Fate/stay night -the last fencer-
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序章
プロローグ
PrologueⅢ-Ⅱ
「よう、お疲れ」
放課後。
帰宅する者、部活に行く者。
人が減って疎らになったところで、俺は凛と合流した。
先の労いの言葉は、休み時間にさえ動いていた凛のやる気を評してのことだ。
「成果はあったか?」
「とりあえず1/3くらいは、基点がある場所の目星をつけられたわ」
「そうか。なら早速それを潰しに行くか」
「いいえ、まだ見つかっていない基点を先に探しましょう」
「へ?」
それはどういうことだろう。
結界を仕掛けた本人の邪魔をする、結界の発動を遅らせるという目的であれば、先に場所が判明している基点を潰しに行ったほうが効率はいいはずだ。
基点を潰した数だけ結界が発動する可能性は減っていくわけで、基点潰しで時間稼ぎをしながら地道に一つずつ処理していくのが一番だと思うのだが…………
「黎慈はアルバイトがあるでしょ? まだ何処にあるかわからない基点を見つけられれば後は私がやっておくから、貴方はちゃんと仕事に行きなさい」
「…………了解、それは助かる」
「土曜の放課後とは言っても、今はまだ人も多いしね。人気が無くなる頃合を見て順に処理しておく。処理し切れなかったら、また力を借りるかもしれないけど」
「ああ。俺も基点潰しが終わるまではきっちり手伝うよ」
そうだ、凛のこういうところが彼女を気に入っている所以だ。
以前は貴方のコトなんて興味ないから知らない、なんて言っておきながら、実際はこうしてこちらのことを理解した上で気を遣ってくれる。
しかも彼女からしてみれば、こんなものは気を遣っているうちに入らない。
事実凛はこちらに気を遣ったつもりはないだろう。何故なら彼女にとって、これは当然の行動であるのだから。
それに利用すると言っておいて、この程度の扱いでは甘すぎる。そこまで言うのなら、もっと俺をコキ使えばいいのにと思う。
基点探しは全部俺、もしくは基点潰しは全部俺にやらせるとか。
別に人助け大好きでもないしマゾでもないが、こちらが協力すると言っている以上、向こうがどういうつもりだろうと関係ない。
信頼関係であろうと利害が一致しただけの関係であろうと、出来る限り相手を利用するのは同じはずなのだから。
だからこそ、やはり遠坂凛は良き人間だ。
一成は女怪だなんだと言っていたがそんなことはない。
魔術師同士というしがらみがなければ、本当は普通に人付き合いしたい相手である。
将来彼女を伴侶とする男も、自分がどれほどイイ女に巡り会えたかと思うはずだ。
付き合っていく難易度は高いヤツだが、そこは男の甲斐性で何とかするモンだろう。
……などと俺が遠坂凛の人物評を改めている間にも、彼女は先に進んで行っていた。
────── Interlude Shirou ──────
「次は何処だ、一成」
「リストによると、放送室の機材の一つが体調不良とのことだ」
「む。精密機械とかだと、安易には触れないぞ」
「そんな重要機器は置いてはいまい。他の物とは勝手が違うかも知れんが、一応診てやってくれ」
「了解。直らなくても怒るなよ」
今日は授業終わりからずっと、一成と一緒に学校の備品修理だ。
昨日はアルバイトを優先してしまったので、今日は生徒会からの頼まれごとを優先しただけではあるが。
生徒会に届いた整備不良な備品をリストアップした紙を眺めながら、俺と一成は校舎内の教室を順々に巡っていた。
廊下を歩きながら、何とはなしに窓から外を眺めた。
「ん? あれは……」
ふと、校庭の隅に見えた人影に気を取られた。
体操着を着て部活動を行っている生徒が溢れているグラウンドで、遠目に見えるその二人は通常の学生服で明らかに目立っている。
「どうした、衛宮」
「いや、あれって黎慈と遠坂じゃないのかって」
「ふむ。確かに、黒守と遠坂のようだな」
一体何をしているのだろうか。
何かを探しているようにも見えるが、さすがにここからでは何をしているのかはわからない。
昼休みに黎慈が遠坂を探していたという話を聞いたこともあってか、なぜか無性に二人のことが気になっていた。
「やれやれ。昼には気のないことを言っておきながら、やはり黒守も遠坂狙いであったか」
「何バカなこと言ってるんだよ。二人が一緒に居るってだけで、そうと決まったわけじゃないだろ」
「衛宮こそ何を言っている。普段あれほど男っ気のない遠坂が、男連れで歩いているのだぞ。もはやそうであるとしか思えんだろう」
「いや、それは……」
ゆっくりと校庭を周っている二人。
談笑も交えながら歩くその姿は、客観的に見ても楽しそうだ。
だからといって二人がそういう関係だと決め付けるのはどうか。
黎慈もそんなつもりはないとキッパリ言っていたのだし。
「ふっ、冗談だ。あの二人の仲が良いのは、今に始まったことではない」
「え?」
それはどういう意味だろう?
