい最近も、弓道部と衛宮士郎の問題を聞かされていたのだ。
「いやー、美綴ちゃんに頼まれたってのもあるけど。自分の得意分野投げ捨てるのは勿体無いんじゃないかと思ってな」
「それは俺も少し思うところがあるぞ。おまえは全国を目指せる腕前があるんだろう?」
「俺だって色々考えた上で退部したんだ。それに全国目指せるって言うなら、黎慈だってそうだろ」
「俺にとっての剣道は内申書と暇潰しのためなんで、全国とか興味ないんだよ」
「全国に興味が無いのは俺も同じさ」
これだよ。参ったね、ホント。
俺が士郎を説得できない理由にはこの事も含まれている。
同じような状況にありながら、自身がやっていないことを他者に強要出来るはずが無い。
彼を復部に向かわせる持ち札もなければ、彼に影響を及ぼせるほどの人間にもなれていない。
仮にここで俺が全国を目指すといっても、それは士郎の心変わりの一因にはならないだろう。
最初から詰んでいる戦略系ゲームのようである。
「わかったわかった。俺も言ってみただけだって」
「……そうか」
「ただ美綴も間桐も……間桐桜もおまえのことを気に掛けてるし、今は慎二のこともある。ちょくちょく顔見せに行けよ」
「言われなくてもわかってるさ。慎二に関しては俺がどうすることもできないと思うけど」
今はもう、できることは何もないか。
凛も捕まらないし、後は放課後まで待つしかないかね。
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