Fate/stay night -the last fencer-
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序章
プロローグ
PrologueⅡ
==========REMEMBER==========
公には言えないが、俺の家系は魔術師と呼ばれる世界の異端者だったりする。
父は俺に“普通の人間として生きて欲しい”との願いを持ち、母もそれに賛同したことで、俺は幼少期を一般人として暮らしていた。
永く続く魔術師としての自分を捨てるなど、同業の者から見ればあるまじき思考思想であり、何十代とかけて探求を続ける魔術師としては狂っていたとすら言える。
どういう理由かは知らないが、両親は継承を絶やしてまで俺を普通の子として育てようとした。
けれどその願いも空しく、魔術師として生きていた頃の因縁、因果から両親はどこかの誰かに殺された。
両親が殺されたその理由、原因が何だったのか。
魔術師間でのそういった事件は、表向き全て事故死として処理される。
表向きとは言ったが、別段魔術師同士にその処理の内容が語られるというわけでもないのだが。
そうした慣習のために俺は両親の死の事由を全く知らずに、また知りたいとも思っていなかった。
父のことも母のことも大好きだった。けれど死んだと認識した時には既に割り切れてしまっていたからだ。
薄情な息子で申し訳ないが、幼いながらも俺は性格や思考からして、彼らよりよほど魔術師としての人格を形成していたのだろう。
両親の愛情と想いを受けながらも、血筋に脈々と受け継がれてきた魔術師としての性が、俺自身の在り方にまで影響を及ぼしていたのか。
両親の死後に引き取られた曾祖父からは、深い憐憫の感情だけは見て取れた。
それが父や母、自分に向けられたものでないことだけは、子供心に理解出来た。
≪一族の継承を絶やしてまで光に生きる道を選んだというのに……結局は闇よりの使者に迎えを寄越されるとは、皮肉な末路を辿ったものじゃ≫
≪ふむ、安心せい。貴様らの子、我が曾孫は、儂が責任を持って預かり受けよう。なに、儂自身そう永らえることはない身じゃ。黒守の血族最後の子には、我が全てをくれてやろう≫
自身に向けての憐れみ、黒守に対しての哀れみ。
これまで積み上げてきた全てのモノに対して、深い悲しみを抱いていた。
そうして俺は──────正と負の両方を合わせた、膨大な遺産を譲り受けることになる。
600年の歴史。魔術師の家系の全て。
正確には623年の歴史だが、正直600年とか言われてもピンと来ないし、全てという表現では曖昧すぎる。
屋敷や土地、財産などの目に見えるものなら実感も湧くが、魔術師としての遺産など目に見えない。
それは目に見えないからこそ受け継ぐべき負の遺産。
俺自身にそんな自覚はないし、受け継いでから数年経った今でさえ、そのことを何とも思っていない。
しかし背負ったことだけは、揺るぎようのない事実。
普通では使いきれない財産の他に、曾祖父さんから授かった遺産は二つある。
一つは、いつも首から下げているペンダント……曾祖父さんから貰い受けた、最上級の聖遺物。
もう一つは、黒守家が積み重ねた血の成果、歴史の結晶。両手首から肩口にまで刻まれた、凄絶なまでの魔術刻印。
黒守の魔術刻印は通常の魔術師が受け継ぐそれとは別に、もう一つの役目を担っている。
魔術刻印を聖遺物と霊的に同調・同化させ、内包された神秘や概念を魔術として行使可能にする。
それ自体は破格の魔導技術であり、魔術協会からしてみれば封印指定一歩手前なのだと曾祖父さんに教わった。
過去には魔術刻印と聖遺物を利用して、根源へと至る道を開こうとした者もいた。
無論その試みは失敗し、愚かな魔術師に対して科せられたのは片手片足の喪失だったらしい。むしろその程度の代償で済んだことは安かっただろう。
通常の魔術刻印としての役目の他に聖遺物との契約を可能とするそれは、黒守家の秘法と言っても過言ではない。
だからこそ、魔術刻印の移植はあれほどの死痛を伴ったのだ。
暗い、昏い部屋。冷たい石造りの地下室。
陰気、妖気、瘴気。常ならざる気が淀む。
正常な人間ならば本能的に忌避するであろう異空間。
そんな魔気に満ちた牢獄で、俺はただ、身を苛む激痛に耐えていた。
手錠で両手を縛られ、鉄鎖で下半身を固定され、拘束魔術で肉体そのものを封縛されている。
両肩には杭を打たれ、両脚には釘を撃ち込まれ、何をしようがどう足掻こうが逃れられない状態に状況。