俺からしても先ほどの言い分には反論しづらかったのに、自分から冗談だったと言うということは、二人のことについて一成は何か知っているのだろうか。
というか、何故俺は二人のことをこんなに気にしているのか。
「二人は中学からの同級生だ。黒守は一年時の半ばに転入してきたのだがな」
「そっか、一成は遠坂や黎慈と同じ中学だったっけ」
「うむ。奴も当時から社交性のある人間であったが、何故か遠坂とはよく話していたのを覚えている。というより、元から知り合いだったようだな」
「なるほど。もしかしたら、幼馴染みたいなものなのかもな」
「遠坂はそうでもなさそうだったが。そしてその頃からの印象からして、あの二人が付き合うのはありえん。
もしもその可能性があったのなら、とうの昔に付き合っていただろう」
「そういえば黎慈は女の子のこととかあまり話したりはしなかったな。慎二は新しい彼女作るたびに逐一言いに来てたけど」
「奴らしいことだ。しかし黒守の交友関係の広さは驚嘆に値するな。衛宮や慎二とも、その頃から付き合いがあったのだろう?」
「そうだな。出会い方は普通じゃなかったけど」
確かいつものように慎二が持ってきた厄介事に巻き込まれたときだったか。
何かと目立ってしまっていた俺と慎二は他校の上級生に絡まれていて、それを黎慈がわざわざ止めにきたのが馴れ初めだ。
当時は若気の至りというもので、俺たちも上級生たちも互いに話し合いなんかで止まるような利口さはなかった。
黎慈は最初は言葉で止めに来た割に喧嘩が始まるやいなや、持っていた竹刀をぶん回して鬼のような強さで相手を叩き伏せていた。
正直あの時は味方で良かったと安堵したものである。
後になって竹刀を使ったことを咎めたが、当人は『武器使ったほうが手っ取り早いし、これなら打撲程度で済む』と言って飄々としていた。
それから何故か慎二と黎慈は意気投合して、次の時からは三人で集まるようになっていた。
色々と問題もあった……ありすぎたが、あの頃は楽しかった。
「どうした衛宮、遠い目をして」
「いやあ……あの頃は三人とも、先のこと考えず無茶してたなーっと」
「今も無茶をしているがな、慎二は。条件付きで衛宮もか」
「はは、そうかもな」
──だというのに。
俺たちはいつから、この少し離れた距離を維持するような関係になってしまったのか。
恐らく。あの日に慎二が変わってしまったときに、何かが崩れてしまったのだろう。
俺と慎二の間で一悶着以上の出来事があったし、黎慈と慎二にも何かしらの揉め事があった。
今でも俺は二人を友人だと思っているが、俺たち三人を結びつけた時、そこに友人関係が残っているのかは定かではない。
「まあ、今となってはどうしようもないか」
在りし日の思い出に浸りながら、一成との備品修理を続けることにした。
────── Interlude Out──────
「なぁ、りんりん」
「気持ちの悪い呼び方はやめて。鳥肌が立つでしょ」
「でもこの呼び方可愛くないか? パンダみたいじゃん」
「アンタ、ふざけたこと言ってると張っ倒すわよ」
「中国拳法を極めし者、その名もパンダししょ……うぼぁっ!?」
見事な攪打頂肘ですっ……
こんな雑談をしながら、仲睦まじく?結界の基点探しを始めてはや3時間。
こうして愛のあるスキンシップが取られたのも一度や二度ではない。
そうだなぁ、10回を越えたあたりからもう数えてないや。
「ちょっと、真面目に探す気あるの?」
「いやいや真面目に探してるでしょうよ。もうほとんどは見つけられたんじゃないか?」
基点の数は正確にはわからないため、結界の規模から推測するしかないが、最低限の数は探し当てたと思う。
これまでに見つけた基点全てを閉じれば、少なくとも結界の効力はかなり減少する。
せっかく仕掛けた結界の効力が下がったまま発動するとは思えないし、たとえ発動されても対処さえ早く済ませれば事は大きくならないはずだ。
あと数箇所残っていたとしても、それほど問題はないだろう。
「でもねー。邪魔されたことに怒った相手が、ポロッと発動しちゃう可能性だってあるじゃない」
「そりゃないとは言い切れないが……このレベルの結界を張れる魔術師が、んな短絡的な行動に走るとは思えないけどなぁ」
そんな魔術師は三流どころか素人である。
限りなく低い可能性まで見過ごせないのは解るが、それは魔術師として効率的ではない。
ゆえに、これは遠坂凛の完璧主義による弊害だ。
それ以外にも自分の領域で勝手をされたこと、そこで無関係な他者を巻き込むかもしれないことを彼女が嫌っているのも解る。
魔術師としては余分なモノを持っているとも言えるかもしれない。
何とか折り合いをつけて納得してもらいたいが、残念ながら俺のタイムリミットが迫っていた。
「凛。そろそろ制限時間だ」
「え、あ、もうそんな時間になっちゃった?」
実はアルバイトのシフトに間に合う時間から、既に1時間ほど過ぎている。
ちゃんと同僚にメールで遅刻する旨は伝えてある。
中途半端なままで終わらせられないのは、俺も同じだったから。
「そう。じゃあ、今日はここまでね」
「この後もおまえは残るだろ? 今日中に納得いくとこまでいかなかったら、また付き合うよ。明日は昼間のシフトだから、夜からなら空いてる」
「わかった。それじゃあね」
さっと切り上げて、凛と別れる。
凛一人に押し付けることに後ろ髪引かれる思いだが、ここは彼女に任せよう。
「……行ったわね。はぁ~。助かったって言えば助かってるんだけど」
(面白い男だったな。魔術師としては優れているのかそうでないのか、よくわからなかったが)
「黎慈は優秀よ。傍にはそうは思わせないけど。実際、あなたに気付いてる節があったしね」
(それについては同意しよう。探知、感知、異状の知覚に集中していたからかもしれないが、結界の基点だけではなく何度か私にも目を向けていた)
本当に、油断ならない。
古馴染みだからこそあんな大それた確認の仕方をしてしまったけれど、彼がマスターでないことにほんの少しだけ安堵している。
魔術師同士、そこそこに付き合いのある相手だからか、無意識のうちに敵対したくない存在だと本能的に感じ取っているのか。
どちらにしても、彼は此度の聖杯戦争には関与していない。
令呪もなければその兆しも一切無かったし、彼がマスターだったなら屋上であんなことはさせないだろう。
黒守黎慈は無関係。それがわかっただけでも、私にとっては僥倖だ。
(しかし愉快な時間だった。よもや君のあんな一面が見られるとはね)
「うるっさいわね。だから私はあいつが苦手なのよ!」
(そうか? 君との相性は良さそうだったが)
「…………どういう意味よ」
(君の性質や能力についてこれるという意味でだよ。君にとってそういった手合いは、中々貴重なものだろう?)
なるほど、そういうことか。
何においても私とタメを張れる相手なんて、そうそう居るものじゃない。
昔からの付き合いだし、黎慈の性格もあって考えたこともなかったが、競争相手としては面白い相手かもしれない。
互いに魔術師として全力で、真正面からぶつかってみたい。
ともすれば、彼がマスターでないことを少しだけ惜しくも思う。
(それに君は相手に優位を取られると、ペースを握られるところがある。少なくとも彼にとって、君は相性の良い相手だろう)
人が真面目に考えていれば、一体何を言っているのかコイツは。
服従の令呪が足りなかっただろうか?