「ぅぁああッ、あ、ぐ、うぅっ……う、げぇ…………!!」
叫びと共に胃の内容物を、もはや殆ど血だけのそれを吐き散らす。
嘔吐も吐血も、今ので何十度目なのか。
もはや胃は空っぽで、中には胃液さえも残っていない。
度重なる嘔吐で腸壁は傷つき、そこから流れ出た血が胃に溜まっていく。また溜まった血を吐き出し、その嘔吐でまた傷口が広がって血が流れ出る。
容赦なく続く魔術刻印の移植。
目前には父親の遺体。
その腕から直接霊的手術によって、俺の身体に刻印を移植し彫り込んでいく。
本当なら父が殺された時点で、魔術協会が遺体を回収しに来たらしい。
しかし黒守の魔術を護る為に曾祖父さんが直接出向き、執行者と回収部隊、十人余りの魔術師との死闘の末に父の遺体を持ち帰ることに成功した。
その代償は決して安くはなく、曾祖父さんはその時の傷と呪詛によって、余命幾許かの時間をさらに削られ、逃れられない死という運命を与えられた。
いつまでも続く痛獄の連鎖、どこまでも続く痛絶の循環。
「はぁっ、はぁ、は、うッぐ……!」
肉体を拘束する釘杭、嘔吐による内臓の損傷。
その苦しみもかなりのものだったが、俺にとっての最大の辛苦は別にあった。
両手首から肩にかけて移植される魔術刻印が、体を、心を、魂を侵蝕していく。
肩から先の感覚はすでに曖昧。それでいて脳に直接叩き込まれるような激痛。
肉を鋏でジョキジョキと切り刻み、心を研磨機でガリガリと削られていくかのよう。
「ハぁあっ、あ……ぐ、うッぁ…………ぁぁあああ!!」
どうせ感覚も残っていない両腕ならば、いっそここで切り落してしまいたい。
杭を打ち込むだなんて生易しいことをせず、切り落として移植してまた繋いで、切ってオトシテもどしテ継ギ接ぎだらけの腕にナッてモかまワナイから今すぐ解放シロ………………
痛みによって正気を失い、痛みによって正気を取り戻す、それの繰り返し。
主の状態など関係なく、両腕に刻まれたモノは俺を侵して、オレを冒シて、オれヲ犯しテ────ひたすらに蝕んでいく。
その過程で何度もフラッシュバックする誰かの記憶。
その工程で幾度となくブラックアウトする俺の意識。
俺に刻まれていく呪いとでも言うべきモノ。
あらゆる苦痛を伴ったその作業、79時間もの時間を費やして行われた移植のその結果。
最後の最後まで俺が自我を保っていられたのは、やはり曾祖父さんが最低限の保護を施していたからなのだろう。
魔術師の家系に代々伝わる秘奥にして、一族の後継としての証明。
人間としては最悪の負の遺産であり、魔術師としては至上の遺産だ。
見た目は青い刺青のようなもの。
初代から培われてきた全てが集約された、現代までのデータベース。先代らの魔術回路そのものであり、当代に託される黒守の集大成である。
俺に移植されたのは、先代である父が持つ全ての魔術刻印。
刻まれた者の補助的な役目を果たすそれは、同時に受け継いだ者の肉体に過度の負担を掛ける。
本来ならば第二次性徴までの間に段階的に移植するのが望ましいとされる。事実殆どの魔術師の家系はそうやって移植している。
肉体の成長に合わせてゆっくりと刻印を移して身体に慣らしていき、最終的には全ての魔術刻印を自身で制御できるようにさせる。
だからこそ俺の場合は、魔術刻印の移植としては異例、異常なやり方。
一子相伝であるその刻印は、本来は慎重に移植するべきものだ。
最終的には全てを移植するにしても、その過程で後継たる存在が自壊しては元も子もない。
魔術師にとって、自分たちは根源へと到達するための道具。
その考えに基づいた行動でも、それは決して自らを軽く見ていいという意味ではありえない。
歴史を重ねた家系であるほど、血統というものには深い執着がある。
黒守一族は長きに亘って血統操作を行い、血の純潔ではなく力の純化を優先した。
分家こそ持たなかったものの、優れた血を迎え入れることでより力を凝縮し、濃縮するようにしたのだ。
黒守の家系は約600年にも及ぶ一族だ。ただ一つの目的の為に妄執と妄信と妄念で生き抜いてきた存在など、余人には到底理解出来ないだろう。
そしてそれらの引き継ぎが終わった後、まるでそう定められていたかのように曾祖父さんも逝ってしまった。
親兄弟どころか肉親さえ居なくなり、これからは自分の面倒を見られるのは自分しかいない。
一人の人間としての全てを無くし、独りの魔術師として全てを得たあの日。
俺は誰にも頼ることなく、一人で生きていくと決めたのだ──────