だがこれ以上、大切な令呪を浪費するわけには行かない。
「ふん、言ってなさい。まだ結界の基点を全て見つけたわけじゃないんだから、さっさと続きに戻るわよ!」
(くく。了解、マスター)
笑いを漏らしながら追従するアーチャー。
そんな彼の態度に私はまた小言を呟きながら、まだ行っていない場所へと基点探しに向かった。
「はぁ……さっむいなぁ。夜中になると冷え込むもんだ」
新都でのバイトを終え、帰路に着く。
遅刻の罰としていつも上がる時間には帰してもらえず、閉店時間まで仕事をさせられていた。
トボトボと歩く、その道中。
閑静街方面とは違い、新都はこの時間帯になっても人が減ることは無い。
むしろ夜はこれからだとばかりに、青春只中な若者も仕事帰りの中年も、夜の街へと繰り出している。
道行く人の声、車のエンジン音、店の呼び込み、広告ラジオの大音響。
人々の営みがたてるその騒音を煩わしく思い、路地裏に入りながらいつもは通らない道で帰ることにした。
そうして通りがかったのは────
────整備されないまま放置されている、荒涼とした公園だった。
明らかに何かが欠如してしまっている、そんな印象を抱く場所。
この場所には昼の日中にさえ、人が立ち寄ることが無い。
ここで十年前に起きた大火災。
この公園がそうなってしまったのは、その事件が起きたときからだ。
無数の死者と負傷者を出したその事件は、今でもその傷跡を残している。
俺がこの町を知り移住することを決める、きっかけになった事件でもあった。
調べた結果として、霊脈があることも分かって居住には文句の無い土地だったのだが。
そもそもの始まり、最初にこの街に興味を抱いた因果はなんだったのか。
何故か目に止まり、何故か惹かれた。
物事など所詮はそんなものなのかもしれないが、そこに理由を求めるのは悪いことだろうか。
たとえば。
そうすることが、そうなることが。
自分の運命だったなんて、そんなロマン溢れる幻想も────────
あまりに少女めいた妄想に自嘲する。
運命なんて言葉、俺が一番嫌いなものだというのに。
らしくもない感傷、物思いに耽っていたその瞬間。
一瞬にして血の気が引いた。
寒気だとか悪寒だとかそんなレベルではない。
もっと明確な、身の毛のよだつ恐怖を抱かせるような何かが………………
「そこにいるのは……なんだ?」
すぐ背後の暗闇に、そう呼びかける。
姿は見えない。音は聞こえない。だが確実にそこに何かがいる。
まるで茂みから、肉食獣がこちらを狙っているかのような感覚。
明らかに尋常な事態ではない。
身体に備わった魔術回路が自然と開く。
魔術刻印が、主の危機に呼応して起動する。
身体で感じる危機感。意識が軋むような恐怖感。
そして本能的に感じる敵意と殺意が、相手の存在感を嫌というほど知らせてくれる。
硬直したその状態のまま、どれほどの時間が経っただろうか。
数時間にも感じられたその時の中、相手は自ら姿を現した。
黒装束、眼帯拘束具。大蛇を思わせるほどに長い、長すぎる紫髪。
獲物の肉を食い抉るためにあるであろう、両手に握られた釘のような鉄鎖。
暗闇の中、無骨な衣装など関係なく、それすらも引き立て役に過ぎぬといわぬばかりの美貌の人型。
人の形をした、何か。
そう、何かだ。
アレは決して人間でない。人間の形をしているだけの何かなのだ。
そしてソレが姿を現してからまた、幾許かの時間。
ゆっくりと、動き始める。
両腕を地面につき、前傾姿勢のような状態。
直感だった
知識や経験ではなく、本能が生き残るために教えてくれた事実。
相手のこの体勢は、獣が獲物を狩る臨戦態勢と同一であるということを────!!
そうして。
黒守黎慈の、長い夜は幕を開けた。
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