==========MEMORY OUT==========
「ここの屋敷に戻ってくるのも久しぶりだな……」
俺は今、実家とも言うべき黒守本家に帰ってきていた。
冬木からかなり離れた場所にあるこの屋敷は、人の目にはただの廃屋敷に見えるようになっている。
侵入者探知、侵入者排除の結界も張られており、興味本位の一般人ではなく魔術師が何らかの目的で侵入してきた際には即座に俺に伝わる。
といっても、この屋敷を離れてから結界が反応を示したことは一度もない。
「さて。用件は手早く済ませたいし、地下の工房に向かうか」
普段はただの人間然として生活しているが、別段魔術師としての生き方を辞めたわけではなかった。
良き魔術師である遠坂凛と相対したことで、魔術師としての己を自覚させられた。
故に魔術師としての義務とも言える行いを成すため、工房が備えてある黒守の屋敷へと戻ってきた。
「Release, Release, Release──────」
複雑に術式を組み絡めた、魔術施錠を開いていく。
中身は違うが同じ形式で掛けられた施錠が合計七つあり、そのいちいちを開いていかなければ工房へは辿り着けない。
出て行く時にはまた一つずつ施錠していかなければならないという、何とも面倒極まりない仕掛けである。
面倒だからと言って、施錠を怠るような真似は魔術師として絶対にありえない。
全ての施錠を解いて、地下室の扉を開く。
本棚がズラリと並び、あらゆる書籍、魔導書の類が納められた部屋。
魔具や薬品、それらの製造施設、簡易儀式が可能な小規模の魔方陣……と、魔術師の工房としては中々のものだと思う。
問題はその工房の主が、一切管理をしていないという点だろう。
「最近は魔具、作ってないなぁ……護符ぐらいは作ってみるか。それにそろそろ、魔術薬の勉強もしないとな…………」
魔具の作成は得意だが、魔術薬の作成は不得手だったりする。
道具は術式を仕込んだり呪いを仕込んだりで簡単に作れるのだが、薬に関しては成分の微妙な配分が命取りにもなる。
自分が使うにしても他人が使うにしても気が滅入るため、容易には手を出しづらかったのが理由だ。
しかし今日はそんなことよりも、優先して行うべきことがある。
部屋の中心になる魔方陣の中央に立ち、しばらく運転させていなかった魔術回路を目覚めさせる。
魔術回路を閉じていたわけでもなく、通常の魔力流動や魔力生成は行っていたが、魔術回路を魔術回路として起動するのが久しぶりなのだ。
唱えるのは自己の内側へと働きかける言葉。
俺一人だけのモノである、唯一無二の詠唱。
「set……Ether Drive」
呪文詠唱と共に、魔術回路が起動する。
自身へと働きかける意味合いでは魔術回路を魔術廻炉と言い換えているだけだが、これが結構大事なことでもあったりする。
魔術回路と基盤を接続、生成した魔力を基盤へと送達。
いつでも魔術を発動可能な状態へ。誰もが扱うような魔術ではなく、黒守の魔術を行使する。
いくら怠けて鈍ったところで、通常の魔術を扱えるのは黒守の魔術師として当然だ。
今大事なのは、自分が黒守の魔術を行使するに足る状態に在るかどうか。
本来は聖遺物を媒体にして簡易発動するが、今回は自分の魔術刻印を通して聖遺物の力を引き出す。
「an Ancestor attend, Spirit the nucleus "CARDINAL SIN"────
Supuremacy reach the Origin, Supuremacy heavens the Fall down────」
契約した聖遺物との同調、同化の儀式詠唱は、言葉も意味も初代の頃から変わらない。
黒守の母にして初代である黒守朧羽は、聖遺物の神秘・概念を自らに実装する術を得て、根源へと至る道を構想した。
黒守の悲願は根源に至る、魔法に至る道への到達。
だというのにそれから600余年もの間、誰も根源へと到達できていないのだ。
始まりが頂点に近かったが故に、後の子孫らは根源へと至れない限り、ただ転落していくだけの存在に成り下がった。
「I wish……I wish a revive, I hope heavens to reach again────
one’s desire an inordinate ambition, I'm only knows "SECRET CODE"────」
現代にまで積み重ねられてきた希望、絶望、羨望、渇望は、魂にまで刻まれた宿命と化している。
代を重ねるごとに魔術師としての性能は向上し、根源への執着も増していく。
もしかしたら父はそんな黒守の生き方に疲れ、見切りをつけたのだろうか。
これまでと同じく俺もまた根源へは至れず、さらには子孫を残すことさえなく消えていくのかもしれない。
だけど、それでいいのかもしれない。たとえ俺に子供ができたとして、600余年も継続した狂気を受け継がせたいとは思わない。
そうした点において、俺は両親と同じ考え方をしている。
彼らの愛した子である俺は、結局は黒守の名を受け継いだが。
そういう意味でなら、あの二人の生と死には……その想いには、意味と意義があったと言えるだろう。
この先いつか、俺は魔術師として生きて魔術師として死ぬ。
たとえそれでも、両親の遺志は確かにここに。
そして曾祖父さん、さらにその祖先の黒守に誓って、彼ら全員の志を無にはしない。
だから今はまだ、一般の人間と魔術師の狭間で揺れていたい。両立できているかもわからない、半端な生き方かもしれないけれど。
曾祖父さんがくれた黒守で在り、両親が愛してくれた黎慈で在りたいのだ。
「I'm only one's, "INNOCENT GARDEN"────
set grave "SPIRITUAL NAME"……set grave "ORIGINS NAME"……──────!!」
己を含めた黒守の意志全てを込め、詠唱を完了する。
同調する聖遺物の波動に魔術刻印が光りだし、刻印に同化していく概念をこの身に魔術として実装する。
完遂した儀式に魔方陣は輝きを弱めていく。
主の目覚めに歓喜するかのように、魔術刻印が鳴動しているように感じる。
魔力の胎動と自身の鼓動が重なる。久しぶりに聖遺物との契約を行使したが、同調率は過去最高域。
どうやら黒守の魔術は、今の俺でも行使可能なようだ。
「……Blitz Shot!!」
手を銃を模した形にし、二本の指先から光弾を作る。
工房内の物を破壊しないよう、出力を極限まで絞りながら魔力で形成された光弾を撃ち出す。
通常出力の威力でゴム弾程度、高出力で人間の身体に穴を穿てる。
最大出力においては地を穿つことさえできるが、これは俺の魔術特性によるものなので一般的な魔術レベルには適さない。
この光弾射出の魔術を基本に、聖遺物に内包されている概念を付与する。
現黒守一族当主、黒守黎慈の固有能力とも言える、聖遺物・概念実装魔術である。
そしてそれだけでなく、自身に可能な通常の魔術も試す。
「Blitz Wave!!」
自身の掌に魔力を集約させ、雷を拡散させる。
俺の属性は『光』と『雷』と『空』の三元素使いであるため、その属性に応じた魔術を得手とする。
基本属性が一つもないのだが、その代わりに特殊な属性である『光』と『雷』に、第五架空要素である『空』を持っている。
書物や現存する魔術師について調べてみたが、俺の属性の持ち方はかなり特異なものに分類されるらしい。
基本的な魔術は大体修得しており、得意とする属性においては攻性魔術に特化して訓練をしていた。
他者を傷つける魔術を重点的に学んだのは、魔術師の世界は剣呑とした場所だという曾祖父さんの教育の一環だ。
いずれはその場所に身を置く気ではいるが、こうした魔術を日常的に使うような毎日になるのかと思うと今から憂鬱で仕方がない。
「高校卒業と同時に、魔術協会へ入学……か。自分で決めたこととはいえ、期待半分不安半分って感じだな」
時計塔────ロンドンに存在する魔術協会。
入学に関する手続き等はすでに調べてあり、問い合わせたところ、書類などの送付や必要経費などは心配ないと言われた。
電話の向こうは『あの黒守家のご子息であるならば』などと言っていたが、ウチがあちらにどういう認識を持たれているのか分からない。
協会へも数年に一度程度の出入りしかしていなかったらしいので、黒守についての情報や技術が手に入るなら断る理由もないということか。
そうやすやすとこちらの情報を開示するつもりはないのだが、意地でも開示させられるのだろうか。
自分より高位の術者に取り囲まれている様を想像すると、恐怖と戦慄が背中を走る。
覚悟完了済みのこととはいえ、極力は争いは避けたいところだ。
何よりも自分が面倒くさいことになるのだということを、昔に経験してしまっているから。
そんなことを考えたりしながら、そのまま明日は冬木市には戻らないつもりで工房に篭もることを決めた。
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